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06-06 急襲!ノルドセカ


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「タイセー観念しろって。大丈夫だから、逃げてたらマジで二週間で死ぬぞ?」

「分かってる、分かってるけど、俺の腹に穴あけんのはトキワ以外にお願いしていいか? なんかすっげえ喜んでるように見えるんだよ。ちょっと手元が狂っただけで真っ二つにされそうだしさ、うちの嫁に、エマにお願いしたいんだけど……」


 神聖典教会のマローニ教会に攻め込んだ翌日、てくてくが「マスター! できたのよー」なんて、手で触れちゃいろいろヤバそうな瘴気の塊『魔毒晶』を持ってきたことで、いまタイセーの下腹部をひん剥いて、ロザリンドがハンティング用の短剣でザックリと丹田たんでんに穴を空けようとしているところだ。


 ロザリンドはタイセーに厳しい。昔から厳しい。そういえばダフニスも似たような苦労をして育ったらしいが、今日のロザリンドはタイセーを見る目からしてなんの感慨深さもない。失敗すればはいそれまでよで済ます気だ。どうやらまだ昨日、剣を向けられたことをまだ怒っているらしい。

 外見そこまで変わってて分かるわけがないのに、それを分かれという。相当に厳しい。


「あー? あんたの奥さん腹をコンマミリ単位の精度で刻む腕あんの?」

「ええっ? 私には無理です。そんなことできません」


「パシテー押さえて」

「はい、お姉さま」


「違うって、闇の魔法で拘束するの。キツ目にね」

「はい、お姉さま」



―― グサッ!


「んあぁはぁぁああああぁぁぁぁぁぁ~~~ん」


 ロザリンドの短剣がアーヴァインの腹を裂いた。


 気色悪い断末魔は勇者アーヴァインの叫び。

 瘴気の触手の冷たくてヌルッとした肌触りがたまらなくて変な声を上げそうになった時に腹をナイフで刺されて我慢できるかよというのがアーヴァインの言い分。


 丹田に穴が空いたところで手刀を使いグサッと魔毒晶を打ち込むてくてくの施術は不安なく成功。

 嫁のエマがパニクりながら治癒魔法をかけたので、傷の方はもうすっかり良くなった。


「これで大丈夫なのよ。でも2~3日は寝とくがいいのよさ」とのお達しがあったので、タイセーはコテージに放り込んでおいた。ロザリンドが、文字通り、投げ込むように、ポイっと。


「フン、治ったならまた殴ってやればよかった」

 ロザリンドの怒りは根深い。


 さて、今日はロザリンドが二人で、コーディリアが言ってた神々の門を確保するために、セカの教会へと向かうことにした。本当なら産後でまだ本調子じゃないロザリンドよりはパシテーかてくてくを連れていくべきなんだけど、ロザリンドだけ残して行くと帰ってきたときアーヴァインが細切れにされてそうな気もするし、ロザリンドが付いてくるというのだから、留守番はパシテーとてくてくに任せることにした。


 アーヴァインは腐っても勇者だから何かあった時には頼りになるだろう。てくてくとパシテーの次ぐらいには戦えるんじゃないかという信頼度だ。


 なぜパシテーじゃなくてロザリンドが来るのかと言うと、そりゃあもうノルドセカに上陸した1000ものアルト兵を蹴散らさなくちゃいけないし、セカの向こう側、サルバトーレ高原にもいっぱい集まってそうな奴らと戦闘になった時の事を考えての編成なのだけれど。


 もちろん第一目標はセカにあるという神々の道。

 転移魔法陣が使えればそのまま西のドーラまで飛んでフェアルの村でドロシーを引き取ってもらえるよう交渉するつもりだ。


 ロザリンドの出征ということで全員が庭に出て見送ってくれるらしい。

 今日はシャルナクさんや「寝とけ」と言われたアーヴァイン含めたフルメンバーで見送ってもらうことになった。サオがちょっと寂しそうだが……。


 家族には心配かけたくなかったから、アルトロンド軍の様子を見てくるぐらいのことしか言ってないのだけど、みんな戦争にいくことが分かっているかのような、総出で見送ってくれた。


 フェアルに連れて行かなきゃいけないドロシーを置いといて、ロザリンドを連れて行くという時点でもう家族にはバレバレなんだ。


「エル、どうか無事で帰ってね」

「ああ母さん、今のトコぜんぜん心配ないってば。そうだ、ハイペリオン出ておいで。みんなに挨拶を」



 キュイッ!


