表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
157/566

07-12 王都に蠢く暗雲のみなもと


 アリエルとパシテーはボトランジュを出てからスケイトで移動し、誰に疑われることもなく王都プロテウスの外郭都市群にいる。


 ここからは[スケイト]は目立つので馬車をチャーターし、まったり旅を満喫しているところだ。


 このあたりから先は行けども行けどもひたすら市街があって、途切れてもすぐにまた市街地が広がっている。セカの側からプロテウスの北部市街に向かうと王城のある中央は独立した城壁に囲まれていて、その中はごく一部の上流社会が暮らす特別区となっている。


 四大貴族であるベルセリウス家から分家されたノーデンリヒトのベルセリウス家のような下級貴族というか辺境の領主であるトリトン・ベルセリウスのそのまた息子などは、王都中心部にはすんなりと中に入れてもらえることもない。ボトランジュのような四大領の領主であるアルビオレックス爺ちゃんですらあらかじめ都上みやこあがりの際は、城門で許可をもらうのに数時間かかるというほど厳しい警備が敷かれている。


 とはいえ、警備が厳しいのは王都北側にある高級住宅地だけで、王都東側は庶民が多く暮らす下町の城下町であるし、王都南側は神聖典教会の大教会と神殿騎士団のあるサムウェイ地区。王都西側は肥沃なフェイスロンド領から流入してくる莫大な量の農作物を貯蔵する食糧庫と市場と、穀物問屋が軒を連ね、物流の拠点となっていた。


 その王都プロテウスは外郭都市だけで80万が生活している大都市だが、魔族排斥が進んでいるので、ここで生活しているのはほぼヒト族だけだ。

「ほぼ」というのは、もしかすると見分けのつきにくいパシテーのようなエルフの血が薄い人が紛れ込んでいるかもしれないという意味なのだが。


「見る人が見たら分かるの」

 見る人に見られないよう祈ろう。


「パシテー、失う前の名前を教えてほしい。手掛かりがないと難しいよ」


「…………」


「じゃあパシテー、ひとついいかな。お前、ゾフィーに何って言ったっけ?」

「……兄さまが諦めるわけないの」


「俺の力じゃ何万年かけても探せないかもしれないけどな。俺は死んだとしても転生して探し続けるぞ? パシテーの墓に名を刻むまで」


「……お母さんと約束したの。私が名を名乗ったら、私をヒトだとウソついて逃がしてくれた父さんが困るの」


「ちょっとまってパシテー、それだと家名を言えないってことだろ? 奪われたのとは違うんじゃないか? 家名は残ってるんじゃないの?」


「ううん。調査が入って、調査に応じない領民はみんな家名を奪われたの。その場に居なくても、烙印が押されなくても『みなし奴隷』にされたの」


 いま領民といった?

 パシテーのトシで急に奴隷制度が始まったのはアルトロンドだ。ダリルとプロテウスはアルトロンドより少し遅れて制度を導入したはずだ。


「ムチャクチャだ……」


「奴隷の身分でもお父さんが所有者になるだけだからってお母さんは言ったけど、私たちが奴隷になるのはお父さんが許さなくて、お母さんの実家に逃げたけど、そこで奴隷狩りに襲われたの。それで私……」


「おいおい、パシテーが殺してしまった人って、やっぱり奴隷狩りかよ……」

「そうなの」


「家族は? 逃れられた?」

「分からない。でもお母さんの魔法の腕は確かなの。簡単に捕まるとは思えないの」


「襲撃はいつのことだったか覚えてる?」


「私が10歳の時だから14年前の冬、二月の二日。雪が積もってたの」


「奴隷狩りの奴らの名前とか分からない?」

「10人以上いたの。名前を聞いたのはカイトスとロゲ」


「ロゲだと……」

「知ってるの?」


「んー、もし同一人物だとすると。てかクズ野郎にロゲって名前が多くなければ、ナンシーが攫われた誘拐魔の事件あっただろ? あの小屋の中に居た片割れがロゲ。ポリデウケス先生に殺されたほうな。顔みたっけ?」


