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06-07 戦闘が始まる

 神兵を名乗る男はベルセリウスの名を聞いて柄に手をかけたところでネストから勢いよく飛び出したハイペリオンの風圧に身を屈めた、そして次の瞬間、ほんの瞬きほどの間に背後からスッ飛ばして来たロザリンドが上段からの袈裟斬りで両断されてしまった。ロザリンドの剣の前には金属製の鎧などまるで役に立たない。


「ほらな、つかに手をかけるなって言っただろ?」


 背後のネストから勢いよく飛び出したハイペリオンは旋風つむじかぜを巻きながら垂直に高く高く上昇し、いま命じられた殲滅すべき街の東側を埋め尽くすターゲットを遥か高空から見下ろす。


 ノルドセカの東側キャンプに居たアルトロンドの神兵たちは、これまで聞いた事のないカン高い声に立ち止まってなにげなくキョロキョロと声の主を探った。


 ある兵士は自分が何を見ているのかすら理解が及ばなかった。

 なにしろ見たこともない白銀の、折り鶴のような物体が空に向けて飛び出したかと思ったら状態異常を引き起こしたのだ。


 最初に感じたのは軽いめまいだった。

 クラっ……、それは少し平衡感覚を失った程度から始まった。立ち眩みのような症状だった。

 いつもなら10秒ほどで正常に戻るはずが平衡感覚が戻らず視界の下部が暗くなり、その白銀の物体が何なのか、正視することもできない。呼吸も浅くなり、身体もうまく動かせなくなった。


 威圧を受けて『攻撃を受けている……』そう分析できたものがどれだけいただろう。

 兵たちの身体の自由が奪われたところに高温、高密度のブレスが降り注いだ。とめどなく。


 ハイペリオンは魔法を組み合わせて使うことを教えられていた。

 炎と風は相性がいいことを知っている。燃焼させるのに効率よく高温で焼き尽くすコツを育ての親たちから教えられていたのだ。この時点でただ炎を吐くだけだったミッドガルドよりも高度なことをやってのけている。


 ただすくみ立っているだけで命を灰にされてしまう炎の蹂躙がそこにあった。威圧から逃れた数少ない兵たちもハイペリオンの闇の瘴気に襲われ、次々と絶命してゆく。東側のキャンプに動くものは……もういない。



 一方ロザリンドは斬りかかってくる兵を撫で斬りにしながらアリエルの盾になるよう前に立って先行した。アリエルは市街戦に加担しないほうがいい。なにしろ[爆裂]の魔法は市街戦の、特に守る方には分が悪く、使い勝手が悪いので、壊しちゃいけないものがたくさんあるノルドセカの街では刀を振るうロザリンドに任せたほうがいいのだ。



―― ドドッ!


 ―― ドドドドドッゴゴ!


  ―― ガガガッガーン!


 ハイペリオンが焼き尽くしたたアルトロンド連合軍のキャンプ地の、ノルドセカを挟んだ反対側、街の入り口から西側を埋め尽くすキャンプは既に[爆裂]の魔法が襲い掛かっていた。まるで畑を耕して全てを更地にするかのように、そこに居るもの、そこに在るもの全てを滅ぼしていく。50人、100人、1000人……滅ぼしていく。阿鼻叫喚の叫びも聞こえない。空気を突き抜ける衝撃波が大地を震わせ、悲鳴も叫びも断末魔も何もかもを飲み込み、吹き飛ばし……全てを薙ぎ払った。



 アリエルは[爆裂]で滅ぼした西側の陣に立って、ハイペリオンが襲った東側の大火災の輻射熱に顔をしかめていた。舞い上がる火の粉と吹き上がる炎から察することが出来る。どうやら東側はもう終わったようだ。あっちの方が敵の数が多かったのに……。


 ロザリンドは忙しそうに次々と襲い来る敵の兵士を雑に撫で斬りにしながらも、舞うように戦っていて、アリエルはというと、いま傍らに降りてきたハイペリオンの喉をさすってやってるところだ。


「よーくやったハイペリオン。おまえ強いな……。っと、おーいロザリンド、そろそろ街に入れてもらおうぜ」


 背中を向けたまま片手をあげて分かったの合図をしたロザリンドを見たアリエルは忙しそうな妻に代わり、腰を抜かして剣も抜けずにへたり込んでいる兵士を捕まえて、軽く尋問して情報を聞き出しておくことにした。その兵士を選んだのは単純に近くで腰を抜かしていたからであって、特に意味はない。


「おいお前、指揮官のいる宿に案内しろ」


 すぐ後ろでハイペリオンが睨みを利かせているだけで尋問の成功率は跳ね上がる。いつかロザリンドがドーラでやった手法だ。めちゃくちゃ効果的だったのを見て知っている。


 ノルドセカは街の規模だけみるとマローニの三倍ぐらい。しかし人口だけで見ると1.2倍程度の港町だ。人口密度が低くて港部分に繁華街が密集している。この場で市街戦になると面倒だから指揮系統から襲って一発かましといたほうがいい。


