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07-04 また妹が増えました

カリストはグレアノット師匠の旧友。勇者パーティの回復担当だった人。



 タイセーの冒険者登録と何より大事なミルクイベントを終えたアリエルたちは、ギルドのウェスタンドアを押し開けて、ゾロゾロと魔導学院へと向かった。あの忌々しいマローニ教会の、美しいオレンジの色の屋根に向かって、マラドーナ装品店を通り過ぎた突き当りの建物が魔導学院だ。


 カリストさんは治療院施設の建物が出来上がるまで魔導学院のキャンパスに小奇麗な仮設を建て、その一室に間借りしているらしい。


 仮設とは言え土魔法建築と木造建築の合作のような手間のかかった建物で、さすが魔導学院の敷地内という事もあって、パシテーの目にも寸分の狂いもない、しっかりとした立派な建物だった。

 万国共通の白地に赤い十字を模した旗が立てられていて、ここが医務施設であることはたぶん誰の目にも明らかだろう。場所的にはここでもいいんじゃないかって思うんだけど、シャルナクさん曰く、医者は街の中心部で、荷車や馬車のアクセスが早い大通り沿線にあるべきとのこと。少し中心部を離れたここ、魔導学院の入り口門近くに居を構えた理由は、だいたい勉強熱心な魔導学院の学生たちが、24時間いつもここに居て、しかもカリストさんの治癒魔法を学ぼうという学生も少なくないらしい。チャイムを鳴らすと看護師のような白衣を着た女子学生が迎え入れてくれた。


「カリストさん、こんにちわ。ご無沙汰しています」

「おお、アリエルどの成長したのう。っと、おおおぅ、ア――――――――ヴァインではないか」


「よう爺さん、すまんな世話になる」

「おお、そうじゃったそうじゃった。烙印を消すんじゃった。まさかお主が殺しに来たのかと思うて、殺される前から心臓が止まると思うたわい」


「タイセーお前ホント評判悪いな」

「俺が悪いの? ねえ俺が?」


「ところでアーヴァインお主なんでベルセリウスどのと一緒なんじゃ? もしかして、のされたのかの?」

「ああ、そうだよ。ボコられたよ。紹介するぜ、アリエルとロザリンドは俺の高校の同級生で、ガキの頃からの腐れ縁。簡単に言うと幼馴染なんだ。まあ、よろしく頼むわ。爺さん」


「幼馴染じゃと? 日本で? まさかその外見で日本人? 魔人族の姉ちゃんもか?」


「俺たちは召喚者じゃなくて転生者なんだ。日本で死んで、こっちに転生して生まれた」

「ほーう。そんなこともあるのじゃな。なーんだ、そういうことか。なるほどのう。ほっほっほっ……そういうことじゃったか」


 カリストさんはとても納得した様子で機嫌よく治療をしてくれた。

 詠唱1回につき3分以上もかかる。パシテーによると高位の治癒魔法は起動式が150字以上になるらしく、それを3節に分けてるとか。カリストさんが書く起動式をしっかり見たから間違いないらしい。

 この魔法を使って肩に押された烙印を消すのだから必要とされる集中力は半端なものじゃあない。


「こちらのお子さん、顔の傷も消しておいてやろうかの」

「私……いらないよ。この傷は、私を守るためにお父ちゃんが付けてくれた傷だから」


「レダ、その傷はもういらないのよ?」

「いいよ。でももしこの傷を消すのなら、お姉ちゃんといっしょがいい」


「そうか。それならまたその傷が要らなくなったらお姉さんと来なさい。ただし、わしは人族じゃからのう、早くせんとお迎えが来てしまうでの」

「うん、じゃあまたそのときにね。おじいちゃん」


 レダは顔の傷を消すことを拒んだ。可愛い顔してるのにもったいないなって思うアリエルの個人的な価値観よりも、幼いレダを守るために父親がつけてくれたことを誇りに思ってる。ちょっとズレてる気がしないでもないけれど、レダはいい子だ。


 カリストさんのおかげでアーヴァインの奥さんたちもドロシーの奴隷の焼印も消えた。こちらはホッと一安心。あとはこっちの用事がちょっと残ってる。まあ、魔導学院に来たら師匠の所に顔を出さないと後が面倒なので、受付でアポとってからパシテーと、あとコーディリアの三人で師匠の研究室を覗くことにした。実はちょっとしたアイデアがあって、それを実現できるかどうかを師匠に相談したかったのだ。


