表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/566

01-12 ロマン溢れる土魔法

土の魔法を学ぶイベントです。

2021 0719 手直し




----


 ……ここは?


 アリエルの目に見えているのは、木目の揃った天井。フシの位置も見慣れた天井、つまりアリエルの居室だ。たったいまアリエルの精神が居心地の良い夢の世界から、こんな味気のない辺境の開拓地へ引き戻されたところだ。


 魔法の講義は確かに面白くて、やる気もあるのだが、この土地はアリエルが生まれた年に初めて入植がはじまったという未開の開拓村だ。いま住んでいるこの屋敷を含めて、農家を中心に世帯数は50軒ぐらい。あと北の砦に王国騎士団が駐留している程度という過疎地だ。


 年の近い友達がいない。まあ、中身今年25歳だということもあって、まさか7歳の子どもと友達になりたいとは考えてないのだが、たまに見かける農家の子どもとは話したこともない。なんだか避けられているように感じて、そっぽ向かれたときはさすがにショックだったのだが……。


 そりゃこっちは野良仕事なんてしたことがない領主の息子だし、あっちは親の手伝いばかりしているのだから仕方ないと思う。まあ、前世でも友達はものすごく少なかったし、コミュ障もいまに始まった事じゃない。


 アリエルは自室に用意してあった手桶をとり、昨日習ったばかりの魔法、手のひらいっぱいの水を得る『セノーテ』の魔法を使って顔を洗った。冷却による結露という現象を使って空気中から水を取り出す魔法なので、手のひらに溜まった水は驚くほど冷たかったが、それで顔を洗うと、さっきまで暖かいベッドの中で見ていたぬるま湯のような夢の世界から一気に現実に引き戻され、シャキーン!と効果音が響くがごとく、脳が100%目を覚ました。


 顔を拭いた手ぬぐいをそのまま首にかけて、木剣を手にとり庭に出る。

 食事の準備ができるまでのわずかな時間、体操がわりに木剣で素振りをするのが日課だ。


 しかしこの木剣も2ヵ月ほど振っているだけでえらく愛着がわいたもので、今はけっこう自由に操れるようになったと自負している。本当なら木剣よりも木刀が欲しいところだが、残念ながらこの世界に日本刀があるようには思えないので、当然木刀もないのだろう。温泉旅館の土産物屋で黒檀の木刀があったら多少高くともぜひ手に入れたいと思っている。


 最初はゆっくり、ゆっくり。

 次第に筋肉が温まってきて、機敏な動きに対応できるようになってくる。そうなってくるとただ剣を振るだけじゃ満足できなくなり、目の前に脳が作り出した幻影を立たせることにしている。とりわけトリトンを立たせるのがマイブームだ。


 当然強化魔法の乗った剣筋を防ぐだけで精一杯なので反撃などできるわけもなく一瞬で追い込まれてしまうのだが、脳内では相当に激しい攻防を繰り広げている。

 運動量は大したことないのに、びっしょり汗をかいた。

 目が覚めた時顔を洗った手ぬぐいでこんどは汗をぬぐい、乾かすついでに頭からかぶりつつ、アリエルはうっすらとマメのでき始めた手を懐かしそうに見つめる。


 前世ではマメができるようなことはなかった。

 まだ美月みつきの手のひらにあったマメと比べると到底及ばないが、それでも手が硬くなってきたことで、美月みつきとの繋がりが強くなったように感じ、ちょっとだけ嬉しくなった。




----


 食事を終えると休憩時間もなく、今日も朝から魔法の講義なんだけど、庭に出たところでトリトンがいっしょについてきたことに気が付いた。


 今日は昨日壊してしまった花壇を修理するための土魔法を教えてもらう予定だったのだけど、トリトンがアリエルの授業風景を見たいという。さながら父親参観日のようなものだ。


 いやそういえば昨夜先生がこの屋敷の西側にある空き地に野外修練場を作りたいから資材を用意してほしいと言われ、結局夜中までかかって話がまとまらなかったというのは何となく知っていて、今日も食事中にその話が出て、トリトンが出し渋っていることが分かった。


