05-06 鎮圧
「えーっ、若いじゃん。ロザリンドと変わらないじゃん」
「半分はエルフだって言ったじゃない」
「お上手ですね、ロザリンドの母ヘレーネです。アリエルさん、お噂はかねがね。ロザリィ、幸せそうね」
「うん、わたし幸せなんだ」
ヘレーネに祝福され、とてもいい笑顔でちょっとだけ胸を張ったロザリンド。アリエルが受け入れられたことに素直に喜んで見せた。
「ロザリィ!!」
「あは、ナルヴィ姉さま、ベリンダ姉さまも来てくれたの? 夜は危ないのに」
ロザリンドっぽいお姉さんが手を振りながら小走りでこっちに来た。なんかすっごい似てる人ばかり次々と集まってきて、いま4人になった。だけど見間違えないように目印がついてる。頭ひとつ分デカくて眼が紅いのがアリエルの嫁だ。
「この人がロザリィの?」
「へーっ、わたし人族って初めて見た。身体も小いわね、なんだか弱そうよ?」
「でもなんだかスケベそうに見えるわ」
お姉さんたちはひとを囲んでおいて、歯に衣を着せてくれなかった……。
「ああ、ごめんなさい、姉さんたちは正直なのよ」
「言われなくても分かるよ。それに間違ってないしね。どうもお姉さん。アリエルといいます。よろしくお願いします」
「マスター、ハイペリオンが眠いって。そろそろネストに帰すのよ」
「はーい、あ、お姉さん、失礼します。……ハイペリオーン、帰っておいでー」
ロザリンドと2人の姉はアリエルが呼ばれて離れて行った途端に、ガールズトークを始めた。ドーラを出て都会に行った妹の話を聞きたくてしょうがないようだ。ドーラなんて、日本で言えば、北海道を通り越してアラスカのようなところだから、都会に憧れる女の子たちの気持ちは分からなくもない。
「ねえロザリィ、ヒト族の町ってどんなところ? みんなヒト族なの? 獣人は? ヒト族の男性は弱いけど女性に優しいって本当?」
「え? えーっと、ヒト族の町はこことは比べ物にならないぐらい発展してるよ。サオは学校に行っててヒトの友達もいっぱい出来たし、ラブレターもらったりしてる」
「えーっ、いいなあー。私もヒト族の町に行ってみたい。サオが羨ましいわ。でもなんでサオを連れてきたりしたの? フォーマルハウトが黙ってないわよ」
「サオが置いて行かれるのイヤだって言うから仕方なくね。でも大丈夫だと思うよ。襲撃者のリーダーはフォーマルハウトの命令だったって吐いたし、お咎めなしって訳にもいかないんでしょ? それにいざとなったらうちのひとが何とかしてくれるわよ」
「よく吐かせたわね? どんな拷問をしたのよ」
「ハイペリオンの餌にするって言ったら泣いて命乞いしてたわ」
「あははは、それ最高、あいつらいっつも偉そうだったから嫌いだったのよ。いい気味。私も見たかったなあ。でもロザリィの旦那さま、素敵ね。あのフォーマルハウトを何とかできるような人なんでしょう?」
「さっき弱そうだのスケベそうだの言ってくせにもう」
「弱そうに見えて実は強いんでしょ? 強い男に興味があるのは当然じゃん。ダフニスが言ってた。あのロザリィがメロメロにだったって」
「ははは、ダフニスちょっとシメてやらないといけないかな。……5回ぐらい殺しちゃおうか」
「あ、ほら、あのひとは? 精霊なんでしょ? 私たち112人も居たんだよ? そんだけいてお父さまが『敵だ!』って叫んだと思ったら剣を抜く間もなく全滅よ。全滅。どんだけよ」
「ああ、てくてくね。うーん、私たちじゃ勝てないかなあ。うちのひとが言うには相性が悪いんだって。きっとお兄さまも同じ結果。私も一度ね、ほらあそこ飛んでる子、パシテーと手を組んで二人掛かりで挑んだけど簡単にやられちゃった。てくてくは強いの」
「ロザリィを簡単に……? 信じらんない。あのドラゴンも使役してるんでしょ? 素直にいう事聞いてたみたいだし。サオにベッタリ懐いてるのにはビックリだけどさ」
「ハイペリオンはうちのひとがドルメイの山でミッドガルド倒したときに見つけた卵を持って帰ったら孵ったんだって。サオが世話係だからね。見た目は怖そうなドラゴンだけど人懐っこくて可愛いのよ」
「ほらやっぱ強いんだ。ミッドガルドも勇者も倒して千年戦争を終わらせようとしてるなんて、どこに出しても恥ずかしくない英雄だよロザリィ、いい人見つけたわね。私のことももらってくれないかなあ。……ねえいま何人奥さんいるの? 側室に空きは?」
「だだだだ、ダメよベリンダ……そんなこと冗談でも言っちゃダメ。あいつ女ったらしなんだから。本気でたらし込まれるわ」
