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05-01 トリトン、動く

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 勇者たちと戦ったあの日から9か月が経った。

 アリエルとロザリンドにしてみると、結婚してから9カ月。

 長く厳しい冬を越すと、ようやく春が訪れた。

 のどかな暖かい風が頬を撫でる季節、アリエルたちは旅を中断して温暖なマローニで暮らしている。


 パシテーの家名を取り戻すのにどこから手を付けていいものかと思案しているのだけれど、まずはパシテーの実家に行ってみなくちゃ話が始まらないので、実は少しも進んでない。とりあえずいまはどこに行くにしてもサオが力不足なので、サオの鍛錬をしながらアリエルは相も変わらず冒険者としてお金を稼いでいる。つい昨日、ロザリンドとサオの冒険者ランクがBに上がったところだ。


 サオはシャルナクさんが強く学校を勧めるので、というか学校に行くと言うまでずっと教育の必要性を説明し続けるので、ありがたく4年の途中から中等部に編入させてもらい、この春から5年生になった。



 魔法専攻で花組と思いきや、魔法については強力な師匠がいる上に、元魔導教員のパシテーや、精霊のてくてくまでが手取り足取りで教えてくれるのだから、わざわざ学校で学ぶようなことはない。


 花組の担任になったアドラステアは大層不満だったようで、サオを花組に勧誘するためベルセリウス別邸にまで乗り込んできたけれど、本人はサバイバル技術を学びたいと希望し、5年生になっても冒険者クラス、星組で学ぶことになった。


 もともと学校に通ったことがないわりに、日常生活に困らない程度の算術や読み書きはできたので、補講も飛び級もなし。普通に同い年の友達といっしょに学んでいる。


 そう、またあの普段は熱血教師だが酒が入ったらただの変態オヤジというポリデウケス先生の生徒になってしまった。サオを学校に送り出す身としては心配でならない。


 サオは真面目に鍛錬を積み上げるタイプの秀才なので、魔法の実力も着実に伸びていて、今まで使えた魔法はすべて無詠唱で格段にパワーアップしているし、パシテーに教えてもらった剣舞を盾術に応用、いまじゃ2枚の盾を無手で操り、戦艦なみの防御力を誇る魔導拳士という新ジャンルを確立しつつある。


 そしてマローニ中等部最強のスケバン。星組筆頭を任されることになった。


 更にサオはてくてくの風魔法レクチャーのおかげか、まだパシテーでも成功していない[爆裂]の魔法に成功。しかしエルフ族の魔法力をもってしても爆破魔法は難しいらしく、威力を上げることに難航している。力不足なだけでセンスはあり余ってるのだから鍛錬を続けさえすれば今後は威力も向上するだろう。


 パシテーはいま剣舞よりも、てくてくに習う闇魔法の方に一生懸命で、マナを暴走させず、いかにしてより濃く深い瘴気を練られるかという修行に専念している。


 ハイペリオンの世話はサオが担当しているので、もうパシテーよりもサオにばかり懐いている。まるでサオを飼い主と思っているようだ。

 パシテーに「裏切者なの」と言わせるほどサオべったりになってしまった。



 ロザリンドはアリエルが打った居合い用の刀と脇差を二刀流で振る鍛錬を続けていて、すでにもう練習相手がいない。そんなロザリンドの相手をしているのだから、たとえ防戦一方であってもサオの腕がメキメキと音が聞こえるぐらいに上昇するのも当然のことだった。


 鍛錬は続けているけれど、アリエルだけは、いまいちパッとしない。

 ノーデンリヒト砦での魔法事故の一件以来、アリエルは魔法の実験そのものを禁じられているので、どれだけ強くなっているのかまったく分からないまま、ただ[爆裂]を強化するため[カプセル]圧縮の鍛錬を続けていて、炭素を圧縮して圧縮してダイヤモンドを作ってやろうかってぐらいに頑張ってる。アリエルは9カ月という時間をただひたすら圧縮に費やした。9カ月前、ノーデンリヒト北の砦で引き起こした魔法事故、今ならばあの時レベルの圧縮を大幅に超えているのは確かだ。


 同じ量のマナを使って、同じ大きさの[ファイアボール]でも、圧縮の出来と風[カプセル]の出来次第で威力が全然違うのだから。[ファイアボール]は火の魔法、[爆裂]は風魔法であることが伺える。


