06-02 招かれざる来訪者
「笑い事じゃないってば。2000ゴールドよ! 2000ゴールド。いくら教会を敵に回したからって前代未聞よ」
「俺の賞金が上がるのは予想してたけど、俺は何年も前から教会とは敵対してたんだからさ、戦争で敵側についたっておかしくないし。なんで今になって賞金ハネ上がったんだろう」
「ちょ、ちょちょ、ちょっといいですか?……ロザリンドさんって、ドーラの王族の姫さまだって聞いていたけれど、もしかして魔王軍の関係者だったりとか……するんですよね。当然」
「あ、はい、兄が魔王を襲名したので私が将軍職を……」
「魔王直系の王族ということですよね。もしかするとベルセリウス家はドーラの王家と親戚関係になったということで教会の敵とみなされたのかなあ」
「ええっ、ちょっとオフィーリアさん、じゃあ俺たちを勘当してくれたほうが……」
「アリエル、それは違います。アルビオレックスも私も、ドーラの王族と親戚関係になったことを心から喜んでいます。私もドーラの生まれですからね、これほど名誉なことはありませんよ」
「そうだよアリエル、父さんが掲示板に祝辞を掲載したらセカ中のエルフたちが婚礼の祝いで屋敷に花を持ってくるもんだから、屋敷の庭が花だらけになったんだからね。あなたたちは祝福されてるの。終戦のお祭りもすごかったんだからね」
オフィーリアもコーディリアも少し大きな声と、強い言葉を使ってアリエルの言葉を否定した。
その言葉は、オフィーリアたちボトランジュに住むエルフ族の総意に近かったかもしれない。
マローニでは終戦になったのも、アリエルたちの結婚もどちらも少し酒場が賑わった程度だったのに、エルフ族を見かけることの多いセカでは大きなニュースだったらしい。
でも、祝いの花の話を聞いたロザリンドは少し照れたようにはにかんでみせた。少し嬉しかったのだろう。
「でも2000ゴールドという法外な賞金が掛けられたことによって、国中の冒険者が流入してくるでしょうから……ボトランジュは荒れるわよ」
「それは困ったな……」
「困ったの」
パシテーだけが『困った』の意味を理解して頷いた。
今でもエルフを狩り尽くした南部の冒険者たちがボトランジュやフェイスロンドに越境して違法な奴隷狩りをする事案が目立ってきてるのに、セカやノルドセカを通りがかった冒険者たちが普通に道を歩いてるエルフを見て手を出さないなんて考えられない。ちょっと路地裏や街道を歩いていたというだけで行方不明になったエルフの婦女はそのまま連れ去られて売られてしまうのだろう。
「大丈夫だ。アリエルくんの家族には指一本触れさせんよ」
シャルナクさんの言葉は胸にジーンと来る。この男らしさがベルセリウス家を代表する嫡男の証なんだろうな。でも、残念だけどちょっと違うんだ。
「シャルナクさん、困るのは俺たちじゃなくて、このボトランジュで平和に暮らしているエルフたちだ。賞金稼ぎは、俺と戦って2000ゴールド稼ぐよりも、上物の若い10代のエルフを攫って1800ゴールドで売る方がよっぽど安全で手っ取り早く稼げるんだよ」
「まさか、エルフが1800ゴールドで売れるのか!」
「何年か前、アムルタ王国で若年エルフの上物が最高額で1800ゴールドだったからね……。南の方じゃエルフが莫大な富を生んで前代未聞の好景気に沸いてるんだ。シャルナクさん、騒動が沈静化するまでマローニかノーデンリヒトにセカ周辺のエルフたちをかくまうこと出来ないの?」
シャルナクさんは目を見開いたまま機能停止を起こしたように動けないでいる。おそらく脳をフル回転させてるんだろう。
ハーフエルフのコーディリアはその値段に納得できないようで、もう一度聞き返した。
「ねえアリエル、180ゴールドじゃなくて、1800ゴールド? 間違いないの?」
「冒険者ギルドの掲示板で最高額掲示が1800だったけど?」
「うちの調べじゃアルトロンドでも1000ゴールドより高騰したのなんて聞いたことがないのに」
1800ゴールドは、アリエル独自の日本円換算で1億8000万円ほどになる。
