07-11 エイラ教授のロストマギカ講
エイラ教授はコーディリアが研究してる古代エルフのロストマギカの研究者。
コーディリアは、トリトンの異母兄妹。オフィーリアの娘で、アリエルからは叔母にあたる。
「ネコ語になってるよアリー教授」
アリエルが勇者たちの秘密をバラしたらアリー教授はびっくり返ってしまった。
「んなコトもうこの際どうだっていいわよ、なに? 召喚魔法? 帝国にはそんなロストマギカが残っているって言うの?」
「じゃあ無限回廊って聞いたことない? どこかに門があると思うんだけど。あと時間凍結ってキーワードで何かわかったらぜひ」
「無限回廊? ちょっと分からないわ。でも転移魔法陣のことは門と呼ばれていたらしいのだけど。魔法陣は私の専門外なので、エイラ教授に問い合わせるのがいいわ。呼びましょうか?」
「はい、でも呼びつけるなんて悪いので後でこちらから訪問します」
「へんな気を回さなくていいわ。セリア、緊急の用があると言ってエイラを呼んできて。速やかにね」
「大声で呼べばいいじゃないですか。ここにベルセリウス氏が来てるのに、あのエイラ教授が盗み聞きしないはずないです。絶対に聞いてますから」
ダダダダダッと全力疾走で駆けてくる足音が廊下にけたたましく響いたかと思うと、ノックもなしにいきなりドアが開いて、女の人が入ってきた。
「ジャーン! エイラちゃん登場の巻~~~」
「ほら……」
「はあっ……やっぱり聞いてたのね。盗み聞きとは趣味が悪いのじゃニャイのさ」
「またニャって言った!」
「そんなこと言うはずないわ? セリア、あとで壁に穴が開いてないか隅々まで検査すること。いいわね。防音壁の予算申請しなくちゃ……ボトランジュの最高学府にあって隣が盗聴魔とはなげかわしい」
アリー教授が噛みつかんばかりの勢いで抗議するけれど、それを団扇で扇ぐようにヒラリヒラリと華麗にいなすエイラ教授。
「やーねー盗聴魔だなんて人聞きの悪いこと言わないで~。エイラちゃんの自慢の耳には、隣の部屋の話なんて筒抜けなんですからね。おーっと、初めましてですね。アリエル・ベルセリウス。コーディリアから話はきいてますよぉ~。爆破魔法ですって? パシテーさんは飛行魔法。どっちも古文書に記されているのみで今は使い手が居なくなって久しい立派なロストマギカじゃないですか~、あとでちょっと見せてくださいね~。むむむ? ちょっと……アリエルさん、これ、これ! この影から不穏な魔法の残滓を見つけちゃいましたっ? エイラちゃんはこっちのほうが興味あるんだけど?」
エイラ教授はコーディリアが専攻してるロストマギカの権威。エルフ族でトシはいってるはずだけど、身長は155ぐらいしかなくて、サオ同様にちっこいひとだ。モノクルが似合ってる。
影に重ねてカモフラージュしているネストを一目見ただけで看破されたのは初めてだ。
「俺の影に重ねてあるのは確かに闇の魔法ですよ。ネストといって、魔法生物だけが中に入れる異空間ですね。これも魔法陣ですよ」
「きゃーっ、すっごいわ。後で原理の説明とか実演とか見せてほしいの、お願いね。で、何を聞きたいの? はやくはやくぅ、早く質問して、早く答えるから、そしてはやく魔法陣を~」
アリエルがネストの説明をするとエイラ教授は眼をキラキラと輝かせてまずは質問を急かせた。
「質問はどこかにあるという無限回廊の在処、もしくはその門の所在かなあ」
「無限回廊? はて。すっごいロマンあふれるネーミングだけど安易よね。中等部ぐらいになると誰もがかかる病気に侵されてるっぽいセンスを感じるわぁ。一説では、この世界にある転移魔法陣のほとんどを女神ゾフィーがひとりで作ったと言われてる。魔法陣はもともとエルフの魔法技術だからね。転移魔法陣は転移魔法を熟知したエルフじゃないと組めないわね。えっと、クロノスの権能って転移魔法だっけ? アリーちゃん教えるニャ!」
「あんたがニャとかいうと頭に血が上るのは何故かしら。クロノスの権能は、時間と空間を操ることができる能力と伝えられているわ。さっきの話の続きになるけど、ゾフィーが転移魔法を熟知してなきゃ転移魔法陣なんて組めるわけないから、ゾフィーは時空魔法使いだというのが結論なのよ」
「あら~時空魔法なんて最強クラスのロストマギカじゃないのぉ」
