06-11 正義の形
----
実は王都プロテウスでもボトランジュとアルトロンドの対立が問題になっているとのこと。
たとえば王国騎士団の中でもここのところボトランジュ出身の者とアルトロンド出身の者が頻繁に小競り合いを起こすようになっていて、それで罰せられるのはだいたいボトランジュ出身の者だという。
だいたい喧嘩両成敗ってのが筋ってもんなのだろうけど、もはや王都では小競り合いに参加しなかったものでもボトランジュ出身者が理由も告げられず要職を解かれ閑職に追いやられているのだとか。
これはもはや戦争が起こる前夜といっても過言ではないだろう。
そんなあからさまな対応にキナ臭さを感じた者たちは騎士の身分、称号を返上し、次々とボトランジュに帰ってきているそうだ。騎士の称号ってのは国王に命と忠誠を捧げることを誓うことで得られる称号なので、称号を返上するということは、こんな王に忠誠を誓えないという意味だ。
よく不敬罪などをでっちあげられなかったものだが……、
そんな大切なものを返上するほど王都は切迫しているのだろう。ボトランジュ出身者の国王への忠誠が揺らいでいて、ここから先、王国側が対応を間違えると国が割れるほどの動乱になる危険性を秘めている。
困ったような表情で顎髭を指でこねくりまわす祖父にアリエルが問う。
「俺を引き渡すという選択肢は? 王都に行って敵の顔を拝んでおきたいのだけれど」
「ダメだ。ベルセリウスの嫡男は家族を売るような事は絶対にしない。それが策略、計略の類であってもだ。だからわしはオフィーリアの家族も、ロザリンドさんの家族も守る。何があっても、相手が王であってもだ。王都も教会もアリエルを差し出せと言うし、アルトロンドはオフィーリアやコーディリアを奴隷にしろという。そんな要求わしが飲むわけがないのに、それを分かっていて圧力をかけてきておるのだからな」
言葉をかぶせるような即答だった。
こっちの身柄を引きわたしたとしても魔族排斥と奴隷狩りの要求は止まらないだろうけど、いっぺん引き渡してもらった上で敵の顔を拝んでからケツ引っ叩いて、ボカーン!で荒らし回ってから逃げてくるのも手だと思ったのも確かだ。
「そっか、じゃあ俺はセカの教会にでも顔を出すとするか……」
「教会に何の用だ?」
「実はオフィーリアさんに聞いてさ、セカ中央の丘にある教会にもしかすると神々の道があるかもしれないんだ。俺、自由に入っていい? あと、もしかして教会の中に転移魔法陣を見つけたらあそこの教会、俺が管理してもいい?」
「教会所有の不動産だがまあ、アリエルの戦利品として宣言すりゃいいんじゃないか? ついでにアリエル教会とかに改名してもええぞ?」
「ひどい名前だそれ……。
----
アリエルが神聖典教会セカ中央『大教会』の管理権をもらってニヤリとしたところ、昨夜アリエルとハイペリオンが暴れまわった戦場では、ボトランジュの土木魔法技術者が敵の遺体を埋葬するため、大きな穴を掘り始めていた。半分は焼けているとはいえ、あんなところに3万体もの死体を放置するとセカに疫病が蔓延する恐れがあるから、まずは穴に集めてから炎術者が焼いて、そのあと埋めてしまうのだろう。
アリエルがアルビオレックスに促されて陣のいちばん大きな天幕に入ると、そこには男が椅子に座らせられ、えらく憔悴した様子でカールシュテイン総司令の尋問を受けていた。白い鎧を脱がされ兜を取ると誰だか分からないけど、きっと昨日の一騎打ちの時出て来た親衛隊の人だろう、少し離れたところに無造作に転がされている鎧は、アルトロンド領軍の士官が着用していた立派なものだ。左側に立つ総司令の話を右の耳で聞こうとしている。どうやら片方の鼓膜が損傷している。
アリエルがこの男から聞きたい事はアルトロンドと、隣接するアシュガルド帝国との繋がりだけ。
もしかすると次から次へと送り込まれてくるんじゃないかという勇者の情報が知りたい。
領主の後ろについて天幕に入ってきたアリエルの顔を確認すると、カール主テインは難しそうな表情を少し綻ばせて、この戦闘の功労者であるアリエルを前に出させた。
「お、来たな。領主も同席ください。さて、本題に入ろうか……」
そう前置きしながら、本題というものが開始された。
「さてご存知かと思うが、貴公ら三万の兵を壊滅せしめたのは、こちらアリエル・ベルセリウス個人である。なにか言いたいことはあるか?」