その値段が妥当かどうかはひとまず横に置いといて、たとえその半分の値段であっても、ボトランジュに越境してきた密猟者がエルフの少女を攫って売れば莫大な財産を築けるし、頭がお花畑のシャルナクさんのことだからきっと、もともとボトランジュ住んでいる手癖の悪い者が近くにいるエルフを攫って、アルトロンドに連れ出して売るという、こっちの危険性は頭にないのだろう。このひと、領民は善人だと思ってるから……。
「南方ではもう、奴隷になっていないエルフが居ない……ということなのか……もしその値段で取引されるとしたら領都は大変なことになるぞ」
「私が売られたら大変だわ!」
「マローニにも仮設住宅などをつくって受け入れ体制をつくっておかねば。いきなり押しかけられたら受け入れられないところだった。もちろんノーデンリヒトにも急使を出して知らせておく」
「ねえねえ! 私が売られたら大変だって言ってんだけど!」
「シャルナクさん、コーディリアがうるさい。話を聞いてあげるまできっとうるさいよ」
「あ、不安なんだな、だが売られるようなことはないからな」
いずれ来るであろう混迷の時代を察したシャルナクさんを横目で見ながら、コーディリアがちょっと自慢げに、その青銀色の髪をかき上げた。
「私1800ゴールドもするんだ」
「い、いや、コーディリアはハーフだから、200ゴールド以下だと思うし、トシも20過ぎてるから上物と査定されても100ゴールドより下がると思うよ? 南方で希少なのは純血のエルフなんだ。ハーフやクォーターはいっぱいいる。いいとこ30ぐらいかもしれない」
「それは安心してもいいの? それとも怒った方がいいのかな? 傷つきやすい乙女のハートにグサグサ刺さった言葉がいくつかあったんだけど」
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「シャルナクさん、俺が教会をブッ潰したら罪に問われる?」
「いや、アリエルくん、教会とアルトロンドは共謀してベルセリウス家を標的にしている。キミは体よく口実にされたと見るべきだろうな。だからボトランジュにある神聖典教会はブッ潰しても問題ないよ。むしろブッ潰しに行くべきだ。だがボトランジュ以外はダメだぞ」
「いや、言い方を間違えた。俺が罪に問われて、ベルセリウス家にどんな迷惑がかかるかな? と思ったんだけど、まあ、大丈夫そうかな……。母さん、約束守れなくてごめん」
「エル、家族を守るために戦うのは当たり前のことよ。領地なんかに興味のないトリトンがなぜ必死で戦ってたと思ってるの? アリエル、あなたの未来のため。そしてあなたも父親なのですからね、あなたにはサナの未来を守る義務があります。勝って、そして帰ってきなさい。死ぬことは許しませんからね」
アリエルはビアンカに向けて胸を張ってちょっと誇ってみせた。
「わかったよ母さん。こう見えて俺もロザリンドもけっこう強いんだ」
「で、私たちがマローニに来る途中で見たんだけど、ノルドセカにもアルト兵がいたのよ。たくさん。たぶん……1000以上」
「えーっ! それ大変な事だから。なんで? セカのボトランジュ軍は?」
「それはセカの東側にアルトロンド軍が集結しつつあったので、セカの兵たちはサルバトーレ高原の側に居るのかもしれません」
コーディリアとオフィーリアさんの情報を統合すると、東側のサルバトーレ高原に集結中のアルト軍の規模が大きすぎるせいでノルドセカにまで手が回らず、結果背後を突かれることにもなりかねないということになるか、もしくは、手薄になったマローニを含むジェミナル河の北岸を攻めようとしているのか。どちらにせよ、ノルドセカにいるアルトロンド兵たちが目の上のタンコブほどうっとおしい。
アリエルは目を閉じて、深く考えた。
自分は間違ったことはしていないと思う。それでも結果は最悪の方向に向かおうとしてる。
戦争になると大勢のボトランジュ兵の血が流れて、多くの人の涙が流れる。
自分を口実にして、多くの若いエルフ娘たちが、未来を奪われ、奴隷にされてしまう。
父さんは避けられる争いは避けろと言った。今までそうしてきたつもりだ。