「じゃあ時間凍結、もしくは時間凍結結界という言葉に心当たりは?」
「あっら~? 結界魔法で時間を凍結? 凍結って何かしら? 停止なら停止って言うわよねぇ? そんなことはクロノスでも不可能、いえ、無駄が多いの。それに時間という概念そのものの存在自体が怪しい。そもそも時間って本当にあるのかどうかも分からないわよね? 時間なんて体内時計が見せる幻想だという考え方もあるんだからねぇ。だって時間なんて人によって感じる長さも違うじゃない? そんな不確かなものを操作して結界内だけ時間を凍結するなんて小難しいことをするよりも、転移魔法が使えるのなら、最初からこの世界とは時間の流れ方が違う、そうね~、たとえば時間が流れていない異世界とか、時間の流れが極端に遅い異世界を見つけておいて、そこに転移魔法陣か何かを据え置いたほうが万倍簡単よね~」
「兄さま……」
パシテーにも分かった。
「ああ……わかってる……。でも俺の転移魔法では生きている者を転移させることができないんだ。例えばえーっと、あそこにある黒板消しなら……」
ぱっ! とアリエルの手に黒板消しが移動してきた。
それをエイラ教授たちにまじまじと見せる。
「ほら、この手に転移させることができるし、また戻すことも簡単。これは黒板消しが生きてないからだ」
黒板消しをまた元あった場所に戻したアリエルにエイラ教授はつかみかからんばかりの食いつきようを見せた。
「はい――――っ? 何をどうすればそんなことができるの~?」
「転移魔法だよ。水魔法や風魔法にも使われてるだろ? フォーマルハウトのクソ野郎が考えたオリジナル魔法らしいけど魔導書に公開されてるじゃないか」
「フォーマルハウトの魔導書に公開されてるのは水や風が出てくる魔法で、黒板消しが出たり消えたりする魔法じゃないのだけど~、ま、要するにあの水と風が吹き出す魔法はどこかよそにある水や風を転移させる魔法ってことなのね? もしかして起動式を分解、解読したの? その若さで? どれだけの知識をもっているのかなあ? 私あなたの頭脳にすっごい興味あるんですけど?」
「フォーマルハウトの魔導書に公開されてたのがそうだったんだ。あのボケ老人が死んだからもう使えないけどね。……で、俺の転移魔法はフォーマルハウトの魔法を元にしてるからオリジナルと同じく生きたものを転移することができない。生きたものを転移させることができたら、いろいろと助かるんだけどな」
「ええっ? 何を言ってるのかしらん? いまさっき『魔法生物だけが出入りできる魔法陣』の存在を自分で言ったじゃないのぉ~? 転移魔法陣も人が生きたまま転移できるしぃ~。それならもしかして……アリエルさんの転移魔法は『無生物だけに限定』されてるんじゃないかしら~? それか応用元の魔法が無生物に限定されてただけって話じゃないのかな?」
「ってことは?……人が転移できる魔法陣の技術を応用すれば……」
「黒板消しの代わりに人が出たり消えたりってことも可能よね。理論上は。でもこれはあくまでも理論上だからぁ~」
「ん。勉強になった。ありがとうございました。おかげで今後の方向性が決まりそうです」
「ん~、ちょっとちょっとアリエルさん、エイラちゃん召喚魔法のこと詳しく知りたいんだけど?」
「しーっ! 大きな声じゃ話せない。これは極秘なんだけど、マローニに行けば召喚されてきたアルカディア人が4人いて、普通に生活してるからさ、直接話を聞くのがいいと思う。俺からはそれぐらいしか話せないな」
「おおおおおおおおっ! それはそれはっ! 極秘了解です! マローニに行けば会えるんですねっ。ワクワクしちゃうな~だって異世界人じゃないですか。どんな人たちなの? 言葉は通じるんですか? 可愛いエイラちゃんが行っても食べられちゃったりしませんか? そういえばコーディリアもマローニ行っちゃってますね~。エイラちゃんもそろそろ荷物を纏めないとですね」
「あー、そうそうアーヴァインって勇者がいて、そいつは若いエルフの肉体が大好物だったな……。あんなことや、こんなことされるかもよ? 勇者だからね、捕まっちゃったら衛兵なんて鼻クソで撃ち殺せるほど強いって言うし、エイラ教授も大変だなあ」
「ひっ……どうしましょ、食べられたりしたら、いいえ絶対食べられますよね、エイラちゃん可愛いし、きっと一目散に攫われて……あんなことされたり、こんなことされちゃうんですよね」
