07-07 紅い瞳のダークエルフ
こちらアリエル一行を送り出したサオとディオネ。無言でマローニに戻る道すがら、重苦しい空気を割ってまず言葉を発したのはサオの方だった。
「ねえ、ディオネさん。あなたの出自はともかく、もう私たちの家族なんですからね、そんな怯えたような顔はやめてください。ノーデンリヒト砦であなたがどれだけ自信に溢れた顔をしていたか私は知ってますから」
「そんなの無理ですよ。だって私、あなたたちの敵だったんですよ。大勢殺してしまいましたし……」
「そうですね。あそこで死んだ仲間の中には私の友達も、幼馴染もいました……、でも、私もロザリィも人族を敵として戦ったドーラ軍の将校だったんですよ。そりゃロザリィは見た目がちょっと違うので怖がられたりもしたようですが、私はマローニの学校に編入させてもらってから一度もいじめられたとか、出自を理由に陰口を言われたりなんてことはありませんでした。最初は私たちにとって周りぜんぶ敵だらけに見えたんですけどね、そんな中でも胸を張って、顎を持ち上げて暮らしていればいいのです。ここマローニで生活をしていると、何が敵なのか、何を守らなければならないものかなんてすぐわかります」
ディオネはサオの言葉をひとつひとつ噛みしめながら聞いていたが、ところどころ心に突き刺さる言葉があって、返事をすることができなかった。ディオネたち召喚者はこれまで魔王の手下を倒すことは正しいことだと思ってきたのだから。
「ディオネさん、あなたは何のために教会を離反してまで魔導を?」
ディオネはサオと目を合わせず、前を向いたまま答えた。
「私は……何もできなかった。仲間たちが次々と倒れていくのに、何も……。私の力が足りなかったというのが建前。キャリバンが死んでどこにも帰る場所なんてなくなってしまったというのが本音かな」
「カリストさんやベルゴル? さんもマローニに居ますよね? なんでみんな教会に帰らず、離反したりしたの? 逃亡兵は斬首刑だって聞いたんですけど」
「私たちみんな帝国の生活が肌に合わなかったのよ。最初に奴隷を一人もらえるんだけど、それも返したの。バーバラっていう女の子。いまはアーヴァインさんと一緒に暮らして幸せそうにしてるけどね。私が要らないと言って返したときは泣いてた。自分が至らないせいで申し訳ないって。そんなんじゃないのにね。まあ、キャリバンもフェーベも、ベルゲルもカリスト爺も、みんな帝国や教会のやり方が肌に合わなくて反発してた異端者だったんですよ。だから帝国追い出されて、アルトロンドの教会に飛ばされて、その後の話は、ご存知の通りですけど」
「バーバラさんね。話は聞いてます。でも、その気持ち分かるなぁ。私もロザリィ付きの近衛侍女だったけど、ある日突然、要らないって突き離されたから。でも、その考えを聞いて少し安心しました。あなたとはいつか家族になれるかも知れませんね。頑張ってください」
「はい、よろしくお願いします。ところでサオさん、トシいくつなんですか? エルフ族のひとは年齢が読めないので」
「15」
「若っ!」
「ディオネさんは?」
「召喚で転移してきたから誕生日がよくわかんなくなったけど、17で転移して7年目かな。だから、今年24になります」
「あらら、行き遅れちゃってますねー」
「言わないで……この世界は結婚適齢期が早いんですよね」
「人族はだいたい14から17ぐらいで結婚しますよ。私も学校の同級生に求婚されたことがありますし」
「えーっ、15で求婚とか。若いのにやるのね。私もそういう青春を送りたかったよ。その相手の人はどうしたの?」
「せめて自分よりも強い男じゃないと……興味ないので」
ディオネはノーデンリヒト砦の立ち合いでサオが身長2メートルを超えるダフニスと立ち合って一方的に倒したのを覚えてる。どう見ても帝国軍の将兵よりも強く見えた。あんなのを軽くあしらっておきながら、せめて自分より強い男じゃないと興味がないなんて、理想高すぎ。勇者レベルじゃないとイヤだと言ってるようなもの。
だからこの可憐なエルフの女の子は兄弟子にくっついてこんな遠いところまで来たのだろう。
