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01-13 はじめての立ち合い

強化魔法を学ぶイベントです。

2021 0719 手直し




 アリエルがグレアノットと二人、熱心に強化魔法、土魔法の魅力について話していると、アリエルたちに30分以上遅れてトリトンが金属鎧を装備してきた。面体がなく、全身を金属プレートで守られているが、関節部分や背後は革ベルトが露出している。この装備品は騎士団の標準的な装備だ。


 アリエルは少し引いた。

 この大人は子どもの木剣の遊びにガチ装備を準備してきたのだ。


 ガチャガチャと重い音を立ててはいるが、その足取りは軽い。トリトンも強化魔法を展開済みということなんだろうけど……。


「ははは、子供とはいえ強化をかけた打ち込みを受けるのに普段着じゃ痛いからな。それよりどうしたアリエル? ボロボロじゃないか……またポーシャに叱られるぞ」


 あっけらかんとしてアリエルのボロボロになった衣服を指して笑うトリトン。

 そこ笑うトコじゃなくて、ポーシャに叱られないようフォロー入れてくれるのが父親として正しい振る舞いだ。


 グレアノット先生が少し自慢げに顔をほころばせる。

「ご子息の才能をお確かめください。ほっほっ」


「もとよりそのつもりだ。アリエル。この剣を使いなさい」


 トリトンは二本持ってきたうち、短いほうの剣をアリエルに手渡した。鞘から抜いてみるとしっかり打たれた良いハガネの剣だった。


 まさか真剣かと訝り、アリエルは刃の部分を指で触ってみたが、指をケガすることはなかった。

 刃引きの剣だ。アリエルは片手で軽々持てる強化魔法の効果にまず驚いた。さっきまで走り回っていたので脚力がえらく上がっているのは分かっているが、まさか両手持ちの剣が羽根のように軽く感じるとは。


「アリエル、魔法を起動しなさい」

「あ、はい、もうずっと起動しっぱなしで解除してないから大丈夫ですよ」


 ずっと起動しっぱなしで解除していないという言葉にトリトンは少し驚かされた。

 魔法を覚えたてのころはだいたい強化魔法や防御の魔法を常時展開するのは疲れるから、どうしても強化を緩めにさぼってしまうものだ。それをずっと起動しっぱなしで展開しているという。


 砦を守る騎士たちでも強化魔法かけっぱなしだと、動かず待機しているだけでも1時間ほどで疲労の色が濃くでてくるというのに。さっきチラッと二階の窓からアリエルを見たが、あれからずっと起動しっぱなしだとすると30分になる。


「ほう、それは凄いなアリエル。では遠慮なくこの私に打ち込んできなさい」


 トリトンはゆっくりと中段に剣を構え、ぐっと眉根を寄せて眼前の息子を睨みつけた。

 アリエルはその眼力に少々の威圧を感じた。


「はい。お願いします!」

「いーい返事だ」


 とはいえアリエルも躊躇している。な刃引きしているとはいえ、重量的にも真剣と変わらない鉄の剣だ。これを本気で打ち込むと大けがをさせてしまう。


 半分ぐらいの力で様子を見てみようか。


「あ、父さん、本気で打ち込んでいいの? 危ないと思うけど……」

「アリエル、心配させてしまったか、すまんな。だが私も鎧を着込んだ時からずっと強化をかけているから大丈夫だ。さあ、遠慮なく」

 

 アリエルはいつも木剣を素振りするとき、まずは美月のルーティーンを真似て鍔にこっそりおまじないをする。生まれて初めての立ち合いも同じだ。いつものように落ち着いて、いつものようにルーティーンをこなし、そしていつものように修練を終える。


 そういえば美月は上段に構える前、竹刀を顔に近づけて何を話しているのだろうか。今となっては知ること叶わないがルーティーンを真似るのだから、何かつぶやきを添えてもいいだろうか。


『んっ、落ち着いてきた』


 何のことはない、自分の心を落ち着けるための言葉だった。


 アリエルは瞑目したままゆっくり上段に構えた。前世で二軒隣に引っ越してきた幼馴染、常盤美月ときわみつきが毎日毎夕行っていた素振りをいつも見ていた、左上段の構えというやつだ。


 トリトンは仮にも軍属で砦の守備隊長らしいから、まあ、子どもの打ち込み程度じゃどうこうならないだろう。


 アリエルはゆっくりと瞼を開くと、十分に気合の乗った威圧を放った。

 トリトンは一瞬なにか突風が吹き抜けたような感覚に陥りひるんでしまったが、すぐに持ち直した。


 距離はざっと3メートル。アリエルがさっきから強化魔法をかけて遊んだでいた感覚では、これぐらいの距離なら一歩の踏み込みで打ち込める。そういえば打ち込まれたら痛いから鎧着こんできたって言ってたし、トリトンからは怒気も感じない。子どもの打ち込みを受ける気満々で開始線に立っているのだろうか。


 では、遠慮なく。



―― フッ


 強化魔法を十分に乗せたダッシュで踏み込む。爆発的な加速に視界がブラックアウトしそうになりながら、トリトンの左小手を狙って剣を振り下ろす。


 一方、攻撃を受けたトリトンはその攻撃のあまりの速度と鋭さに驚いた。中段に構えた剣を捻って受け、かろうじて籠手を防御する。



―― ガキン!!


