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06-01 史上最高の賞金首

第六章始まりました。


 ドーラ会議で和平が決まり、終戦になってから一年余りが過ぎた。

 アリエルたちは旅もせず、ただマローニを拠点に冒険者稼業を続けていた。1年後にはまた帝国の勇者召喚があるというのに、パシテーの家名を取り戻す方法も手詰まりになりかけていて、それでもなお、なぜのんびりとマローニに留まっているかというと……。

 



 この春、うちに一人、家族が増えた。


 アリエルも一児のパパである。


 いったい何があって急展開になったのかというと、あまり笑えない話なのだが。


 パシテーの監視を逃れてうまくやりやがった訳ではない。こう言っては何だが、パシテーの監視とガードは完璧だった。結婚してから1年が経とうとするのに毎日毎晩、ひたすら頑なに邪魔をするようにくっついて寝るパシテーにとうとうロザリンドがブチキレてしまい、後先の事をまったく考えず、アリエルとパシテーの二人まるっとまとめて魔人族スカーレットのもつ種族スキル『魅了』を使ってしまうという暴挙に出たせいで、三人とも初の〇〇〇は3Pという大参事になった。


 そして『魅了』を使ってしまったロザリンドは晴れて懐妊。

 パシテーはしばらくアリエルやロザリンドの顔を見ただけで不機嫌になり「姉さまなんか嫌いなの」とスネていたけれど、そんなことを言いながらでもしっかり間に入って夫婦の夜の営みを邪魔することだけはやめないパシテーに「あなたがもらわないなら、本気で私がもらっちゃうわよ」というロザリンドの脅しに屈した形にはなるが、可愛いパシテーをロザリンドに渡したくないという一心でそれを拒否。アリエルがパシテーを嫁に迎えるべく、家名を取り戻す方法を探して、マローニを拠点に東奔西走しているところだ。


 要するにロザリンドはどっちもイケる人だった。


 そしてアリエルとロザリンドの間に生まれた子は男の子で、肌の色と髪の色は父親に似て金髪で白い肌。つまりビアンカゆずり。しかしルビスのミドルネームをいただく紅眼スカーレットだ。


 くりっと大きな紅い眼がとても可愛い。


 頭を触ると額の上部に硬いコブ状の突起があるので、この子も成長に従って角が伸びてくるという。


 ロザリンドが言うには、魔人族の男子は、父親にほまれの異名があるならそれに関連する名前が付てやるのが習わしで、それはエルフ族にも人族にもある、この土地の風習らしい。


 自分の名がアリエルでよかったと、ホッと胸をなでおろしたところだ。その名がバラの騎士を連想されるものじゃなくて本当に良かったと思う。


 さすがに『死神』なんて誉どころか悪名なのだろうから、そんな名前をつけたら子どもに一生恨まれると思ったけれど、実はロザリンドはアリエルが死神と呼ばれることが嫌いじゃないらしい。


「ノーデンリヒトの死神っていいじゃん。カッコいいし強そうだし、それ誰がつけてくれたの?」

「知らんよ、エーギルのオッサンたちドーラ軍の誰かだろう」

 死神呼ばわりされる方にしてみれば、そう呼ばれるのは好きじゃないのだけど。


 個人的には男か女か分からん名前を付けてやりたくて『オードリー』を押したが、ロザリンドどころかパシテーやサオにまで却下されてしまった。


 魔導学院図書館に行って命名に関する本などを借りてきて読んだりしながら、実に二晩も徹夜であれもダメこれもダメと協議を重ね、結局『サナトス・ルビス・ベルセリウス』に決まった。愛称が『サナ』だから女っぽい名前という条件も一応クリアしている。でも、思い切り死神の名を付けてしまった。恨むなら父じゃなく、ロザリンドを恨むように言い聞かせておこう。


 初等部の高学年にもなると女みたいな名前はイヤだと言い出すかもしれないけど、それならアリエルに匹敵するかわいらしい名前に変えてやろうかと脅せばなんとでもなるだろう。