 街に入り、通りをゆっくり歩いて、指揮官のいるという宿に向かって歩いているが、街の外とはいえあれだけ爆発音がすると寝てても目が覚めるだろうに、やっと様子を覗いに出てきた兵たちと鉢合わせになる。


 その見た目の重量感とは裏腹に軽快に歩行するハイペリオンと、ようやく駆け付けたロザリンドのフードが外れた姿を見て、ようやく襲撃があった事を理解したという体たらくである。


 宿の二階、向かいの商店では屋根の上から弓で狙おうと配置を急ぐ兵たちが見える。


 通り沿いにある冒険者ギルドは激しく抵抗したのか、中に火を投げ込まれたのだろう、火災の痕跡が残っていて、鷹の旗は下されトレードマークのウェスタンドアも破壊されてしまっている。


 こうしている間にも気配が動く。

 敵の数、前方に20。背後に回ろうとしている者が12 建物のバルコニーや屋根の上に8は目視で確認した。他にもまだすぐ近くを動き回る気配が50以上あるが、見えない所にいるのはノルドセカ市民かもしれないから迂闊に[爆裂]も使えない。


「なあロザリンド、ここじゃあ俺、魔法使いにくいわ。このまま司令部にカチ込んで最悪籠城したほうがいいかもしれん」


「私は外の敵を担当しようか?」

「いやロザリンドも中へ。外はハイペリオンが睨み利かせてるだけで十分だよ」



----


 ノルドセカを占領したアルトロンド軍は、接収した宿屋に仮の司令部を置いていたのだが、アリエルがすぐ近くにまで接近し、アルトロンド軍の師団長は報告の前に、自らの耳で爆発音を聞いた。


 地震のような揺れと、空気の振動……天井から吊られた魔法灯のシャンデリアが揺れる。


「騒々しいな、何をしておるのか。まだ抵抗する者がいるのか?」

「いえ師団長! 襲撃がありました。ドラゴンと魔人の襲撃です!」


「ドラゴンと魔人? 寝言は寝て言え! そんなデマを吹聴した者を探し出して鞭打ちにせよ。情報が錯綜しているときは事実のみ、事実のみを伝えろ。憶測は混乱を招くぞ」



―― ドドーン!


 爆発音は宿のすぐ近くからだった。


 街の入り口から押されて下がってきた兵士たちのうち、前に出ていた20の兵が吹き飛ばされ、宿の扉も弾け飛んでしまった。


 この宿屋はいま扉を吹き飛ばされ、外からの招かれざる客の侵入を防ぐ手立てがなくなった。


「ハイペリオン、入口を守れ。剣を抜いた者、弓を引いた者には容赦しなくていい」

 ハイペリオンは宿の前に立ち塞がり、翼を大きく広げて睨みを利かせた。特に威圧もしていないけれど、外にいる者たちは住民も含めて誰一人として動くことができなくなった。


 宿のロビーには軍指揮官らしき男と軍服を着た者たち合わせて6人と民間人っぽい出で立ちの男が3人の合計9人。たったいま爆破され、砂埃すなぼこりを風の魔法で吹き飛ばしながらゆっくりと宿に入ってくる若い男女に視線が集まった。


「邪魔するよ。お騒がせして申し訳ない。さて、アルト軍の指揮官は誰だ?……せっかくベルセリウスが出向いてやったってのに出迎えぐらいしたらどうだ。お前ら俺に用があるんだろ?」


 ベルセリウスの名を聞いて、整った身なりをした初老の男性が一歩前に出て声を掛けてきた。

「は、はい、あの……」

「アリエル・ベルセリウス。こちらは妻のロザリンド。あなたは?」


「ノルドセカ市長のデセリウスです。実は……この街はもうアルトロンド軍の占領下にありまして、残念なことに……」


 市長に要点だけ言わせるとすぐ後ろから鎧を着こんだ大柄な男がズカズカと割り込んできた。

「お前がベルセリウスか。そこな亜人が妻だと? 揃って出頭してきたという訳か」


「ああ、誤解するなよ、おまえと問答する気はない。これから始まるのは尋問だ。市長、街の外に展開していた敵兵はすでに大半を殲滅したからね、残党狩りだけよろしく。……さあ、アルトロンドの諸君、死にたくないものは両手を頭の上に乗せて座れ」


 何かのついでとでも言いたげなほど素っ気なく言い放たれた言葉だったが、その内容は降伏勧告であり、生殺与奪を掌握した者が突きつける残酷なものだった。


 当然だが、占領者はその言葉に応えず、誰一人としてアリエルの言うとおりにしたものは居なかった。

 しかし反発された訳ではなく、単純にこの場にいる者たちは誰一人として、アリエルの言った言葉の意味を理解できなかっただけなのだ。


 無言で顔を見合わせる者、頭がおかしいとでも言いたげに笑みをこぼすものが居たが、アリエルは冷静に再度の説得を試みる。


「死にたくないものは両手を頭の上にのせて座れと言ったんだが?」


 今度は皆にはっきりと聞こえたはず。しかし誰も言われた通りにせず座りもしなかったので、これは致し方なくロザリンドが無言で右端から順に首をはねていくこととなった。


 慌てて剣の柄に手をかけた者も同様に。


 座れと言われて座らなかった。ただそれだけの事で宿屋のロビーが血の海と化していった。

 鎧を着込んだ軍の管理職たちは次々と前のめりに倒れてゆく。


 いちばん奥、出入口から一番遠い場所に居たという、ただそれだけが幸運だった……、自分の数秒後の運命を垣間見ることができたアルトロンド軍指揮官とその副官は慌ててしゃがみ込むことで、かろうじて命を拾った。