今回、アルトロンド側のボトランジュ侵攻作戦に参加した神殿騎士団、神兵、アルトロンド領軍、ノルドセカで戦死した五千を含めると総勢三万七千名が命を落としたとされる。
侵攻の目的、あくまで名目上はアリエル・ベルセリウスを女神にあだなす異端者として捕らえることだったが、第二目標としてボトランジュ領都セカ市までも制圧し、エルフ族をさらうこともあるのだろう。アリエル逮捕だけを目的とするなら最初からノルドセカ経由でマローニに兵を送ればいいということになり、大都市セカを攻めるための三万二千という最精鋭部隊派遣の理由を説明することができない。
三万二千もの兵士をやる気満々のフル装備で派兵する費用を考えると、それを超える莫大な見返りを見越してのこと、つまり絶対にタダじゃ戦争しないのだ。
いま目の前に座らされている男は、士官クラスなのだろう、捕虜として扱われるか、それとも野盗の類として処理されるか、男にとっては運命を左右する尋問となった。
カールシュテイン総司令から無言でアリエルにクリップボードが手渡された。
そこには今までの尋問の内容が記載されていた。
アルトロンド領軍、将軍付きの親衛隊長で、
バダル・ソーサレス 38歳で親衛隊長とは若い。名門の生まれか、それとも相当腕が立つのか。
アリエルは書類から、うなだれて椅子に座らされた男に視線を移した。
「アリエル・ベルセリウスだ。俺に会いにきたのか? それともエルフのお姉ちゃんに会いに来たのか? どっちだ」
男は力なく顔を上げると、昨夜戦場で見たやる気満々の兵士とは思えない、力を失い疲れ果てたような瞳でアリエルを睨みつけ、喉の奥に詰まったような声をやっとの思いで絞り出した。
「…………お前は……神か」
「お前らが死神を神と認めるのなら、俺は神かもしれないな。じゃあ早速で悪いけど聞かせてくれ。アルトロンドと帝国って、いったいどれぐらい親密なんだ? 軍の交流は?」
「フン、アルトロンドとアシュガルド帝国軍は軍同士直接の交流はないが、帝国から義勇兵として神聖典教会の神兵となった者も大勢いる。神聖典教会と聖女神教団の繋がりは深いと聞くが、我々は教会の関係者ではないのでそれ以上のことは知らない。一般の領民が国境を越えてアシュガルド帝国へ行くことは禁じられておるが、交易する商人は盛んに行き来している」
敗軍の将として尋問されているのに偉そうなのはちっとも変わらないのな。一般領民が国境を超えることを禁止されてるのに、交易が盛んってことは、一般人とは違う何か優遇措置を受けていて、領境を越境することが可能ってことか。じゃあ帝国に行く用事ができた時には商人になればいいということだ。
「商人は奴隷商人か?」
「もちろん。奴隷の輸出はアルトロンドの主要産業のひとつである」
「お前らアルトロンド領軍は、軍を挙げてボトランジュへ奴隷狩りに来たということでいいんだな?」
「断じて違う。こたび我らアルトロンド領軍の出兵は神聖典教会より神託を得、神兵としてボトランジュに来た故、越境も罪にはならんはずだ。我らの目的は異端者であり、女神ジュノーを冒涜した大罪人、アリエル・ベルセリウスの身柄を拘束し神聖典教会に引き渡すことである」
「ウソつけ。ノルドセカではエルフが全員捕まってて、もう少しで船に乗せられていくところだったぞ。商店は略奪も受けていたしな」
「ベルセリウス、お前は旅の途中で腹が減ったのに目の前の鹿を捕らんのか? 誰の所有物でもない鹿を、捕えて売れば莫大な富を生むというのに。……お前たちは勘違いしておるようだから言っておくが、奴隷とはいえ酷い目に遭うなどということはない。むしろとても大切にされ、安寧に暮らしておる。アルトロンドの男はエルフ女を妻よりも大切にするからな、妻たちは毎日愚痴に事欠かんほどだ」
「大切にされているかが問題じゃない。自由を奪うのが問題なんだ」
「何を言うか、それこそが間違いであろう。エルフ女が自由な事こそが問題なのだ。お前たちはエルフ女を手厚く守っておるようだが……では、なぜエルフ女から人の女を守ってやらんのだ? 何百年も若さを保ちながら子を生せるなど、人の女にとって天敵以外の何者でもなかろう。シェダール王国の広い地域で魔族排斥が採用されているのも、ひとえに人の女性の権利を守るためだ、魔族を排斥するのは人族を種として存続させるため、延いては人族の未来のためでもあるのだ」
アルトロンドは領法で魔族を人を認めていない。よって婚姻も認められない。
