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07-17 セルダル家の敗北


 アリエルはその場で立ち尽くすことしかできないフィービーに、こんな場所ではあるがまずは丁寧な挨拶をしてみせた。


「フィービーさんですね。お騒がせして申し訳ない。お目に掛かれて光栄です。私はアリエル・ベルセリウス。ノーデンリヒト領主の長子、ボトランジュ領主の孫にあたります。このたびはお嬢様を側室に迎えたく、その赦しをいただきに上がりました」


 パシテーは目を伏せて黙っているだけ。

 フィービーはその話の内容がひどくショッキングだったせいか、狼狽する。


「なっ……ななな、私は許しませんよ! なんであなたがここにいるのパシティア! なぜこんなダリルのど真ん中に居るのかと聞いているのです! ……あなたは安全な北部へ逃れたはずでしょうに」


「あちゃあ、パシテー怒られてるわ。すっごい剣幕じゃないか」

 独り言のようにこぼした。パシテーも怒ったら怖いけど、パシテーのお母さんは輪をかけて怖い。この親にしてこの子ありとはよく言ったものだ。


 怒られてる内容も酷い。今更『こんな危険なところで何をしてるんだ』とか、思いもよらなかったことで怒られてる始末だ。



「ごめんくださーい」

 パシテーが怒られているのを横目で見ながら、獅子が輪っかくわえてるタイプの、この世界にも日本にもたくさんある没個性のドアノッカーを使ってノックしているのだが、中からドアを開けてもらえないのでこちらから開けてやった。行儀が悪いと言われるかもしれないけど仕方ない。


「パシテー、母娘おやこの積もる話はあとにして、先にセルダル卿と話をつけようか」


 屋敷の中、メイドたちは慌ただしく逃げようとしているけれど、階段の前で執事は直立不動。プロ意識の塊のような男には敬意を表しよう。だがノックしたときにドアを開けに来なかったのは減点だ。


 それにしてもダリルほど離れていると建築にも風土の味付けがあってよさそうなもんだが、建物や内装に関してはあまり目新しいものがない。ただのお金持ちの家というのが第一印象だった。


 フェイスロンドの方ではエルフたちの文化を取り入れているから異国情緒をたっぷり満喫できたのだという事をいま突然理解した。この様子だとアルトロンドも期待薄だ。


「ノーデンリヒトのアリエル・ベルセリウスだ。今日はセルダル卿に話があって来た。取り次いでいただきたい」

「かしこまりました。しばらくこちらでお待ちください」


 アリエルたちは応接間に通されたが、フィービーが扉の外に待機しようするので、手を引いて中に連れ込んでやった。


「お客様、応接間は奴隷が入って良い部屋ではありません」

「俺の家族を奴隷と言ったな。セルダル家の執事は客に不愉快な思いをさせるのか?」


「い、いえ、決してそのようなことは」

 こんな大きな騒ぎになってしまった原因は、さっきエレノワ商会でパシテーと別室に分けられたせいだ。あのとき、意地でも同席させろと言ってればここまでの大事になってないかもしれない。隠密行動でボカンなしの予定が少し狂ったのも、エレノワ騎士伯が殺されてしまったのも、全ては別室に分けられたせいだ。こっちの責任はゼロ。まったく悪くないってのに、それでもあとでパシテー怒るんだろうけど。


 応接間の設計も特に目を引かれるようなものはない、だけど調度品の中にひとつ、瑠璃細工の香炉を見つけた。ってことは、ダリルには香を焚くという風習があるのかもしれない。ダリル土産として香炉のセットを買って帰りたいところだけど……果たして穏便に帰れるかどうか。


