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06-08 ふたりの一騎討ち

 ロザリンドの機嫌が良くなり、携帯砥石で刀の手入れに余念なく行う。まるで鼻歌と口笛が聞こえてくるようだ。ロザリンドは準備中。アリエルは祖父に言って、セカに衛兵を戻してもらうことにした。そうしないと街の防備が疎かになる。万が一、火でも放たれようものなら挟み討ちの格好になってしまうことも説明した。衛兵がセカに戻り戦える兵力が減った分は自分とロザリンドで補えばいい。


「爺ちゃんはセカに衛兵戻して。じゃないと入り込んだ斥候に騒ぎを起こされるよきっと。こっちは俺とロザリンドで引き受けるからさ、どうせあいつら俺たちを狙って来たんだから手間省けるでしょ」


「あ、アリエルおまえ、引き受けるって? 何をする気だ?」

「ケンカ売られて、家族を標的にされたら爺ちゃんならどうするのさ?」


「完膚なきまでに叩きのめす! んなもん禍根を残さないようブッ殺すに決まっておるだろうが」

「あははは、そうだよ。それ」


「まったくアリエルときたらトリトン以上か。……いや、あのビアンカさんの血も混ざっとるのを失念しておった。……おーい、はよう衛兵を街に戻して破壊工作に備えさせよ」


 ボトランジュ領軍総司令が、がなり立てる領主の声を聞きつけて駆け寄ると、まずは報告を上げた。


「報告があります、ご領主。先ほどベラスケス司令が戻ってこられました。今夜ノルドセカに取り付いた占領軍に夜襲をかける作戦だったのですが、午前中にノルドセカから火の手が上がったので慌てて船を出したらノルドセカを制圧していたアルトロンドの連合軍一個師団、五千の兵は壊滅していたそうです。マローニから来た二人のベルセリウスがやったと報告を受けたのですが?」


「ご? 五千だと!? 二人のベルセリウス? ちょっと待て! アリエルは? アリエルはどこにいった?」

 アルビオレックスが陣の外を見回すと、ものすごいスピードで敵陣に突っ込んでいく二つの影があった。


「戦闘準備を急がせろ。バカ孫が敵陣に突っ込んで行きおった! 馬を、馬を引け!」


「なんと! 自ら出頭して戦争回避を狙っておられるのか」

「そんな殊勝な孫ではないわい! あれはトリトンの子ぞ! はよう馬を引かんか!」


 ボトランジュの陣ではアリエルとロザリンドがたった二人で突撃したことでアルビオレックスが大騒ぎを始めたのと同時に敵陣でも動きがあった。


 二人がスケイトで滑行して、ずらっと並んだアルトロンド軍の陣地に近付くと、まるで出迎えるかのように五騎の騎兵が飛び出してきた。


 ここまで近づくと陣に立ててある旗を見なくとも、前列を張る兵士たちの装備品などを見ただけで、諸族がわかる。向かって左翼の陣が神殿騎士団と女神の神兵、右翼がアルトロンド領軍だ。飛び出してきた騎兵は左側からなので、こいつら教会関係者で間違いなさそうだ。五騎とも白馬で、ピカピカの装飾がじゃらじゃら付いた白い鎧に身を包んでいるあたり、いけすかない神殿騎士の臭いをプンプンさせながらの接触だ。

 馬上でフルプレート鎧の面体を上げた男が大声を張り上げる。


「止まれ!ここは神殿騎士団とアルトロンド神兵の陣である。許可なく近付くものには容赦せぬ故、おとなしく己が陣に戻られるがよかろう。死に急ぐこともあるまい」


「俺はアリエル・ベルセリウス。そしてこっちが妻のロザリンドだ。おまえら、俺に用があって来たんだろ? アウグスティヌスとノゲイラを呼んでこい。一騎打ちで勝負しようじゃないか!」


 アリエル・ベルセリウスと聞いた騎兵のうち二騎がこちらに槍を向け、威圧を強めた。


「なんだ? 槍を向けるってことは殺してもいいのか?」


「馬上から失礼する。我こそはノゲイラ将軍付き親衛隊長、バダル・ソーサレスである。たった二人で我が軍三万二千の前に立ったその勇気を讃えよう。……それ、槍を引いて本陣へ報告せよ。この男はアリエル・ベルセリウス。大罪人が自ら現れたことと、我らが騎士団長さまとノゲイラ将軍と、一騎打ちを所望しておる旨、陣に伝えよ」


