07-13 カイトス商会襲撃 【挿絵】
挿絵を描いてみました。情景を補完するようなものではなく、パシテーがフワフワと夜飛んでるような、イメージイラストです。紅い月は2018/01/31 スーパーブルーブラッドムーン(皆既月食)を大阪で撮影。
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「ロゲだあ? ロゲはとっくに死んだよ。残念だったな、けえんな」
知ってた。でもアリエルは知らないふりをしながら食い下がった。
「おいおい、ガキの使いじゃねえんだ。帰れと言われてはいそうですかって帰るのかアンタらはよぉ? カイトスって人がいるだろ? 取り次いでくれ。ロゲはカイトスって人にカネを預けてるって言ってたぞ。20ゴールド、耳揃えて払ってもらおうか」
「お前、トシいくつだ? まだガキだろ? キモ座ってるのはいいが、カイトスさんからそんなカネを本気で切り取れると思ってんのか? 明日のお天道サマ拝む前にドブ川に沈むぜ?」
「さあな、だが死ぬかどうかはカイトス次第で俺次第だろ? じゃあ何か? ロゲの20ゴールド、アンタが払ってくれんのか? 払ってくれるなら大人しく帰るが?」
「証文は? あるんだろうな?」
「奪われたら困るんでな、今は持ってないが、カネと引き換えに渡せるようツレに持たせてあるさ。俺はそこまでバカじゃないからな」
「ちょっとそこで待ってろ」
他の四人は立ち上がりはしているものの、ダラダラしながら睨むだけ。
な……なんだ? ナイフをペロペロ舐めてやがる。アレでビビると思ってんのか……。
「おいガキ、カイトスさんが会うそうだ。武器は預からせてもらうぞ」
「見ての通り俺は丸腰だ。チェックどうぞ」
「丸腰で乗り込んできたのか?」
念入りにボディチェックをされてる最中、ケツのポケットから冒険者登録カードが出てきて見られた。
「アルカンターラ・エル・フィッツジェラルドだってよ。ミドルネーム付きたぁ大層な名だなオイ。こいつ丸腰で乗り込んでくるとは相当なバカだと思ったらAランク冒険者だぜ。腕に自信があるわけだ。だが中にいる4人は全員Aランク以上で武装してるからな。変な気を起こすなよ。血まみれになった床を掃除させられるのは勘弁だからな」
何も聞いてないのに人数と戦闘力を教えてくれるなんて親切すぎるだろこのアホ。
Aランク以上?ってことはSランクもいるってことか?
登録カードを指に挟んで受け取り、ケツポケットに収納しながら、気になって仕方ないナイフぺろぺろ氏にちょっと聞いてみることにした。
「美味しいのかそれ?」
「ヒヒヒ、血の味が残ってんだよ……」
うっわー。なんか気持ち悪い……。
だってさ、刃物で人を刺したとして、いつまでも残るのは血じゃなくてべったりとへばりつく脂だ。そんなもんペロペロしてたのか。こいつとは関わり合いになりたくない。
「こっちだ」
扉をくぐると隣室ではなく廊下があって両側に扉が2つずつ。一番奥に4人の気配がある。あの部屋か。
ノックもなしにドアを開けて部屋に入ると中の4人はすでに強化と防御の魔法をしっかりと展開済み……か。経験の豊富さは、さすがAランク以上といったところか。入り口にいた5人ほどドン臭くもなさそうだ……。
だがアホだ。窓もないし、出入り口は俺がいま入ってきたドアだけ。地面の下に空洞があるから地下があるのは分かるが誰も居ない。たぶんスライドドアの馬車庫から直接地下に商品を入れるはずだから、ここには地下への入り口はないのか……。こいつら、もう追い詰められてることに気づいてない。
ここで[爆裂]なんか使っちゃうと一発で全員分の鼓膜やっちまうから話を聞くどころじゃなくなるし、ちょっと大きめの火魔法使うと一瞬で酸欠になって全滅してしまう。皆殺しにされるために設計されたとしか思えない部屋だ。こういう部屋は隠し扉があると考えないと。
部屋の中、奥の方にはでかい社長机のような立派な机があって、そこに座ってるのがたぶんカイトス。
正面の丸テーブルでカードでもしていたのだろう、四人がいま案内されてきたアリエルを囲むように散開……したのはいいけれども、動きも遅い。
「若いな……名は?」
「フィッツジェラルドだ」
―― ドンドン!
