07-16 大規模市街戦
いまあけた壁穴から外に出るとパシテーが倒したらしい男が二人倒れていて、隣の傭兵団屯所からワラワラと出てくるわ出てくるわ。ハチの巣をつついたような騒ぎとはこのことだ。
確かに爆破魔法は大きな音がするから敵を呼び寄せる効果がある。これは隠密行動には向かない魔法だ。だけどこっちを責める前に、あそこに倒れてる二人の男はなんなんだと問いたい。
こっちはまだ誰も殺してないのに、あの二人はもう気配がない。アリエルがわざわざ見に行くまでもなく、死んでいるのだからパシテーも大概だ。
アリエルが作った出口からエレノワを盾に出ていくと傭兵団のお偉方っぽい男が剣を捨て、両手を挙げて近づいてくるのが見えた。どうやら話をしたいらしい。
「騎士伯を解放しろ。お前らはもう逃げられん」
「逃げる気はないよ。領主の屋敷まで案内してもらうことにしたんだが?」
「なんと、不敵に笑うか? この絶望的な状況で。ただのあほうか? それとも……」
「領主ヘスロー・セルダルに取り次いでくれ。アリエル・ベルセリウスが今から会いに行くから、茶を入れて待ってろってな」
「アリ……大罪人と言われた男がまさかこんなにも若い男だったか。ダリルでもお前の首に懸った賞金は変わらぬぞ? 無知も甚だしいな。……そちらの仮面の女はブルネットの魔女か」
「ここでもアリ扱いかよ!」
剣士、弓兵、そして魔導師。槍兵も目立つ。傭兵団ってぐらいだから戦闘経験も豊富なのだろう。しっかり隊列を作りながらエレノワ商会を出ようとするアリエルたちの退路を断つ方向へ流れるように移動する。地形も、建物も利用して追い詰めようという戦略だ。なかなかの練度とみた。
だが、この大勢で対個人の訓練はしていないのだろう。剣士隊、弓隊、魔導師隊、槍隊がひと固まりになって集合している。よく訓練されちゃいるけど、爆破魔法を想定した訓練はしていない。わざわざやりやすく整列してくれてるようにしか思えないのだ。
「おいおい、人質が見えないのか? 道をあけろ。大勢が死ぬことになるぞ?」
「その意気やよし。闘争、望むところである!」
と言って右手を高く掲げた。戦闘開始の合図だ。
レイヴン傭兵団から前に出てきた男との話し合いはたったいま決裂した。
「ならば遠慮なく」
―― ドドォドッゴォォ!!
まずは弓隊を狙って[爆裂]転移でフッ飛ばし、パシテーの制空権を確保すると、この埃っぽいエレノワ商会の中庭から目にも留まらぬ速度で空に向け、花びらが舞った。
「もう! 兄さまいつもこうなの」
戦場に散る花吹雪。縦横無尽に飛び回り、通りの向こうの建物の屋上に配置され、遠隔でこちらを狙おうとする弓兵や魔導師たちを次々と倒していく。
―― ドッゴドドドッゴァ!