 アリエルの影が突然広がって魔法陣が立ち上がったのと同時にドラゴンが飛び出したことでオフィーリアさんとコーディリアはちょっと驚いてその場に座り込んでしまったけど、アーヴァインの奥さんたちは2度目だし今回は敵じゃないので初対面の時ほどは驚かなくなった。ハイペリオンが威圧を使わなかっただけかもしれないが。


「紹介するよ。ハイペリオンはペットなんだけど、まあ家族も同然。言葉も通じるほど賢いし、人懐っこくて可愛いんだ」

 パシテーとサオにじゃれついてゴロゴロ言ってる7メートルのドラゴンを不思議そうな顔で眺めながらビアンカはにっこりと微笑んだ。これから戦地へ向かう二人に追従してアリエルとロザリンドを守ってくれる者がまさかこれほどまでに頼りになる存在だとは思ってなかったのだから。


「ビアンカ心配しなくていいのよ、マスターがアホなことして自爆さえしなければ大丈夫。ハイペリオンはもう、ここまで成長したらもう、そこらの人族には落とす手段がないのよ」


 ビアンカは上機嫌でハイペリオンに近づき、恐る恐る手を出して、頭を撫でながら言った。

「ハイペリオン、アリエルとロザリンドさんを守ってね。あなたもどうか無事で。私はアリエルの自爆が心配。逆にそれしか心配してないわ」


「ちょっとアリエル、いま魔法陣からドラゴン呼び出したよね? ちょっとそれ教えてよ。帰ってきたら絶対よ。絶対だからね」

 コーディリアの興味はハイペリオンじゃなくて、たったいまハイペリオンが出てきたネストの出入り口に施された魔法陣のようだった。


「いや、コーディリア、普通はドラゴンのほうから目が離せないんだけど」

「うんそうね、でもそれ2番。魔法陣のが先」


「マジかよ……」

「何言ってんのよ、いま魔法陣からドラゴンが出たのよ? いまのアレ転移魔法陣よね? 超絶ロストマギカじゃん。私の研究題材が目の前にいただなんて……帰ってきたら裸にひん剥いて隅から隅まで調べ尽してやるんだからね」


「ああ、だけど裸は勘弁してくれ」


 アリエルはコーディリアたち、見送りに出てくれたみんなに手を振ってからベルセリウス別邸を出て、いつまでも手を振ってくれる人たちの視線を背中に受けながら通りを南に折れた。


 ハイペリオンを出したままマローニの街を移動したので、ものすっごい人目を引く……。

 ってか通行人の人たちみんなドン引きだよ! 走って逃げてんじゃん。衛兵が。マローニを守る衛兵がそれでいいのかって思うよ普通。


 ロザリンドと目が合った。

「ん?」

「せっかくあなたと会えて、結婚して、赤ちゃん生まれたのに……、戦争かぁ」

「そうだなあ、気が乗らないんだけどなあ……」

「そうね、これもはやく終わらせよっか。死神と言われようと鬼と言われようと、負けることは許されないんだからさ」

「死神と鬼の夫婦がどれほどのものか見せてやらないとな」


 マローニからノルドセカまで、軽く滑って2時間半ぐらいだ。

 ハイペリオンは一人なら乗れるのだけれど、まだ二人乗りは試したことがない。ノルドセカからジェミナル河を渡るのに乗せてもらえたらいいのだけれど、10メートルぐらいにまで成長してからにしよう。無理させて嫌な思いさせてしまったらサオに怒られる。


 小さな集落がたくさんあって、麦やイモの畑が視界一面に広がる大穀倉地帯をゆく。

 距離にして350キロぐらいか。今日のロザリンドはスピード狂もなりをひそめて雑談しながら[スケイト]でついてくる。道行く人が驚くので、失礼な奴だと思っていたらハイペリオンを出したままだった。

 そりゃあ驚くわ。



 ノルドセカが近くなってきたのでとりあえずハイペリオンはネスト。

 ここの丘からずっとなだらかな下りだから、ここがいちばん見晴らしよくノルドセカを一望できる。

 てか人の気配が多い。ノルドセカの市外に集まってる。アルト軍か……気配の数が多すぎて数えきれない。


「ロザリンドはここでフード被って待ってて、様子見てくるから。おっぱじめる前に合図するからね」

「爆発音が聞こえても飛び込むからね。一人で暴れちゃダメよ」

 ロザリンドを背後に待たせて偵察に出た。魔人族は裸眼で7.0ぐらいの視力があるので300メートル離れてても顔の判別ぐらいは余裕でつくらしい。裸眼7.0とかアフリカの狩猟民族とか船のマストの上に立って常に見張りをしてるひとぐらいの視力だ。


 ノルドセカに近づくと、アリエルのように一般人レベルの視力でも遠目で見て分かる。ジェミナル河を上流から下って来たのであろう兵員輸送船がついてて、港町をハミ出して、街道に沿って外側に大きく広げられた軍キャンプがあった。見晴らしがよすぎて[スケイト]は目立つから徒歩で近づかなきゃいけない。時間が惜しいのに、まどろっこしいけど……。


 コーディリアの話では1000ぐらいって聞いてたけど、今は3000とか4000じゃないぞあれ。

 街の外にあぶれてキャンプ張ってるやつだけでも5000はいるんじゃないか? 加えて街の中にもたくさんいるはずだし。港に船が着いてるからあそこにも気配がうじゃうじゃしてる。