偽名を名乗ったところで背後からけたたましくノックの音が聞こえた……と思ったら男が入ってきた。
なんだ? 走ってきたのか? 息せき切らして、こいつに限っては強化も防御も掛かってる気配がない。
「カイトスさん、エルフ混ざりがピンク・ピギーにいる。見た目は14ぐらいなんだが、その実25ぐらいだな。間違いねえ。800ゴールドは付く美貌だ。ツレはランクAの冒険者だが弱そうな優男だから奪わない手はねえ」
ありがとう。カイトスが誰か確定した。
やっぱり社長机に座ってるいちばん偉そうなやつがカイトスだった。
「弱そうな優男って俺のことかオイ、殺すぞ?」
「なるほど、証文を持ってる女が見つかったって訳だな。ご招待してもいいかね? なあに、丁重におもてなしをさせてもらうさ。キズ物になりでもしたら大変だ」
「おい、おまえら5人で女を連れてこい。キズをつけるなよ」
「まてまて、俺からの伝言を頼む。『たいしたことないから来てもいいよアレク』と言うんだ。じゃないとお前らじゃ簡単に逃げられるし、追いついて迎えに行くのが面倒だ。いいか、丁重に扱えよ」
ニヤニヤしながら出ていく5人組について宿の受付だったチンピラタイセー(仮名)もいっしょについて出て行こうとするのを引き留めた。
「おいお前、俺の大切な女をたった800ゴールドだなんて酷くないか?」
「ははははっ、残念だったな。お前はもう終わりだし、女はもう俺のもんだ」
「違うぞ、終わってんのはお前だ」
アリエルがそういうと、ふわっと熱風が吹いた。いまパシテーを俺のもんだと言って出て行こうとした連れ込み宿の男から熱気がほとばしり、狭い室内は汗ばむほど気温が上がりはじめる。
男は声もなく違和感を訴えるような表情を見せると、立ったまま永久に動きを止めた。
「な……何しやがった? おい、おい大丈夫か」
部屋にいた男の一人が異変を察知して駆け寄り、動きを止めた男の様子を窺った。様子がおかしいことに気付いたのだろう。しかし連れ込み宿の男は既に事切れていて、大丈夫か? という仲間の呼びかけに応えることはできなかった。
「お、おい……こ、凍って、凍ってやがる!」
「言ったろ? 殺すって。お前ら聞いてなかったのか? ちゃんと聞いとけよ、柄に手をかけるな。手をかけたら死ぬからな」
「まて、お前ら言う通りにしろ」
「しかしカイトスさん……このガキ」
「黙って言われた通りにしろ! 俺たちゃもう襲撃されて喉元にナイフ突き付けられてんだ!」
「冷静に話ができそうでよかったよ。ロゲもそれぐらい利口なら死なずに済んだかもな」
「ロゲを殺した野郎だったか。しかし得体が知れねえ……なあアンタ、何が望みだ。言ってみろ。20ゴールド払えばいいのか?」
「そんなハシタ金はもういい。そんなことよりカイトス……、あんた14年ぐらい前か、この土地を奪った時、ここに住んでたエルフやハーフエルフが二人居ただろう? 俺はそいつらの行方を追ってるんだ」
「ぐっ……があっ」
気温40度はあろうかというサウナ状態だった部屋が一気に冷却されてゆき、左にいた男がバタリと音を立てて倒れた。
椅子に座ったまま立てないでいるカイトスが震えたような声を上げる。
「ひゃあっ!……なっ、何を!」
たった今倒れた男がなぜ倒されたのかをアリエルは親切丁寧に説明してやることにした。
「柄に手をかけるなと言ったはずだが?」
倒れた仲間に駆け寄るもうひとりの男。差し伸べた手はすぐに引っ込められた。
「熱っ!……ボコボコいって……沸騰? なんだよ沸騰してるのか?」
「ちょっと寒いな。汗かいたぶん冷えて風邪をひいてしまいそうだ。さあ、エルフとハーフエルフの行方を追ってるとまで話したぞ。次に死ぬのはどっちだ?」
「ここに住んでたエルフのババアはカネにならんから殺した。ハーフエルフの女はとっくに売り飛ばしたよ。名前までは憶えてねえ。俺は仲買人に売っただけだから、今どこにいるかなんて俺は知らねえ」
外からドヤドヤと、不躾で行儀の悪い男たちが【ピンクピギー】から戻ってきたようだ。
「旦那、上玉ですぜ。ほら……」
5人の男たちがパシテーを連れて小走りで入ってくると、一斉に部屋の中を見渡し、非常事態であることを知った。
「……うぉ??……なんだ? カズーイ、メキル!……おいてめえ何しやがった」
室内の状況から尋常じゃない雰囲気を感じ取った奴らが武器に手をかけたところで、カイトスが待ったをかけた。
