01-11 転移魔法の片鱗★
2021 0719 手直し
2023 1211 修正と手直し
先生はフォーマルハウトという魔導師につけられた『爆炎』という二つ名に畏敬と尊敬の念を込めてアリエルに説明した。強化魔法をかけた剣士の動きはトリトンに見せてもらったことがあるが、あれを魔導師が魔法だけで圧倒できるなんてロマンしか感じない。
フォーマルハウトという名前は、アリエルが初めて覚えたエルフの名前となった。
先生はというと、またアリエルが両手で重そうに抱えている茶色い表紙の魔導書をぱらぱらとめくり、かなり後半のほうでその手を止めた。
「ふむ。ではアリエルくん、この魔法をやってみせてくれんかの?」
指定されたページにはこれまで以上に難解な魔法が記されてあった。
神代文字が列をなすほど長い起動式が必要な高位の水魔法だ。
入力しなければならない起動式が1ページを超えて次のページにまで続いている。
すこしゲンナリしながらもアリエルは使われている神代文字に注目した。
また最初に減圧? が指定されてる。高位の水魔法だというのに、最初から風の魔法が使われている。
この減圧の効果、これって減圧じゃなくて領域を確保するのが目的らしい。
小さく設定して大きく伸ばして広げたら内部は自動的に減圧されるから、減圧されるとおもったんだけど。りあえず、起動式セットしながら試してみることにした。
集中ー。
風魔法の減圧を意味する神代文字を入力。すると1.5メートルほどの風魔法の領域が確保されたのを確認すると、続いて本を見ながら書いてある通り起動式を仮入力する。12文字目以降、先ほど [強風] の起動式で強烈な既視感のあった32文字の神代文字が同じ配列で書かれていて、そして続く24文字もどこかで見たような既視感のあるものだった。
続いて安定化させる記述を終えると、アリエルはここで気が遠くなるような感覚に陥った。
どこか別の場所と繋がったような、奇妙な感覚だった。
これは [強風] で感じた違和感を、より強く、魔法の手ごたえとして、アリエルの精神に帰ってきた反響のようなものだった。
左手を突き出した前に直径が1.5メートルぐらいの領域が露わになり、肉眼でも凝視すれば見えるようになった。ちょっと頭がクラクラする、何かに引っ張られるような感じが……。でも集中してイメージを優先させる。
「ええええぇーーーっ!」
目の前に作った直径1.5メートルぐらいの球状の領域に、ザブッ! と水が満たされ、びっくりして思わず叫んだその瞬間、その重さに耐えきれず、
―― バッシャーン!
アリエルもグレアノット先生も、巨大な水玉が破裂した流れに飲まれて泥水と一緒に庭を転がる羽目になった。突然現れた水の質量は1トンを超え、大量の流水が滝のように落ちた庭は土砂がごっそりと削り取られるように流れた。
アリエルたちは泥水に流され、ドロドロの濡れネズミのようになっても胡坐で座ると、グレアノットと目が合い、二人ともこらえきれずに笑い声が漏れた。
「先生! 旅先でシャワーの心配はしなくてよさそうですよ」
「ぶあっふあっふあっふあっ!これは愉快じゃ!」
先生と二人、大声で、腹の底から笑った。まさか、こんな大量の水をいきなりかぶって、術者自らも流されてしまうだなんて予想もしてなかったし、それはもう何事が起こったのかと屋敷の中からビアンカやポーシャ、クレシダが飛び出してくるぐらいの騒ぎになってしまった。
とりあえず部屋に戻って体を拭いて着替えてくださいとポーシャに怒られた。何しろ花壇含めた庭の30%ぐらいを派手に破壊して土泥を流出させてしまったのだ。これで怒られないわけがない。
そりゃあ花壇の世話はポーシャやクレシダたち使用人の仕事なんだから、この惨状を見てよく卒倒しなかったと感心する。いやしかし、改めて見ると、クレシダがむちゃくちゃ怒ってる。ポーシャに至っては表情が抜け落ちた能面みたいな顔で口元がヒクヒク痙攣してるほどだった。
200歳をすぎたグレアノット先生までポーシャに叱られて、それが頭が上がらない様子が可笑しくて、また笑ってしまった。