 鍛冶のほうは包丁がそこそこ人気なのでたまに打ってはお金にかえている程度だ。

 どうやらマローニよりも遠く離れたセカのほうで人気が高いらしく、武器屋(刃物屋)のオッチャンには増産するよう言われたが、何しろ工房がノーデンリヒトにあるのでなかなか増産することもできない。


 剣を打つ鍛錬もかねて、ロザリンドの監修で両手持ちの幅広剣を打った。残りのミスリルも使ってなかなかの業物に仕上がり、ロザリンド的にも満足のいくデキなんだそうだ。

 てかこんなに重いの、到底人族には振れないのだけど? 何に使う気なんだろうか。


 近況としてはそんなもの。別段変わったこともなく、以前と変わらないのはアリエルだけで、サオのように成長期真っ盛りの子は、日々師匠であるアリエルを驚かせるほど成長しているし、ロザリンドもパシテーも着実に腕を上げている。


 しばらくして『勇者軍敗れる』の報がマローニの街を駆け巡ったが、いまのところ勇者が誰に倒されたのかという情報は秘匿されているようで助かっている。


 最初こそ、勇者が負けたのだから魔族たちは次にマローニに攻めてくるんじゃないかという憶測による悪質なデマが流布されたけど、ノーデンリヒトの関所から直線距離で450キロも離れていたら本当に別世界の出来事だと思っているらしい。


 それもそのはず、マローニの人は、うちの身内と、マローニ郊外で難民キャンプを張ってる領民以外は、誰一人としてノーデンリヒトに行ったことのある人なんていない。戦争なんてどこ吹く風、勇者が死んだのも、俺たちが死闘を繰り広げたのも、遠い外国の話としか思っていなかった。


 だから話半分で聞き流され、もちろんパニックになることもなく噂はすぐに鎮静化した。


 よくよく考えてみたら、ノーデンリヒト砦が落ちるって援軍頼んだ時もモタモタしてなかなか重い腰が上がらなかったボトランジュ領軍なんだから危機感などある訳がない。まったく、これっぽっちも。


 使える交通機関が馬車だけという現状で、東京~大阪間の距離離れてたらもう別世界なのだろうこともなんとなく理解できないでもないのだけど、[スケイト]でのんびり物見遊山程度に1日あれば行って帰ってこられるアリエルに言わせりゃ、すぐそこにある脅威としか言いようがない。


 歴史上、かの神話戦争が終わってから一度も戦火に焼かれたことがないのがマローニなのだから、DNAレベルで戦うことを忘れてしまっているのかもしれない。


 ほのぼのとしたぬるま湯のような生活に浸りきっていたら、その遥か遠い外国からの手紙を携えて使者がきたそうだ。使者なんて大層なものではなく、月に一度、マローニとノーデンリヒト間を往復する補給部隊がいて、戻りの便にアリエル宛の手紙があったというだけ。いつもはだいたいビアンカ宛なのだけれど、珍しく、というか初めてアリエルにも手紙が届いた。まあ、親父からの手紙なんてロクなもんじゃないのだろうけれど。


「トリトンからエルに手紙だそうよ」


 冒険者ギルドから別邸に戻ったアリエルに、手紙が直に手渡された。


 その場で封を解いて内容を確認すると、トリトンが魔王フランシスコ・アルデールと和平の話し合いをするためドーラに渡るから、アリエルもロザリンドやサオのご両親に挨拶をしにきなさい。という内容だった。……出発の日時は……、明後日だった。


 スケイト飛ばせば余裕で間に合うとはいえ、雨が降ったりすると視界が悪くなるのでスケイトでの移動は極力避けたい。そんな切羽詰まったスケジュールを組まないでほしいのだが。


「父さんがドーラに渡る用があるから、俺もついてきなさいって。ロザリンドやサオの両親には挨拶しないといけないからね」


「はいはい、どうせ私はいつものけものですからね。息子の結婚式にも呼んでもらえないダメな母親ですから。え? スネてないですからね。ぜんぜんスネてないですよ。でもエルが帰ってくる頃には母さんもういないかも。実家に帰ってるかもしれないわ……」