「黙ってろキリク、動くんじゃねえ。てめえらもだ! 武器に手をかけるなよ、俺たちはもう襲撃されてるんだからな」
「仲買人は誰だ? 誰に売った?」
「ダリルのエレノワだよ。エレノワ商会っていやあ奴隷商で大儲けして今や豪商だ。手を出したら軍が動くぞ。お手上げだよアンタ、骨折り損だったな」
「なるほどエレノワ商会か。次の目的地は決まったな。もうひとつ聞かせてくれ。そのハーフエルフはお前らに大人しく捕まるような女じゃなかったはずなんだが?」
「ババアは簡単に捕まえた。なあ、分かるだろ?」
「……? ひいお婆ちゃんをどうしたの?」
「あの頃はババアなんざカネにならなかったんだ、生かしとく意味もねえだろ」
「なっ、ひいお婆ちゃんを殺したの?」
「ああそうだ、そう聞こえなかったかいお嬢ちゃんよ!」
―― トトト、トスッ。
パシテーからは叫びも怒号もなかったが、激しい怒りがカイトスに襲い掛かり、せっかく生かしておいたカイトスからは軽く小さな連続音がして、風前の灯火だったその命に、まるで当然の結末であったかのように、6本の短剣が突き刺さった。
パシテーが守りを放棄して6本ぜんぶ攻撃に? 珍しいな、冷静さを失っている。
カイトスは胸、首、目、眉間に合計6本のナイフが刺さり、椅子に座ったままの状態で絶命した。悪党の死にざまとしては甘すぎる。商会の看板に吊るしてもいいぐらいだ。
「柄に手をかけたら死ぬぞって何度言えばわかるんだこのアホども」
「ぐっ……」
「うあぁ……」
カイトスの脇を固めていた男たちが身体に異変を訴えた。
左の男は全身が凍りつき立ったまま絶命。右側の男は倒れるとグラグラと音を立てて、薄くなった頭皮から水蒸気が上がる。二人の男たちの影からは瘴気の触手がウネウネと蠢いていたが、男たちがすでに絶命していると理解したパシテーは花びらとともに触手をひっこめた。
悪党の死に花は似合わない。
パシテーは凍った男と沸騰した男を交互に二度見した後、部屋の出入り口ドアを固めている男たち5人を同時に切り刻み、何も言わずアリエルと見つめ合ったあと踵を返した。
パシテーはドアを乱暴に開けてカイトス商会を後にし、そのまま振り返ることなく歩いた。どこへ行くつもりなのか。当然泣き出すだろうと思っていたが、ただ無言でスタスタと、大股で歩幅広く、この場から離れたいとでも言いたげに。
歯を食いしばって、しかめっ面で。なぜか必死で涙をこらえながら歩いた。
アリエルは後ろからパシテーを抱き上げ、人目も気にせず[スケイト]で南にくだって郊外へ出ると、街道から少し外れて人気のないところに、二人用の小さな小さなカマクラを作って休むことにした。
何も言わずにパシテーを座らせておいて夕飯を作るアリエル。とは言ってもモロコシとソーセージを焼いてパンと合わせただけだが、パシテーはそれを黙って受け取ってくれた。
フォーマルハウトが死んでから水の転移元が消失したようで風呂やシャワーは使えない。ゾフィーの作ったものとは根本的に違うようだ。[セノーテ]で得られる水があれば十分に身体を拭くことができるから別に構わないのだけれど。
ろうそくの火を消し、真っ暗になるとパシテーはアリエルの胸で泣いた。
嗚咽を漏らしながら、長く長く泣いていた。やがて泣き疲れて眠るまで。ずっと。
残酷な世界の残酷な現実。
この世界を滅ぼしてしまいたいというパシテーの憎しみは根深い。
アリエルはパシテーが望むならこんな世界、滅んでしまってもいいと思っていたけれど、サナトスが生まれてから少し考え方を変えた。
そう易々とこの世界に滅んでもらっては困るので、未来を生きる子らのため、少しでも明るい希望をのこしてやりたいと考えるようになった。
だからこそ、パシテーにも『別に滅ぼすほどの事じゃない』と妥協してもらえるぐらいにはマシな世界になってほしいと願ってる。
アリエルの魔法はキャンプでお湯を沸かしたり、水を凍らせたりする水魔法の[相転移]です。
【03-01 あれから4年】でキャンプ用のオリジナル魔法として紹介されていますが、実は精霊魔法で、水の精霊アプサラスの得意魔法でもあります。
エレノワ商会について。
【03-08 アムルタ王国にて】でパシテーを攫うため襲ってきた冒険者たちから聞き出した奴隷商の名がエレノワ商会だったのでアリエルは知っていたのです。