「あはは、そんなに焦らなくても取って食ったりしないわよ。でもさロザリィ、あなたすっごく明るくなったよね。その事実だけでもあの男は大当たり。優良物件だよ。ほんっとおめでとう」
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襲撃者は全員もれなくひっ捕えることもできた。別に縄で縛ったりしなくとも、真剣を腰に下げたロザリンドが同行するだけで逃げることすらできず、従順に列を作ってゾロゾロ歩いているのだから、ほんとうちの嫁は大したものだと思う。で、アリエルたちはまだこんなに暗いうちからコテージやら風呂やらを解体して土に還しているところだ。これからエテルネルファンに向けて出発するらしい。襲撃者たちは強化魔法を禁じられた上に武器も防具も奪われ、この夜明け前のクソ寒い風の中、肌着一枚でぞろぞろと連行されてゆくこととなった。
なぜそんなに急ぐかと聞いてみたら、なんでも途中で眠ってる集団を叩き起こさなきゃいけないのでちょっと急いでるんだそうだ。
急がないと朝ご飯があたらないんだとか……あんた魔王でしょうが……。
獣人や魔人族は夜目が利くので夜明け前でも特に明かりが必要というわけじゃないのだけど、ヒト族にとって夜明け前は一日の中で最も暗い。空が明るくなり始めると、空の明るさに目が慣れて瞳孔が縮小し、光が届いていない地上がやけに暗く感じるというだけの話だけれど、このコントラストが好きなんだ。
この暁の時間帯に空を眺めていると、夜の色は黒じゃなくて青の深い藍なんだということが分かる。
藍から陽光が失われると夜になり、夜から星や月が失われると……闇になるんだ。
「光と闇を繰り返して季節は巡る……か」
なんだろうね、風を浴びていると、どうも感傷的になっちまうらしい。
気持ちを切り替えて集中だ。たぶんこの先にフォーマルハウトが待ってる。言いたいことも、聞きたいことも山ほどあって、いったい話をどう切り出せばいいものか分からないほどだ。
中でも一番欲しい情報は、下垣外誠司という名の秘密。なんで現代日本人の名を持つフォーマルハウトが2000年も前に神子としてこの世界に転生してきたのか。
まずは下から出て、聞きたい情報を引き出してから、てくてくの事を問い正して、サオのことをなかったことにできたら及第点といったところか。
出発して数分、森のへばりつくようにくねくねと曲がった道を下って、いくつか丘を越えた先に、てくてくが眠らせた集団が目を覚まし始めている。主に男衆だけど、魔王フランシスコの指示で、風邪をひいちゃいけない女性だけが起こされたあとの、いわば てくてくにあっさり負けたことにより懲罰を受けたような扱いで、まるで砂金を取ったあとの泥のように、100を超える数の不甲斐ない味方が死屍累々とその辺に打ち捨てられたまま放置されているところ、腕組みをしながら考え事をしている魔王フランシスコの姿があった。
「あら、お兄さま珍しく機嫌が悪いわね」
「恥ずかしいところを見せてしまったからな」
「てくてくはドルメイの精霊なんだから、負けても気にすることないと思うけど……」
違うよロザリンド。義兄さんが言ってるのはそんなことじゃない。強硬派と言われてる勢力のほうが一枚も二枚も上手で、トリトンをはじめハリメデさんたちをいいように何度も襲撃させてしまった事が相当な失態なんだ。
最初に海上で船による襲撃があったことは、オーストの港に着いたとき、軍の本部に知らせるため斥候が走ったはずだ。それなのに、義兄さんは、アリエルたちが予定より1日早く着いていたことも、海上で襲撃があったことも知らなかった。それは今、寝間着のまま飛び出してきてることを見ても明らかだ。
アリエルたちの到着を知らせに走った斥候が強硬派に捕えられてしまったか、それとも、最初から強硬派の手の者だったか。どちらにせよ必要な情報はトップに伝わらなかった。西から来た20人の襲撃者が、エテルネルファンから出るところを見られていなければ、いまここで冷たい地べたに寝かされてる人たちは、叩き起こされて寝間着のまま飛び出してくることもなく、いまも自分のベッドでフカフカの布団にくるまって夢を見ていられたのだろうし。