 全力でスネてるじゃないか……。


「母さん、ごめんって! いくらなんでもまだ戦時下だからドーラには連れていけないし、明後日あさってには船が出るって書いてあるしさ、今回だけ我慢してよ」

 ビアンカは返事もせずプイッと壁の方を向いてしまって、もうどんな呼びかけにも応じない構えだ。相当スネているらしい。


「帰ってきたら、マローニでいちばんの店にディナー行こうよ。父さん抜きで」


 ぴくっとビアンカが反応した。


「トリトン抜き?」


 ディナーに食いついたかと思ったんだけど、食いついた場所がちょっと予想の斜め上だった。


「うん。父さん抜きで!」


「……トリトン抜きってところが気に入ったわ、怪我のないよう気を付けていくのよ。約束ですからね」

「うん。わかった。約束だからね」


「……んー、気が乗らないけど、私も行かなきゃいけないわよね?」

 ロザリンドはとても面倒くさそうに、ようやく重い腰を上げたようだ。

 まあ、何と言うか、家出同然の駆け落ち娘なのだから家に帰ったら怒られる未来しか見えない。


「別に来たくないなら来なくても……」

「でもつのキャップとかこっちじゃ売ってないし、パジャマとか取りに行きたいと思ってたところなんだよね、あなた一人で行かせるとどうせフォーマルハウトとケンカになるでしょうし、エテルネルファンの町が心配だし……、仕方ないなあもう……」


「師匠、もちろん私も。両親にお別れを言ってませんから」

 サオは両親に会えるのが嬉しいようだ。たぶんフォーマルハウトとも会うことになるのに。

 パシテーはいつも通り、もう行く気満々で準備をしている。だけど てくてくの様子が少しおかしい。なんだか露骨にわざとイヤそうな顔をしているようにしか見えない。


「あれ? てくてくも気が乗らないのか?」

「アタシイヤなのよ。フォーマルハウト嫌いなの。会いたくないのよ」


「まあそれも作戦を考えて穏便に対処しようか。大丈夫だよ。きっと」

「兄さまの作戦……結局は戦闘になりそうな気がするの」


「俺マジで信用ないなー」



----


 アリエルたちはその日のうちに装備を整え、準備を終えて出立し、夕方には根雪の残るトライトニアに着いたので、工房の隣にコテージを建てて一泊し、翌朝には余裕をもってノーデンリヒト北の砦に到着した。


 砦には現在、和平を前向きに進めるための大使として、魔王軍参謀のハリメデさんというエルフ族のキリッとした人が駐留していて臨時で大使を務めているそうで、この冬の間にまとまった交渉内容をドーラに持ち帰り、海峡を何度もわたって往復し、努力の甲斐あってトリトンと魔王がトップ会談すると。そういう運びなのだそうだ。


「あ、ハリメデ久しぶりだね、2年ぶりぐらい?」

「ああっ! ロザリンドさま、ご無沙汰してお……いえ、ご無事で何より……いえ、ご成婚おめでとうございます。しかしロザリンドさま、考えなしに家出などされますと、族長どのが心配されて心配されて、なんだか線が細くなってしまわれたようにすら見えますし、我が王もどれだけ心配しておられたか。お母上さまも塞ぎ込まれることが多くなり、エテルネルファンの屋敷はまるで、明かりが消えてしまったかのように沈んだ毎日でございます……」


「あーごめんごめん。小言はまた今度きくから」

「ハリメデさん、ごきげんようですっ」


「サオっ! なにがごきげんようですか。お前というものがついていながら、ロザリンドさまを……」

「あーもう、サオ早く逃げるよ。ハリメデの小言を聞いてたら日が暮れちゃう」

「まだ朝でございますから!」


 ロザリンドとサオがすっ飛んで逃げて行ったので、アリエルとパシテーは図らずもハリメデの前に残されてしまったわけだ。紹介ぐらいしてから逃げてほしかった。


「あ、遅くなりましたが。アリエル・ベルセリウスです」


「はっ! 失礼! 申し遅れました、わたしドーラ軍参謀、いまは大使として外交を兼ねておりますハリメデと申します。どうかお見知りおきください。この会談が歴史的快挙となりますよう、全力でお手伝いさせていただきます」


 腰から直角に折れてんじゃないかってほど深々と頭を下げたまま、なかなか戻してくれないので、困ったというかドン引きというか、この人苦手と言うか……。ロザリンドと一緒に逃げとけばよかったと今更ながら後悔した。