 構えていた槍を引き、二騎が馬に拍車をかけ、大仰な旗が立てられた本陣に走っていくと、背後でも気配が動いた。ボトランジュ陣地のほうからも慌てて騎馬が三騎出たようだ。


 あれは……爺ちゃんか。まあ領主と軍の偉い人が同伴なら一騎打ちに応じてくれる確率が高くなる。相手が高名で腕に自信があればあるほど。


 騎兵がアウグスティヌスの団長旗がある左翼の陣と、将軍旗が立つノゲイラの陣に別れて入った。これから鎧を付けてのんびり準備でもする気なのだろうか。日も傾いてきたし早く終わらせたいところなんだが。腹も減ってるし……。


 ロザリンドは膝と足首の関節を温めながら準備運動中。こういう広い場所で一騎打ちするときは『愛刀美月』が本領を発揮する。アリエルのほうはいつもの無銘だけど、こっちも手に馴染んだ信頼のおける刀だ。


 一騎打ちの相手に指名したトップ二人も準備完了まで少し時間がかかる様子。

 そんな雰囲気を察してかアリエルもロザリンドの準備運動を真似て入念に関節を動かして筋肉を伸ばす運動をしていた。そして関節も筋肉も温まり、ちょうど気合も入ったころ、アルトロンド領軍のほうから動きがあった。


騎乗する馬にまで大仰な装飾の施された鎧を着せてある。アルトロンドはもう長い間戦争の経験がないというのは本当だったようだ。実用性よりも格式の方を重んじて戦場にのこのこ出てくる。そんなんで今の高速戦闘についてこられるわけがないのに……だ。


 つまり、この鎧馬に騎乗している赤マントつきのガチフルプレート鎧を着込んだ大男が絶対王者の異名をとる、ノゲイラ将軍で間違いないだろう。面体を上げていて顔が見えるが、ぱっと見、傷面ではないが、ワイルドな髭の御仁。年の頃40代前半といったところだ。豪華な装飾の施された鎧に似合わず、武器はというと装飾よりも実用性重視の武骨な両手持ち剣だけど、剣の実力だけでのし上がったようなコテコテの脳筋に見えるから腕力には相当自信がありそうだ。


 しかし勇者パーティーと対峙したときに感じた強者のオーラのようなものはまるで感じない。

 そう、これっぽっちも。


 アリエルは準備運動を終えたロザリンドに懐疑的な視線のまま問うた


「おいおい、絶対強者って本当か? 戦えそうに見えないんだが……」

「なんだか私もガッカリ。そっちの方がマシそうなら代わってよ」


 ノゲイラに続いてお伴の将軍旗もちが一騎。こいつは副官なのだろうか。

 想像していたのと違うノゲイラ将軍にロザリンドは短くため息をついた。


 アリエルたちのガッカリに少し遅れて神殿騎士団の陣から白馬が小走りで飛び出してきた。

 フルプレート鎧を装備しているが、こっちは背中に女神の翼がデザインされたド派手な刺繍が施された青マントを装備していて、お供は神官二人と、旗持ち一騎の三人。てか、こっちも旗持ちが居る。


 あの刺繍の青マントを装備した男が神殿騎士団長 アウグスティヌス で間違いないだろう。

 フルプレート鎧なのに、ヘルメットではなく、額当てのついたサークレットを装備していて、肩まで伸びる柔らかな栗色の髪が風にそよぐ。


 この男、本当に団長なのだろうか。団長という割には若く見える。トリトンと比べても若く見えるので、歳は三十台半ばぐらいかもしれない。盾持ちの片手剣を使うようだ。


「お前が大罪人アリエル・ベルセリウスか。こそこそ逃げ回ると思っておったが、なかなか、ノーデンリヒトなどという辺境で育ったというその世間知らずぶりは相当なものよ。わざわざ私を指名しで殺されに来るとはな」


 アリエルは小さく舌打ちしてみせた。

 せっかくの一騎打ちなんだから、かっこよく口上を述べて、自らが名を名乗る予定をしていたのに、のっけから名前を言われてしまったのだ。


 そしてこの男はというと、しっかりと口上を述べはじめた。


「ダリウセス・アウグスティヌスだ。神殿騎士団長を任されている。お前たちを磔刑にかけてエールドレイクに連れ帰れと命じられている。さあ、どちらが私の相手をしてくれるんだ?」