フォーマルハウトは直接ノーデンリヒトを攻めることなく、定期的に紛争ぐらいの小さな規模で、主に共存派に近い者たちをノーデンリヒトに送り出していたらしい。共存派はもともとドーラの出身の者たちだと聞く。そしてノーデンリヒトで家族を殺された者たちの憎しみを取り込んで、どんどん勢力を伸ばしてきたのだろうな。その勢力は義兄さんの想像を超えて大きかったという事か。いま苦虫を噛み潰したような顔をしている理由は、恐らくそんなところだろう。
確かにこれは相当にマズい状況だ。言っちゃあ悪いが、義兄さんの支配力はドーラ全土に及んでいないってことだ。ヘタするとクーデターがあるかもしれない。
せっかく和平の話し合いをしようかって時に、クーデターなんて起こされちゃたまらないな……、いや、違う、和平を進められたら困る勢力があって、もう2度も明確な殺意をもって襲撃を受けたんだ。和平を阻止するため、なりふり構っちゃ居られなくなったって事だ。ってことは、強硬派の規模にもよるけど、このまま無事に帰してもらえるなんて甘い考えは捨てたほうがいいか。
しゃあない、てくてくにお願いしてみよう。フォーマルハウトの顔も見たくないって言ってたからなあ、嫌がるだろうけど……。
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アリエルたちはとても安らかな寝顔でスヤスヤと気持ち良さそうに寝息を立てている100人からの精鋭たちをひとりひとり起こしてるところだ。
まあロザリンドや、その義兄さんのように、片っ端から蹴飛ばして起こすなんて酷い事できないので、優しく声をかけて、いまひときわ大きな冬眠中の熊を見つけて起こしたところだ。
「よう、おはようさん。よく眠れたか? ははは、まだエーギルは遠いな」
「あー、アリエルどのか……。うう、頭がクラクラすらあ。俺は止めようとしたんだがな……族長が号令かけちまったところまでしか覚えてねえ。あーあーもう、全滅かよ。ケガ人は?」
「こっちの人たちは誰もケガしてないと思うぜ。風邪ひくかもしれないけどな。襲撃してきた奴らはうちの怖い女たちにエライ目に合わされてションボリだ。そっちは同情してやってくれ」
「まさかロザリィたちが帰ってきてて、それを知らずに襲うなんてな……わははは、ムカつく奴らだったが気の毒でしょうがねえ」
「おいおいダフニス、お前今まで寝ててよく笑っていられるな。まだ鍛え方が足りんようだ」
「まってくれフラン兄ィ、これは事故だ」
「フランシスコ、もしやこの男が?」
「ああ、父上、紹介が遅れたね。こちらがアリエル・ベルセリウス。ロザリンドの夫だよ」
ぱっと見ウルトラの父のようなオッサンがアリエルをジロリと睨みつけた。
父上って言ったか? ロザリンドは? どこだ? ちょっと助けてほしいのに、なんかあっちのほうで魔人族の男の人と談笑してる。あっちはきっと上の義兄さんで、じゃあこっちがお義父さんになるのか。ややこしい! 確かロザリンドのお父さんは奥さんが5人いて、兄弟姉妹がたくさんで、ロザリンドですら順番が分からなくなることがあったらしい。こんなの初対面なのに分かるわけがない。
「アリエル・ベルセリウスです。えーっと……」
「お初にお目にかかる。私がアイガイオン・アルデール。きみが娶ったロザリンドの父親だよ。娘の命を救ってくれたそうだな。礼を言わせてほしい」
「いえ、惚れた女ですから。礼を言われるような事じゃありません」
「そうか、それもそうだな。わははっ、なかなか、その通りだが、それを言葉通り実行できる男もそうおらんよ」
こんな強そうなオヤジにブン殴られるんじゃないかと思ったのだけど、オヤジさんとの初対面イベントは和やかな空気のまま滞りなく終了し、強面の2人は眠らされてしまった人を起こす作業を手伝っているトリトンのもとへ小走りで行ってしまった。
地面に座り込んでいるダフニスの手を引いて立たせてやったところで、ふと目に入った。サオが女の人に肩を掴まれていて、何か怒られてるような……。
「あ、師匠。この人が私の母です。お母さん、こちら私のお師匠さまです。こう見えてけっこう凄いんですから」
こう見えてって、どう見えるんだろう? やっぱ弱そうに見えるよね。弱そうに見えるけどって意味だよね。でも安心したよ。サオは歯に衣を着せてくれたらしい。
「魔導師アリエル・ベルセリウスです。師匠なんてガラじゃないですが少し魔導の手ほどきなどをさせていただいてます。サオさんの才能には素晴らしいものがあり……」
「いえ、サオは嫁に出しますので。申し訳ありませんがその話はなかったことに」