次の瞬間には地上を激しい衝撃波が襲い、魔導師の部隊と退路を塞いでいた剣士たちが壊滅。通りに敷き詰められた石畳は破壊され、地面には砲撃でも受けたかのような傷痕が残るだけだった。
狙いすましたように密集地を連続で爆破し、すでに100以上の傭兵が倒れたろうか。
[ストレージ]にある[爆裂]のストックは十分。こっちの手の内を知らない敵がまだ密集しているうちに数を減らしておくとする。
―― ドドーン!ドドドドォ
「さあて、エレノワ騎士伯。ダリル領主の館まで案内してくれるよな?」
エレノワ商会から退路を塞いでいた兵たちの悉くが倒され、大きく道が開けると、従順になった人質に案内されて領主の館へと向かう。人質になったエレノワという男に聞いてみたところ距離にして500メートルほどらしい。普通にゆっくり歩いても徒歩7~8分の距離だ。
ダリル領主にはお茶を頼んでおいたから、あまり急いで向かうのも失礼というものだ。この醜い成金オヤジの遅い歩みに付き合って、のんびりと通りを歩いて行けばそれでいい。セルダル家には現在位置も知らせてやったほうが準備も捗るってものだ。
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一方、こちらセルダル家の二階バルコニー。今日は風もほとんどなく、飛砂の影響もないことから領主自らバルコニーに出て、日傘に隠れて読書でもしようかと思っていたところ、通りの方で炸裂音のする騒ぎが聞こえた。
乱暴に格子門を開いて中庭を駆けてくる衛兵たちの姿が安穏とした午後の読書時間をぶち壊して、非常事態を連れくるなど予想だにしていなかったのに。
「外が騒がしい。何事か」
「ご領主! 襲撃です。いまエレノワ商会が襲撃されレイヴン傭兵団が対応に出ておりますが、旗色悪しとのこと」
「襲撃だと!? レイヴン傭兵団が押されるほどの大軍に気付かなかったのか戯けめ!」
「襲撃者は二人。大罪人アリエル・ベルセリウスとその配下、ブルネットの魔女との報告を受けました。……報告が正しいとすればあの悪名高いノーデンリヒトの死神であります」
「たった二人に傭兵団が手玉に取られておるのか!」
「それが、エレノワ騎士伯が人質に取られているとの……」
「ええい……ふがいない」
「現在、アルメルダ通りを東に向けて進行中。アリエル・ベルセリウスは領主との会見を希望しており『お茶を用意しておけ』と言っておるようです」
「衛兵を集めて屋敷を守らせよ。魔導師団長と親衛隊長を急がせろ!」
「ははっ!」
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こちらアルメルダ通り。
アリエルはエレノワ騎士伯の案内で大通りを東に向かっていて、パシテーは上空から弓兵など遠隔攻撃でアリエルを狙うものに警戒しながら先行する。
傭兵団は遠巻きに包囲を崩さないが、アリエルの進行を妨げることすらできちゃいない。パシテーもだいぶ気配を読むことに慣れてきたようで、屋根に潜んでいたり、部屋に隠れている弓兵たちが顔を出した瞬間、確実に仕留めていった。敵が浮足立っていると指揮系統が混乱しているのがよくわかる。
「兄さまちょっと急いで。敵は増える一方なの」
「こういう時こそ余裕を見せるんだ。兵士だけじゃない、領民たちも皆みてるからね。手を振ったり投げキッスをしたりして声援に応えてやるんだよ」
「もう!……兄さま悪党が板についてきたの」
―― ドドドッガッガーン!
アリエルの進行方向に立ちふさがり、囲むように退路を絶とうとする傭兵たち。前に回り込んでは進路を阻もうとする者を優先的に吹き飛ばす。そうすることで行く手を阻む者は居なくなり、いつしか敵は後方にしかいなくなる。
だけどちょっとのんびりしすぎたようだ。前方には傭兵でなく、ダリルマンディの衛兵たちが隊列を組み、強化を施した速度で次々と集まってくる。蜘蛛の子を散らす映像を逆回しにしたような感じとでも言えば伝わるだろうか。恐らくはダリルマンディに居る兵士たちは総動員されたのだろう。犯罪者の諸君に今がチャンスだと教えてあげたいぐらいだ。
アリエルの前方、セルダル家の屋敷を守る親衛隊の男が衛兵を束ね、この場の指揮をとっていた。
「配置につけ。出し惜しみはナシだ! 数で囲んで一気に押しつぶすぞ!」
「エレノワ騎士伯が人質となっておりますが?」
「騎士伯は勇敢に戦ったが残念だった……。大罪人を屋敷に一歩も入れるな。それが最優先だ」
「はっ!」
「報告します! 魔導師隊は七人で屋敷正面で最後の守りを受け持ちます」
「領軍の総司令が練兵場にいる訓練兵を率いて出たそうです!その数三千!」」
「なっ! 総司令はアホか……手柄を焦りおって、領軍など市街戦を想定しておらんだろうに。ダリルマンディに入られてしまった時点で領軍の出番などないわ! 外周に待機させよ。領軍は屋敷に近づけさせるなよ。奴ら破壊することしか知らんからな」
「親衛隊長どの! 現在動かせる衛兵はすべて配置完了しました! すでに北、南、西の街区にも応援要請しておりますので、すぐに対応されます」
「うむ。して、ベルセリウスは本当に来るのか?」
「エレノワ騎士伯を人質に、アルメルダ通りの真ん中を堂々と歩いてくるとの報告あり。あと数分で到着するかと……」
「強化・防御を展開し剣は抜いておけ。魔導師隊は門の前に全属性の障壁を展開、ベルセリウスの魔法などで庭木一本傷つけさせるな。完全魔法防御で守りを固めておくんだ! 衛兵と親衛隊でベルセリウスを仕留める。くれぐれも親衛隊の指示があるまで魔法攻撃はするなよ」
セルダル邸は庭と建物が通りからも良く見えるよう青銅のフェンス柵なので中の様子が手に取るようにわかる。戦闘準備完了ってとこか。全部で500ぐらい居るかなあ……でも狭いところに密集隊形で槍を構えているだけ、あと何だか魔法障壁が多重に張り巡らせているように見えるけど気のせいか?
