04-33 勝利の凱旋
112話
「なあダフニス、この手紙に書かれてある、アリエル・ベルセリウスという人物、ベルセリウスとはボトランジュ領主の血縁の者か?」
「知らねえ。だがノーデンリヒト領主トリトンの息子だって話だから、血縁なんだろうな」
ベルセリウスと聞いて黙っていられない男がここにいる。過去1000年にわたってベルセリウスと戦い、そして憎しみ続けてきたフォーマルハウトだ。
「ベルセリウスは、我が軍の仇敵である。ボトランジュとの戦争はいうなればベルセリウスとの戦争であろう。ロザリンド・アルデール将軍が我が軍を裏切ってベルセリウスに付いたということなら、敵に寝返ったということ!」
「ああもう、ちったあ黙ってろ」
強硬派と共存派は口を開けば喧嘩になる。まともな議論になった試しがない。
今は喧嘩をしている時間は惜しい、魔王フランシスコはダフニスとフォーマルハウトの間に割り込み、話を前に進めるよう促した。
「ダフニス、お前もこのアリエル・ベルセリウスという男と会ったのだな? 会って話をしたのだな?」
「ああ。恩人だよ」
「恩人? ベルセリウスに恩があると? ダフニス、お前の所見を聞かせてくれ。ここに書かれているアリエル・ベルセリウスという男をお前はどう見た?」
「そうだなあ……。アリエルはパッと見は優男で女ったらしの魔導師だからフラン兄の大嫌いなタイプだと思うぜ? エルフの女を従えてたしな。そしてかなりの使い手だ。スピードは俺が見た限りでは、どのウェルフよりも速く、剣では10歳であのベストラさんを倒しノーデンリヒトの死神と恐れられたほどの技前。魔法ではあの勇者の完全魔法防御の上から焼き尽すほどの魔力を持っていて、大ケガして動けなくなったロザリィに治癒魔法を施せるほどの治癒師でもある」
「死神だと!」
「死神が現れたのか!」
「殺せ!」
「おのれ死神とはベルセリウスであったか!」
死神という言葉に反応した強硬派の面々が次々と怒声を上げた。
野次のように口々に叫んでいる者を左手をスッと上げるだけで黙らせ、フォーマルハウトが批判の言葉を投げつけた。
「死神だと! おまえたち死神と会ったのになぜ殺さん! わが軍の仇敵ではないか」
これにはさすがのダフニスも反論することが出来ず、謁見室の高い天井を見上げ、肩をすぼめてみせた。誤解されないよう真実を伝えるしかないのだ。
「んー、それがなあフォーマルさん、敵の敵は味方って言うだろうが。それにロザリィがベルセリウスに口説き落とされたんだから仕方ねえって」
魔王フランシスコはフォーマルハウトとダフニスの衝突の中から報告だけを純粋に拾い上げ、疑わしいものは七分に聞いた上で、半ば呆れたようにこぼした。
「剣も魔法も使えて治癒? そんな都合のいいものがこの世界に実在するのか?」
「ああ、ここから先が笑い話だ、兄聞いてくれ。砦の外じゃ今にも勇者軍が突入しようかって時にアリエルという男は、大ケガしたロザリィを治療しながら、自分が使ってた業物の長剣を贈って求婚したんだ。もうなんであいつそんなにチョロいんだ? ってぐらい真っ赤になってよ、兄にも見せたかったぜ。ベルセリウスが『俺が勇者を引き付けておくからお前らは逃げろ』って勇者軍の前にたった一人で出て行ったもんだから、ロザリィはもらった剣を握り締めて後を追いかけて行ったんだ。将軍やめて女の子になりましたって感じだったぜ。いまさっき殺されかけたのにな。俺らも呆れちまってよ、こんなロザリィと一緒に死んでやるのも悪くないと思ったんだ。……俺たち全員が外に出ると勇者軍の精鋭55人に取り囲まれていて、ベルセリウスが剣を構えるんだが、そいつがロザリィと全く同じ構えだった。上段に構える前の儀式めいた作法もまったく同じだったんだ。ここにいる者はみんな見てる。間違いなくありゃ同じ流派だ」
「同じ流派だと? ロザリンドの剣は誰に教わったものでもないはずだが?」
