05-05 休戦
「何? お兄さまも私の家族を殺しに来たの?」
「違う、逆だ。内偵していた強硬派が部隊を出したと報告があったので、阻止するためにみんな総出で来たのだ」
交錯した剣撃の残滓、折れて宙を舞っていた剣が風を切って回転し、ドスッ! と音を立てて、相当な時間差で、今になってようやく地に刺さった。
「まったく、我が剛剣が真っ二つとは。ロザリィ、お前というやつはまた腕を上げたのか?」
「そりゃまあね、多少なりとも最前線で戦って死にかけたんだし」
「ダフニスから聞いたよ。大変だったな。それとロザリィ、ひとつお願いがあるんだ。今にも私に噛みつこうとしているこのドラゴンと、執拗に喉を狙ってるこの短剣を引いていただけるよう言ってもらえると助かるのだが」
「あ、そうね。パシテー、大丈夫よこの人は私の兄さん。ハイぺリオン、危険はないわ」
「ありがとうロザリィ。ところでさっきそこで20人ほど倒れてたのを見つけて後続に任せてきたのだが、みんな無事か? ノーデンリヒト領主にケガはないか? ハリメデは? アトーセは? お、サオ! 息災であったか」
「みんな大丈夫よ。お兄さま。まずは紹介するわ。この人が私の旦那さま」
目の前にいるのはロザリンドに似ているけど、より男らしくカッコよくした感じの熱血系イケメンで、190ぐらいある大男。角が大きく立派なので結果的にロザリンドと同じぐらい220センチぐらいに見えるガチムチ系。
雰囲気あるなあ。パッと見から魔王っぽいじゃないか。あれで肩からも角の生えたような漆黒の鎧とマントなんて羽織ったら100点なのに、なんでそんな可愛いパジャマのまま飛び出してきてるのかね。
アトーセは慌ててハリメデのコテージに王フランシスコが来訪したのを知らせるとハリメデさんやコレー、そしてトリトンまで全員が雁首を揃えることとなった。
「挨拶が遅れました。アリエル・ベルセリウスです」
「ほう、貴様か……我が妹をたぶらかした優男というのは」
「お兄さま!」
「認めんよ。絶対に認めん。よくも私の可愛いロザリィをたぶらかしてくれたな、目に入れても痛くないと思っていた妹だというのに、ちょっと、ほんのちょっと目を離した隙にもう悪い虫がついてしまった口惜しさをどう表現すればいいのか分からぬ。後悔などというありふれた言葉ではとても表現しようのない落胆をどうしてくれようか。父上が認めたとしても私は絶対に認めんからな」
そう、兄フランシスコはアリエルほどじゃないにせよ、かなり手遅れなマザコンとシスコンを併発している重症患者。まさかアリエルとキャラかぶりしてるなど誰も予想していなかっただろう。
これだからロザリンドは兄を誰とも会わせたくなかった……。
がっくりと肩を落としすロザリンドの肩にそっと手を乗せて、百万ドルの笑顔でポンポン叩くパシテー。まるで同志を見るような目で、残念な兄を持ってしまった妹のシンパシーを確かめるかのように。
「やめてよ、なんだか私も気の毒な兄を持った妹みたいじゃない」
「なに? もしかしてシスコンなの? え? マジで? 実の妹に?」
「実の妹を可愛いと思うのは兄として当然のことではないか」
「いいえ、血縁の妹に執着するのはおかしいと言っておるのです。妹の良さというのは、血のつながらない妹であればこそ。そこにあるのは禁断の甘い蜜。パシテー、こっちにきて挨拶なさい。この人がロザリンドの兄さんだよ」
「初めまして。パシテーです。この変態の妹です。なんだかごめんなさい」
「ほう、美しい妹君ではないか。貴様の言っておることも理解できるが、うちのロザリンドは腹違いの妹というジャンルの最上級なのだ。半分だけ血がつながっていてな。言い換えれば半分だけ血が繋がっていないとも言える。どうせ貴様にはこの半分だけ血が繋がっていないという微妙な線引きをされた関係の中、その一線を超えるや超えないやという、悶々とした苦悩交じりの素晴らしさなど、まるで理解できんのだろうがな」
「くっ……母親を共有しない妹だと……。まさかそういうジャンルがあったとは!」
「ふっ、私には5人の母がいてどれも美しい、更には4人の美しい姉と、妹のロザリィがいるからな。もちろん全て私のものだ」
「一人もお兄さまのものじゃないからね。念のため」
「うゎははははははは……」
フランシスコは勝利を確信し、高らかな笑い声で勝利を宣言したようなものだった。勝ち誇ったように自らの美しい母たちや姉や妹をこれでもかとばかりに自慢し始める。なにしろ5人の母のうち4人まではまったく血のつながらない母なのだから、血のつながる実母としてビアンカだけしか母親のいないアリエルに対する優越感は相当のものがある。更にはアリエルにはいない、姉という存在。これも筆舌に尽くしがたいものがあるのだ。
「ち……ちくしょう、俺も父さんに頼んで……」
アリエルは振り返ってトリトンに縋るような目で訴えると、トリトンも息子が何を言わんとしているのか、痛いほど分かった。その目だけで理解したのだ。あれは『父さんのせいで負けそうだ』と責めている目だ。でもそんなこと言いだしたらビアンカに殺されてしまう……。
トリトンは目を伏せると、小さく首を左右に振った。
アリエルは理解した。
ダメだ、トリトンは使えない……。
はっ! いや待てよ……。
「俺にも血のつながらない5人の美しい母と、血のつながらない4人の美しい姉ができたってことか!」
「なっ、何だと貴様、私は認めんと言ったはずだ。貴様のような優男が百人来たところでロザリィはやらん。だから私の家族は誰も貴様の母にはならんし、当然、姉になどなるわけがないのだ」
慌てて否定するフランシスコだったが、ふとアリエルを地獄に叩き落したうえで勝利する妙案を思いついた。それは魔王の名に恥じぬ、人道にもとる悪魔の囁きだった。
「あぁ、待て…………。そうか……そうだな、そこなパシテーとやら、こちらにおいで。私がお前の兄の兄となったフランシスコだよ。私が可愛がってやろう」
「待て! わかった。義兄さん、休戦といこう。パシテーには指一本触れないでくれ」
「わははははは、よかろう。分かればよいのだよ、分かれば」
ハリメデがビシッと踵を鳴らし、大声を張り上げた!