……魔導師と戦った経験がないとみた。
「おーい、こっちに降りておいで」
高いところから遠隔で狙う者を殲滅していたパシテーを隣に呼び戻す。
「門から入らないと行儀が悪いって言われるからな」
「入ったら囲まれるの。見えない所にまだ200ぐらいは隠れてるの」
「人ごみで気配の数を数えるのは疲れるだろう?」
「兄さまについていくことと比べたらぜんぜん楽なの」
―― カランカラーン!
突き刺さるような視線にさらされ槍衾の手前、閉ざされた門扉のチャイムを鳴らすと、中に控える先頭集団の中から親衛隊長を名乗る男が出てきて応対した。
「ベルセリウスどのでよろしかったか? ようこそダリルマンディへ……。んー、だがしかし貴殿は招かれておらんようだが。この館にいったいどの様なご用向きか?」
「いや、ちょっと人探しをしていてね。エレノワ商会で聞いたらここに居るらしいと」
「探し人とはどちら様で?」
「そんなことは領主に直接聞くさ。門を開けろ。親衛隊の出る幕じゃないだろ?」
「通さぬと言ったら?」
「もちろん押し通るまで」
「親衛隊の威信にかけてここは通さん! 全軍に告ぐ! ここが鉄火場と心得よ」
―― おおおおおう!
兵士たちが呼応するのを号令として、親衛隊と衛兵たちの防衛戦は開始された。
格子門の向こうから槍兵が突進してきたようで、前面に立つ兵士たちの隙間から、格子をすり抜けて長槍が突き出でてきた。
屋敷の高所からは弓が狙い、魔導師は既に起動式を入力して術式を待つばかり。
押し通ると言ったその言葉に嘘はない。
アリエルも[爆裂]を転移させて、まずは、格子門を開いておく。
―― ドバン!
屋敷の門が開かれると次は、屋敷のあちこちからこちらを窺う弓兵たちを片付ける。
―― ドドドドォォン!
屋敷の屋根の一部を巻き込み、屋根ごと吹き飛んでしまったがある意味致し方ない。弁償しろと言われたら衛兵にツケといてもらうことにする。
「あの、もう案内は済ませた。私はここらで開放してはいただけないか?」
「騎士伯、つれないことを言うなよ。ダリル領主とのお茶会に招待したいのだが?」
―― ヤアアアアァァッ!」
人質のエレノワ騎士伯を盾にしながら、いましがた破った門を踏んで敷地内に押し入ると槍隊の突撃があった。アリエルとパシテーにはスローな攻撃だ。よそ見しながらでも捌いて見せた。だがしかし、まさかエレノワ騎士伯ごとアリエルたちを貫きに来るなどとは考えていなかった。
よほど余裕がないのだろう、敵も相当無茶をしてきた。アリエルを襲った無数の槍の内、数本がエレノワ騎士伯の身体を貫いていた。
うち一本は深々と胸に突き刺さっていて、これがエレノワ騎士伯の致命傷となった。
人質を殺されてしまったので致し方なく打ち捨て、眼前にずらっと整列する敵陣に向けて[爆裂]を8発転移させたのを確認すると、パシテーは背後に回って耳を塞いだ。
―― ドッドドドッド
―― ドガガガガッガアァン!!