 グレアノット先生はとにかく、アリエルの才能は本物だから、手加減せず魔法を行使する修練を積むにはカネがかかろうと専用の修練場を作った方がいいと言い、トリトンは要求された資材の量に辟易したというわけだ。カネの問題ではなく、こんなとんでもない僻地で、たった50軒程度しかない領民たちに資材を集めてくる労働力を出させて、それが息子のためだと知れたら領民から不満が出るという。これも確かに納得なのだが……。


 貧乏貴族ここに極まれりといったところか。

 だけどトリトン、子どもの教育に使うカネをケチるのはよくない。


 ここは思う存分その毛むくじゃらのスネをかじらせてもらうことにする。


 トリトンが来たという事は、こりゃ先に強化魔法をやったほうが受けがいいかもしれない。なにせ修練場を作るため、資材を買うカネ出すのは他でもない、トリトンなのだから。


「待たせたの。アリエルくん。さて、今日は……」

「あ、父さんがいるなら、今日は強化魔法を教えてください」


 アリエルは口角を吊り上げてニヤリとしてみせた。

 グレアノットはこのたった一言でアリエルの思惑に気付いた。


 要するに、アリエルの修練場を作るカネを出し渋っているトリトンに息子の成長を見せてやって、カネを出させようという腹積もりだ。簡単に言うと、親バカ気質を引き出そうとしている。


「ほう、ベルセリウス卿、よろしいかの?」

 グレアノットの目が怪しく光る。

 トリトンはグレアノットの挑発的な眼光を受けて同じく、アリエルの才能を見て資材ケチれるものならケチってみやがれと受け取った。


 トリトンはこう見えて実家であるベルセリウス家では五男坊だが、超パワハラの宝庫とまで言われる王国騎士団に所属していて、剣には一癖も二癖もあると自負している。


 ベルセリウス家のエントランスでは三人の男たちが全員ことごとくがニヤニヤしながら不敵な笑いを見せ合った。


「ほう、それは面白そうだ。ちょっと屋敷に戻って支度をしてくるので、やっててくれていい」


 踵を返し、玄関ドアから屋敷に戻ったトリトン。

 アリエルは支度と聞いて、トリトンの行動を訝った。


「支度をしてくるってなんだよ……子ども相手にフル装備の鎧でも着こんでくる気かな?」


「さあのう、剣術というものは強化魔法だけでなく体術も学ばねばならんからの、わしでは体術までは教えられん。きっと御父上が力を貸してくれるのじゃろうて」


 グレアノットはアリエルに百科事典サイズの超ブ厚い本をアリエルに手渡した。

 受け取るとまるで漬物石のようにずっしりとしていて、思わず落としそうになったほどだ。

 表紙と背表紙が板になっている、こんなの三巻ぐらいに分けたほうが絶対に扱いやすいのに、なんで持ち運ぶのにすら苦労するほど重いのだろうか。これ本棚の上段に収納できないし、収納したらおろすの大変だし、これ書いたひと後先まるで考えないバカなの?と思ったら、著者がソンフィールド・グレアノットだった。


 なるほど、この世界の魔導師という生き物は、魔法以外の事にはまるで興味がないんだな。ということを今初めて理解することができた。


 このクソ重い本を持たされたまま格子の門をあけ、いったん外に出てからぐるっと回って屋敷のすぐ西隣にある空き地に移動してきた。ここは直線距離だとアリエルの寝室からすぐのところだ。

 真上からの見取り図で参照するならば、さっきまで美月みつきといっしょにホカホカの夢を見ていたベッドからわずか15メートルほどしか離れていない。


 資材を仕入れたらここの壁をぶち抜いて勝手口を作って欲しいところだ。


「ふむ、では今日は強化魔法をやってみるとするかの。強化魔法というものは身体強化の魔法と物理防御の魔法をセットで同時にかける合算起動式を使うのが一般的なのじゃが、起動式は土魔法に使われる神代文字が複数あるでの」


 強化魔法に使われている神代文字は何故か土魔法に使われることが多いらしい。

 先生が本を開いてみろというので、クッソ重い本を片手に持ち替えてひらくと、本の最初のページに紙っぺらが1枚挟んであった。


 解説文も何もない、ただ起動式が並べられているだけの紙ペラ1枚。これが強化魔法だった。

 なんでこんなクソ重い土魔法の本にこんなもんを挟む必要があるのかと思ってよく見たら、どうやら強化魔法と言うのは非属性魔法でありながらも、土属性魔法の神代文字を使っている特殊枠に分類される魔法なのだとか。