「やっ、やめてくれえ!」

「ひいっ、降参だ、話をしようじゃないか」


 今回ロザリンドは一言も言葉を発することなく、敵を素直に従わせることに成功した。

 こういうところ見習うべきだ。


「市長! 敵軍の指揮官が降伏したぞ。すぐ外に出て知らせてやれ。動ける男たちを集めて衛兵を戻し、外にいるアルトロンド兵を全員捕らえろ。そこの入り口を守ってる白いのは仲間だからな、間違っても剣を向けたりするなよ。責任は取らないからな」


 市長以外の2人の男が走って宿を出るときハイペリオンに驚いてスッ転んだようだが大声で侵略者の敗北をふれてまわり、戒厳令で家から出られなかった者たちがゾロゾロと表通りに集まってきた。


「さてと、お前らがさらったエルフはどこだ?」


 尋問するまでもなく攫われたエルフたちの行方は市長が知っていた。

 捕まったエルフたちは全員、港近くの学校に集められているそうだ。


 市長にはエルフの人数だけじゃなく、名前と顔を確認して、乱暴された者がいないか、暴力を受けた者がいないか、略奪を受けた家屋や商店、人的、物的な被害はあとで纏めてセカの領主に提出するよう指示しておいた。もちろんあとでアルトロンドからガッポリ賠償金を取ってやる前提で。


「市長、ゴタゴタが収まるまでエルフはマローニに難民として送っておけばいいよ」

「は、マローニで受け入れていただけるのでしょうか?」


「大丈夫。難民の受け入れ態勢は整いつつあるから。それと市長、アルトロンドの兵はいきなり船で乗り付けて、その軍事力を背景にこの街を制圧し、エルフたちを攫って奴隷にしようとした。俺はこの犯罪を盗賊行為、そして奴隷狩りとして告発する。全員牢に入れて裁判を」


 アリエルの言葉に異を唱えるものが居た。アルトロンド軍の副官だ。


「まってくれ、盗賊行為などではない。わが軍の目的は犯罪者の逮捕だ」


 何をいまさら……。犯罪者の逮捕とは言っても、領軍の権限は領地内にとどまるので、アルトロンド軍の権力はアルトロンド領内だけ有効であり、ボトランジュ領では法的には一般人と同じ扱いになる。


 さらに軍団を組織し、ノルドセカを襲撃したのだから犯罪者はアルトロンド軍のほうである。

 港町を占領した尻から領主から併合の宣言もなされていないのに、アルトロンド法「人族以外は人にあらず」などと宣言し所有者のいないエルフを捕らえて奴隷化しようなど、子供相手にもごまかし切れない無茶苦茶を通そうとする。


 そもそも、暴力を傘に問答無用で襲撃してきたような奴らを相手に、今さら話し合いなどする必要などないのだ。


「この場で死ぬか? それとも裁判を受けるか? どちらでも好きなほうを選ばせてやる」

 アリエルの最後通牒を聞いてすぐ横で血の海に沈んでいる四体の死体に目をやった二人はおとなしく裁判を受けることを選んだ。


「すまんがドラゴンをどけてくれー。衛兵たちが近づけない」

 さっき衛兵たちを呼び戻しに向かった男がハイペリオンに阻まれて入れないらしい。


 ハイペリオンをネストに帰すと同時に、ロザリンドが首根っこ捕まえてさっき降伏したアルトロンド軍の司令官を通りに放り投げた。


 武器を手放して武装解除する占領軍の兵士たちはがっくりと肩を落とし、街の住民たちは歓喜し、みんな通りに出て大騒ぎになった。


 武装解除したアルトロンド兵の中には住民たちのリンチに遭ってる奴もいる。だいたい、占領軍が敗れた時に見られる光景なのだろう、よほど非道な行いをしなければ市民たちも一人を狙い討ちでリンチしたりもしないだろうに。衛兵たちも特に止めようとはしていないことがアルトロンド軍の行いを物語っている。


 軍属だからと言って捕虜の扱いにはできない。ボトランジュは宣戦布告を受けていないのだから、こいつらはただの犯罪者だ。


 ボトランジュで奴隷狩りは斬首刑だし、盗賊は縛り首だ。

 略奪、暴行、強姦。捕まったアルト兵からは非道行為のカタログショッピングができるぐらいの罪が出てくるだろう。すでに奪われてしまったエルフたちと捕虜の交換など利用価値があれば別だが、どっちにせよアルトロンド兵士に明るい未来はない。


 強欲、色欲にまみれたくせしやがって、神兵とは聞いて呆れる。



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