人と奴隷の間に生まれたハイブリッドは例外なく奴隷になるという領法にも疑問があったのだけれど、なんだか分かったような気がする。人の血を半分受け継いでいても生まれながらにして奴隷だなんてアルトロンドの民は人でなしとしか思えないじゃないか。
「いいやそれは間違ってる! お前らエルフの奴隷を買うときはどう選ぶんだ? 大枚はたいて買うんだ、好みの容姿をした可愛い女を厳選するんじゃないのか? そりゃ大切にするさ、当たり前だ。自分が惚れた女なんだから。そしてエルフってのはバカみたいに情に厚いからな、ご主人様は寵愛を受ける。そんな惚れた女に産ませた可愛い子が最初から奴隷だなんて、父親たちは納得しているのか? 心が締め付けられないのか?」
「……私にも……娘が……。いや、そのような事、アルトロンドではとうに表面化した問題である。苦悩も分からぬお前のような若造が知ったような口を聞いてよい事案ではない」
「お前たちは間違えたんだよ。間違いに気付いておきながら正そうとしないのはなぜだ?」
「……お前とは、もう話したくない。総司令どの、尋問官の交代を所望する」
「ははは、お前にも娘がいるのか。奴隷の。ならば俺はこの戦いに勝って奴隷を開放し、いつかお前の娘を助けてやるよ。邪魔する奴は皆殺しだ」
「ふっ、ふはは……死神というのは、何とも……慈悲深い神のようだ。だがそうなると我らにはこの戦、メリットしかないがよろしいか? 我らが勝てばお前は捕らえられ多くのエルフがアルトロンドへ送られるであろう。我らが敗れても、我らの愛する者たちが解放され自由になるのであればな。なればこの戦、望むところである。命を賭す価値があった。サルバトーレで戦死した三万二千の兵たちも浮かばれよう」
こちとら『エルフだけ残してお前らアルトロンド人は皆殺しだ』と言ったつもりだったんだけど、我が意を得たりみたいな反応されちゃ面白くない。
「なあ、ロザリンド、どんどん間違っていくよな?……こいつ」
「あなたがエルフに惚れたってトコまで聞いてたわ」
「いや、俺の話じゃないから。……てか目が笑ってないよね?」
-----
あの、名前何って言ったっけか、ああ、バダル・ソーサレスといったっけか。若くして親衛隊長になったオッサンはどうやら捕虜としての地位を勝ち取ったらしい。アリエルとしては盗賊として縛り首にしてやればよかったと思ったのだが、実際に軍を率いる領主という立場ではそう簡単に上級士官を縛り首になんかできないらしい。
まあ、それからも総司令や領主の尋問でこってりと絞られている模様。領都セカは増員された衛兵たちのローラー作戦と、見慣れない男たちに対する徹底した職務質問の甲斐あって複数のアルトロンド工作員が捕らえられた。またサルバトーレ会戦の敗戦も手伝ってか、破壊工作は火の手のひとつも上がることなく、セカの街は混乱することもなく、平和裏に終息した。騒ぎがあったのは丘の向こう側のサルバトーレ高原と、そのまんま川の向こうの対岸の火事となった、ノルドセカだけ。
アルトロンドの動員した兵士の数が多かっただけに、この敗北の影響は小さくはないだろう。
何にせよ、ボトランジュにはひとまずの平和が来たようで嬉しい。
そう、アリエルはこんなにも善き日なのに革製でテカテカのラッパズボンを履かされてセカの装品店めぐりをしている。もちろん、お探しの商品というのはちょっと難しいのだけど、多少近くで爆発したぐらいじゃ、ビクともしないようなローブを探しているところだ。
道行く人がラッパズボンを見てクスクス笑ってるように感じる……被害妄想だろうとは思うけど。
てか、被害妄想であることを祈るよ。
爆風に弱い生地ローブがすぐに破れて吹き飛んでしまって、裸になってしまうことが問題なんだ。
何年か前パシテーが買った耐火ローブのような生地で耐風の魔法が施されているようなのが欲しいんだけど。
「無理ですね。そのようなものは存在しません」
各店回っても問い合わせの時点で、店員さんみんなまるで判で突いたような答えしか帰ってこない。
耐火素材ってのは、消防服のような難燃繊維で織られているのだろうし、耐水に関しては恐らく雨合羽のようなものなんだろう。だけど耐風素材でローブなんて考えられないのだそうだ。
