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06-13 レダの才能

 芋虫ゾーンから村まで道はしっかりと荷車の踏み跡が残るほど整備されていて、薄暗い森を幻想的に照らし出す木漏れ日が風にそよぐ葉のさやけく音に合わせて左右に揺れている。


 岩山から降りて森に入る俺たちを歓迎してくれた芋虫地獄では考える余裕すらなかったこの『まったり』した空気と、きっと200年前からあまり変わってないだろう景色、そして100年後でも変わることがないだろうこの空間に取り込まれた光と緑が織りなすファンタジーに、ロザリンドも言葉を失ってこの息を呑むエルダーの情景に魅入ってしまったようだ。


 ドーラにはこれほど鬱蒼うっそうと我先にと茂る雑草もなければ、緑のいろどりも豊かに光合成を行う広葉樹の森もない。ドーラやノーデンリヒトに見られるツンドラの大地、外界から冷気を遮断する部屋と温かな暖炉がなければ人なんて到底暮らしてゆけないような、雪と氷と死に閉ざされた世界で弱々しい光線を受けて細々と生き続ける広大な針葉樹の森とは正反対の趣があって、アリエルはというと、そのどちらも気に入ってる。


 そんな小く揺れるスポットライトに照らされながら、9歳のエルフ少女を抱っこして歩く森の道。

 レダの腕は折れた訳じゃなくて、ちょっとヒビが入っていただけらしい。若さも手伝ってかマナを吸い上げるように吸収するとみるみるうちに治癒していった。


「あれ? これ、治癒魔法?……なの?」

「治癒魔法じゃないんだよな。本当のところ良くわからない。でも腕はもう治ったろ?」

「うん……もう痛くない」


 レダをおろして村の入り口までくると、村長のタキビさんたち男衆が森の様子を見に出るところだった。村の入り口に数人の男が待ち構えていて、その中でもいちばん若い男がロザリンドを見るや否やすぐさま柄に手をかけると、剣を抜くか抜かないかのうちに後ろから鞘に入ったままの剣で脳天を一撃されてしまった。ゴツンと鈍い音が聞こえたけど大丈夫か? 前にしか注意を払っていなかったとはいえ、あれは痛い。この村に剣があるということは、タレスさんの仕事なのだろう。


「アリエルさん、そして……ルビスの魔人どの。ものを知らぬバカなセガレが無礼なことを。どうか許してやってください」


「村を守る男はそれぐらいが丁度いい。俺もロザリンドも、もう慣れっこですからお気になさらず。今日はまた一人のエルフを受け入れてほしいのと、千年前この村であった事件の顛末の報告など」

「そうでしたか、ならばこんな所で立ち話もなんですので、どうぞ我が家へ」


 フェアルの村は時間が止まっているように何も変わってない。4年ぐらいじゃ変わりようのない、落ち着いた佇まいを見せる。違いと言えば獣の革をなめす女性の姿が目立つようになったぐらいか。


 アリエルたちを迎え入れた村長の家には奥座敷に長老がいて、囲炉裏を囲み絨毯の上に座って座談するようになっている。


「おお、いつぞやの。成長したのう。そちらは……ルビスの魔人どのとは。このような村ですので何のおもてなしもできんが、どうぞごゆるりと」


 俺とロザリンドが座ったところでタレスさんが深々と頭を下げてから入ってくるのと、そのあとにレダ、そしてセキが続く。って、セキが赤ん坊を抱いてる。結婚したのか。


「ああ、タレスさん息災で何より」

「アリエルさん……ドロシーを見つけてくださったというのは本当でしょうか?」

「はい、いまうちで保護しています。村長さんの許しをもらって何事もなければ二週間ぐらいでここに連れてこれると思います。ところでセキさん、結婚したのかい?」


「はい。先ほどは主人が失礼をしたようですみません。私も娘を持つ母になりました」

 さっきロザリンドに向かって剣を抜こうとした若者がタンコブ頭を深々と下げている。なるほど、村長の息子とセキが結婚したようだ。


「へ――っ。おめでとう。男の子? 女の子? 名前は?」

「女の子で名はミツキです。いつかアリエルさんが月を見ながら聞かせてくれた綺麗な月。暗い夜をやわらかな光で優しく照らしてくれるって、なんだか素敵じゃないですか。女の子が生まれたら絶対にミツキにするって決めてたの」