 前世では深月みつきなんて名前を付けられたことを親に抗議したら『じゃあ雅美まさみに変えるか?』という脅しに屈した経験があるのだからきっと大丈夫。サナトスが文句言ったらオードリーとかケイトにしてやろう。


 サナトスなんて立派な名前なんだから、中二病を発症した頃にはきっと両親の粋な計らいに感謝するはずだ。間違いない。


 ではサオの近況も。中等部に通っていたサオは星組筆頭として攻守にわたり他をまったく寄せ付けず実技大会に優勝。司令塔としての指揮も完璧だった。


 エルフ族ということで魔族排斥が進んでいる王都からは誘いがなかったけれど、領都セカの魔導学院から猛烈なスカウトを受けることとなった。だがしかし、サオがあのアリエル・ベルセリウスの弟子と知れて以降は勧誘もなりをひそめた。


 アリエル・ベルセリウスと言えば教会の指名手配ころすリストでは断トツのトップランカーらしいので、サオを勧誘してしまうとセカの魔導学院に神殿騎士どもが押し寄せる未来しか見えなかったのだろう。


 アリエル・ベルセリウスの悪名もとどろき渡ったところで申し訳ないが、希望としては戦争も終わったことだし、せめてこのサナトスだけは戦いとか殺し合いとか、そういう争い事には無縁の、穏やかな人生を送ってほしいものだと心底そう思う。


 また家族も増えたことだし冒険者ギルドにでも行って依頼を物色しようかと思った矢先、トリトンの兄、マローニ代表のシャルナクさんが別邸を訪ねてきた。アルビオレックス爺ちゃんの側室オフィーリアさんとその娘でトリトンの腹違いの妹、コーディリアを連れて。


 オフィーリアさんをそのままオフィーリアさんと呼んでいるが、実のところ続柄はお婆ちゃんということになる。ただ、美しすぎる美魔女お婆ちゃん(見た目はアラサー)なので、お婆ちゃんとは呼べないのだ。ちなみにもう白髪が目立つシャルナクさんにしてみると、オフィーリアさんはお母さんで、コーディリアは妹にあたるのだけど……どう見てもそうは見えない。


「あ、オフィーリアさん、紹介します。俺の嫁、ロザリンドです……」

 と言い終わらないうちからオフィーリアさんの挨拶が早かった。


「これはこれはルビスの末裔、私はオフィーリア。アリエルからすると祖母にあたります。これは私の娘コーディリア。よしなに」

 オフィーリアさんとコーディリアさんにロザリンドを紹介したとき、驚くほど丁寧な挨拶をしてもらえた。こんなところで跪かれても困ってしまうのだけれど。逆にロザリンドのほうが恐縮してしまってお辞儀合戦を繰り広げている。……何やってんだか。


 コーディリアさんは首根っこ捕まえられて、深く深くお辞儀させられている。どうやらオフィーリアさんはポーシャなみに厳しい人っぽい。あのコーディリアがまるで子猫のように手玉に取られている。


 この時期にこの顔ぶれの来客に加えてシャルナクさんが全員居間に集まれと言うからには穏やかじゃない。コーディリアはともかく、オフィーリアさんが領都セカを離れるなんて。セカで何かあったに違いないのだから。


 オフィーリアさん、ビアンカ、コーディリア、そしてアリエルと、ロザリンド、パシテー、てくてく、サオ。なぜかサナもゆりかごに入れられたまま居間に集合したのを確認すると、少し落ち着きを失ったような様子でシャルナクさんが話を始めた。


「集まったな。では時間がないのでコーディリアから話してもらおう」

「じゃあ単刀直入に言うわ……。えっと、戦争がはじまるの。もうすぐ」


 コーディリアは淡々と私情を挟まず現在のボトランジュの状況を説明してくれた。

 まずは神聖典教会がボトランジュのベルセリウス家に対して魔族排斥の圧力をかけ始めて10年以上たつけれど、領主アルビオレックスが頑として受け入れず突っぱね続けたことが根深く関係しているらしい。