 神代文字はこれまで学んだどんな文字よりも複雑だったが、文字数はたったの6文字なので入力してみることにした。


 だけど剣を持ったままだと起動式が書き難い。

 というか、この本が邪魔だ。


「剣士が戦場にあって、強化魔法を使う場面では、いつ矢が飛んでくるやもしれないからの、左手で書くのがええと思うが、たぶんこれもすぐ起動式いらんようになるじゃろうから、どっちでもええとおもうがの。ほっほっほ」


 木剣は小脇に抱えるとして、本だけは大切に開いたまま言われたとおり左手で書くことにした。

 集中して、イメージする。


 1字目。セット。何やらじわっと汗が出るように、たぶんマナが全身から出た。

 2字目。セット。ん?なんだろう?

 3字目。セット。あれ?これは……体に纏ったマナが硬くなって防御鎧のようになったのが分かる。

 4字目。セット。あ、マナの出が……点滴のように一定に出続けてる。ずっとマナ放出し続けてるんだこれ。

 5字目。セット。これなんだろう? よくわからない。

 6字目。セット、いつもの安定化神代文字。


 「6文字目まで全部セットしたかの? いつも最後を省略してえらい大きな魔法になってしまうからの?」


 6文字ぜんぶをセットして歩くと、いつぞや日本で乗ったことのある電動アシスト自転車みたいな感覚だった。身体を前に押し出す動きにグイグイとアシストされる。


 アリエルは少し得意になり走ってみた。身体が軽い。速い。

 少々走ったところで疲れを感じない! これこそがチート魔法だった。かるーくジョギングぐらいの感覚で走っていても時速30キロぐらい出てんじゃないかという快走だ。時速30キロというのは、だいたい一般人の全力疾走よりもだいぶ速い。強化魔法をかけたうえで更に全力疾走すると70キロぐらい出そうな勢いだ。しかもアシストが優秀なので疲れないという、これは素晴らしい。


「ゆっくり、ゆっくり止まるのじゃ。ゆっくりじゃぞー」


 と言われたのだけど、なかなかどうして、止め方が分からない。

 調子ぶっこいで全力疾走などしてしまったものだから、スピードが出すぎてブレーキのことまで考えてなかった。ちょっと焦ったアリエルは、効率よく止まるためどうするのが良いか? と考え、ちょっとした間違いで止まる前に魔法を解除してしまった。


 7歳の子どもが時速70キロで走っている。歩幅が広く、飛ぶように足とひざのバネではゆったりと走っているわけではなく、通常の歩幅でチョコチョコ走るのをむちゃくちゃ速く回転させているだけだ。たとえば50メートルを走るのに強化魔法を使わず10秒かかるのも、強化魔法を使って3秒で駆け抜けるのも歩幅や歩数は同じなのだ。


 当然だが、高速で走っているところに強化魔法を解除してしまうと、足の回転が追いつかなくなり、からまってしまうのがオチだ。


 グレアノットが「むっ、これはいかんの」とつぶやいた時すでに遅し。


―― ズッガァァァ


  ―― ズザザザァァ!



 瞬間、派手に転倒するアリエル。

 どれぐらい派手かというと、体を伸ばしたまま縦に数回転転がったあと、20回転ぐらいゴロゴロ転がって、激しく土煙を上げて倒れるぐらい派手だった。


「痛い……」


 アリエルが身体を起こしてダメージ確認に努めた。痛いところはさっき地面にしこたまぶつけた頭と肩と背中と腰……身体はすり傷だらけで服もボロボロに破けていた。強化魔法を解除したら防御魔法も同時に失ってしまうからこそ、こんなことになる。


 ちなみにノーデンリヒトには医者がいない。体の具合が悪くなったら民間療法で治すのが基本だ。

 アリエルが確認したところ、打撲とすり傷が多数といったところ。動けないこともないし、骨も折れてはなさそうだ。医者のいないノーデンリヒトの基準ではツバつけとけば治るといったレベルのケガで、べつにツバつけなくても一週間ほど放っておくだけ治ってしまうのだろうけど、服がヤバい。


