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07-19 大スキャンダル発覚




 アリエルたちはパシテーのファンに追われつつ、なんとか渡船の最終便に間に合ったまではいいけれど、船はパシテーの天敵で、さすが母娘というべきかフィービーも船旅が苦手らしく、というか生まれてこのかた、手漕ぎボート以上に大きな船になんか乗ったことがなかったらしいフィービーが酷く酔ってしまい、ノルドセカで船を降りた時すでにヘロヘロ。


 アリエル一行は仕方なくノルドセカで宿をとって一泊することにした。

 とはいえ、5000のアルトロンド軍に一時支配されていた酷い爪跡がまだ深く残されていて、泊まれる宿はといえば、軍の仮本部になっていた宿だけ。[爆裂]の余波で吹き飛んだ宿の扉はうまく取り外され、最初からなかったかのようなオープン形態で営業しているようだ。蚊の居ない世界ってホント素晴らしいと思う。


 ここは数日前、アリエルとロザリンドの襲撃を受け、整列させたアルトロンド軍の幹部たち4人が端っこからスパスパと首を跳ねられていったという刃傷沙汰がつい数日前に起こったばかりというホラーな宿でもある。わざわざこんな所に泊まりたくはないのだけど、泊まらなければパシテーはびた1ミリと動かないだろう。そんな構えでジト目を送っている。


 そんなホラーな事件を起こしてしまったのが、こともあろうに嫁のロザリンドの仕業だなんてフィービーの耳に入れるには抵抗があるので、黙ってこの宿に泊まるしかない。もし万が一幽霊オバケが出たとしても、ゾフィーより怖いなんて考えられないんだし、ゾフィーより怖くないなら相手が幽霊でも戦える。


「部屋があるか聞いてくるから、ちょっとここで待ってて」

 アリエルはとりあえず一人で入って、血溜まりだったロビーが片付けられているのを確認。フロントのお姉ちゃんは先日ここで起こった刃傷沙汰の張本人を知らなかったので口止めも何もなしにチェックインできた。


 変則3人連れなので、4人部屋にしてもらうとして、ノルドセカじゃまだレストランも営業してなかったので、そこそこうまいものを部屋に運んでもらうようお願いした。あんまり期待してなかったんだけど、ノルドセカ港で上がったばかりのますを新鮮なまま料理してくれたので、個人的にはとても満足だった。


 埃っぽいダリルマンディで戦闘したあとだったこともあり、セノーテで手拭いを濡らして汗を拭くだけじゃなく、しっかりとお風呂に入れたことも満足度アップ要素だった。


 2時間ばかり滑っていけばマローニだからと、だいたいいつもノルドセカを通過していたことを後悔しはじめている。なかなかに満足度の高い宿を見つけた気分だ。血溜まりホラー事件がなければもっと気軽に足が向く宿なのに。


「で、パシティア。どういう経緯いきさつがあってブルネットの魔女なんて呼ばれているのか、母さんに説明なさい。今すぐ」


「誤解なの」

「それだけ?」


「ああ、その件は俺が説明していいですか?」

「いいでしょう」


「もともと『ブルネットの魔女』というのは悪名じゃなく、魔導学院でそう呼ばれたのが始まりで、天才に与えられた通り名だったはずなのに、俺と行動するようになって『ノーデンリヒトの死神』とセットで悪名だけが広がったんですよ。今回のダリルマンディの一件で、きっと悪名も不動のものになったと思いますけど……」


「ではベルセリウスさん、あなたが『ノーデンリヒトの死神』と呼ばれるようになった経緯を詳しく教えてくださいませんか」

「はい、あれはノーデンリヒト戦争で、ドーラの戦士と戦って、敵からつけられた二つ名でした。でもそれが悪名になったのは神聖典教会と敵対してからですから、俺的にはあまり気にしていません」