 アリエルは落ち着いて周囲の気配を探ってみた。


「やべえ。外がけっこう酷いな。完全に包囲されるぞこれは」

「ん。たくさん集まってきてるの」


 そして廊下を近付いてくる気配。

 執事がドアを開けると近衛兵二人に守られ、上等な服を着た男が入室してきた。太った男だが、眼光は鋭く、立ち振る舞いも隙が無いほど堂々としている。この男が領主か。


「セルダル卿にございます」

「ノーデンリヒトから来ました。ベルセリウスです」


「フン。暴れまわってくれたものよ。大罪人が何の用だ?」

「暴れまわったとは心外です。自分の身を守るため露払いをしたまでですよ。まだ帰りに数え切れないほどの無法者たちが襲い掛かってきそうな気もしますけれど……まあそれはさておき、早速用件を。えーと、実は13~4年ほど前の話なんですが私の家族が王都のイーストグランドで襲撃に遭い、母親を奪われてしまいました。先日、やっとのことで襲撃者を捕まえて尋問したところ、こちらのエレノワ商会が絡んでいたそうで、先ほど問い合わせに行ったのですが……、えーっと、その結果はご存知でしょうか?」


「うむ。続けよ」

「はい。今日、私はこちらのフィービーさんを訪ねてきました。私の連れの顔を見ていただけたならもうお分かりですね。彼女は私の家族です。13年前、王都で暮らしていたところ身内を殺され、不法に攫われた人身売買の被害者であります。開放していただけますね?」


「フン、連れていけ」

「はい、フィービーさん、ただいまをもってあなたは自由です」

 フィービーは目を閉じて少しだけ頭をこくりとさげる形のお辞儀をしてみせた。


「領主どのありがとうございます。では、賠償の話になります。彼女は祖母を殺され13年もの長きにわたってこの屋敷で不当な扱いを受けてきました。その賠償金として2000ゴールド。ここで強制的に働かされた賃金として1000ゴールド。しめて3000ゴールドを支払ってください」


「すぐに払ってやれ。どうせ無事には帰れん」

 執事が部屋を出ていくとものの5分ほどで金貨箱を台車でもって応接間に入ってきた。まるであらかじめ用意していたかのように。ってことはこの屋敷のどこかに金庫室があるってわけか。この世界で銀行という会社を作ったらムチャクチャ儲かるんじゃないかって思えてきた。


 1000ゴールド箱を3箱、台車に乗せたままで確認だけを済ませておいた。

 3000枚なんて数えられないし。


「フィービーさん、重いのでボトランジュにつくまで私が預かっておきますね」

 そこでアリエルは少し大げさな手振りを見せて宝箱3つをストレージにしまい込んだ。目の前にあった金貨箱が一瞬で消えたことに、転移魔法を見たことのない者たちは動揺し始める。セルダル卿は額に汗を滲ませるほどの驚きを見せた。


「……いま、なにをした?」

「ん? 見ての通り、ただの転移魔法だ。丸腰に見えるから油断してるだろうけど、実際のところ喉元に剣を突き付けられているのはそっちだよ?」


 アリエルが強く出たのを聞いて、近衛兵の一人が柄に手を掛けた。腰を落とし膝にぐいっと力を入れた次の瞬間、アリエルの右手には抜き身の日本刀が握られていて、いま斬り掛かろうとしていた近衛の男の首に突き付けられていた。


 その刃は首の皮膚に2ミリほど食い込んでいて、少し、ツッ……と線を伝って血が流れる。近衛兵の男は突き付けられた刃の冷たさと、この狭い応接間に充満する殺気にすくみ上り、腰を抜かしてその場にへたり込んでしまった。


 次の瞬間にはアリエルの手から日本刀が消えていて、わざとらしく掌を見せる。言葉通り、まるでマジシャンの所業だ。へたり込んでしまった男の首にはしっかりと切り傷が残されていた。セルダル卿らは今見たのが夢でも幻でもなかったことを、ここで再確認することができた。


 アリエルは身を翻してソファに深く腰掛けると声のトーンを少し下げ、話を続ける。


「さて領主どの、あなたには人身売買と不法な奴隷狩りの容疑がかかっておりますので、このままノーデンリヒトまで連行し、正当な裁判を受けていただこうかと思っていますが……」


「ぐっ……この……わしがお前の命綱ということか。わしを人質にしてここから出ようというのだな」


「いや、正直迷ってる。いまここであんたを殺して、外を囲む兵たちを全滅させたらダリルは政治の混乱と経済の衰退により戦わずして負ける。……なあ、アルトロンド経由でボトランジュに兵を送ったろ? 知らないとでも思ったか? 俺とアンタはとっくに敵同士なんだ」