 服は放っておいても治ることはないし、まさか一発転んだだけでここまでボロボロになってしまうだなんて思ってもみなかった。またポーシャに叱られることが確定したようだ。

 しかし両親には一度も怒られたことがないのに、ポーシャとクレシダは容赦なく怒る。たぶんこれがこの国での親子の関係なのだろう。


 すり傷になったところをアリエルはさすってみたが、砂が入り込んで不衛生に見えた。

 ケガしたところを洗って清潔にしておけば治りも早いはずだ。


 というわけでアリエルは、昨日覚えたばかりの水の転移魔法を使うことにした。覚えた魔法を使う場面になったら惜しげもなく使わないと勿体ない。


 アリエルは地面に倒れて、身を起こしただけといった格好のまま、どこまでも抜けるような青い空を見ながら集中して、小規模に、バケツの量ぐらいをイメージして水魔法を使い、水玉の領域を頭の上に転移させると頭から水をかぶった。



 ―― バッシャア!


 立ち上がらないアリエルの身を案じ、駆け寄ってきたグレアノットは、また転移魔法で水を出現させる魔法で靴を濡らした。


「防御魔法も一緒に切れてしまったのは失敗でした。でもシャワーの魔法はもうマスターしましたからね」

 グレアノットは呆れるよりも少し驚いた。

 7歳の男児というのは、転んだだけで泣きわめくような子も多い。転生者、神子というのは子どもの中に大人が入っているということはこういうことなのだと、当たり前のことに納得した。

 そんなことよりも、ひとを心配させておいてこの物言いである。中身が大人であるなら尚更、ほかに言いようってもんがある。


「アリエルくん……おぬし意外と抜けておるのが心配じゃよ……」


 アリエルはびしょ濡れと擦り傷だらけという泣きっ面にハチ状態でありながら、表情は晴れやかだった。強化魔法のスピードを維持することができれば、交通インフラが数百年前レベルのこの国でもなんとかなると考えたからだ。


 だけど、ちょっと欲も出てきた。

 できることならこの擦り傷を治療出来たら完璧なのにな、と考えるのは自然なことだろう。


「ところで先生、怪我を治療する魔法ってないんですか?」

「あるぞい。しかしの、治癒魔法はすべて教会が独占しておって、門外不出の扱いなのじゃ」


 先生によると教会の治癒魔法は門外不出で部外者には知らされないのだけれど、体力スタミナを回復する魔法、致命的ではない傷の治りが早くなる魔法、致命的な傷を治癒して命を救う魔法、そして最高位の治癒魔法は身体の欠損した部位までたちどころに再生されて古傷まで消してしまうという。欠損した部位まで再生させるとなると、教会の治癒師がいるとほんとうに心強いんじゃないかと思った。腕を失ってもまた生えてくるってことなんだし。


 スタミナ回復魔法というのはたぶんマナを体力に変換しているのだろう。

 分かりやすく言うと MP → HP 変換の魔法だ。変換レートによっては使い勝手のよさそうな魔法だなと思った。


 なるほど、アリエルはまたひとつこの世界の仕組みについて理解した。

 莫大なカネを投資して新幹線を作らなくてもいい理由がきっとこれなんだろう。


 グレアノットの手を借りて、ようやく立ち上がることができたアリエルはケガの具合を確認しながらおかしなことに気が付いた。


「あれっ? 傷の治りが早くなる魔法……先生、俺にかけてくれました? なんかさっき転んだ傷がもう消えそうなんですが?」


 アリエルは7歳になるまでほとんど屋敷の中に引きこもった生活をしていたし、血が出るレベルのケガなんてしたことないという箱入り息子だったからこそ、この異常な傷の直りの早さに気付くことはなかった。


「むむっ、これは興味深いの、アリエルくんもしかして治癒魔法を無詠唱で使ったのかの? それとも再生者と呼ばれるスキルを持っておるのか……」


 治癒魔法なんて使えるわけがないし、心当たりもない。いま唱えたのはかのフォーマルハウトの魔導書に載ってた水魔法だけだ。

 ちなみに再生者というのは、魔法を使わなくても常に自分の身体に弱い治癒魔法がかかっている状態で、通常よりも傷の治りが早い人のことを言うらしい。治癒魔法を使った覚えがないので、もしかすると再生者というスキル? を得たのかもしれない。


