【オマケ】 アリエル先生の魔法教室(上) 【ボツネタ】
ボツになってしまったけれど、オマケという形で投稿しておきます。
後編も本日中に。
「はいは~い、これから中庭でベルセリウス派が特別講義ひらくわよ~。見たい人は今すぐ中庭へ集まること」
校内放送の伝声管からエイラ教授の声が響いた。
アリエルはベルセリウス派と言われて訝った。
「ベルセリウス派? なんだそりゃ……」
「独立した魔導派閥だし、無詠唱で魔法を行使できるのはあなたの派閥だけ。国家を相手に戦争できるほどの魔導派閥なんて世界でもベルセリウス派だけよ?」
エイラ教授の放送を聞いて、学生たちがゾロゾロと集まってきた。
「ベルセリウス派? 爆破魔法でも見せてくれるのか?」
「爆破? 何を爆発させるのだね? 触媒もなしにマナを爆破なんてできるものかね?」
「む? 見てみろ、パシテー氏の飛行魔法は風じゃあないな」
「ああ、風をイメージしてたがあれは土のようだ」
「土とは盲点だったな」
「ベルセリウス氏が滑ってたのと原理は同じだろ?」
「ベルセリウス派は師の魔導を応用してオリジナル化することが許されているのか?」
「まさか……」
中庭には学長はじめ教育長、各派閥の師たちがゾロゾロと出てくる最中だった。
「ベルセリウス氏、ご高名は既に聞こえております。私、セカ魔導学院学長のファーレンと申します。お見知りおきを」
「アリエル・ベルセリウスです。こちらのパシテーはマローニの中等部で教員をしてたこともあります」
「あーっ、それはそれは。劇場で観ましたからな。はっはっはっ……」
今言って今のサプライズ講義ではあるが、教職員20名あまり、学生30名あまりという数が集まった。
アリエルがファーレン学長と握手を交わすとパシテーが先生モードで声を上げる。
「はい! 静粛に。パシテーです。今日はこちらアリエル・ベルセリウスが講師をつとめます。私たちが普段使っている魔法を実演を交えて講演する予定です。短い時間ですが皆さんの魔導探求の助けとなればと思います」
「ご紹介にあずかりましたベルセリウスです。まずは……うーんと? なにからやろうか?」
生徒たちが口々にリクエストする。
「飛行!」「爆破!」「飛行!」「飛行!」「飛行!」「飛行」
ここでも差をつけられたようだ。パシテーの方が人気あるということだ。
「飛行の声が多かったので、まずは飛行から。……まず最初に、飛行は土の魔法です。えーっと基本的に強化と防御を両立させた状態で、土魔法を使って自分の身体を持ち上げて維持。そのまま地面を滑るように移動する魔法が[スケイト]で、これが全ての基本です。この魔法は地面に近ければ近いほど安定性が増し、地面から離れれば離れるほど不安定になり、難易度が高くなります。これは土魔法なので当然ですね」
パシテーがふわっと浮き上がり花びらを散らすとそこにもう居ない。スピードを見せつけると学生には目で追うことすら難しいようだ。教員たちの中にはマナを追う技術を持ってる人が思いのほかいるので目で追えないということもないようだが。
パシテーの外套が翻ると、バババッと短剣が射出され、左右に三本ずつ展開する。
アリエルがいつか使った木偶人形をストレージから出して中央に立てると、目にも留まらぬスピードで木偶を襲い、花びらを散らしながら縦横無尽に飛び回るパシテー。
分析を忘れて見とれている学生もいるが……それは致し方ないのだろう。
「土魔法が得意なパシテーは飛行状態で剣を振るうこともできます。……えーっと、今はこの六本の剣を同時に操ってオールレンジ攻撃が可能です。これができるようになると、魔導師であっても剣士を圧倒することができます。パシテーは実戦経験豊かなノーデンリヒトの砦守備隊の王国騎士たちを相手に立ち会って、これまで全戦全勝していますから、この魔法の有効性は言うまでもありません」
パシテーが地に下りると同時に短剣がシュバババッとシースに収まる。
「パシテーが本気になると勇者レベルじゃないと捌ききれないぞ。しかも空中を高速で移動しながら六本の短剣を操るから反撃は難しい。パシテーのように土魔法に秀でた者は無理に不得意な火の魔法で戦うより土の特性を伸ばした方が才能を無理なく使えるということだよ」
土魔法を使える者は多い。火魔法は[ファイアボール]のような初歩的な魔法であっても風魔法の起動式が含まれているけれど、土魔法はパシテーの使う地面からトゲの生える魔法でも、大岩をブン投げて城壁を破壊するような魔法まで、まるごと土魔法だけで完結するから簡単なのだ。それらすべて土木工事魔法を応用することでできることもポイントが高い。
「パシテーの飛行速度は通常で150キロ。最高速は時速にして180キロ。これはこの領都セカから辺境のマローニまで2時間ちょっとで移動できる速度だ。飛行中の加速は強化魔法で底上げされた筋力で行うので空を段々にジャンプしているように見えるだろう。そのたびに撒き散らされる花びらのようなものは、おそらく……パシテーの身体を覆うマナが剥がれて実体化した物だと俺は考えている」
一人の学生が手を上げた。