「フォーマルハウトですか?」
「はい、我が家はフォーマルハウトさまとの盟約によりサオを嫁に出すことになっております故」
「いえ、母君、サオは故郷を捨てて俺のもとに来ました。俺の許可なくして嫁に行くことなどできません。サオは戦死の扱いにしていただくのが良いかと思います」
「あの、私どもの家は、許嫁の盟約を結んだ折、フォーマルハウトさまより結納の供物を賜っております故、こちらの都合で一方的に婚約を解消されますと賠償金を積んだ上で全ての供物を返納せねばなりません。いまの我が家にそのような財力など……」
「この土地にも娘を売買するなどという非道がまかり通っているのですか?」
「そんな、そのようなことでは決してありません。ありませんが……。誰が喜んであのような者に可愛い娘を差し出すものでしょうか。サオ、故郷を捨てたのら帰ってくるべきではなかった。どこか知らぬよその土地で幸せに暮らしていてくれればよかった。母はそれが望みだったというのに……」
サオが生死不明のままなら何とでも誤魔化せるけれど、帰ってきた以上は事情を聞かれるだろうし、それで婚約破棄ということにでもなれば賠償しなくちゃいけないってことか。
目の前でエルフの女性が泣き崩れるもんだからロザリンドとパシテーが目をツリ上げて、肩をいからせながらこっちに来たじゃないか。……まるでズンズンズンズンと足音が聞こえるようだ。
要するにフォーマルハウトはすっごい金持ちで、魔王でもあまり口出しができないほどの権力を持っているらしい。それはさっき知ったところだが……、金と権力と、そしてロザリンド曰く相当なモンと言わしめるほどには強いのだとか。
「サオのお母さん、まあ俺がフォーマルハウトに話してみますから」
「え? あなた本気でフォーマルハウトと話をするつもり?」
ちょっと険しい表情でロザリンドが割り込んできた。
「聞きたいこと、言いたいことがいっぱいあるしな」
「じゃあ私とパシテーは剣を研いどかないと。絶対戦闘になるわ」
和平しようって折に物騒な台詞を吐くものだから、魔王を心配させてしまったようだ。
「まてまてロザリィ、本当にお前というやつは、嫁に行っても変わらんな。そんな事では愛想を尽かされてしまうぞ」
「失礼なこと言わないでよ」
「誰と戦闘する気なんだ? 和平に水を差すようなことは控えるんだ」
「うちの人がサオのことでフォーマルハウトと話すって。絶対ケンカになるから」
「姉さま、大丈夫なの。相手が魔導師である以上は絶対兄さまには勝てないの」
「誰も負けるだなんて思っていわよ、ただ強硬派のやつらが束になってかかってきたら面倒なの」
「待てよ、なんで戦闘する前提なんだよ? 落ち着いて話をするってば。俺が平和主義なの知ってるだろ?『争い事は極力避ける』これは父さんの教えだし、俺の処世術だ」
「争いを避けるってことは、サオを差し出して置いていくってことよ? それでも避けられると思ってるの?」
「じゃあフォーマルハウトが俺との戦いを避ければいいんだろ?」
「まったく避ける気ないよね、やる気満々じゃないの。もう」
「まあまあロザリィ、フォーマルハウトは私が招いた客に対して相当な無礼を働いたんだ。当事者であるベルセリウス家の者が抗議するのを止めることは出来んよ」
顔には出さないが、王であるフランシスコは相当な憤りを感じている。
せっかく和平の芽が出たというのに、それを実力をもって摘もうとするような奴らが少なからず身内にいて、その愚かな行いを止めることができなかったのだから。
今こうしてノーデンリヒト領主が無事でいるのはひとえにロザリンドたち一行が随伴してくれたからに他ならない。
これを好機と受け取るべきか。
うまく事を運べばフォーマルハウトを失脚させることもできる。
だが万が一、フォーマルハウトと戦う事になら初撃で決めないと、ちょっとでも離れられたら不利になるし、万が一、取り逃がしでもしたら村や家族の安全も確保できないばかりか、強硬派と分裂してしまって内戦になってしまう恐れもある。
魔導を究めた者と相対する時は絶対に距離を取られてはいけないのだ。魔導師にとって魔導師の弱点はもちろん百も承知なので、それを分かっていて懐に潜り込ませてくれるようなことはないのだから。
魔王 フランシスコ・アルデールは王という肩書がこれほどまでに邪魔になるとは思っていなかった。ロザリンドほど自由ならフォーマルハウトと正面から敵対することもできたのに。