 今日は得難い日だ、いろいろと新しい事実が判明したのだが、いちばんの収穫は、強化魔法をかけて高速移動中に魔法を解除するとエライ目に合うということだ。


 それだけではない、グレアノット先生はアリエルの強化魔法を横で見ていて、ひとつ重大な弱点を指摘した。


「この前も言ったが、強化魔法を上位、高位で使えるものは、身体のほうに大きな負担がかかる。子供のうちは身体の負担にならない程度に、抑えて動くこと」


 グレアノット先生は『強化魔法をかけたうえで本気で動いてはならん』という、それだけをくれぐれも重ねて言い続けた。特に急加速と急停止は厳禁。内臓や脳や血液は強化魔法じゃ守れないから、無理な強強度きょうきょうどで加速したら本気で命が危険にさらされることにもなる。


 アリエルはいつも無意識に過剰なほど大きな魔法を使ってしまう悪癖があるので、グレアノットはくぐれも、口を酸っぱくするほどアリエルに注意を促した。それこそ何度も、何度も。


「はい、わかってますってば……。でもさ、先生、分かりましたよこれ」

「ほれ、また無詠唱で無暗にデカい魔法にしてしまうフラグじゃ」


 フラグとか……。


「ちょっと試しに……ですよ」


 んー、集中。汗をかくようなマナの放出を。

 そして次、電動アシストのような感覚。この魔法、カンが正しければ……

 3つめは、身にまとったマナを防御力に変換した。

 そしてマナをずっと少しずつ放出し続けると……。


「完了。ちょっと試します」


 アリエルは起動式を使わず無詠唱で強化魔法を使い、そのに強化魔法の発現を感じ取ると「完了、ちょっと試しますね」と言って、ピュン!と風を切って、もう遠くへ行ってしまった。


 さっきグレアノットが口を酸っぱくして注意した事柄を『分かってますってば』などといって生返事で返して、その舌の根も乾かないうちからもう急加速させている。まったく天才とアホは紙一重と言うが、全くその通りだと思った。


 だけどアリエルにしてみるとこの加速は全力ではなく、グレアノットに言われた通り、自分なりに抑えた結果だった。しかし所詮はまだ7歳の児童だから、ものすごい加速に首が置いてゆかれそうになった。


 加速を抑えさえすれば、最高速はいくらでも耐えられるだろう。軽く走って時速100キロ超えてんじゃね? ってことも分かった。今のところ、これだけスピードが出せるなら文句はない。あと、急ブレーキも厳禁だというのも、 一歩目からフル加速したら脳に障害が残りそうなことも分かった。

ここは先生のいう事を聞いて抑えておかないと。この速度……こりゃいま魔法切ったら生命の危機を感じる。いまのところ強化魔法がスーパーアシストしてくれているので、えらいスピードが出ているのだけど、同時に上がってるはずの防御力については、いまわざわざ転んで試さなくても、そのうち分かるだろう。


 時速100キロ前後になると……、屋敷に隣接する空き地じゃあ狭すぎて加速もブレーキも満足に使うことができないことが判明した。ただスピードを出すためだけに何か鍛錬する場合は、街道に出ようと決めた。


 あと、このスピードになるとさすがに風圧が強くて息ができない……。

 風圧で涙が横に流れて耳に入る……。


 何も対策しないならいまのスピード以上に出せないのだけど、オートバイのヘルメットのようなものをかぶれば解決するような問題だ、特に問題にすることでもないだろう。


 そして強化魔法を実際に試して実験しているアリエルは確信した。この強化魔法に使われる神代文字2番目、アシスト(魔力アシスト)の正体は、念動力だ。


 どんどん魔法から離れて行ってる気がするけれど……、これは念動力に違いない。

 グレアノット先生の近くで止まれるよう、ブレーキをかけつつ速度を調節する



 ―― ズババババッ!