耐風の服ってのがどう言うものかというと、風を通さず、風の抵抗も受けず、受け流せる素材ってことになる。まあボトランジュは北国だから風通しはあまり考えてないような服が多いのだけど、ちょっとだけ風の魔法を使える店員さんがいる店で話を聞いたら、ピチピチのタイツ生地でよければ仕立てることも可能だということだった。つまり、日本でいうところの、自転車乗りが空気抵抗を軽減するために上下セットで着てるピチピチのモッコリスーツ。この時点でもうあきらめた。
という訳でアリエルの主張は一発で却下され、ロザリンドの革装備が採用されることになり、ここで革のフード付きコート、革のズボンという装備を買った。
「ここで装備していくかい?」
どこかで聞いたようなセリフを聞いて気持ちよく装備させてもらった。
よし! 革の装備も着込んだ。朝ご飯も腹いっぱい食った。
いざ、行こうか神聖典教会ボトランジュ支部『大教会』へ。
セカの大教会は中央大通の十字路を西に行き、ちょっと上り坂をあがって小高い丘の頂上付近にあって、巨大で豪奢な石造りの建造物である。
扉を開いて建物の中に入ると長堂式バシリカ建築物。ベンチがずらっと並んでいて多人数での礼拝が可能な教会であることが伺える。マローニ教会のような祭壇がないのは建築様式が違うからなのか。ちょっとした歴史遺産にも見えるのでぶっ壊してしまうのは気が引けるのだけど。
さて、この大きな建物のどこかに……転移魔法陣があると睨んでるんだけど、そりゃ入ってすぐに『転移魔法陣コチラ→』なんて案内板があるわけがないので、とりあえず建物内の最も低い地面を検索することにした。
豪奢な彫刻が並び、天使のような裸の女性が描かれた壁画の前に立つロザリンド。
「うーわ、私ってホント場違いな気がするわ。こんなトコ苦手だ……」
「俺は死神なんだよね。場違いは同じなんだけど?」
側廊下から横に見える中庭……中庭なのに石畳になってて、なにか魔法が施されている大きな石板が十字に配置されている。大きさも2メートル四方だけど、他の神々の道にあった転移魔法陣の施されたミスリル含む石板ではなく、何か普通の石に魔法で儀礼を施したような感じの石板だ。ここに間違いないのだろうけど、ちょっと感じが違う。石板の配置はとても怪しい。石板の十字配置もどうやら東西南北を指している。
これほどまでに状況が訴えてる。ここがセカの転移魔法陣だ。だけど、残念なことに、この石板は普通の岩を切り出しただけのように見える。ミスリルは含まれていないし、魔法陣が呼吸するように消費する魔気の波動も感じない。
じゃあこの石板をめくってみるか……と、持ち上げようとしたけれど、こんなの上がるか!
土魔法で持ち上げて[ストレージ]に放り込んどきゃいいのだけど、教会にあった石板ってところが引っかかる。単なる嫌悪感なんだけど、教会の中心部にわざわざ置かれてるんだから、何か特別な儀礼でも施されているんじゃないかと疑っただけなんだけど。
大きな石板はとりあえず置いとくとして、この石板の周囲を固めている石畳と土砂を土魔法で掘ってめくりあげてみると、すぐに下から古い、別の石畳が出てきた。
「あれっ? これは見覚えがある」
要は転移魔法陣のあるミスリル岩盤の上に何か儀礼を施した石板を乗せて魔法陣を使用不可にしてただけ?なのか。上げ底? 呆気ないというか、くだらないと言うか。
もう仕掛けが分かってしまったのであとは上に乗っかってるそれっぽい石と土砂を除去するだけ。
石畳のほうは隅っこの方に積み上げたのだけれど、7枚の大石板がうまく持ち上がらない。持ち上げる途中で土魔法が切れる感じだ。この感覚は……ぬいぐるみキャッチャーで掴む力が弱くてギリギリ持ち上がらないもどかしさに似ている。魔法陣の上に何か儀礼を施した石板を乗せて転移を防いでいるわけか。
恐る恐る石板を触ってみると……手触り、感触、マナにも異常なし。
石板の下面に指をかけて持ち上げようとしたところ、手触りがおかしい。手からマナが滑り落ちる感覚が伝わってきて不快だ……。気持ち悪いのでこの石板は十把一絡げにして端っこに積み上げておくとして、下から出てきた大きな魔法陣が施されたミスリルの含まれた石板。とりあえず破壊されてなくてよかったというよりも、上に重ねるようにぴったりと石を置いていたことで、この人の多いセカにありながら、人に踏まれることなく、保存状態完璧という状態だった。
「ねえ、これが女神ゾフィーの作った遺跡?」
「神々の道というやつだ」
「ふうん、神々の道っていうから、なんだかこう、空に向かってガラスの階段があるようなの想像してたけど……」
「それ相当怖いよね……」