 ロザリンドは魔導学院に来ると絶対に時間がかかるので先に帰るという。確かに師匠との魔導談義が始まってしまうと、下手すりゃメシも食わずに何時間も続けてしまうことになるから、思う存分やりあってから屋敷に帰っても食事にありつけないということにもなりかねない。ロザリンドにはアーヴァインたちと先に帰ってもらうことにした。



----


「入れ」


「師匠、おっはよーう。ご無沙汰しています」

「師匠、久しぶりなの」

「グレアノット教授、お邪魔します」


 師匠の研究室では助手かな? ローブ姿の女性がひとり居て俺たちの顔を見るなり腰を抜かした様に机にもたれかかり、そのまま背後の壁にへばりつくまで後ずさりしてしまった。


「ひっ!……ひえぇぇぇぇ!」


 ディオネだった。この壁までドン引きした挙句、素っ頓狂な悲鳴を上げているのは、勇者パーティのひとりで、ベルゲルミルたちと一緒にロザリンドたちドーラ軍と戦った魔導師だ。


「おおっ、ディオネじゃん。こんなとこで何してんだ?」

「ししししし、師匠って……」


「お。アリエル。パシテー。久しいの。どうしておった? 魔導の探求は進んでおるか?」

「はい、おかげさまで。今日はちょっと相談があってきました」


「ふむ。何か難しい話がありそうじゃの」

「そうなんですよ。実は……精霊を本に宿らせる精霊術があるんだけど、うちのてくてくは、本に精霊を宿らせると対応する魔法が無詠唱で使えるようになると言ってたんです、実はそれを精霊なしで実現できるはずなんですけど」


「ほほ――う。無詠唱か。わしの研究テーマがいま正にそれなんじゃて。興味があるのう」

「ちょっと一言で説明するのは難しいんですが、えーっと、どう言えばいいかな。俺のオリジナルなんですが、魔導師と戦う時、相手が起動式を書いてるところに、こっちの魔法の起動式を割り込ませて仕込むというトラップ型の魔法があるんですけど」


「なんじゃそれは、そんなヒドい魔法を考えておったのか」

「はい、実はアドラステアで実験したんですけどね? ご存じなかった? まあ起動式がスリ変わっても気が付かないようなマヌケにしか効果ないですけど」



―― ガタッ


 ディオネが持っていた本を落とした。


「マヌケでごめんなさい……」

「え? そんな事あったっけ?」


「イジメって、イジメた方は覚えてないって本当だったんですね……」

「なんじゃお主ら? 知り合いじゃったか?」


「はい。師匠、私この人に殺されるところでした」

「ほっほっほっ、大丈夫じゃ。お前の姉弟子のパシテーですら初対面では殺されそうになっておるでの」


「私が姉なの?」

「そうじゃ。また預けてもええかのう?」


 預かるのはいいとしても、ディオネはちょっと込み入った事情があって、一緒に生活できるか疑問が残るんだけど。こっちよりもディオネのほうが気を遣って気を遣って、きっと胃に穴を空けてカリストさんの治療院に通うことになると思うんだ。いくらなんでも実際に殺し合ったロザリンドやサオと一緒に暮らすのは気の毒。ここはやんわりとお断りするのがディオネのためだ。


「うーん、実はいま俺、教会とモメててさ。それがエスカレートして戦争になってるんです。つい昨日もノルドセカとセカで戦闘になったところですし。こっちはやる気がなくても向こうは殺しに来るんで。俺がこの子預かったら、元仲間だった奴らと殺し合いになってしまう。それはダメでしょう」


「じゃあマローニを出る時は置いて行けばよかろう。お主に預けるからの」


「俺も最近ちょっと大所帯になってきてて、屋敷の方も部屋が足りなくてタイセー夫婦の部屋は庭にコテージ作って増設してるような状況だし……あ、でもドロシーが出て行ったら一部屋空くな……」

「し……師匠、私、この人に預けられちゃうんですか?」


 ディオネはハイペリオンに襲われたときのことがフラッシュバックして足がすくむ思いをグッと噛みしめて飲み込んだ。あんな恐ろしいものを飼ってる人に預けられるなんて考えたくもないのだろう。

 だけど、ディオネは一言も『イヤだ』とは言わなかった。なぜならディオネの目指すところこそベルセリウスの魔導『無詠唱』なのだから。そこに至る最短距離が向こうから現れてくれた。恐怖で震えが止まらない。でもそれも望むところだと、そう思った。