「聞いたか皆の者!! 休戦だ! 休戦が決まったぞぉーっ!」
「うおおおおおお――――っ!!」
間髪入れずに檄が飛ぶと、両陣営の皆が勝鬨を上げ、歓声を上げている。
「ぐっ……しかし、私は認めないからなロザリィ」
「何言ってんの。認めたじゃん。パシテーの兄の兄って言ったじゃん! ハリメデもアトーセも聞いたでしょ?」
「自慢の耳でしかと」
「一族の誇りにかけてしかと」
「パシテーもサオも近づいちゃダメよ。二人ともド変態。変態が移るからね」
「変態とか酷いな……あ、てくてくお帰り。あっ!そうだ、後続の奴らはどうなったの?」
「何なのよ、アタシはとっくに戻ってたのよ。なに忘れてたの? うら若き乙女を100人からの飢えた野獣のような男たちの前に出しておいて、忘れてたの? ねえマスター、もしかして本気で忘れてたの? ふん! あんな奴らの100や200、みんなまとめて、のしてやったのよ」
「な、父上や母上たちがのされてしまっただと? 110は居たはずだが」
「お兄さま、こちら精霊のてくてく。大丈夫よ。たぶんぐっすり寝てるだけだから」
「お初にお目にかかるのよ、魔族の王フランシスコ。アタシはてくてく。恥ずかしながら、そこにある変態シスコン男の従者で闇の守護者なのよ。こっちに向かってた部隊は殺気含みで近づいてたから全員眠ってもらったのよさ。朝には目を覚ますから心配いらないのよ」
「てくてく、変態シスコン男なんて言うと誰のことかわからないわ」
「あら、御免あそばせ。うちのマスターも変態なの。でもロザリンド、変態の妹にして変態の妻とか。なんて業の深さかしら。同情を禁じ得ないのよ」
「な……何も言い返せないよ……」
「なあてくてく、家族を愛してるんだ。変態はないだろう」
「その通りだロザリィ、お前の婿はイイこと言うではないか。なかなか見所がある青年だ。ちょっとだけなら認めてやってもいいぞ。さて大変だ。どうする? アトーセ、ブランケットを持ってすぐに母上と姉上たちを! 朝方になると冷え込むからな、風邪をひいてしまっては大ごとだ。他の者は捨て置いて構わん」
「族長様も捨て置けと申されるのか」
「構わん。こんな可愛らしいエルフの女性にのされるような親父など風邪をひいてしまえばいい。兄上たちもだ、まったく、不甲斐ないにも程があろう」
話を聞いていたコレーが思い出したように同行を願い出た。
「ああそうだ、うちのエララも居るはずだ。俺もブランケット持って迎えに行くよ」
フランシスコの言葉がとても痛く耳に突き刺さったのはトリトンとガラテア。何しろアリエル一行の女たちと立会って勝ったことがない。だけど魔王軍の中枢にいるような精鋭たちも同じ轍を踏んだことにより、ちょとだけホッとしたのも事実だった。
そしてようやくトリトンはフランシスコと挨拶を交わした。
「ノーデンリヒト領主、トリトン・ベルセリウスです。息子が失礼をしました」
「ドーラの魔族を束ねております、フランシスコ・アルデールです。なに、あのお転婆で嫁の貰い手もなかった妹を大切にしてもらってるようで安心したところですよ。遠いところ、こちらの手違いで危険な道のりになってしまいましたが、よくぞ無事にお越しくださいました」
ノーデンリヒト領主トリトン・ベルセリウスと、ドーラの王フランシスコ・ルビス・アルデールがガッチリと握手を交わした。歴史的な瞬間だった。魔王がパジャマでなければもっと決まっていただろう。
トリトンとフランシスコが話し合ってる間、アリエルはロザリンドに倒された30人を護衛の者たちといっしょに回収。あちこち骨折しているのでこいつらを運んでいくのは時間がかかりそうだ。
パシテーが倒した20人はロザリンドに倒された奴らほど酷いダメージを受けているわけではなかったが、それでもナイフの柄の部分がクリティカルヒットした重症の者がいて、こっちも運んでいくのに少し苦労しそう。
サオに倒された最初の2人と合わせて50人は十把一絡げにされて、そのままエテルネルファンまで連行されることになり。フォーマルハウトの弟子2人は魔法が使えないよう、後ろ手に手枷を嵌められた。
全員虜囚の扱いか……。可愛そうだなあ。
「こんばんわベルセリウスさん? うちの粗忽者がお世話になります」
振り返ってみると、ロザリンドをそのまま小さくしたような魔人族女性が声を掛けてくれた。どうやらロザリンドのお姉さんらしい。
「あ、挨拶が遅れて申し訳ない、お姉さんですね。アリエル・ベルセリウスです」
「何言ってんよ、お母さまよ」