 これからみんなトリトン様御一行として便乗させてもらって、ロザリンドとサオの両親に挨拶するつもり。遅くなったんで怒ってなきゃいいけど……。


 砦の中でいろいろ準備していると、どこから湧いたのか懐かしいダミ声が聞こえてきた。


「おお、久しぶりじゃねえか死神、ちょっとお前のことを知ってるってだけで俺ぁ軍に戻る羽目になっちまってよ、いまじゃハリメデ大使さまお付きのガイドってとこだ。しかしいい女ばっかり大所帯じゃねえか、ついでにうちの娘をもらってくれや。エララもすっかり行き遅れちまったしな」


「おー、コレーじゃないか久しぶり。元気してた? エララから聞いたよ。いっぱい女たらし込んでるんだって? あんたが来てくれたら安心だ。家族いっぱい連れてノーデンリヒトに戻ってきなよ」


「わははは、そうだな、俺もそうなればいいと思ってるよ」


「あと、エララは可愛いけど、うちの嫁は怖いんだ。知ってると思うけど?」

「わはははは、知ってた知ってた。お前やっぱり女難のクチか。イイね、益々気に入った! 前は短剣で刺されてたしな」


「あれは違うの! 誤解なの」


 パシテーがコレー相手に、あれは誤解だったという説明を始めた。そういえばパシテーはコレーたちを見て、震えるほど怖がっていたはずなんだけど、明るいところで見ると猫耳のついた、ただのオヤジにしか見えないから親しみやすいのだろう。猫の眼って夜は光を反射したりして結構怖いから。


「おお、アリエル。やっぱり間に合わせてきたな」

「父さんおはよう」

 と挨拶だけしておいて、トリトンの前に手を出した。手のひらを広げて、これ見よがしに、カネくれ!と言わんばかりのポーズで、まるで不良息子が遊ぶ金を無心するかのように不遜な態度で。


「あ? なんだそりゃ?」


「母さんが超絶スネてる。俺が帰った頃には実家に帰ってるっていうから、マローニでいちばんうまい店でディナーしようって約束して、やっと引き止めることに成功したんだ」


「つまり?」


「メシ代おくれ」


「なあアリエル、お前は今のノーデンリヒトで金を持ってることの意味を考えたことがあるか?」

 ……そっか。ノーデンリヒトはいま商店もなければ市場もやってない。領民がいないんだからお金を持っていたところで使い道がない。つまり、金なんか持っていても仕方がないから、金なんて持ってない……ということなんだな。なるほど、理にかなってる。


「出発時にスネてたってことは、手紙なんか預ってないんだろうな」

「まったく。これっぽっちも。書こうともしてなかったよ」


「マジかよ……今度会ったら念入りに謝っとかないとマジで実家に帰られてしまいそうだ」

 どうやらビアンカの手紙をよほど楽しみにしていたようで、がっくりと肩を落とすトリトンの落胆ぶりは相当なものだった。深夜までサービス残業をしてせいこんも尽き果てたような、やるせない表情を浮かべるトリトンに、ハリメデさんのほうから一つ提案があるらしい。


 出発は明日の予定だったのだけど、今日は風がいいし波も穏やかだという理由で、バタバタと荷物を積み込んで、急ぎ、出航したいとのことだった。別に予定が早くなる分には、やぶさかでないのだが……。


「父さん、ちょっと慌ただしいね。異常なぐらい……。一緒に乗るメンツ見ても、船員より弓兵が多い気がするしさ。注意したほうがよさそうだよ」


「そうだな、まるで予定通り明日の朝出航すると困るかのような慌ただしさだな……。ハリメデ大使、予定通り明日出航だと何が困る事でもあるのでしょうか?」


「はい、心配はご無用です。予定通りに出航すると海の上で何が起こるやもしれませんので、予定をずらしたほうがいろいろと安全なのです」


「強硬派の襲撃があるかもしれないと、そういうことね」

 ハリメデがお茶を濁したセリフをロザリンドが代弁するように、この場にいる者みなに知らしめた。てか、さっきサオの手を引いてすっ飛んで逃げたくせに、話だけは聞いてたんだ。


「えーっと、ロザリンドさまも当然ご存知のことかと思いますが、このまま和平を結ばれては困るという連中もドーラには少なからずおるわけでして……」


「お兄さまは? 和平推進派で間違いないのね? 強硬派が襲ってきたら我々は?」


「もちろん! 我が王は和平推進派にございます。強硬派が襲ってくるとしたら海路で要人を暗殺するのが一番手っ取り早いでしょう。今のところ何も情報は入って来ていませんが、私には王の在任中に和平を成す責任があります。子どもや孫たち、次世代に明るい未来を約束するという重大な責任です」