だけどその結果、避けられない大きな戦いが目の前に迫っている。
ソファの横に座ってるロザリンドが、考え事に沈んだ俺の肩に手をやって優しく語りかけた。
「ねえあなた、難しく考えなくていいわよ。私たちが蒔いた種は私たちが刈り取るだけ」
「そうだなあ、神殿騎士たちは俺が何とかする。いざとなったらハイぺリオンにも手伝ってもらうから大丈夫。マローニを守り切れなかったら負けだから、パシテーとてくてくとサオは悪いけど、この屋敷と家族の守りを頼む。ああ、みんな知らないだろうけど、敵兵がマローニを囲んでも、たぶん3000ぐらいならこの3人で十分対処できるはずだから大船に乗った気でいてもいいよ。ただ戦時なりの警戒はしておいて」
「夜ならもっと来ても平気なのよ」
「ハイぺリオンさんって? どなた?」
ビアンカが聞いたことのない名前に反応した。友達だと思ったのだろう。
「母さん、ちょっと訳あってみんなに紹介できなかったけど、一応俺のペットってことになってるから家族の一員なんだ。でももうそうも言ってられないし、何なら屋敷の屋根に止まらせておくだけでも十分抑止力になるからね、まあ、そのうち紹介するよ。とりあえず、今日のところはマローニの教会に挨拶しに行こうと思う」
「それならベルセリウス家は総出で行かねばならぬな」
「あははは、さすがシャルナクさん、分かってらっしゃる」
「サナトスは……えーっと……」
「アタシがここで見てるから大丈夫なのよ」
普段は剣とはとても縁遠いイメージのシャルナクや、ドレスに近い服を着ているオフィーリアまで腰に剣をさしていた。家を巻き込んだ争い事が起こったら、こうやって皆で乗り込むのが作法らしい。
ビアンカは若いころ自分が使っていた剣を研ぎに出していたらしく、手に馴染んだ自分の剣を手にし、使い込まれたベルトを巻く。
「うー、ダメだー、ウエスト太くなってる……痩せないと」
13歳の頃使ってたベルトを締めて太いの細いのはないと思うのだけれど、ビアンカの準備ができていたのは、ドーラで女の子の膝枕を狙っていたトリトンの醜態を報告したアリエルのおかげ。
剣を点検するビアンカの表情は近い将来トリトンを襲う不幸を暗示するに充分だった。あれから一年余、ダイエットのためと称し、そこそこハードなトレーニングをしていたのは皆の知るところである。
―― カランカラーン!
手っ取り早く準備を済ませ、家族総出で教会に行くぞ! と皆そろって庭に出たところで来客を知らせる門のチャイムが鳴った。
門のところには数名の男女が居て、中を窺っているようだ。
アリエルが顔を出すと、男と目が合った。
「すみません、こちらベルセリウスさんのお宅で、アリエル・ベルセリウスって人が居ると聞いてきたのですが、ご在宅でしょうか?」
ご在宅って言ったか? 丁寧すぎる言葉の割には、この男、両手もちの剣を背中に背負い、兜なしでハガネの鎧を着込んでいて、どう見ても戦士か騎士にしか見えない。流暢なことばだが発音がおかしい。外国人であろうことは何となくわかる。
年の頃はトリトンと同い年ぐらい? のオッサンで。短髪の黒髪に瞳は濃いブラウン。
……こいつ東洋人だ。
そしてエルフの女性が三人後ろに控えていて、三人とも武器を携行している。えっと、杖持ちが2人に、弓持ちが1人。冒険者の装備じゃなくて、どっちかというと騎士団に近いようにも見えた。
めんどくさいな、もう賞金稼ぎが来たのか……。
「はい、俺がアリエルですけど。どちら様でしょうか?」
来訪者がギラリとひと睨みすると、この場の空気がざっと音を立てて変わったように感じた。
真っ先に剣に手をかけたのはビアンカ。若い頃の感覚を取り戻しつつあるようだ。
重苦しい戦場の空気に緊張感が漂う……。
「マジかよ、一発で会えたな、お前がアリエルか? ってことは後ろの魔人はアルデールで……えーっと、いまから家族でお出かけだったか。邪魔して悪いが……俺はアーヴァイン。お前が倒したっていうキャリバンたちのツレで、俺も勇者の端くれだと言えば用件は分かってもらえたと思うが」




