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07-09 セカ魔導学院へ

 タレスさんたち夫婦が再会を喜び合うフェアルの村から、こっそりひっそり、そそくさとセカに戻ってきたアリエルとパシテー。神々の道を踏んでゾフィーの転移魔法陣を通過したが追加で記憶が戻るということもなし。ゾフィーはもうここには居ない。ただ残り香のような懐かしい空気感が残るのみだ。


「パシテーは何も聞かないんだな」

「どうせ姉さまに問い詰められるから二度手間なの」


「ロザリンドに言うのか?」

「内緒にしておくの?」

 いや、内緒にしておくとか言うよりも、ジュノーの時の取り乱し方もそうだったけど、ロザリンドあいつ最近、寂しそうな目をすることが多くなった。それを見ていると胸が締め付けられるように痛む。


「確かに内緒にしておくことはないけど、タイミングが難しいな……」

「私のことは後でいいから先にゾフィーのこと助けてあげるの」


「いや、俺には何万年かかっても無理って言われたからね。同時進行するよ」

「信用ないの」

 パシテーのジト目が痛い。どうせまたエルフと見たら見境なしとでも思ってるんだろう。


 いちいち否定するのも面倒だし、記憶が戻りつつあるのでなんとなく分かるが、パシテーのいう通りエルフ族という種族に対してかなり好感度が高い。女がいつまでも若くて綺麗だってことも、そりゃあるんだろうけどそれだけじゃない気がする。


 どちらにせよアリエルたちには急用ができた。寄り道になるけどセカの魔導学院に行ってこの土地で昔何があったのかを調べなければならない。魔導学院は部外者に冷たいから、こういう時はベルセリウス家の名前を出して無双するに限る。


 スケイトを起動し、馬車道の中心をビュンと移動して、セカの街、南東側の端っこに差し掛かる。さすがにパシテーが飛んでても、このスピードなら騒ぎも置き去りにできる。確かに追いかけて来る人はいるけれど、パシテーが飛んでいることを見られても、市民の誰も驚かないマローニのような日常になってくれることを期待しよう。


 サルバトーレではセカの周辺、東から南側にかけて長大な擁壁が急ピッチで築かれている。戦時に限り冒険者、商人を含む全ての人とモノの出入りを管理する方針になったそうだ。加えて教会の賞金首であるアリエルとロザリンドに手を出して賞金を受け取った者には同額の賞金を懸けるという報復措置も公布されたので、二人を狙って流入してくる冒険者はかなり減るだろう。賞金2ゴールドのてくてくは論外だろうし。


「爺ちゃん、ちょっとお願いがあるんだ。いま時間ある?」

「おおっ、アリエルではないか。んー? なんでも言ってみろ」

 世の中のお爺ちゃんというのはだいたい孫のお願いには弱いらしい。ここで欲張って村や町の一つでもねだったらもらえたかもしれない。だけどアリエルはセカの魔導学院で教授たちと話がしたいので紹介状を書いてほしいというお願いをしてみたのだが『そんなものはいらん』と言われてしまった。


「ああ、大丈夫だ。仮にも魔導学院がアリエル・ベルセリウスを知らんなんて事はないからな。知らんと言われたら爆破魔法で門の一つでも吹き飛ばしてやればそれが名刺代わりになるだろう?」


 ダメだ、こんなとこにも悪名が轟きわたってる。ベルセリウス家的にはいいのか?

「もうみんなサルバトーレ会戦の結果は知っておるし、そもそもお前は天才少年剣士だからな。昔から有名人だぞ。わははは」


 それでいいのか? 本当にそれでいいのか?


「領主どの!」

 驚くような大きな声でアルビオレックス爺ちゃんが呼ばれた。声の主はカールシュテイン総司令だ。何万もの兵を整列させて、隅々まで声を行き渡らせる訓練をしているので、天幕に大穴が開くほど張りのある声がテントに響いた。


 まあ俺もパシテーも[爆裂]の衝撃波で麻痺してるから大声程度じゃ驚かないのだけど。カールシュテイン総司令は机に図面を叩きつけて愚痴をこぼしている。工事が思ったように進んでいないらしい。


「領主どの! 東法面ひがしのりめんの工事が図面から2メートルもズレておった。ちょっと急ピッチすぎるのではないか? 精度がまったく出ておらん。やり直しのほうに時間を取られるばかりで……ん? ……、アリエルどの、もしやとは思うがそちらのご婦人は?」

「あ、カールシュテインさん、こちらパシテーです。そういえば……」


「おおおっ!! パシテー先生のご本人でありますか。さすが、初めてお目にかかるが、思っていたとおりの美しさ。こんな野暮な天幕でお会いするとは残念至極。すみません、ひとつサインをばお願いしたいのだが」


 サインを求められて困惑しているのだろう、ちょっと困った表情でこっちをチラチラと窺うパシテー。どうしようかとアリエルの目を見て判断を求めている。


「契約書とか婚姻届けとか、そういうのじゃなければサインしてあげてもいいんじゃない?」

「おお、それでは、ちょっと……この鎧の胸の所にでも」


 大きな鎧箱からチェストを取り出し、左胸の心臓を守る部分にサインを求められた。

 なるほど、そういうお守り的なサインもアリなのだろう。


 パシテーは快く引き受けて、ハートを描くサービスも怠らずにサインしてみせた。

「てか、パシテーおまえサインがあったのか! 手慣れてるだろ」


 なんか色紙に書き慣れたような、手際の良さが見事だ。

「生徒の卒業祝いの寄せ書きとか、サインすることは珍しくないの」


 カールシュテイン総司令も家宝にして屋敷の居間に飾っておくとか言い出す始末で……。

 もう洗わないらしい。いや、洗った方が良いよね。汗まみれで相当臭うから。



----


 というわけで、アルビオレックス・ベルセリウス名の入った紹介状をもらうためサルバトーレに行ったはいいけど、何も貰うことなくいまセカの魔導学院へとお邪魔しに来たところ。サルバトーレ高原へはカールシュテイン総司令のフルプレート鎧にパシテーがハート付きのサインをするためだけに立ち寄ったようなものだ。