「何を期待したらそんな無節操な顔になるのエイラ? 大丈夫大丈夫、若いエルフが好きなんでしょ? なら絶対大丈夫。エイラはこう見えて年増だし、私の倍ぐらい生きてるし、だいたいエルフで年齢不詳って時点で200は超えてるでしょ?」
「ギリギリ超えてませんから!」
「16と21は大きく違うけど、195と200は同じだからね」
「セリアさん、この二人いつもこうなの?」
「ええ、二人が長く一緒にいると、だいたいいつもこうなります」
「大変だなあ。セリアさん。じゃあこっちで進行させてもらおうか。えっと、アリー教授、約束の爆破魔法はどこで? ここで何もかもフッ飛ばす感じでやっちゃっていいですか?」
「ひえええ、やめて。やるならエイラの研究室でお願いよ。ここは貴重な資料がたくさんあるからダメ。とりあえず中庭で待ってて。すぐに許可を取ってくるから、エイラは学内放送しちゃってほら」
「エイラちゃん分かったニャ」
「ニャって言うな!」
エイラ教授が廊下をダッシュで走っていった。中等部でも廊下を走っちゃいけなかったはずなんだけど? 言われた通り、中庭で待とうと学芸棟を出ると外には学生たちが大勢いて、人垣を割るように進まなくちゃいけなかった。まったくパシテーの人気は留まるところを知らない。出待ちファンがこんなにいるとは。
―― はいはーい。これから中庭でベルセリウス派が特別講義やりますよぉ~。見ておいたら勉強になるかも~
エイラ教授の伝声管放送が学内に響いた。
アリエルは中庭に出てリクエストされた魔法陣の実演を行った。
ネストを起動すると出てくのは当然ハイペリオンだし、もちろんエイラ教授はエルフなので、なかなかに酷い結果になったのだけど。
エイラ教授はヘロヘロになりながらもエルフの種族的劣勢を打ち消す魔法研究するなんて言ってたから、今後に期待したい。だけどエイラ教授はひとつ大きな勘違いをしていて、ハイペリオンがとても高い知能を持っていることを失念している。もしエルフの側が種族的劣勢を打ち消す魔法なんか作ったら、それを更に打ち消すような対策をするに決まってる。
一方、猫耳とメガネが可愛いアリー教授とは爆破魔法を実演する約束だったので爆破魔法の実演と、ついでと言っちゃ何だけど、障壁魔法の無力さも教えて差し上げた。
学生たちはみんなパシテーの飛行魔法を教えてほしいって言ってたんで、パシテー先生が直々に、包み隠すことなく根掘り葉掘り一から十まで教えてたけど、起動式魔導で飛行を実現するにはかなり時間がかかるだろうと思う。
研究者というのは凄い。ちょっと話を聞いただけでゾフィーにぐっと近づいた気がする。
アリエルにしてみれば自分の覚えていなかった記憶や、忘れちゃいけない思い出をアリー教授から教えてもらったような、奇妙な感覚だった。
時間凍結結界。無限回廊。その意味するものは分からない。
しかし時間が流れていない、もしくは、極端に時間の流れが遅い異空間は身近に存在する。
そう、[ストレージ]だ。
[ストレージ]を発見したのは偶然だったのかもしれないし、運命だったかもしれない。あるいは何らかの意思が働いたのかもしれない。だけど、そんな都合のいい異空間が実に『身近に』あるという事がゾフィー探索に一つの光明をもたらしてくれた。アリー教授風に言えば、身近にあるんだからそれを使うのが自然なんだ。ゾフィーを奪った敵もその自然の法則に従ってゾフィーを閉じ込めているのだとしたらゾフィーを取り戻すという目的に一歩だけでも近付いたに違いない。
勇者召喚の儀が執り行われればまたゾフィーと60秒ぐらい話せる……。ゾフィーを助け出すまで勇者召喚をやめさせる訳にもいかなくなったのは面倒だけど、召喚されてくる勇者たちを片っ端から倒していけば、召喚のサイクルも早まるかもしれないし。この辺のさじ加減も、まずは帝国に潜入して、状況次第ってことだ。
この世界でのんびりまったりしていて、ずーっとゾフィーを助け出せずにいたら勇者は5年ごとに増え続けるのだから、アリエルたちを取り巻く状況はどんどん厳しくなっていくし、選べる選択肢の幅はどんどん狭くなってくる。
めんどくせえ……なんて言ってられなくなった。
このあと、オマケのアリエル派の魔法講義を投稿する予定です。