 神聖典教会は王国から魔族を排斥させるのが目的なので、人魔共存政策を施行するボトランジュやフェイスロンドに対して魔族排斥を強く訴えてきた。その魔族排斥の政策に乗る形で奴隷を狩ることができれば莫大な富を生むことから、神聖典教会とは利権を共有する形で軍事力を提供するのが東のアルトロンド領と、南のダリル領である。


 つまり、教会は魔族を排斥し、人族だけの世界を実現するのが目的なのに対し、アルトロンド領やダリル領が軍を出すのは、排斥され領民の権利を失ったエルフたちを連れ去って奴隷にするのが目的。


 とはいえそんなドサクサで事務手続きが行われるなんて考えられないので、エルフたちは普通にさらわれてそのまま連れ去られてしまうだろう。


 東のアルトロンド領と南のダリル領は奴隷貿易で得た莫大な資金を背景に、急速かつ大幅な軍備増強を行っていて、潤沢な資金で兵を動かせるため、10年前は拮抗していた兵力や資金力など、現在は大きく差がついており、いまやボトランジュは戦えば敗北確実と言われるほどの戦力差が生まれている。


 そんな折、アリエル・ベルセリウスというベルセリウス家の末席を汚す者が、ノーデンリヒト人でありながら、あろうことか魔王軍と手を組み、そのノーデンリヒトを救うために戦った教会の戦力を全滅させてしまったのだから、教会が黙ってるわけがない。しかもそのアリエル・ベルセリウスはもともと教会の指名手配リスト最上位の異端者なのだから。


 当然、神聖典教会はボトランジュのベルセリウス家に対し、大罪人アリエル・ベルセリウスの引き渡しを要求したが、ベルセリウス家の男は、家族を売り渡すようなマネは絶対にしない。要求を突っぱね続けた結果、アリエル・ベルセリウスの身柄を拘束するための軍を出すことを決定したというのが、つい10日前の出来事なのだそうだ。


 軍事力を使った外交カード。小規模ではあるが、つまるところ戦争なのである。


 さて、ここで悲しいお知らせがひとつ。


 アリエル・ベルセリウスに懸けられた賞金が上がったらしい。その額2000ゴールド。日本円にして二億円ぐらいだ。


 どうやら勇者キャリバンを倒した件で根に持たれたのだろう、ベルセリウス家の新妻ロザリンドにも500ゴールドの賞金が掛けられ、アリエルとロザリンドの夫婦は望むと望まざると仲良く賞金首になってしまったのである。しかも夫婦合わせて2500ゴールド。

 王都にそれなりの家を買って、慎ましやかな暮らしをすれば一生働かずに食べていけるぐらいの額だ。


 ま、その賞金を狙ってきた時点でその者の一生は終わりを告げ、働かなくても済むことだけは確かなのだが……。


「わははは、ロザリンドおまえ俺の5分の1かよ、やっすいなおい」

「安い女みたいな言い方やめて。なんか不愉快だわ。それに計算も間違ってるからね」


 とはいったものの、現在の事態が戦争とまではいかないとしても、紛争が起こってしまう原因を作ったのはアリエルで間違いない。


 ロザリンド将軍率いる魔王軍に砦を占拠されて教会に救援要請をしたのは他でもない、ベルセリウス家なんだから、教会が怒るのは無理もない。というより教会側が怒るのはむしろ当然。


 どっちが悪いかと言えば間違いなくこっちのほうが悪いってことになるんだけど、ロザリンドやサオを助けたことが悪い事だったのかと問われると、そんなの間違いなく正しいことをしたと答える。


 だからといってアリエルとロザリンドが教会に謝りに行ったところで磔刑に処されるのがオチだから、できるだけほとぼりが冷めるまでボトランジュの中で安穏とした暮らしを続けておいて、人の噂も七十五日と言うし、いい加減忘れてくれた頃にでも、こっそりパシテーの家名を取り戻せばいいんじゃないかと。


 そう思っていた時期がわたしにもありました。




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