「あはは、そいつはお転婆になるぞ。なあ」

「深い月じゃなくて美しい月のほうのミツキでしょ? 可愛らしく育つに決まってるわ? きっと美人よ」

 この赤ん坊はサナトスと同い年に生まれた子だというのが嬉しいのだろうか、それともエルフの赤ん坊が可愛らしいと思ったのか、ちゃっかりセキの隣にポジション取りするロザリンド。


「うちの子と同い年なんですねー」なんて、すぐに意気投合してママ友が出来てしまったらしい。


「へー、この女ったらしが女の子と月を見ながら何を話したのか聞きたいわ。あとで教えてね」

「えーっ、話の途中でレダが強引に引っ張って行っちゃったから、それだけですよ」

「俺はエルフを魅了して回ってる悪魔みたいに思われてるからね、そうじゃないってこと、ビシッと言ってやってよ」


「でもアリエルさん、5歳のレダを魅了してましたよね」

「へー、5歳はストライクゾーンなんだ」

 ロリコンを見るような目で俺を見るなってば。ぜんぜんストライクじゃない。

 守備範囲はてくてくの年齢周期だよ……って言おうと思ったけど、喉まで出かかってその言葉を飲み込んだ。やばい。まずい。まっ昼間のてくてくは8歳だ。


 いまのレダは9歳だからストライクゾーンに入ってることになってしまうし、さっき側室があいてるって言ったのを本気にされると厄介だ……。


「ロリコンじゃなくて、ただストライクゾーンが低めに広いだけなんだよ」

「それをロリコンっていうの。あとでシバくからね」



----


 長老と村長のタキビさんに千年前の事件の経緯を説明し、エドの村でもイグニスを奪われるとき被害にあったことをタレスさんに確認した上でロザリンドが締めた。


「フォーマルハウトはドーラの魔王軍にて魔導顧問の地位におりましたが、千年前に精霊たちを己が配下にした際の虐殺の罪を問われ、夫アリエルによって討たれました。無実の罪を着せられた精霊たちはみんな自分の故郷に戻っています」


「そ……そうでしたか。わが村の惨劇はアスラの力を欲したフォーマルハウトがやったことだったのですね。アスラは……私たちを恨んでいるでしょうか」


「ううん。アスラは誰も恨んだりしてないよ。だって神殿から村を見守ってくれてるもの。アスラは私の友達。優しい子だよ」


 実はみんなフォーマルハウトに騙されていたんだということが分かると、長老と村長がアスラ神殿にお供え物を持っていくことが決定した。以前の通り、アスラはこの村で大切にお祀りされることになるだろう。


「アリエルさん、本当に何から何まで……しかし我が家にはもうお礼をするような余裕がありません」

「いや、俺がドロシーを探してた訳じゃなくて、ドロシーから俺に会いに来たんだからね、お礼なんていらないよ」

「……そ、それはどういう?」


「朝起きたらうちの玄関に俺を殺しに来た勇者のパーティがいて……その中にレダちゃんによく似た栗色の髪と、とび色の瞳の弓師がいたんだ。帝国の奴隷市場で運よく勇者に買われたらしい。帝国からわざわざ俺を殺しに来たのも何かの縁でしょ」


 というとタレスさんは青ざめてペコペコと謝り始めた。ドロシーが大人しく愛玩奴隷に収まってしまうような女じゃないってことを一番よく分かっているのはタレスさんなのだから。


「す、すみませんアリエルさん、ドロシーは気の強い女で、私と結婚したのもいい剣を打ってくれるからとかいう始末で……。エドにいた頃は弓の名手で村一番の狩人でしたから、誰かにケガを負わせたりとかしてないでしょうか。ドロシーが本当にご迷惑をおかけしまして」