「そんな危険人物に娘を預けることなんて出来ません。パシティア、お母さんは許しませんからね。あなたのことが心配です。今日だって、あんな危険な……」


「お義母……いえ、フィービーさん。お許しをもらえるよう、気長に待ちますから。そう結論を急がないでください」


 そのあと『ブルネットの魔女』の悪名は誤解だということに話が戻り、フィービーが納得する説明をするのに夜更かししてしまい、案の定、パシテーの朝は遅くなった。


 パシテー本人が『ブルネットの魔女』と呼ばれることを嫌だとは思ってないらしいのは幸いだった。

 でも一つ納得いかないのはロザリンドに恥ずかしい二つ名が付けられていない事だ。そのうちカッコイイのを考えて広めてやろう。こっそりと……。



----


「そろそろ出ようか」


 出発の支度を終え、宿を出るとフィービーの手を取ってふわりと浮かび上がるパシテー。

 

 実はパシテーの飛行にくっついて飛ぶのはけっこうなリスクがある。

 強化と防御の魔法を展開したままにしていると土の魔法が滑って、うまく持ち上がらないのだそうだ。

 起動式を使って展開する強化魔法と防御魔法のセットは細かい設定の出来る無詠唱とは違い、起動式を入力したら強化と防御が同時に張られることになる。でも、強化を張っているとパシテーと一緒に飛べないので、仕方なく強化を外すことになるんだけど、そうすると防御の方も同時に外れてしまう。


 パシテーが事故ったら大惨事になってしまうのである。


「私は兄さまみたいに躓いて転んだりしないの」

 ……まだ覚えてるのか。

 何年前だろうノーデンリヒトでパシテーと一緒にバックドロップ風にコケたことを未だに言われる。

 パシテーの短剣を初めて打った日のことだ。

 事ある毎に言われるのにも慣れた。あれはもう一生ものの失敗だったと認めよう。


 パシテーは二人乗り? に慣れたらしくフィービーを落とさずマローニまで一気に飛んだ。

 アリエルが屋敷に帰ると、まずはてくてくに「マスターからイグニスの匂いがするのよ……」と絡まれてヘッドロックを決められ、渾身の力を込めてギリギリと締め上げられた挙句、手加減なしの四の字固めと電気アンマを15分ずつ責められ続けるという拷問を受けた。

 時刻は丁度正午すぎ。てくてくは8~9歳といったところ。電気アンマはご褒美だ。


 アリエルたちが帰宅して、このまま穏やかに話が終わると思われたが、てくてくの攻めを一方的に受けつつもニヤニヤしているアリエルを見ながら辟易するフィービーの目の前で、パシテーがコートを脱いだときに内ポケットから【連れ込み宿ピンクピギー】の割引券をハラリと落とし、事もあろうにそれがロザリンドの目に留まった。


 これは100%パシテーのミスだ。そんなもう二度と行かないような連れ込み宿の割引券なんぞ、まず持ち帰ってはいけない。これは常識だ。

 そんなものを手に取って、あまつさえポケットに忍ばせておいたのを忘れるだなんて、ほんとパシテーらしくない。


 アリエルは周りを見渡して居間にいたビアンカやコーディリアに助けを求める視線を投げかけたけれど、二人とも頭を抱えてしまって助けてくれそうにない。


 こんな時いつも弁護してくれるはずのサオはディオネと一緒にギルドのCランク依頼で外出中。

 つまり味方なし。支援も無し。孤立無援の状況となった。


 フィービーも娘の不祥事に怒髪天を衝く勢いである。


 年齢的にはまるで問題ないはずなんだけど、フィービーは11歳そこそこのパシテーと生き別れているから、まだ頭の中では年端も行かぬ娘で、見た目もさすがクォーターエルフだということもあり、11歳当時からあまり変わったようには見えないのだろうか。お母さんであるフィービー自体が16、7歳に見えるのだから差っ引いて考えればいいのにまだ頭の整頓ができていないらしい。フィービーにとってパシテーはまだ11歳の子どもと同等なのだ。つまりアリエルは年端もいかない娘を手籠めにしてラブホに連れ込んだ性犯罪者なのだから、フィービーは烈火のごとくガミガミ怒っている。


 結婚前提とは言え連れ込み宿ピンクピギーの割引券を隠し持っていたなど、笑って許せる類の話じゃなさそうなのだけど、正直言ってあそこはパシテーの隠れ家に指定していただけで、アリエル本人はベッドに触れてもいない。