 急停止してみたが、足が滑って思ったように止まらない。オフロードでテールをスライドさせて停車するラリーカーのようだ。身体はどうってことないのだが、靴底の減りはかなり激しい。



「先生!分かりました! 強化魔法の神代文字、2字目はこれ、念動力です」


 アリエルはその場に置いてある土魔法の本、ページをめくりながら、一つずつ確認した。やはり、大きなものや重いものを動かす際には念動力の文字が含まれている。


 この魔法はロマンだった。土魔法なんて一見地味に思えるが、実際は万能の念動力を含んでいる。

 念動力だったら空も飛べるはずなので、ぜひとも試してみたい魔法だ。


 集中だ、イメージするんだ。念動力で自分が浮かぶイメージを……。


 ふっと地面から足が浮く。浮かんだ。

 ちょっと浮かんだことでアリエルは有頂天になりつつあったが、意外にもグレアノットは冷静にニコニコしているだけだった。


 もう少し高く……、2メートルぐらい高度をとると途端に不安定になり、急に足元をすくわれてバックドロップのように転んだ。


 今度は防御魔法がしっかりしているので、たいして痛くもなかった。

 グレアノット先生がニヤニヤしながら見ていたのはどうやらこうなることが分かっていたからだ。


 空中に浮かぶ魔法だが、実は2メートルどころか、1メートルぐらいの高さでも姿勢を維持するのが難しいことにも気が付いた。しかし、50センチぐらいの高さなら集中力が必要だけど問題なく立っていることができるレベルに難易度は下がるし、もっと高度を下げて20~30センチだと、今のアリエルでも地面に立っているのと大差ないぐらいだ。


 導き出される答えは、低ければ低いほど安定度を増し、逆に高ければ高いほど不安手になるということだ。グレアノット先生がニコニコしていたのは結果が分かっていたということだ。


 ならば低いまま空中を維持すればどうなるのだろう?


 20センチぐらいの高さのまま空中を滑るように移動してみると、まるでアイススケートのように滑りながらビュンビュン動ける。まるで黒い三連星のモビルスーツのような動きだ。


 さっきまでニコニコしながらアリエルを見守っていた先生の表情が驚きにかわった。

 空を飛べないならギリギリのところを滑ればいいという安直な考えだが、滑ることで安定できれば正直に足をもつれさせて転ぶこともないし、マナではなく実際の体力消費も少ないだろうから遠出するのにも便利だきっと。やっぱりこの土魔法はロマンの塊といって過言ではない。


 アリエルはさっきから念動力でホバー移動。そればっかりで遊んでいる。

 グレアノット先生には7歳の子どもらしく見えたろうか。


 いい、これはいいぞ。高速移動しながら20センチの浮きを強力なバネにして、強化魔法の力を使って力いっぱい、大きくジャンプすると7歳の小さく軽い身体は、ロケット打ち上げ時にかかるような激しい加速Gを受けながら45度の角度で打ち上げられた。


 景色がひらけて見える。ノーデンリヒトの50軒の集落がぜんぶ眼下に広がっている。

 ノーデンリヒト川のくねっているのも、森との境界線も、遠くの方にかすんで見える地平線も……。


 ノーデンリヒトという土地のスケールをまるで知らなかった、屋敷の中だけで暮らしてきたアリエルが見た、初めての世界といってもいいのだろう。


 それは自然豊かな大自然と、真っ青に晴れ渡った冷たい空気の織りなす、美しいとしか形容できない、世界の姿そのものだった。


 しかしアリエルの身体は上昇をやめ、ある一点で停止すると、そこから自由落下を始めた。

 重力に引かれて加速するのを抑えることができない。


「うわっ高い! こええぇぇぇ!」


 放物線を描き、20メートルぐらいの高さにまで到達する。5階建ての集合住宅ぐらいの高さだ。

 このまま飛行に移る……移る……ええっ なんでだ? 念動力がうまく働かない。

 ちょ、ヤバい……落ちる……。


 減速し放物線を描きながら落下する。ちょっとやばいのでさっき覚えたばかりの風を吸い込む魔法を頭上に配置し、下から風を吹き上げるようなイメージで減速を試みるのだけれど、これが難しい。髪の毛が逆立つ以外ほとんど効果がないばかりか、加速してるようにも感じる。こんなアホなことしてる余裕もないのだけれど、この忙しいときに、あ、なるほど……と風魔法の正体に気が付いた。