「顔見てないの」


「お母さんの名前は?」

「フィービー」


「お母さんの実家は?」

「王都のイーストグランド、モレスビー南三街区。ひいお婆ちゃんがいるの」


「御者さん、イーストグランドって近い?」

「イーストグランドも広いぞ。イーストのどこだ?」

「モレスビー南三街区」


「ここからだと2時間ぐらいだが、兄さん新婚さんか旅行者だろ? 悪いことは言わん、あの辺はやめといたほうがええ」


「構わないよ。行って」


 ギルド支部長のダウロスさんから偽名の冒険者登録証をもらっておいたのをここで渡しておく。

 本当は絶対に偽名で冒険者登録証なんか発行しないのだけど、アリエル・ベルセリウスだと、この国じゃあどこの街のギルドでも貼り出されている全世界共通の賞金首だから、アリエル・ベルセリウスの登録証を出して依頼を受けるたびに、世界から一つずつ冒険者ギルドが消えていく方が問題なのだという。


 ま、ギルド酒場で剣を抜かれるとその場で建物ごと吹っ飛ぶというのがセオリーだから仕方ない。特例中の特例で、男性名と女性名、偽名で一枚ずつカードを作ってもらった。


「パシテー、これな。今だけアレクサンドリア・ラムズフェルドだからね」

「せっかく兄さまにしては準備がいいと思ったのに、名乗るとき絶対噛むの。兄さまの名前は?」


「アルカンターラ・エル・フィッツジェラルドだ」


「アルでもエルでもいいからね」

「もっと簡単で短く覚えやすくて噛まない名前がいいの。こういう時はちょっと考えないと。次からは相談してほしいの」


「失敬だな。いつもは俺が何も考えてないみたいじゃないか」

「兄さまの性格の悪さと相手を陥れるときの意地の悪さは感心するけど、だいたい何も考えず行き当たりばったりで困ったらボカンなの」


 くっそ……。いつも考えろ考えろって言うくせに、じっくり考えて、熟考の上やっと決めた偽名にダメだしされてしまった。もっと簡単にしろという。


「じゃあもう山田太郎でいいや。パシテーは田中花子でいいだろ」

「発音しにくいの。それ人の名前なの?」


 くっそ……日本語が通じないことが悔やまれる。



----


 アリエルたちを乗せた馬車は王都の通りをひたすら中心部に向かって進み、遠くの方に王城が見える南側の繁華街を過ぎ、ちょっと奥まった狭い道に入ったあたり。

 しばらく馬車に揺られていると御者台から声が掛かった。


「旦那、そろそろモレスビー南三街区でさあ。1シルバーと20ブロンになりやす。あっしはここいらで勘弁してほしいのですが」


「あ、ありがとう。宿の場所と食事のとれる場所と、安全そうな酒場と、最寄りの冒険者ギルドはどこか教えてもらえるかな?」


「おやすい御用でさ」


 外はもう暗くなりはじめてる。マローニでもこれだけ暗くなってきたら街灯がわりの魔法灯に火が入るってのに、ここじゃあまだ火が入らない。壊れたまま放置されているのかもしれない。


 料金を支払って馬車を降りると、なるほど、ちょっと治安の悪そうな場所だ。近くに冒険者ギルドはないし、宿は簡易宿ぐらいしかないので、女連れならば連れ込み宿のほうが安全らしい。また、まともなレストランなんてないから、食事をするなら酒場でと言う話だ。


「ひいお婆ちゃんトコに居た頃はこんなんじゃなかったの」

「どうせエルフが多かったんだろうな。排斥されたところをうまく乗っ取られた感じだろ」


「えーっと、どこかな……わかんないの」

「ここだろ?」


 デカデカと看板が出ている。【カイトス商会】

 馬車ごと入れる巨大なスライドドア装備のくせに、窓がひとつもない建物は平屋の石造り。どんな商品を扱ってるのだろうか。だいたい想像がつくが……。


 とりあえずこっち今から潜入するからパシテーは宿で待機してもらう……という作戦を考えてみた。

 パシテーは何かあったら空を飛んで逃げればいいし、こっちは可能な限りボカンなしで情報を集める。


「万が一にも追い込まれることはないと思うけど、逃げたあと落ち合う場所は、近くはないけど、ここから北に位置する冒険者ギルドということで。場所はちゃんと頭に入れておけよ」