「人のことをそうやって笑っておると、ビショ濡れのアリエルなんて二つ名を広めてやるからの」
「あははは、もう笑いませんから、それは勘弁してください!」
アリエルは魔法の勉強が楽しいと思った。
前世でもこんなに楽しい学習なんてしたことがなかった。何しろグレアノット先生はというと、屋敷に入る扉の外で、ビショビショになったローブのすそを一生懸命になって絞っているのだ。これが笑わずにいられるか。かくいうアリエルのほうもポーシャに服を脱がされて半裸の状態だったのだけど……、
グレアノット先生が真顔に戻ったころ、アリエルはシャツを着替えながらボソッとこぼした。
「先生、これ転移魔法ですよね」
「うむ。わしもそう思ったわい」
ビアンカが今日は休みなさいというので、空いた時間は剣を振って過ごしたのだが、その夜、トリトンが北の砦から帰ってきた。せっかくきれいに維持していた庭の花壇をブチ壊しにされたのだ、まだ怒りが収まらないポーシャがトリトンに告げ口をしたらしい。食事のあと、アリエルとグレアノットが呼び出され事情を説明することになったのだが……。
どうやら誤解があったらしい。ビアンカもポーシャも、派手な魔法を使って庭を破壊したのはグレアノット先生だと思っていたようだ。
「父さん、違うんです。それは俺の仕業です。初めての魔法だったので加減が出来ず、誤って庭を壊してしまいました。ごめんなさい。先生は悪くありません」
「なんだと? それは本当か? 私が見た限りだとあれは簡単な魔法じゃない。なにか破壊力をもった魔法だろ? それをアリエルが使えた? というのか?」
「ベルセリウス卿。ご子息は天才じゃよ。失礼を承知で申し上げると、魔法の実習を行うのに、この屋敷の庭は狭すぎるようじゃ。屋敷に隣接する西側の土地と、あと資材を少し貸し与えていただけるのであれば、土木工事や魔導建築など土魔法の実習を兼ねて練習場を作りたいと考えておるのじゃが、どうかの? 検討していただけんだろうか」
トリトンは困惑した。アリエルには剣の才能があると思って強化魔法を学ぶために家庭教師を呼んだのだが、まさか期待の斜め上を行くとは。それも魔導学院の教授から魔法で天才と言ってもらえるなんて考えてなかった。
「よし、屋敷の西側の空き地は自由に使ってくれて構わん。必要な資材は明日書面で請求してくれ」
「剣のほうはいまだ強化魔法まで教練が進んでおらんから何とも言えんのじゃが、ご子息の魔法に対する理解度は素晴らしいものがあるからの、強化魔法もきっと問題ないじゃろうよ。それにご子息は、毎朝毎晩、欠かす事なく独りで剣を振って鍛錬しておられる、努力を惜しまぬ天才は例外なく大成するからの。わしも先が楽しみじゃて」
さっきまで厄介者を見るような目でグレアノット先生を見ていたポーシャですら、まだ魔法を学びはじめたばかりのアリエルに、高位の魔法を使えるよう教えたということで逆に先生の評価がドカンと上がったらしい。人の評価なんてこんなものだ。
そしてアリエルはというとビショビショに濡れてしまった魔法の本を乾かすのに、即席で火魔法と風魔法を組み合わせて、初めてのオリジナル魔法[ドライヤー]を完成。夜遅くまで先生と二人で本の羊皮紙を乾かす作業に追われた。
この世界に転生して、今日初めて僅かな希望が見えた。
転移魔法はあるんだ。
日本に帰れるかもしれない。
また美月に会えるかもしれないと、そう思った。
その夜は久しぶりに日本の夢を見た。
美月とアリエル、ともに7歳ぐらいの年齢だった。海岸に組み上げられたテトラポッドに座って夕焼けを眺めているだけの夢だったが、夢を見ている間だけは、だいたいどんな奇妙な設定でも受け入れてしまうことから、いまアリエルはそのまんま7歳のガキで、本当の美月は25歳になっているはずだというのに、なぜか美月も7歳という、とても都合のいい夢だった。
でもアリエルはその設定を心の底から楽しんでいる。
あたりまえだ。ほんの少しの間、眠っている間だけ、目が覚めるまでの幻のような時間だけでも、美月と一緒に居られるのだから。
転移魔法の片鱗を見つけたアリエル。
だけど日本はまだ遠いのです。