何のことはない。人質の身の安全を担保していたのはアリエルだったのだ。これまで人質として一緒に通りを歩いてきたエレノワ騎士伯が無傷でいられるよう、被害を受ける距離で[爆裂]など使わなかっただけだ。人質を殺されてしまった以上は、もう遠慮も手加減もする必要はない。
槍兵たちが塞いでいた道がようやく開けたのを見て、堂々と正門からセルダル邸の門から足を踏み入れると、中で剣を抜いて準備完了していた衛兵や親衛隊たちがタイミングを合わせて一斉に襲い掛かってきた。
「もう! 近いの!」
パシテーは嫌がったがアリエルは容赦しなかった。至近距離からの[爆裂]が起爆し、激しい炸裂音が何度か重なるように響き渡ると、これまで威勢のよかった鬨の声は、悲鳴に変わり、そして断末魔へと変化した。
死屍累々とはよく言ったものだ。勇ましく槍を振り上げていた親衛隊たちの声ももう聞こえない。もうもうとした砂埃は来訪者が纏う風が吹き飛ばしてゆくけれど、生き残った者たちの耳に聞こえるのはキーンという耳鳴りだけった。
足もとにはうめき声をあげる負傷者と、もう永遠に動かなくなってしまった数多くの戦死者たちが横たわっているといった状況。つまるところこの戦闘の勝敗は既に決したのである。ただ悠然と歩いてエントランスに向かう二人の客の行く手を阻もうとするものなど、もう居ない。
僅かに生き残った者たちの中には剣を構えたまま硬直する者、剣を落としてへたり込む者。あれほどの士気を誇った親衛隊たちはもう総崩れだった。
たった何十秒かそこらで、この屈強な戦士たちの戦おうとする気概ごと打ち砕いた。そこまで力量の差を見せつけておいて、多くの倒れた者たちの亡骸にも、流された血にすら眉一つ動かさず、エントランスを歩いて扉の前に向かおうというのだ。
ここを仕切っていた親衛隊長も爆発に巻き込まれ砂埃の中で生死不明、扉の中で隠れているダリル領主を守る者はもう、ただのひとりとして立ってはいない。
圧倒的な火力を見せつけた招かれざる者は風を纏い、埃を吹き飛ばしながらエントランスを、とんとんと靴音を鳴らしながら歩き、もうすこしで扉にたどり着こうとしたとき、膝を屈していた魔導師の一人が力を振り絞るかのようにヨロヨロと立ち上がり、二人の強者に向かって戦う意思を見せた。
我こそは屋敷の扉を守る最後の番人であると言わんばかりの迫力でアリエルたちの前に立ちふさがるとまるでグレアノット師匠を彷彿させるほどのスピードで起動式を入力し【ファイアボール】を三連撃で放つ。
驚くほど起動式の入力が早いことはもとより、術式を破棄して三連撃など普通は撃てるものではない。相当な術者だ。
だがそんなもの避けるまでもなかった。
アリエルは得意とする水魔法で作った耐火障壁で受けると、飛来したファイアボールそのものが消失したのと同時に、たったいまファイアボールを打ち消され、改めて自らの敗北を悟った術者の目前に小さく輝く光の粒を転移させた。
「いい腕だが……残念だ」
この爆裂を起爆し戦闘を終わらせようとしたその時……。
「ダメーッ!」
パシテーが飛び込み、起爆は制止された。
戦闘中アリエルが常に纏う風にフードがめくれて顔を晒した魔導師は青銀の髪をもったハーフエルフで、その顔は……パシテーとは姉妹のように見えた。
顔を見ただけで分かるのもアレだけど、どうやら探し人が見つかったらしい。この人がパシテーの母親フィービーだ。
魔導師はただただ襲撃者の力に畏怖していた。目の前で大勢の人が死んでしまった。自信があった魔法もまるで通用しなかった。それでも手の届くところに、この極悪非道の襲撃者がいる。
魔導師は震える手で腰に差した短剣に手をかけた。
「おのれブルネットの魔女め!」
慌てて制止するアリエルの声。
「待て! やめるんだ。もういい」
パシテーがマスクを外してその生き写しのような顔を晒すと、魔導師フィービーは目の前に、ただ無防備で立つ魔女の素顔に目を奪われ、抜こうとしていた短剣をエントランスに落とした。
―― カラン……。
悪名高い死神の眷属と言われ怖れられるブルネットの魔女の素顔を見てしまった。
自分と生き写しのような顔で、しかも見覚えのある、幼少の頃、愛おしくその手で撫でていた柔らかなブルネットの髪を翻して、そこに立っていたのだ。
「パシティア……」
魔導師フィービーは、死神の眷属と言われるブルネットの魔女が、まさか14年前生き別れになった自分の娘だとは……。想像もできなかった。