「ディオネ諦めろ。師匠は頑固で俺たちには反論の余地はない。これからお前は俺のことは兄さん。パシテーは姉さんだ。いいな。じゃあこの話は終了」

「ええっ……あなたでも師匠の命令には逆らえないんですか?」


「逆らおうとしたら何だかんだ言って言い負かされるんだ、それとあなたじゃなくて、兄さんな」

 しゅんとしてがっくりとうなだれるディオネの姿があった。今まで何をしていたのかは分からないけれど、師匠のほうはとっくにアリエルの話を聞くモードに入っている。すまんなディオネ、師匠は物事を順番には処理しない。興味のあることが最優先で、ディオネ、お前の優先順位はどうやら低いようだ。


「ところで師匠、そんなことよりも。精霊魔導の話なんだけど、俺が起動式を割り込ませるのって、網膜に直接マナで書き込むんだけど……」


「ふむ。まず『もうまく』とは何のことかの?」

「ディオネ、あとで説明してあげて。とにかく目です。目」


「ならば実験じゃ。そうじゃの、わしの『もうまく』にトーチの起動式を書き込んでみせてくれ。この人差し指に火が灯れば成功じゃの」


「えーっ、トーチの起動式って、どうだっけ?」

「兄さま……」

「師匠……私こんな人に魔法教わるんですか?」


 恥かいた……。何しろトーチの起動式なんて師匠に教わってから10年以上使った事ないし、無詠唱で使えるようになると起動式なんて忘れるのに……。


「あんな変な字? みたいなの覚えられないって。なんだよ魔導師って、みんな天才なんじゃねーの?」

「ほっほっほ、お主にはジョークの才能もあるんじゃの」


 ……師匠の研究室が笑いに包まれた。

 パシテーの目が笑ってない以外はみんな笑ってる。コーディリアですら笑ってる。

 なんで笑われるのか意味が分からん。今のセリフのどこにお笑いの要素があったのかあとでパシテーににこっそり聞かないと。


 敵の魔導師の起動式に魔法を割り込ませるのはだいたい[ファイアボール]と相場が決まってる。これ実は術者であるアリエル本人が起動式を覚えてるのは[ファイアボール]だけという単純な理由なんだけど今は[トーチ]が先決だ。分かりません、できませんじゃ話が先に進まないので、パシテーに起動式を教えてもらい師匠の網膜に起動式を書き込んだ。



―― ポッ。


 ……人差し指に火が灯った。 師匠は術式を省略できるので、実質の無詠唱が可能なんだ。


「でもこれ、術式入れないと起動しませんからね。普通は」

「ほーう。なるほど。これは素晴らしい技術じゃの。なるほど。そうか! 起動式はマナで書いておけば他人が書いたものでも良いのじゃな。だとすれば……なるほど! あらかじめマナを含んだインクで本に書いておけば、そのページを見て術式を唱えるだけで魔法が起動するわけじゃな! 術式省略と掛けて加えれば無詠唱の完成じゃ!」


「誰でもは無理なの。私が書いてもマナの親和性がなくて魔法は起動しないの。だから本に書く起動式は自分のマナで書く必要があるの」


「ああ、いま俺が師匠の目に直接起動式を流し込めたのは、俺のマナが特殊なのと、あと起動式を師匠の眼球内に転移させたことで実現しています。だから誰でもというのは今のところ無理かな。でもそれ以前の問題で、インクにマナが乗らなくて、羊皮紙に定着させることが難しいのですが、うまく羊皮紙にマナを定着させることができれば、本のページをペラペラとめくって見るだけで瞬間的に起動式が入力されると思うんですけど」


「なるほど。そういう事か。ならば錬金術師に相談じゃ」

「師匠、マナを定着させるインクが完成しても技術は非公開でお願いしますよ。いまは戦時ですし、普段の生活では起動式を入力する魔法でもなんら不便ないのですから」


「そうじゃの。技術を敵に奪われることの方がオオゴトじゃて……では、ディオネをよろしく頼んだぞい。こやつもなかなかに才能あるからの」


「師匠、いまこの人、眼球内に転移なんて言ってましたよね? そこんとこ突っ込まないんですか?」

「ディオネ、転移魔法見たことないの?」


「ありますよ! カリストの後ろに爆弾みたいなの転移したの見ました!」

「じゃあ知ってんじゃん。あと俺のことは兄さんな」


「そういう事じゃなくって、ねえ、師匠、転移魔法ですよね? 3大ロストマギカの時空魔法ですよね?」

「そうじゃの、気になるならアリエルから習えばええ。わしは錬金術師にオーダーするインクの仕様を考えるので頭がいっぱいなんじゃ」


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