「父さんはどう考えてるの? 延期にしようとか、また折を見てとか?」

「いーや、アリエル。和平なんてのは、和平の機運が高まってるときが最大のチャンスなんだ。たとえ和平を阻止するために軍を組織して襲ってこられたとしてもだ。これは命を懸ける価値がある重大な仕事なんだ」


「なるほど。ならロザリンド、会談が中止になったら敵の勝ち。無理に海を渡ろうとして船を沈められ、父さんが死んでも敵の勝ち。どうすればいい?」


「押し通るしかない。でも不利は不利よ? 私は海戦に不向きだしさ」


「兄さま、私海の上じゃ役立たずなの」

「私は白兵戦に持ち込めれば負ける気はしないけど、どうせ離れて火矢を放たれるのがオチだと思うわ。やっぱ不利よね」


「師匠、私も魔法で応戦するぐらいしかできないかと」

「サオの魔法射程じゃきっと届かない距離から火矢を撃たれるから応戦禁止な」

 みんな海戦は不利だということで意見が一致してるようだけど……。


「てくてくはどう思う?」

 名を呼ぶと、不機嫌な顔のまま影からぬっと出てきたてくてく。

さすがにフォーマルハウトに会いに行くことになり、ドーラに渡る前から相当ブルーになってるらしく、くるくるキッスを期待してたんだけど、期待は完膚なきまでに叩き壊されてしまった。


「やややっ! せ、精霊さま? ……で在らせられますか?」

 ハリメデさんは てくてくを見てから僅か数秒で正体を見破ると、今までの誰に対するよりも平身低頭、腰を低く構えた。


「そうなのよ。アタシは てくてく。マスターの従者なの。さあ、おもてをあげて。アタシには挨拶あいさつも何も要らない。マスターよりも厚遇されるとアタシの立場がなくなるのよ」

「は、はい。畏まりました」


 どうやらハリメデさんは精霊信仰が強く残る文化圏の出身らしい。かしこまりましたなんて言いながら本当にかしこまった顔をしている。目の前に信仰の対象いるんだ。神様が現れたようなものだと思えば丁度いいのかもしれない。


 そのてくてくも、海戦はというと、まあ満足に船に乗ったこともないらしいけれど、てくてくの魔法はパシテーの土魔法や、ロザリンドの白兵戦のように、特に地面が必要というわけじゃない。


「アタシはそこそこやれるわさ。でもどうせアタシたちの出番はないのよ」

「さすがてくてく。みんな忘れてるだろうけど、俺、水魔法がいちばん得意でけっこう使えるんだよね。万が一海戦になっても俺一人でも十分に戦えるから」


「どうせマスターが出るまでもないのよ」


「あと、父さんは俺の前では真面目ぶってるけど、昔は結構有名なワルでさ、薔薇の騎士トリトンって言やぁ、今でもケツ押さえて逃げ出す奴が居るぐらいだからな、そう簡単にくたばることはないよ」


「わはは、トリトン、バレてるじゃねえか! 悪名は簡単にゃ消えねえよな」

「おいおい、アリエル、それどこで聞いた? お前にそれ言った奴は誰だ?」


「え? 何年前だったかな、セカ郊外で、ちょっとした賞金首に襲われてた男女がいてさ、それがジュリエッタさんと、たぶん今はジュリエッタさんの旦那さんのネレイドさん」


「ジュリエッタ? もしかしてビアンカの妹か?」

「そうそう、で、そのあとセカに行って衛兵の人と話してたらアルビオレックス爺ちゃんが来てさ、父さんのゴンタ伝説を嫌というほど聞かされたよ」


「オヤジ、オヤジか。あーチクショウ。あのクソオヤジ元気だったか?」

「まだ父さんの弟が何人かできそうなぐらいには元気だったよ」


「絶倫かよ! そいつぁよかった。でも薔薇の騎士でケツ押さえて逃げるってのはかなり誤解を招く表現だからやめろ。わかったな」


「ガラテアさん助けて、ケツが! ケツがあああ」

「わはは、薔薇の騎士が来たぞ! 逃げろ、ケツに薔薇の一輪挿しを飾られるぞ!」


「お……おまえら……、アリエルまで……」


「……あの、ベルセリウス卿、はやめに出航しませんと」



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