「ふうん、あなたも行き遅れないように気を付けてね」
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こちら領都セカへと渡ったアリエル一行。渡船を降りてノルドセカからセカへと踏み出した。
レダがここに来た時、満足に見られなかったセカの街をちょっと見てみたいとか言い出したので、ちょっと寄り道気味に、遠回りしながら、教会のある丘をぐるっと周回するようにコース取りしてみた。
レダはショーウィンドーのあるガラス張りの商店よりも、市場のような密集した露天商の集落のほうに興味があるようで、トマトやピーマン、リンゴや洋ナシ。葉野菜など、溢れる商品が山積みされている露店の籠山に目を奪われている。
セカの市場はボトランジュでいちばん賑やかなマーケットだ。
「兄ちゃん、これ何? 木の皮?」
「違うよこれは、干し肉でジャーキーって言うんだ。砦の兵士の間じゃあ、こんなもん食うぐらいならガルグのクソを噛んでるほうがいいってみんな言ってる」
「兄さま! こんな小さな女の子に、そんな汚い言葉を使ったらダメなの」
クソという汚い言葉に反応したのはドロシーだった。
「あはは、知ってるわよそれ」
「おお、帝国でも兵士はみんな言うのか?」
「「ジャーキーもクソも口に入れたら同じ味!」」
「ドロシーも下品なの!」
辟易するパシテーを押しのけてレダも食いついてくる。
「へへー、兄ちゃんそれ私も知ってるよ」
「「「クソ食らえ」」」
「もう! 悪い影響受けてるの!」
「わはははレダ、欲しいものがあるなら買ってあげるよ。家族にお土産を買って帰ろう」
「へへー、私にはもうすっごいお土産があるんだ」
「そうだったなレダ、じゃあそろそろ帰ろうか」
ちょっと長い距離を歩いたせいか、それとも今ひとしきり怒ったせいかパシテーが少し疲れたらしい。フワフワと空を飛ぶパシテーを見て、街の人たちは興奮気味に集まってきた。マローニではもう日常的に飛んでるから行列ができるなんてことはないけど、ここセカで飛んだら『パシテーがバレる』んだった。
アリエルたちが移動する後にゾロゾロと行列が繋がってきた。フワフワ飛んでるパシテーを目印にどんどん人が集まってきては話しかけられる。その内容はだいたいが公演についての話だ。
「次の公演はいつですか?」
「パシテー先生の女優さん、代わられるのですか?」
みな口々に質問したり、ただ喜んでいたり。どんどん人が集まってくる……人族の街で大勢の人に囲まれる。ドロシーとレダの気持ちは穏やかではない。
「兄ちゃん……」
「ああ、怖がらなくていいよ。この人たちはパシテーのことが好きなんだ」
パシテーは忘れてた……と言いたげにテヘペロっと舌を出してウィンクして。
「もう遅いよ。そのまま劇場の宣伝を装った方がいいかもな」
「うん。まさかまだ続いてるなんて思ってなかったの」
アリエルとパシテーにとっては黒歴史でしかない『100ゴールドの誘拐魔』が未だ人気があるとは誤算だった。まさか本物の『ブルネットの魔女』が飛んでるのを目撃するなどと誰も思わないので、ここは劇場宣伝のチンドン屋に扮して教会まで行ってしまおう。
「パシテー、あそのこ丘の上に見える教会。先に行っといて」
「ん。ちょっと回り道していくの」
パシテーは観客にアピールしながら瘴気をばらまいて花びらで演出する。美しく舞い散る花びらで、さながら桜吹雪のように。右に左に、回転しながら、パシテーの舞いに合わせて花びらも舞う。
「皆さま皆さま、レディプール劇場、100ゴールドの誘拐魔。上演は未定でありますが、それでは! 今日のところはここまで。またのご来場をお待ちしております」
「「「「「「「 おおおおおおぉぉぉーーーーーっ! 」」」」」」」
パシテーはちょこんとプリーツスカートの裾をつまんでお辞儀をし、大量の花びらを散らしながら上空を大きく二度旋回した後、豪快に速度を上げて飛び去った。よくできた演出だ。三度加速して、三度花を散らす。最近、瘴気が濃く出るようになって、花が散りやすくなっていることが気になっているところなのだけれど、てくてくが言うには大丈夫だという。