 名乗られてしまった。こんなものはアリエルのほうが先に一騎討ちを申し込んだんだから、アリエルのほうから名乗らせてくれてもよさそうなもんだが……。てかこいつら本当に磔刑にしたらエールドレイクに帰るのか? なんか小競り合いを誘発してそのままセカに雪崩込んで、エルフたちを攫う未来しか見えないのだが……。


「まあいいや、アウグスティヌス、お前は俺がやる。アリエル・ベルセリウスだ。口上はもういいや、教会の奴らとは言葉が通じないことを思い出した。早くやろうぜ。そしてさっさとハジけて死ね」


 アリエルに指名されたアウグスティヌスはノゲイラ将軍に向けて視線を送りちょっとアリエルを指さしてみせた。こいつは俺がやるとでも言いたげに。


「なーんだ、じゃあこのメスはわしに回ってきたのか?」

 ノゲイラ将軍の方はとても残念そうに、まるで残飯に湧いた虫でも見るかのような目でロザリンドを一瞥した。


「ああ、アリエル・ベルセリウスが妻、ロザリンド・ルビス・ベルセリウスだ。どうせお前は名乗らんのだろう?」


「当たり前だ、亜人のメスに名乗るなどきたならしい。我が名が穢れる。馬から降りるとグリーヴが汚れて磨くのが面倒だ。このままでいいかな?」


 ノゲイラはロザリンドを相手にするのに、騎乗したままで戦うことを選んだ。

 アリエルは少しの違和感を感じずには居られなかった。違和感の正体、それは……たぶん、紅い眼の魔人族を目の前にして、なぜそこまで舐めた口を利けるのかと。魔人族の強さは王国人なら当然知っているはずなのに、だ。馬上の不利をわかっていながら、馬から下りないという。


「気をつけろよロザリンド。両手持ちの剣で馬から降りないってことは、アレを片手で振り回すってことだからな」

「分かってる。もしかして心配してくれてる?」


 いや、ロザリンドに限ってこんな何のオーラも感じないオッサンに負けるなんて考えられない。

 アルトロンドも長いこと戦争してない。実戦経験がないんだ。だから木剣で叩き合うぐらいしかしてこなかったはずだ。つまりこの絶対強者は、木剣での叩き合いでのみ絶対強者なのだろう。


 お互い自己紹介が終わって、いざ一騎打ちを二組やっちゃいましょうかというとき、馬を飛ばしてきたアルビオレックスたちがアリエルに追いついた。


「おーーーい! アリエル、お前何を?」

「ああ、見届け人をお願い。あと、乱戦になったら耳をふさいですぐに逃げてね」


 ロザリンドはもうルーティーンに入ってる。

 教会関係者を相手にすると、ロザリンドは人間扱いをしてもらえないことがよくある。てか、教会関係者に人間扱いしてもらったことなんて、いまだかつてただの一度もない。

 そんなやつチン!って鍔鳴りひとつで首が飛ぶんだからとあんまり気にしてなかったけれど、やっぱり人間扱いされなければその度に傷ついていくわけで。そして、サナトスにも角と爪が引き継がれている。


 いま自分が味わってるこの何とも言えないイヤな気分をサナトスに味わわせたくないんだよ。ロザリンドは。


「どうしたの? 明鏡止水だよ。雑念を捨てて、目の前の敵に集中しないとダメ」

「はは、そうだった。俺もルーティーンから入るよ」


 ノゲイラもアウグスティヌスも、二人とも馬から降りる気はないようで、お互いに目くばせし合ってる。なーんか後ろの神官が怪しい。


 余裕ぶっこいてると、足もとすくわれますよ……なんて、アリエルがゆっくりと上段に構えたところで、まずロザリンドが縮地で斬り込んだ。



―― シュバッ!


 馬の脇腹を守っているピカピカのスケイルアーマーがバサバサと音を立てて落ちる。

 将軍を落馬させるためだとはいえ馬は気の毒だった。ノゲイラ将軍はロザリンドを甘く見た報いを受け、馬が倒れるのと同時に、肩から地面に落下した。


 ノゲイラ将軍は落下した衝撃をうまく殺し、回転レシーブのように受け身を決め、すぐに立ち上がろうとするものの、立ち上がることは出来なかった。


 ロザリンドが馬を攻撃したとき、ノゲイラは立ち上がる為の足を片方なくしてしまったのだから。


 アリエルがロザリンドの方をチラッとよそ見したその隙を見逃さず、アウグスティヌスは馬に拍車をかけ、戦闘を開始しようとしたけれど……。



―― ズバン!