 ざっと少なめに見積もって5000でいい。


 ここノルドセカの港はユーノー大陸最大の大河、ジェミナル河の北岸。

 この大河があるせいで上流のアルトロンドに対して下流のボトランジュは攻めにくく守りにくい。

 なぜなら河は上流のアルトロンドから下流のボトランジュに向けて流れてくるからだ。ボトランジュからアルトを攻めようとすると流れに逆らって大量の兵員を乗せた船を遡上させるのに風魔法使いが相当な苦労を強いられるけど、アルト側からは船が沈まないギリギリまで積み込んでこられる。


 だからボトランジュ側からアルトを攻めるためにはサルバトーレ高原を抜けて陸路、街道沿いに真っ直ぐ攻め上がる必要があるのだが……。


 アルトロンドがサルバトーレ高原とジェミナル河を下る船団で同時侵攻してきたとしたら、これは相当な脅威だと考えなきゃいけない。セカほどの大都市がそう簡単に落とされるとは思わないが、それでもこのノルドセカ港の状況をみるに、こっちまで手が回ってないのだから。


 陣を張ってキャンプを形成してるノルドセカ周辺には、アルトロンドの旗と、神聖典教会の旗が混在している。明らかにボトランジュ兵じゃない。こいつら誰の許可を得てこんな所に陣を張ってんだ。


 ちょっと気分を害したアリエルがノルドセカの入り口に差し掛かると警備の兵士が立ち塞がった。

 すんなりとノルドセカには入れてもらえないようだ。このいまここで通せんぼしてる兵士はガラテアさんを若くしてヒゲを剃ったような感じだけど、鎧はピカピカだ。実戦経験はなさそう。


「止まれ。どこに行くんだ? 街には入れないぞ」

「物々しいな、あんたらどこの軍? ボトランジュじゃないよね?」


「我々は神聖典教会の神兵だ。お前は?」

 神兵というのは、神聖典教会が雇った兵で、殆どがアルトロンドの領軍だけど、そうとは限らない。隣のダリル領からだったり、王都プロテウスだったりするんだけど、同盟関係にある陣営から兵士を何千という単位で借り入れている。神聖典教会の兵力はたしか神殿騎士だけだったから、神兵はすべてが借り物のはずだ。


 で、いまここでは神兵がいっぱしに門番を務めている。ということは、いまノルドセカはアルト軍よりも神聖典教会の勢力が強いということか。


「ああ、俺はしがない冒険者。見ての通り丸腰だから。おい、つかから手を離せって。俺は丸腰だって言ってんじゃねえか。……神兵ってことは、アルトの領軍か? それともダリルか? なんかきなくせえなあ、俺セカに渡れる? それともいま渡ったら危ない目に遭いそうかな?」


「あっちな、サルバトーレに3万ぐらいの兵が集結してるから小競り合いじゃ済まないだろうし、危険じゃないとは言えないな。ノルドセカはもうアルトロンドの連合軍が制圧したからな。戒厳令が出てるから店も開いてないぞ。早々に引き返すが身のためだ」


 戒厳令だと? じゃあもうボトランジュの統治機構が失われて、ノルドセカは正式に占領されてしまったということか。しかしこの門番、ペラペラ喋ってくれる人で助かる。


「おいおい、戦争かよ。もしかして俺もどうにかされちまうのか?」

「大丈夫だ。住民の安全は保証されている。戦争は目的じゃない。大罪人ベルセリウスの一族を捕らえるのが目的だ。あとエルフもついでにな。がはは」


「えー? ここのギルド酒場のエルフ姉ちゃんすげえ気に入ってたんだけど? お前らもしかしてさらってっちまうのか?」


「捕らえたエルフは一か所に集められてるからもう会えないかもな。街の真ん中にある良いほうの宿には仮設の司令部が設置されてるから宿にも泊まれない。河を渡りたいなら、何キロか下流のほう、次のナントカって村に渡しがあるだろ。そこまで行って渡してもらえ」


「ああ、ありがとう。ところで衛兵たちはどうした? 友達が心配だ。」

「衛兵は船でセカに帰ってもらうところだが、おまえ何か怪しいぞ。冒険者だったな。登録書みせてみろ」


 あっちゃあ、突っ込みすぎたか。でもどんくさいオッサンで助かった。仮設の司令部の場所も教えてもらったし、もういいや。

 ロザリンドはこの距離でも見えてるはずなので振り返ってあらかじめ決めておいたブロックサインを送っておくとする。


「お前何やってんだ? 踊ってんのか? ほら、登録書みせろ」

「違うって、あっちの方にいる仲間にサイン送ってんの。登録書なんか要らないだろ? 俺はアリエル・ベルセリウス。顔パスで頼むわ!」


「べ……ベルセリウ……?」

 

 こいつら俺を名指しにして、堂々とノルドセカに土足で上がり込んできやがったんだから……。

 もてなしてやらないとな。


「ハイペリオン! 東側の軍キャンプを焼き払え!」


 キュ――――イッ!



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