「大丈夫だって。勇者はうちの嫁が素手でボコって舎弟にしたし、ドロシーはパシテーが取り押さえたからケガもしてないよ」


「勇者を素手でボコって舎弟て!」


「ねえあなた、いまの説明には悪意を感じるわ」

「セキさんほら、ミツキって名前はお転婆になるからね。覚悟しといたほうがいいよ」

「あはは、母さんで慣れてますし、お転婆はレダのほうに遺伝してますよ」


「私の方がお転婆よ! そんな女に負けないもん」


 レダがぺたんこ胸をこれでもかってほど張ってロザリンドにお転婆合戦を挑んだところで、場は和やかな笑いに包まれたが、当のロザリンドはすぐに降参したので、レダがお転婆世界チャンピオンの座につくこととなった。レダの高らかな笑い声とはまた別の、ゆるーい笑い声が響くいい村だ。


 アリエルたちはドロシーを受け入れてもらえるという約束を取り付けたのでいったん戻って、ドロシーの奴隷の身分を消滅させたうえで烙印も消してからここに届けるつもりだったのだけれど……、


「私が母さんを迎えに行く」

 とレダが立候補した。レダなら[スケイト]も使えるのでそんなに遅くはならないだろうし、べつに急いでいるわけでもなし。タイセーもドロシーの娘に会ってみたいって言ってたからタレスさんの許可を得、レダをマローニまで連れて行くことにした。



-----


 タキビさんやタレスさんたちに見送ってもらってアスラの神殿まで上がってきた。

 レダは3歳の時に生き別れた母のことは断片的にしか覚えてないらしくて、再会するのに期待が半分、不安も半分なのだろう、お母さんはどんなだったかと聞きながら時折不安そうな表情を覗かせながらも、足取りは軽く、我先に岩山を登って行く。


 不規則な階段を登り切った上にあるアスラ神殿までレダが差し掛かると土の中からひょこっとアスラが現れた。


「アスラはいかないのか?」

「あなたにノコノコついて行ったらテックに蹴飛ばされるわさ。レダも行くの?」

「うん。ねえ兄ちゃん、どれぐらいで帰ってこられるの?」


 ここからマローニ往復にかかる時間そのものはたぶん、レダの[スケイト]のスピード次第だし、戻ってくるときはドロシーのスピード次第ってことになるからちょっと読めない。

 それにドロシーの烙印を消すカリストさんの都合もあるから確実なところは分からないし。まあ、奴隷の身分解消のほうはノーデンリヒトに書類を送ればどうにでもなるだろう。だからさっきは取り敢えず二週間と言ったのだけど、レダが一緒に来るとなるとちゃんとした日程を言わないとアスラが心配するか。


「さっきは二週間ぐらいって言ったけど、それより遅くなるなら俺がすっ飛ばしてきてまた報告するよ。そんなに時間をかけるつもりもないからさ」

 見送りに来たタレスさんたちにも、心配そうな面持ちのアスラにも『手続きが終わり次第ここへ戻る』という約束をし、3人手をつないで中央の魔法陣に乗ると光に包まれ、次の瞬間にはセカの教会に戻っていた。


「ようこそ、ボトランジュへ。人族の街だからね、絶対にはぐれちゃダメだよ」

「綺麗な部屋……ここは?」

「ここは教会ってトコ。エルフには縁がない場所なんだけどね」


 出入り管理をしている衛兵に声をかけて教会を出ると、初めて都会をみたレダが驚嘆の声を上げる。大教会のある場所は通りからは少し外れているものの、セカでいちばん見晴らしのいい丘の上に建てられている。この教会は神々の道を封印し続けるために建てられたと言っても過言ではないのだろうから、この最も景色のいい場所に決めたのは女神ゾフィーということになるだろう。