「分かったの」


 とりあえず宿をとるのに、連れ込み宿【ピンク・ピギー】に来た。カイトス商会から角まがってすぐだ。連れ込み宿というのは、日本ではラブホテルとも言う……実は初めて入るんだけど。四階建ての、掃除が行き届いたとはとても言えない、悪く言えば入った瞬間から小汚さがにじみ出ている。


 受付に座っているのはガラの悪そうな兄ちゃんで、ぱっと見チンピラ版タイセーみたいなやつだ。

 てかチンピラ版タイセーってことは、もう殆どタイセーってことだし、確実にチンピラってことだ。ただし、タイセーほどの実力を持ってるわけがないことは気配から窺い知れる。


「一晩でいいや」


 滞在期間を告げると、男はとても面倒臭そうに、何かを読み上げるようなお決まりの応対してくれた。

「一泊700ブロン。前金だ。朝10時には清掃入るからその前にチェックアウト忘れずに。宿帳に記載するか身分証明を……えーっと、ほうおたくAランク冒険者サマか。……カードは本物だ。間違いないな。四階の402号室。これがカギ。ごゆっくり」


 ガラの悪い兄ちゃんに金を渡し、鍵を受け取ると部屋に入る前に退路たいろの確認をする。

 廊下は狭くて逃げ出すのに向いてない。ここは日本じゃないので消防法なんて法があるわけもなく、もちろん非常階段も避難路もなし。部屋に入るとガラス窓が1つ。開けてみるとカイトス商会の屋根が良く見えるから、いざとなったらパシテーは窓から飛び降りればそれでいいだろう。


 部屋のほうは思ったよりも小奇麗に片付いていて、ベッドと風呂だけがやたらと豪奢な作りになっている……というか、それしかない。


 パシテーのジト目が痛い。

 まるでこんな連れ込みホテルに来るのに手慣れているとでも言いたげに、無言でこっちを責めようとしている目だ。だけどパシテー、お前ガキの頃からずっと一緒に行動してるんだから、こんな宿に入ったことないって事ぐらい知ってるよね。なんでこう『女好き』とか『好色男』とか『女ったらし』とか、そういうカテゴリに含まれてしまうのかが理解できないのだけど。魅了とかも完全に濡れ衣なのだし。


「疲れて寝るときでもナイフを装備しといてね」

「うん。兄さまと一緒にこんなとこに泊まるんだから当然なの。爆発音が聞こえたらどうしたらいいの?」

「うー、俺をそんな魅了キャラにしないでって……もういいや。窓から様子を見て、パシテーの判断で」


「ん。兄さま、気を付けて」


 アリエルは部屋の施錠を確認し、フロントでガラの悪い兄ちゃんが出てゆく客と目も合わせずにダラダラ座ってるのを見てから、さてと、カイトス商会の前に来たけど、さっきはなかった馬車が停まってて、馬が繋がれてない。馬がうまやに引っ込んだとすると、誰かが帰ってきてて、今夜はもう出ていくことがないってことだ。


 パシテーにこんなこと言ったら怒られるのだけれど……。

 実は全くのノープラン。出たとこ勝負が真骨頂だ。どうせ中には9人だけ。


 ドアは押しドア。

 ノブを握って力をこめると……カギは……かかってなくて、スッと音もたてずに開いちゃった。


 ノックもなし、無言で開かれるドアの向こうには、ガラの悪そうな奴らが5人いて一斉に視線を集めた。まあこの部屋に5人いることは分かってたけど、まさかこれほど見事なまでのチンピラステーションだとは思ってなかった。


 仕方ない、いつものアドリブで切り抜けよう。


 チンピラのひとりが不意の来客に不機嫌全開で絡んだ。

「なんだあテメエ?」


「ロゲの旦那がここに居るって聞いたもんで」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