観衆の皆が空を見上げてパシテーの散らした花びらをに目を奪われている。このスキに雑踏を抜け出してしまおうという作戦だったのだけど、ドロシーもレダも口あんぐりでパシテーの散らした花びらに目を奪われている。あんたらが目を奪われちゃいかんでしょうに。
「ささ、いまのうちに。レダもほら」
ドロシーを抱き上げてこの場を逃れ、教会に続く丘を滑って登ると、礼拝堂の入り口、屋根のたもと。たくさん並ぶ柱の上、ガーゴイル像の横にパシテーが腰かけて遠くの景色を眺めている。
「兄さま、ここ綺麗なの」
パシテーは『すとっ』と降りるとレダの手を引いて教会の屋根に飛んだ。
20万都市の中心の小高い丘から眺める景色。
遠くの方は霞がかかり彼方まで連なる家々がモザイク画を模したような絶景だ。パシテーが嫌いだと言う世界はこんなにも美しい。
そのままパシテーとレダはしばらく教会の屋根にいて景色を楽しんだ。
別に屋根に上がらなくても丘の上なんだから景色いいのだけど。
「そろそろ行こう」
教会警備の衛兵に声をかけて中に入ると、いつも通り荘厳な空気感を醸し出す礼拝堂だった。ステンドグラスから差し込む色とりどりの光が脚光となってアリエルたち一行を迎えた。
「人族の教会って……やってることはえげつないくせに、こんなにも綺麗なんですよね」
「教会だけに限らず、こういうのは外面を取り繕って民衆を騙すのに都合がいいんだ」
エルフのドロシーにもレダにも、この教会の内装は美しく見えるらしい。同じものを見て、同じように美しいと感じるのに、一部の人がエルフたちを見る目は殊更に醜い。アルトロンド兵が教会と組んでる理由はカネだし、本当にロクでもない。莫大な利益を生み出す奴隷売買がバブル並みの好景気を引き起こしたまではいいが、奴隷資源が枯渇して経済が傾いてるんだろう。景気よく大増員した兵の手当ても給金も払えなくなったからボトランジュに侵攻してきたんだ。
奴隷の輸出はアルトロンドの主要産業だと聞いた。兵を揃えてボトランジュに侵攻なんて、言い訳できない戦争行為だ。何の後ろ盾もなくアルトロンドだけでできるわけがない。強力に後方から支援する者が必要だ。そんなの帝国が裏で糸を引いてるに決まってる。ボトランジュが負けたら、たとえ人族であっても二等、三等市民とされて、奴隷と同じ扱いを受けるというし、女は売られる。教会から神託を受けた神兵とかよく言うよホント。
確かにロザリンドが言うように、帝国も教会もアルトロンドもジュノーの息がかかってるけど、ジュノーが奴隷を求めて戦争を吹っ掛けるだなんて……そんなことあるわけがない。
「兄さま、考え事?」
「いや、そろそろ行こうか」
帝国側に繋がっていそうな北東と南東の転移魔法陣とは念のため封印の石板を乗せたままにしておかないと、帝国から簡単にセカへ攻め込まれるから、もののついでと言っちゃなんだけど、いま必要のなさそうな2枚の石板は元あったように同じ大きさの石板を合わせて封印しておいた。
アリエルたち全員が手をつなぎ横一列に並んで西の魔法陣に足をかけ魔法陣が起動すると、次の瞬間、魔法事故でも起こったかのように大きな魔法陣が幾重にも立ち上がった。
―― バッ。
何か電流がショートしたような破裂音がすると、驚いてみんな一歩、二歩と下がった。
突然、目の前に裸の……全裸の女が現れたのだ。背中を向けているけれど、身長は190センチ前後の長身。うっすらと向こうが透けて見える。
ウェーブのかかった背中まである黒髪を特徴的な長い耳に掛けながら、キョロキョロと辺りを見渡したあと、肩越しに振り向いてアリエルを見つけると、すぐに向き直りとてもいい笑顔で微笑んだ。
場の空気なんて考えない、この屈託のない笑顔には見覚えがある。
その特徴的な紅い瞳に惹き込まれそうになりながら、アリエルは無意識のうちに一歩、二歩と、この女のもとへ、まるで引き寄せられるように歩み寄ってしまう。
埋もれてしまって忘れ去られた記憶を呼び起こされれたり、イオたちに話を聞いたり、そして転移魔法陣に触れてハッキリとした幻を見たり。
本当に会いたかった。
もう一度会って話をしたかった。
「……ゾフィー」