 そう考えるとなんだかとてつもなく無駄な時間を過ごしたような気がしてきたのだけれど、まあ、あんなに機嫌の悪かったカールシュテイン総司令の機嫌がよくなったのでまるっきり無駄足とも言えない。


 さて、魔導学院だ。

 ここはマローニの魔導学院と比べてキャンパスだけでも5倍? いやもっと広大な敷地面積を誇っていて、建物もいくつか見える。きっと学部によって施設を使い分けるという大規模なものだ。マローニとは比べ物にすらならない。


 開かれた学院門からほど近い正面の建物にある事務局へ顔を出し、古代神の研究者を紹介してもらうことにした。まあ、コーディリアに聞いた話によるとアリー教授という人らしいのだが。


 パシテーがフワフワしてるのを見て、学内ではちょっとした騒ぎになっているようだ。とは言っても、街の人たちが起こす騒ぎとは明らかに違う。パシテーの飛行魔法をつぶさに観察し、盗めるところは盗んでやろうという真剣な眼差しの学生たちが集まってくる。


 もともとマローニの魔導学院生で中等部で魔導の教員をしていたパシテーはそういう気概を持った学生たちの事は嫌いではないので、街でファンに囲まれたときのように逃げようともしない。ただ、堂々と浮かんで、ゆっくりとキャンパスを進むのみ。


 いつものようにパシテー大人気かと思っていたけれど、どうやら少し違うのかな? その視線の半分はこっち、つまりアリエルに向けられている。特に女学生からの声援を受けたアリエルの鼓膜は喜びに打ち震えるほどだった。なるほど爺さんの言った通り有名人なのは間違いないようだ。黄色い声援を受けるのはなんだか心地がいい。こんなのマローニでパシテーと初めて手合わせしたとき以来だ。


「いやあ、照れるなあ。俺もモテ期に入っちゃったかな」

「姉さまに報告することが増えたの」

「…………すいません調子ぶっこいてました! お願いだから言わないで」


 パシテーは花びらを散らしながら軽く加速し、アリエルを置いて先に行ってしまった。

 周囲でパシテーの魔法を観察していた学生たちが我先にと散った花びらを手に入れようとするけれど、残念ながらそれは具現化した個体マナなので、手に取ったところですぐ空気に溶けて消えてしまう。


 しかし学生たちにとってはそれすらも学習だった。今目の前で起きたことを早速ノートに記録している者や、障壁のようなものを張って、パシテーのマナの残滓を調べようとしている者も。さすがはボトランジュの最高学府だと感心してしまうほどだ。


 パシテーが入って行った建物に入ると、すでに受付中だった。

「アリエル・ベルセリウスと申します。ここへは調査で来ました。古代の女神ゾフィーについて詳しい方に取り次いでいただきたい」


「はい。アリエルさん、お会いできて光栄です。女神ゾフィーの研究者は一人いらっしゃいます。古代神研究の第一人者、アリー教授ですがアポを取りますか?」

「はい、お願いします」


 事務室ではいま話した女性事務官の背後に5本x20列ぐらいの伝声管が集まった壁があり、フタを開けてハンドベルでチャイムを鳴らすのを合図として、返事があれば用件を伝えるシステムのようだ。



―― チャララーン!


「アリー教授、アリエル・ベルセリウスさまがお見えです。女神ゾフィーのことで話を聞きたいそうですが、通してよろしいでしょうか」


「ア……アリエル・ベルセリウスゥゥゥ??…………あのドッカン魔法の?」

「はい。ご本人だそうです」


「通して! いますぐ!」

「分かりました。お伝えします」




「アリエルさん、アリー教授がお会いになるそうです。研究室はえーっと……」

「ハイ! ハイ! 私、アリー教授の生徒でセリアといいます。案内しますよ」

 アリエルたちを取り巻いてる女学生の一人が声をかけてきた。人族の、いや、このセリアさんもエルフ混ざってるな。長髪で耳は見えないけどなんとなくわかる。


「あ、じゃあお願いしよう。よろしくセリアさん。アリエルです。こちらパシテー」

「はい、存じてます。お二人は有名ですからね。コーディリアに自慢されるばかりで悔しい思いをしてましたが、やっとお会いすることができました」


「おっと、コーディリアの知り合いでしたか」

「はい。彼女とは初等部からの腐れ縁なんです」


 アリー教授の研究室は図書館に隣接した学芸棟の一室。

 セカの魔導学院図書館は円柱状の建物で二階建てになっていて質実剛健な石造りの建造物。可燃物の塊である書庫を守るためには良いのだろうけれど、風通しが悪く湿気がこもりやすいのが弱点ともいえる。木造の書庫と比べると本を虫干しする手間がかかるんだそうだ。


「セリアです。アリエル・ベルセリウスさんとパシテーさんをお連れしました」


「んー。どぞー、入っていいよ」


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