 こちらアウグスティヌスのほうも馬から先に仕留めさせてもらった。

 やはり強化魔法前提の高速戦闘では、馬の方がのろい。拍車をかけてやっと馬が走り出すのだから、こっちは余裕を持って対処できるというわけだ。


 ロザリンドの方は馬を倒した斬撃の残心に身を委ねつつ、そのまま返す刀でノゲイラ将軍の右腕も跳ねて飛ばし、将軍の方は剣を振る間もなく戦闘継続不能になった。アルトロンド軍の陣からは大きなため息と驚きの声が漏れ、ボトランジュの陣からは大歓声が響いた。両軍大騒ぎになる中、ロザリンドはノゲイラ将軍の前に足を差し出した。


「私の靴を舐めて命乞いをするのなら、命だけは助けてやるけど? どうする?」


 いやあ、ロザリンドだからそういうセリフが板について見えるけど、中身は美月なんだよな……これだけの部下が見てる前で、靴を舐めて命乞いなんて出来るわけがない。最初から助ける気なんてなく、殺す気マンマンなんだ。


 アウグスティヌスについてきた神官が起動式を入力し始めた。あの起動式は知ってる。カリストさんがベルゲルミルの腕の治療で何度も入力してたのと同じ、高位の治癒魔法だ。ズルい。


 ロザリンドも気付いていて、こっちに目配めくばせで合図を送ってきた。了解。あれはファイアボール仕込めという命令だ。ズルいのはお互い様ってことで、起動式をスリ代えて仕込んでおいた。

 これがパシテーだったらこうはいかない。パシテーは起動式のスリ替えを嫌うから。


 アリエルがちょっとズルしようとしてる神官に気を取られていたら、落馬したときに[爆裂]のダメージも受けたはずのアウグスティヌスが剣を振りかぶって斬り込んできた。


 確かに……速いし、剣筋も鍛錬を積んでいる。相当なもんだ。

 だけど……マナアレルギーで死にかけてた大成とは比べ物にならないほど遅いし、打ち込みも軽い。

 こいつら、こっちがどんな理由で賞金首になったのかってことを聞いてないのか? それとも、自分たちがあの勇者キャリバンと同等の力を持っているとでも思っているのだろうか。


 技術の追及、研鑽を積み鍛錬を重ねて、騎士団のトップを張るようになったとて、高校アルバイトからずっと本屋の店員をしていて召喚され、死にかけ状態の大成にすら及ばないし、魔導師であるアリエルにすらも遠く及ばない。これこそ、アルカディアが上位世界と言われる所以ゆえんなのかもしれない。


 盾持ちなら、防御している盾の向こう側に[爆裂]を転移させてやるのが手っ取り早い。



―― ドウォ!


  ……ガン!


「へぶっ!」


 盾の裏側で[爆裂]を受け、アウグスティヌスの左手から離れた盾は一直線にアリエルを襲い、顔面に直撃して、まるでドラム缶でも殴ったかのような金属音を発し、アリエルもろともブッ飛んだ。


「ねえあなた、その自爆癖なんとかしないと、本気で心配だわ」

「ツーー、あいつがちゃんと盾を握ってないからだよ。ホント、頭クラクラする。こんなのエーギルに殴られた時以来だ……くっそ」


「あはは、その鼻血は拭いといたほうがいいわよ。子どもの頃の深月みたいじゃん」


 自爆を見てロザリンドが今日一番の笑顔を見せた時、ノゲイラの背後で高位治癒魔法を詠唱していた神官が静かに燃え上がった。起動式に割り込ませた[ファイアボール]を、高位治癒魔法に使う分の、惜しげもないマナ量でもって発動したようで、ファイアピラーのような火柱のなか、メラメラと音を立てながらゆっくりと倒れていく。治癒されると思って時間を稼いでいたノゲイラの命運も尽きた。


「あら? アテにしていた治癒師は死んだわよ? どうする? 靴をなめる?」

 ほうれほうれ、靴を舐めなさい……とノゲイラの前に足を差し出すロザリンド。この男は一騎打ちの意味を理解していなかった。命のやり取りをする相手に対し、敬意を払わなかった。その結果がこれである。

「この、亜人のメス風情が!……」


「じゃあさようなら。名前も知らない弱い人」


 ロザリンドが軽く刀で薙ぐとノゲイラ将軍は前のめりに倒れ、喉から大量の血液が流れ出した。

 あれは致命傷だ。もう今から治癒魔法を唱えたところで間に合わない。



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