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05-02 宵越しの脱離戦★

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 アリエルたちは急ぎで砦から北に移動し、ハリメデさんに導かれるがままボートに乗船した。

 沖の方に2本マストの大きな船が停泊しているのが見えた。その船は3種のセイルを備えていて、速度と機動性を目的に建造されたことが窺える。


 人族が使う積載量の多い商船や、兵員移送に使われる船とは違って、この船は細身のデザインで、漕ぎ手もいないことから風のみで走行する。風魔法を操る航海士の腕の見せ所、いや、マナ量の見せ所といったところか。日本人だったアリエルには速そうには見えなかったけれど、あれでドーラでは速い船なのだそうだ。


 ボートから本船に乗り変えたのと同時に抜錨ばつびょうされて帆が降ろされると、強めの東風を受けてパンパンに膨らんだセイルが船を前に前に押し進める。ギリギリとロープの軋む音が、言葉もいらず風の強さを雄弁に語るようだ。


 んー、冒険心をくすぐる船旅は何物にも代えがたいワクワク感に演出されている気がして好きなのだけれど、パシテーが大の船嫌い。今も頭を抱えて引きこもると決めたのか船室に入って行ったが、不安なのだろうか? 落ち着かない様子で、ドアをバン!と強く開けて出てきたところだ。

 酔わなきゃいいけど。


 出航してしばらく航行すると、ノーデンリヒト側の岬に人の気配がして、狼煙のろしのような煙が上がるのを確認した。


「ハリメデさん、あれは合図ですかね?」


「なにっ、遠いな……だが、確かに。いまなら引き返せる。引き返そう」


「いや、戻ったら戻ったで相手の思うツボなんでそのまま最短距離を進んでください。俺は気配が読めるので、敵が近付いたら分かります」


「この不利な船上の戦闘でも、無傷で勝利する自信がある。という事でよろしいか?」

「はい。ちなみにドーラで海賊行為を行ったものはどう処罰されるんですか?」


「海賊も山賊も盗賊も等しく死罪に相当します」

「わかりました」


 死罪相当だからといってぶっ殺していいという訳じゃない。

 この機に強硬派を一網打尽にできれば、終戦の話し合いがまとまりやすくなることは確かなんだろうけど、トリトンは今から和平の交渉をするのだから、その行きがけの駄賃に火種を増やしてしまうと、和平の話し合いをしに行ってんだか、火に油を注ぎに行ってんだか分からなくなる。


 まあ襲ってくるのはどうせ夜だろう。今はまだノーデンリヒトが近すぎる。

 今の季節、今の風、今の潮流だと2日と半日ぐらいでオーストという港町に着くらしいから、昼間は寝ておいた方がよさそうか。


 アリエルは気配察知スキルで周囲の監視をしつつ、体を休めておくことにした。



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 パシテーだけはあまりよく眠れなかったようだけど、その夜はしっかり準備をして構えてたのに襲撃なし。万全の準備をしているとだいたい来ないものだ。この船ってもしかして本当に速くて、敵船をぶっちぎっちゃって逃げ切ったかな? と思い始めた2日目の夜、あと10時間ほどで港に着く、もう襲撃はないんじゃないか? と気を抜き始めた矢先だった。2キロ後方に船が二隻、近づいて来てる。

 片方は20人、もう片方は21人乗ってるらしい小型船だ。先制攻撃していいものか。


 ハリメデさんの船室をノックして中に入ると、そこにはトリトンが居た。どうやら難しい話しの最中だったようだ。


「あ、お話のところ済みません、実は後方2キロに二隻ツケて来てます。この速度差だと1~2時間で追いつかれると思うんですが……ところで、20人も乗ってるような漁船、このあたりにありますか?」


「なんと、人数までわかるのか。私も甲板へ向かおう」


 甲板に出てみるとすでにマストてっぺんの見張台からは、後方より近付く船ありとの報告がなされ、みんな慌ただしく戦闘準備を始めたところだった。


「漁船の可能性は?」

「20人乗っているのが確かなら漁船ではないですな。それに、このブリッグ船よりも速い高速船を持ってる漁民もいません」


「じゃあ先制攻撃をしても構いませんね?」

「今からですか? この距離で届くのですか?」

 真っ黒な炭を流したような夜の海、星明りも届かない曇り空の中、アリエルたちの乗る船は追われる身であるから、まずは姿を消すために明かりという明かりをすべて消しての航行だ。そうすることで相手は距離感を見失う。こちらの戦闘準備は完了した。あとは先制攻撃をかけるだけだ。


 この闇の中、どこが自分の影なのか分からないけれど、甲板の上に赤い光が波打つと、そこから勢いよくてくてくが飛び出してきた。フォーマルハウトと会うのは気乗りしないらしいけど、ロザリンドとパシテーが戦力としてアテにならない水上戦闘だ。念のため、てくてくには出てもらった方がいい。


「みんなマスターから離れるのよ。絶対に剣を抜かないで。怖いと思っても絶対に殺気を放ったりしちゃダメ、騒ぎ立てるのもナシなのよ」

 てくてくは飛び出すと同時に、大声で魔族の戦士たちに段取りを伝え、指示を出した。

 これから何が起こるか分かってるのはてくてくだけだったか。


「いったい何が始まるんだ?」

  獣人たちは口々にこぼす中、アリエルは甲板に片膝を付き、影と重なったネストに手のひらをつけて、小さな声でハイぺリオンに話しかけた。


「なあハイぺリオン、俺たちの後ろから2隻の船がついて来てて、追われてるんだ。ファイアボールを何発か撃ちこんで、軽い火事を起こしてほしい。沈める必要はないからね。追ってこれなくなればいいんだ。相手が攻撃してきても構わずに戻っておいで。絶対にケガしちゃダメだよ。いいね」



 キュ――――ィッ!!