 いや、そんなことは後回しだ。空中だと念動力は効果がないのだけれど、地面に近づいてきたら徐々に効果が出てきて、5メートルぐらいまで降りて来たところで念動力も手伝って減速するのだけれど、空中でバランス崩して、そのまま激しい音を立てて、わき腹から地面に激突した。


 アリエルはまたもや地面に倒れるという結果になったが、今回は強化魔法を解除してなかったせいか、身をもって防御魔法の効果を確かめるよい機会となった。


 わき腹をしこたま打ったのが痛いぐらいだ。今度はすぐさま立ち上がり、またケガの有無を確かめた。衝撃はけっこうあったものの、あの高さから落下してケガがないなんて、驚くべき防御力だ。


 アリエルは身をもって防御魔法の効果を確かめることができたので喜んだが、グレアノットはたいして心配もしていない様子だった。それもそのはず、落下するときありとあらゆる衝撃軽減の手段をとっていることを見ていたからだ。


「ものすごい勢いで地面を滑っておったの? さっき粘土と言っておった、それのことかの?」


「いえ、念動力です。念じただけで物を動かす力です。さっきの神代文字の2字目がマナをそのまま力に変えて手を触れずに物を動かすような、そんな効果があることが分かりました」


 念動力、それは日本にいた頃から誰もが知っている夢の超能力だった。その正体は土魔法。


 土の魔法というのは土を操作する魔法だ。石や岩を浮べて移動させたりするのが容易にできる土木作業に便利な魔法だ。だがしかし極端な話、同じ土魔法で大陸を持ち上げようとしたらどうなるかというと、きっと自分が持ち上がってしまう。アリエルがやって見せたのはそういう事だ。


 土魔法というのはもっともっと地味なイメージしかなかったのだけれど、うまく使えば超能力が使えることが分かった。これはものすごい魔法だった。


 アリエルは土魔法の使い勝手を興奮気味に話した。いやむしろ興奮するなというほうが間違っている。前世で嵯峨野深月さがのみつきだった頃中二病と呼ばれる時期をしっかりと経験してきた。空想の中でしか使えなかった色々な能力がここでは現実のものとして使えるのだから。


 土魔法、念動力の起動式、マナの可能性、汎用性の塊、それはロマンの塊だった。

 先生にはこのロマンがどれほど素晴らしいものなのかをうまく伝わってないようで、ぜんぜん食いついてこないのだが……。


 起動式2字目は硬い地面を掘ったり、土をもちあげたり、山に盛ったり整形したり移動したりまた固めたりと、土木工事用の魔法には必ず入っている神代文字だった。

 高位の土魔法ともなると大岩を投げつけ、城壁を破壊したりなどという攻城用の魔法にも使われているらしいので、これが念動力なのは間違いなさそうだ。


「土魔法で空を飛ぼうとするとは、アリエルくんのその理を解する知識もそうじゃが、その発想の力に驚かされるわいの」


「先生、この魔法は少年の夢そのものですよ。今のところ空までは飛べませんでしたが、地面を滑行かっこうするのには成功しました。足で地面を蹴るよりも、念動力を使って加速したほうが、柔らかい地面に足を取られない分、安定するような気がします。あー、もうひとつ、さっき落っこちてる最中に……風魔法の正体わかりました」


「せわしない男じゃの。せめて地面に降りてからゆっくりと閃けばいいものを」


「そんなの無理だから。[強風]の魔法はどこか気圧の低いところ、たぶん高い山の山頂?とかに転移魔法陣があって、そこと門のようなもので、一定時間ずーっと繋げっぱなしにする魔法なんだと思います」


「?? どういうことじゃ?」


「大量の水を出す魔法も、強風の魔法も、原理は同じ転移魔法ということですよね。たぶん」


 風の魔法も水の魔法もフォーマルハウトの魔導書に記された魔法だ。

 どこかに転移元があって、そこにアクセスして繋がっているというだけの魔法だというのは分かるのだけど、これって本人の了解なしに自由に使って良いものなのか……と不安になってくる。


 だけど、これも一つの転移魔法の形だ。異世界に転移するヒントはきっと転移魔法にある。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