「ではなぜ早く殺さん? 簡単だろう?」


「ああ、簡単だ。だが、話し合いで穏便に解決する手もある」


「ノーデンリヒトの死神ともあろう男が話し合いだと? 笑わせるではないか」


「笑えるかどうかは別として、こうみえて俺は平和主義なんだぜ? 争い事は極力避けよというのは父の教えでもある。……話し合いで解決する方法は一つだ。ダリル領での奴隷制を廃止し奴隷たちにこれまでの対価を支払ってから解放しろ」


「喉元に剣を突き付けられては承服せざるを得んのだが、それは無理だ。いま奴隷を開放してしまうとダリル領は経済が破たんしてしまう。もし奴隷制を廃止したとしても、解放された奴隷たちは得た金を奪われた上でアルトロンドに売られていくか帝国に奪われるかのどちらかだ。お前たちのやっていることは新たな火種に油を注いでいるにすぎん」


「ならばアルトロンドも帝国も倒すまで。だが一番先にダリルが倒れるぞ? さあセルダル卿、この場で死んで負けるか、奴隷を開放して負けるか、どちらかを選んでください。時間がないんだ、外が騒がしくなってきたので」


「セバスチャン! 剣を持て。……卿ら、客の扱いはもうやめだ。庭に出るがいい」

「分かりました。お茶、ご馳走様でした。美味しかったです」


 セルダル卿について庭に出るとアリエルたちが通ってきた庭は未だ死屍累々としていて、救助もままならないといった状況だった。敷地の外は領軍たちが幾重にも包囲を完成させていて、庭には軍人の偉そうな人が二人、そして身なりの整った30代ぐらいの男が立っていた。まあ、屋敷に突入してこなかっただけでも、こいつらバカじゃあないらしい。


 敷地内に居てこっちを窺っていた二人の男が抜き身の剣を持っていた。

 セルダル卿はこれ以上の人死にを避けるためか、大声で制止する。


「待てぃ! 剣を収めよ! 抜剣は許さんからな」


「ご領主、この惨状はいったい……」

「父上……」


「お前たちは黙って見ておれ。ダリルはアルトロンドに屈したとき既に敗れていたのだ。その上ベルセリウスにまで戦わずして膝を屈してなるものか。……長男エースフィルを後継者に指名する。ゲンナー、エースフィルを頼んだぞ。支えてやってくれ」


「父上!」

「エースフィルお前はそこで見ておれ。これは決闘である、父が敗れても手出しは無用、さあベルセリウス卿、この決闘受けるか!?」


 アリエルは一拍おいてからしかと応えた。


「いいだろう」


 ストレージから剣を出してルーティーンを組み立てる。身体を、関節を暖めるところから始めた。

 セルダル卿は長男と領軍と街を守るため、アリエルたちに指一本触れさせない作戦だ。この追い詰められた状況でよくその選択肢を選んだものだと感心する。


 だが、長男エースフィル、あいつはここで父親が殺されるところを目撃し、そして敵になる。セルダル卿は大罪人アリエル・ベルセリウスと戦って名誉のうちに死することを望んだ。


 それは理解できる。

 だが子がその父の死を目撃してしまったら後に引けない。また長い戦いが始まってしまうだろう。


「我が名はヘスロー・ソム・セルダル。ダリルの地を守るため、この剣をもってベルセリウスを討たん」


 ダリル領主の口上はしかと聞いた。

 こちらも顔の前で剣を止め瞑目し口上を述べる……。


「アリエル・ベルセリウスだ。この名は覚えなくていい。どうせお前はここで死ぬんだ」


 そしてゆっくりと上段に構え、目の前の男を睨みつけた。



―― ヤアアアアァァァ!!


 へスロー・ソム・セルダルは渾身の力で剣をふるい、気を吐いたが力及ばず名誉のうちにその命を散らした。ダリル領の次世代を継ぐ息子エースフィルが指導者として優れていたならダリルは安泰だったろう。



 しかし歴史はそうは語らない。


 のちにエースフィルはダリルを滅亡させた愚かな指導者として歴史に名を残すこととなる。




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