 垂直発射だった。日本に住んでいた頃、ネットの動画サイトで見た、イージス艦から撃ち出された対艦ミサイルのようにハイぺリオンが放たれた。


 星が出ているとはいえ半分は曇り空、夜襲を警戒して灯火類すべて消灯している船上は、人族の目にはほとんど真っ暗で何も見えない。


 だが、獣人やエルフたちは人族よりも夜目が利く分はっきりと見えた。その姿が。


 ドーラに住む獣人やエルフには、その姿をみて騒ぎ立てたり殺気を放ったり、ましてや剣を抜いて闘争の構えをを見せようなどとする者は一人もいない。

 気配を消して見つからないようにするのは子供のころから身に着いたクセのようなものだ。見つかったら最期、命はないのだから。


「大丈夫だ! そんなに下がらなくてもいい。落ち着け。船から落ちないように」

 ロザリンドの声が甲板に響き渡り、うろたえて海に飛び込もうとするものは制止された。


 後方からピカピカッ! と光が交錯する。

 何も見えない闇に炸裂する光。メラメラと燃え上がるマスト。

 上空は雲が低く真っ暗闇の中、炎が立ち上がり、まるで夕焼けのように燃える。


 同様の惨劇が左舷側を航行していたもう一隻の船にも起こり、背後の空は真っ赤に燃え上った。


「よし、満点だな」

 2本マストで20人乗りなんて高速船を漁業には使わないだろう。


 しばらくすると帰還し上空を旋回するハイぺリオンの姿が見えた。

 着艦場所に誘導するのはパシテーとサオ。ロザリンドとてくてくは乗組員たちを制止してくれてる。なんと素晴らしいチームワークか。何もしてないのはアリエルだけだ。


「ハイぺリオンえらいの。よくやったの」

「すごいすごーい、ハイぺリオンかっこいい」


 サオに至ってはハイぺリオンの首に腕を回して抱き着いてる。

 師匠にもしてほしいところだ。


「師匠、ハイぺリオン無事です。ひとつもケガありません」

「あなた、はやくハイぺリオンをネストに。みんな息を止めてるから、そろそろ気を失う人が」


 獣人、エルフに関わらず、ドラゴンに会ったら口を塞ぎ鼻をつまんだままに身動き一つしないのが普通なんだそうだ。呼吸音ですら気取られて命に直結するという。


 まだ前から敵船が来るかもしれないからハイペリオンはここに出しておこうと思ったのだけれど、乗組員の全員が息を止めるのであればそういうわけにもいかない。


「ハイぺリオン、ネスト! またすぐ呼ぶかもしれないけどそのときはまた頼むな」


 キュイ!


「ぶっはあ!」

 ハイぺリオンがネストに入ると、獣人たちはみな止めていた息を解放した。



「おい死神……今のはちょっと洒落にならねえだろ、いろいろ死ぬかと思ったぜ」


「今のは……魔法、そう、魔法だ。俺の魔法だから気にすんな」


「うそつけーーーー!!」


「コレー、魔法だと言っておるものを詮索するのはいかん」

「いや、大使、ちょっと、そりゃいくらなんでも……。まあ、いいですけどね」


「なるほど、氷龍ミッドガルドを討伐してくださったというのは本当だったようですね。調査団を組織して見に行かせたところ、ドルメイの山の洞窟に激しい戦闘の跡と、龍の巣が見つかりました。そこに卵があったような痕跡が残っていたのですが、いまの幼龍を見てだいたい理解できました。ありがとうございます。私はそちらにいますサオと同郷、メルドの村の出身で、ミッドガルドには村人が何十人も襲われました。私の一番下の弟もです。ミッドガルドを倒していただいたこと、村長である父に代わってお礼を」


「ちがうちがう、俺はエルダー森林にある神殿からあの雪山の神殿に転移して、ウロウロしてたら襲われただけさ。誰かのためにと戦ったわけじゃないからさ。お礼なんていいですよ」


「神々の道を? 私は貴重な魔導結晶を消費してまであんな山奥の何もないところへ行ったというその理由の方が気になりますね」


「兄さまは魔導結晶なくても転移できるの」

「ははは、ご冗談を。あれは神々の道といって、神話の時代に女神ゾフィーが作ったと言われる転移魔法陣です。神々の道を通るためには誰であれ相応の大きさの魔導結晶が対価として消費されるというのが通説で、私が生まれてからの180年、神々の道が使われたという話は聞きません。あれを魔導結晶なしで使えるのは、女神ゾフィーが許した者だけと言い伝えられています」


「魔人族はゾフィーを信仰してるのよ。私はよく知らないけどね」


「女神? ……ゾフィー?……」

 アリエルはデジャヴのような奇妙な感覚に襲われた。


 ゾフィーって言ったのか?


 どうしてだろう、ゾフィーという名を知ってる。その名の温かみを知ってる。

 ゾフィーという名を聞いただけで、鼻に抜ける、何か懐かしい、いい匂いがする。

 肌に触れる、あたたかな温もりを感じる。


 とても懐かしく、愛おしいこの感覚に戸惑う。


 耳もとで囁く声に混じって吹きかかる優しい吐息……

 気が遠くなる感じ……何か思い出せそうなんだけど……出てこない。

 喉まで出そうになっていても出てこない。すこし涙がにじむ……。


 アリエルはハッと現実に引き戻された。

《 あっ、ロザリンドとパシテーがこっちを見てる。……あれは訝しむ目だ 》


 狼狽する姿を見られてしまったようだ。いまさら取り繕っても後で追及されるだろう。



 ゾフィーと言う名を知っている。


 狂おしい。


 胸を締め付けられるような、とても温かい名前だ。




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