「うっわぁ――――っ! 兄ちゃん、これが……街?これ全部おうちなの? どれだけ人が住んでるの?」

「そうだよ。ここだけで20万人、近くの街を全部入れると50万」

「ごじゅうまんって、100よりどれぐらい多いの?」

「えーっ、そうか100までしか数をしらないのか。じゃあ、そうだな。100人がたくさん、たくさん集まって、50万の人になってるんだ」


 レダは[スケイト]で滑れるので移動は苦がない。まずはドロシーに会わせてあげたくて、セカ観光はナシということで納得してもらった。早速マローニに向かって滑り始めるのだけれど、初めての都会に目を奪われてしまってよそ見ばっかりしている。もっとスピードを緩めないと危険だ。もちろんレダに跳ねられる街の人が危険という心配なんだけど。


 教会のある小高い丘から緩やかな坂を下ってセカの街に下りると、石畳の敷かれた中央の大通りへと出る。レダは目を爛々と輝かせ、行き交う人々と荷車の数に驚嘆の声を上げたり、セカの港からノルドセカに渡る船の大きさ、向こう岸がほとんど見えないこの大河も驚きの対象となった。

 特に船には乗ったことがないらしく、土魔法使いのレダにとって恐怖しか感じないんじゃないかと思ったら、船上で土魔法が使えないことにすら気が付いていない様子だったのでガッカリだ。ガクガクブルブルして抱き付いてくるんじゃないかと期待していたのに、このドキドキとワクワクを返せと言いたい。


 渡船がノルドセカに到着するとレダは待ち切れなかったかのように[スケイト]を起動して街を出ようとする。外周では戦闘の後片付けが進んでいて戦死者の埋葬もだいたい終わっているようだ。

「兄ちゃん、あの人たち何してるの?」


 レダの言う『あの人たち』というのは、二人がセカに向かう道すがら、アリエルをまとにかけてきやがったアルトロンド兵たちを埋葬してる人たちのことだ。

 この人たちは、アリエルがやったことの尻拭いをしてくれているとてもえらい人たちで、しばらくは足を向けて寝られない。


「ここで戦争があってね、大勢の人が亡くなったんだ。その埋葬をしてる。俺たち人族はこんな時、だいたい女神ジュノーのもとに召されるよう祈るんだけど、レダちゃんたちエルフは何に祈るんだい?」


「エルフは森に帰るんだよ」

 ウッドエルフは森に帰るか。分かりやすいな。

 街を出るところで埋葬作業を黙々と続けているノルドセカの人たちにお辞儀をしてマローニに向かうことにした。


「じゃあここから滑っていくけど? レダはどれだけスピード出せる?」

「私? 速いわよ。たぶん兄ちゃんの奥さんよりもね」


「へえ……言うじゃないの。じゃあこの道に沿って競争よ。マローニまで軽く2時間ぐらいだからね」

「フン。望むところだわ、その偉そうなツノをへし折ってあげる」


「ロザリンド……大人気ないぞ、マローニまで軽く300キロあるんだからさ、それ時速150キロで2時間ぶっ飛ばせってことだからね」

「私、挑まれたら受けちゃうの」


「へへへ、負けないもん」


 なんだか二人して張り合ってるような気がするんだけど……。


「んじゃ競争すっか」


 レダの身体に強化魔法が乗ってフワリと浮かび上がった。[スケイト]だ。レダは起動式を入力してない。やっぱり無詠唱魔導が使えるんだ。あの日ちょっとだけ手を取ってスケイトでクルクル回っただけなのに、これを独学で自分のものにしたというのが信じられない。


 レダがロザリンドをライバルとして認めたのも頷ける。この強化魔法の強度だとフェアルの村のどんな男も、小さなレダに勝てないかもしれない。


 でもマナの使い方が良くない。無駄があるのと、レダがライバル視するロザリンドは世界最強の女として候補に挙がるぐらい怖い女だからね……。てくてくのほうが怖いけど。いや、パシテーも怒らせたら相当怖いか……。


……。


……っ!


 アリエルはハッとして気が付いた。

 自分の周りは怖い女ばっかりだった。オアシスのように優しいのはサオとレダだけだ。


 内心でちょっとだけレダを応援しつつ……。

「準備はいいね? じゃあ、スタート!」



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