 これは誤解だし、罪があるとするなら濡れ衣だと言ってるのだけど、いまアリエルとパシテーは二人仲良く、床に正座させられているところだ。


 いつもよりも低く、ドスの利いた声でロザリンドの尋問が始まる。


「これの入手経路を詳細に」


 ロザリンドの威圧が半端ない。椅子の背もたれ側をこちらに向けて跨るように座っていて、フィービーの怒涛のような小言を聞かされている間ずっと小さな砥石を使って刀を研いでいた。綺麗に研ぎあがった刃面を光の反射で確かめながら研ぎあがりの出来にうっとりとするその妖艶な表情が更なる怖気おぞけを誘う。


 もともと口数の少ないパシテーにはこの窮地を無事に乗り切ることはできないだろう。

 今さらこんなことぐらいで怒られるほうが訳わからんのだけど、一夫多妻の家庭内では序列が絶大な影響力を持っている。要はロザリンドのあずかり知らぬところで、こっそりそういうことをすると逆鱗に触れてしまうということらしい。気をつけねば。


 ここは反論も言い訳もせず、ごめんなさいと謝って切り抜けるのがいいと判断した。


「すまん」

「なんか怪しいわね。素直すぎるわ」


 パシテーは一応、無期限婚約者という身分を保証してもらってロザリンドの下ということで序列が出来上がっているのだが、ここでパシテーが流れをぶった切って最悪のタイミングで最悪の話題を出してしまう。


「それが姉さまの前にも奥さんがいて、今も生きてるらしいの」


 ロザリンドは驚くでもなく飄々としていて、

「ふうん、どうせひいらぎでしょ?」

 なんて流したが、フィービーからは髪が蛇になったかのようなオーラが出はじめた。顔は笑ってるように見えるのだけれど……。


 我が子の大スキャンダルにオロオロし始めるビアンカと、こっちを見ようともせず、あくまで他人を貫こうとするコーディリア。


「これはもうちょっと整理してから話すつもりだったんだ」

「私が整理するから今話しなさい」


「ゾフィーが生きてた」

「なにそれ? また覚えてなかったっていうの?」


「……そうだ」

 よそ見を決め込んでいたコーディリアもゾフィーという名前を聞いて身を乗り出したが、ロザリンドとフィービーが出すこの肉眼でも見える濃度で立ち込める怒りのオーラの前に、言葉もなく椅子戻ってしまった。


「そう……。あなたは退室して。家族会議をするから。ひとりで屋敷から出ちゃだめよ。行方不明とか爆発とか困るからね」


 子供じゃねえし! なんて一瞬だけ思ったけど、ロザリンドの表情が曇っていることが気になって、なかなか部屋から出づらい。


「いや、おれここに居たほうが良くない?」

「大丈夫よ。あなたのことを理解したいの、お願いだから席を外して」

 ロザリンドに追い出されたアリエルは、トボトボと足取り重く庭に出て、手持無沙汰だという理由で、何気なく剣を振りはじめると、離れの部屋からタイセーが出てきた。どうやらタイセーの出勤時間(午後から勤務という重役出勤)に被ってしまったようだ。


「ミツキどうしたんよ? 剣筋に迷いがあるぞ。こういう時は無心だ無心」

「おまえちょっと見ただけでよくわかるな」


「俺はこの世界じゃあ剣しか取柄ないんだよ。迷いがある時は風に吹かれて雲が流れるのを眺めるだけでもいいぞ。思う存分怠ければいい。そしてたまに頑張るぐらいが丁度いいんだぜ? 要は気晴らしが必要だってことさ。和紙でもいてみるか? 教えてやるぞ?」


 タイセーはたまにいいことを言う。

 ゴロリと寝ころんて空を行く雲でも眺めていようか。


「なあタイセー、じゃあお前さ、日本に居た頃は何が取り柄だったんだ?」

「お前、ほんっと親友だと思ってたのに、酷いこと言うのな」


「お前のいいとこは、たまにいい事を言うところだよ」

「……だ、だろ? そうだよなー。おれって取り柄いっぱいあるし。取り柄の塊だし」


「それはないわ」

「ひでえって」


 アリエルはゾフィーの転移魔法陣に触れたことで忘れていた記憶を徐々に思い出し始めていた。

 鮮明になりつつ記憶を一つ一つ順番に整理しながら、過去にあった出来事を思う。


 そんな大切な人のことを忘れてしまっていた自分を責めるように。


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