 咄嗟に防御することに成功したトリトンだが、正直なところそのその一撃のはやさもそうだが、とりわけ打ち込みの重さに驚いた。砦に駐留する兵士でも、これだけの打ち込みを放てる剣士などいない。それがさっき強化魔法を覚えたばかりの7歳の子供の打ち込みだというのだから洒落にならない。


 7歳の子どもだと舐めていたトリトンは思いがけない重打を受けて態勢を崩されてしまい、無意識に下がってしまった。


 アリエルは追撃の一歩を踏み込み今度は防具のない頭部を狙って真っすぐに打ち込む。



「クッ、速い」


 振りかぶった剣を迷いなく振り降ろそうとするアリエルと、それを身体を捻ってかろうじて躱すトリトンの攻防。それは短く刈り上げられた前髪の毛先が切り飛ばされるほどギリギリであった。

 それは寸分の見切りという高度なテクニックではなかった。十分な間合いでよけたつもりが、致命傷ギリギリの攻撃を紙一重で避けることに成功し、結果前髪を少し散らしたのである。


 渾身の一撃を躱されたアリエルはバランスを崩し、身体を開きながらも返す刀で胴を横に薙いだ。

 だがこれはいただけない。次の手を用意してなかった上にバランスまで崩してしまったので、無駄に手数を出しただけだった。こんな腰の入ってない手打ちの攻撃がトリトンに当たるわけがなかった。


―― ガッ!!


 トリトンはようやく落ち着いてアリエルの攻撃を剣で受けた。


「ふう、危ない危ない。すまんなアリエル、お前を7歳の子供と侮ってしまった」


 上段の構えから繰り出される踏み込みと一撃は、鍛錬しているからこそスピードと鋭さをもって打ち込めるのだが、最後の胴を狙った横薙ぎは蛇足であった。鍛錬でも滅多なことでは刃を寝かせて薙いだことなんてないのだから当然、簡単に受けられてしまったというわけだ。


「父さん、俺、最初の一撃を躱された後の攻撃まったく考えてなかったよ」


「そうだな。剣は振り回せばいいってもんじゃない。不用意な攻撃は隙を生み命を脅かすことになるから、ちゃんと鍛錬しなくちゃいかんな。でも最初の一撃な、あれは良かった。速く鋭く、迷いなく、真っ直ぐか……。なんかな、羨ましいと思ったよ」


「ほっほっ、どうじゃったかの?」

 先生が上機嫌なドヤ顔でトリトンに迫る。それみたことかとでも言いたげな表情だ。


「グレアノット殿、確かにうちの息子は……、天才なんでしょうね。正直、想像してたよりだいぶ上を行かれました。……最初は小手を打たせるつもりだったんですが、あまりに鋭いのでビビってしまってね、あのまま打たせてたら骨折ぐらいしていたと思います」


 アリエルは借りた刃引きの剣を返すと、トリトンはチラッとアリエルを見てから視線をグレアノット先生に戻した。


「私はね、将来、アリエルが戦場で命のやり取りをすることを望みません。息子を戦場に送りたくはないのです。グレアノット殿、お願いします、アリエルには人を殺す技術ではなく、自由に生きるための技術を教えてやってください。息子が戦場で血を流すことは、私には耐えられないのです」


「ほっほっ、心配いらんと思うがの。……ほれアリエルくん、将来何をして暮らしたいか、お父上に話してみてはどうかの?」


「え? はい。俺は、旅人になりたいです」


 アリエルはとても晴れやかな、いい笑顔で自分の将来の夢を語った。


「おいおいエル、旅人はないだろう? 旅をするにもお金が必要なんだぞ? お前は冒険者にでもなるつもりか?」

「冒険者……?」


 冒険者なんて職業があるのか。前世のファンタジー小説にはつきものの職業だ。

 剣と魔法と冒険者、この世界を股にかけ、いつか日本に戻るその時まで、冒険者で名を売るというのも悪くはない。


 トリトンはアリエルの目がキラキラ輝ているのを見て、少し安堵した。

 ある意味冒険者は兵士よりも危険な職業であるが、何より冒険者は自由の象徴だからだ。領主の五男坊に生まれ、結婚したと思ったら強制的にこんな僻地で開拓させられる不自由な生活だけはさせたくなかった。どうせこの土地は戦場になる運命にあるのだから。


 トリトンはアリエルが軍人になって魔族と戦うなんて言い出さないかとヒヤヒヤしていたが、どうやら杞憂に終わったようだ。自由の象徴ともいえる冒険者になりたいだなんて、なんと清々しいことか。


「そうか、冒険者になるか。それもいいかもしれんな。……アリエルの実力も見られたので、私はこれで失礼するよ。邪魔したな」


 トリトンはアリエルの頭をぐしゃっと撫でただけで、振り返ることなく足早に屋敷に戻っていった。



----


 自室で鎧を脱ぐトリトンを手伝うビアンカは、短時間だったのにぐったりと疲れた様子のトリトンを気遣い、溺愛する自慢の息子の才能がどれほどのものかを問うてみた。


「ねえあなた、エルはどうでしたか?」

「ああ、相手がアリエルなんで舐めてたんだが、殺されるところだったよ……」


「まあ……」

「あれが天才ってやつなんだろうな。我が息子ながら空恐ろしいと思った。7歳だぜ? まだたったの7歳。俺なんか7歳の頃は剣も強化もそっちのけで、毎日トンボ追いかけてたぜ。……俺が戦場には行かせたくないって言ったら、あいつ何になりたいって言ったと思う?」

 

「さあ、そういえばエルの将来の夢とか聞いたことがなかったわね」

「そうなんだよ、それが、アリエルのやつ旅人になりたいんだとさ」


「旅人……なんだか素敵ですね」

「ああ、羨ましい。自由っていいよな。せめてアリエルには自由に生きてほしい」


「ええ、そうですね」


「俺の分もな」


「自由にですね」



次回は少し話が逸れますけれど、アリエルの父、トリトン・ベルセリウスのお話を。

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