「質問です。起動式を公開する予定はないのでしょうか?」
「悪いがうちは起動式を使ってないから分からない。もし起動式を作れたら公開するよ」
「そうなの。兄弟子はトーチの起動式も知らないの」
「くっそ……日本に帰れたらジュノーに頼んで起動式作ってもらうってば」
「あ、その手があったの」
「飛行魔法の講義はこれにて終了。では次は? 何かあるかな?」
飛行魔法がメインイベントだったらしく、生徒たちはおとなしくなってしまったが少し小さな声でリクエストする声が聞こえた。
「爆破しかないよね?」「爆破でしょ?」
アリエルは一歩前に出て、囲みの中央に立った。
「確かに俺は爆破魔法が一番目立ってると思うけど、それだけじゃないですよ。……ほら、俺の足もとの影を見てほしい。何か違和感を感じた人?」
「はいは~い。私が最初なの。はやくはやくぅ~。魔法陣の起動を見せてよぉ~」
エイラ教授だけでホッとした。こんなにうまく偽装してるのにあっさり看破されたなんててくてくが知ったら八つ当たりの関節技を食らわされてしまうところだ。
「はい。この魔法陣は魔法生物が出入りする門です。つまり、この中には魔法生物が入っていて呼び出すことができるので召喚魔法と呼ぶ人もいます」
「ああっ、分かった~。精霊さまが入ってるのね。てくてくさま? でしたっけ?」
「ブブーッ! 違います。てくてくはマローニでお留守番です。この魔法陣は俺が設置した物じゃないけど、門の操作は俺もできる。起動は速いから見逃さないように」
「はいはい、みなさん注目ですよ~、魔法陣が起動しますからね~」
アリエルは息吸い込んだあと、グッと溜め込んで叫んだ。
「ハイペリオン!」
キューーーーーーーーーイッ
瞬間、ビカッとフラッシュのように魔法陣が輝くと、闇の彼方から白銀の稲妻が垂直に勢いよく飛び出し、一旦は高空に上がって行ったが円を描くようにグルグル回りながらゆっくりと高度を下げて降りてきた。
種族的に劣勢なエルフ族の学生はガクガクと膝を震わせ動けなくなった。
「威圧を使ってないから大丈夫だよ。息も止めなくて大丈夫。こいつも俺のファミリー。紹介するよ。ハイペリオン。まだ5歳ぐらいの仔龍だけど全長は7メートルを超えた。成龍になると35メートルになるはずだからね。どこかで見かけたら手を振ってあげてね」
さすがのエイラ教授もエルフに生まれた以上はハイペリオンには弱いらしく、腰を抜かしてへたり込んだ。言葉も出ない様子で、ひたすら冷や汗が流れている。アリー教授にはそれほどてきめんに効いてるようではないけれど、膝がガクガク震えて、猫耳を寝かせて尻尾がぶわっと太くなってる。相当怖いらしい。
ハイペリオンはうまく着地を決め、パシテーに喉を撫でてもらってゴキゲン中。
かわいらしさ全開で甘えまくってるのだが……。ほかの者にはそうは見えないらしい。
「ドラゴンは精霊と同じ魔法生物に属する精霊の最上位種です。この世界での食物連鎖の頂点に君臨してる。精霊との最大の違いは、傷ついたら血が出る肉体を持っているところと、あと、四属性すべての魔法に長けていて、全てを得意とします。息が続かないほど吐き続けるブレス攻撃はドラゴン最大の武器ですが、そのブレスも魔法、安定した高速度で空を飛べるのも魔法。あと、四属性すべての障壁が自動的に展開してるので、氷龍だから炎に弱いだろうなんて浅はかな考えで戦いを挑むのは愚かなことです」
エイラ教授が立ち上がって手の震えや膝の脱力など、受けた状態異常を記録しているようだ。
エルフ族はドラゴンに弱い。これは魔法攻撃じゃなくて、種族的な本能だ。ドラゴンがエルフ族を食料にしているので、特にエルフ族はドラゴンに睨まれたら動けなくなるということだ。エルフの側がどうしたという問題ではなく、単純に捕食者であるドラゴンの特殊能力のようなものだ。
「周りを見渡してみてください。てきめんにエルフ族の学生や教授が動けなくなっていると思うのですが、ドラゴンに睨まれただけでエルフ族は逃げることもできません。これは種族的な問題です。ただし、ドラゴンがあなた方を敵と判断すると、威圧行動に移ります。この威圧を受けると大抵の場合、人族ですら動きが制限されることになる。これがスヴェアベルム最強の魔法生物です。ハイペリオンお疲れ様……、ネストへ」
ニョロニョロとネストに戻ったハイペリオンの、その魔法陣の残滓にすらもう分析の手が及ばないエイラ教授とアリー教授。ハイペリオンが居なくなってようやく動くことができる。
「ふにゃあ……ダメ……ダメだわ……。ドラゴン飼ってるって噂はあったけど、まさかそこに入ってるなんて思わなかったニョよ」
「ニョって何だ?」
「そんなこと言ってないわ。最初の『ふにゃあ』に突っ込みなさいよ失礼ね。」
「エイラあなたも何か言いなさいよ……エイラ? エイラ息してる?」
ダメだ、エイラ教授が息をしてない。
「近くにエルフ族の人がいて過呼吸起こしてる人がいたら助けてやってくださいー」
実に15人のエルフが過呼吸などの不調を訴えたが、それでもこの場を離れようとする者は一人もいなかった。それこそが魔導師であり未知を探求する者の姿勢なのだ。