「だがロザリィの剣、あれは洗練された高度な技術だったろ? 我流の荒さは微塵もなかった。初対面の女ったらしに誑し込まれたわけでもなさそうだから心配しなくていいと思うぜ。そして戦闘が終わるまでたった3分だったが……、俺たちはエルフ女の張る障壁に守られて後ろで、ただ見てただけだ。勇者を倒したあとのロザリィはぜひみんなに見せてやりたかった。あいつが『怖かったよー』って泣き喚くところなんて想像できるか?」
「いやあ、将軍さま、マジ可愛かったッス」
「クックックッ……。笑い話はここまでにするとして、なあフラン兄ィ、アリエル・ベルセリウスは共存派だよ。間違いなく。そして親父の最期を看取ってくれた恩人でもあるからな。……俺はこの男とは戦わない。そうそう、何年か前、アリエル・ベルセリウスはドルメイの山でミッドガルドを討伐したらしいからな、もうドーラの民はミッドガルドに怯えなくていいんだ。空に怯えて森の中を歩かなくてもいい。メルドの村だけじゃなく、ドーラ全土の恩人でもあるんじゃないか?」
ミッドガルドに怯える生活を強いられていたドルメイ山麓のエルフ族長は立ち上がってダフニスに何度も何度も確認する。
「なんと、あのミッドガルドをや。本当なのか? 信じられん。あれはヒトにどうこうできるようなモノではない。災厄じゃ。そんなものを討伐した? 何かの間違いではないのか?」
「ああ、間違いねえよ! 停戦の祝いにミッドガルドの肉が出たんで食ってやった。美味かったぜ」
「おおおおおお、なんと! これは朗報じゃ。すぐに確認に行かせねば」
「……なあニイ聞いてくれ、ここからが本題だ。ノーデンリヒト領主はアリエルの実の父親だし、順当に行けば次代は長男のアリエルが領主になって、ロザリィは領主のヨメだ。勇者が居ない今が攻めるチャンスだなんて嘘だからな。むしろ戦争を終わらせるチャンスだと思うぜ。俺は和平を進言するよ」
魔王フランシスコ・アルデールは和平という言葉を聞かされて考え込んでしまった。
だが、強硬派筆頭の魔導顧問フォーマルハウトは黙ってはいられない。何しろ2年後に自分のものになる予定のサオも一緒に離反したらしいのだから。
「サオはなぜ帰ってこなかったのだ?」
「そりゃあんたの嫁にはなりたくなかったんだろ。サオはもうダメだ。諦めな。……アリエル・ベルセリウスが助けに飛び込んできたのは俺たちが皆殺しにされる寸前の絶妙なタイミングだった。サオは首に短剣を突き付けて、あと5秒遅かったら自害してたんじゃないかって時だったからな。助けられたサオは恋する乙女の目になってて、ロザリィを開放してくれたら自分が代わりに真名を捧げて一生仕えるとまで言い出しやがってよ。それを断られたら、なんか強引に魔法の弟子にしてもらったらしい。サオはそのままついていっちまったよ。押しかけ女房みてえなもんだ」
「魔法の弟子だと、我を差し置いて魔法の弟子!? バカな! そのたかだかヒト族の魔法にどれだけの力があるというのだ」
「言っただろ? あの勇者の完全魔法防御の上から灰になるまで焼き尽くす魔力を持ってるって。俺がガキの頃ドーラ中を荒らしまわった恐怖のドラゴンも倒してる。フォーマルハウトさんよ、……あんた負けるぜ? あのアリエルが勇者の前に飛び出してきて戦った理由がなんだかわかるか? ロザリィに惚れたからだとさ。笑っちまうよな。だがな、俺たちの命を捨て駒にして安全なとこでブルブル震えてるアンタと、ロザリィの命を助けるために、マナっ欠で気ぃ失うまで戦って勇者を倒しちまったモテ顔の魔法剣士と比べたら、そりゃサオはあっちに惚れるさ。アリエル・ベルセリウスは英雄と呼ばれるのに相応しい。まだ戦争を続ける気なら次からは強硬派だけで軍を組織すりゃいいだろ? そしたら強硬派はこの世からいなくなるからな、やっと戦争が終わるってもんだ」
「ぐぬぬ……侮辱は許さぬぞクライゾル」
「侮辱だと? 侮辱なんかじゃねえよ。あの教会の最高戦力な、ありゃ想像を絶するバケモンだったぜ。あのロザリィが一対一で押されるほどだ。そんなバケモンが5人もいたんだ。手に負えるわけがない。想像してみろ。あのロザリィが剣をもって、敵のコンビネーションに手も足も出ないんだ。あんたがコソコソと戦いを避けながら、自分では戦いたくない理由が分かったって言ってんだ。侮辱なんかするわけがない……。何百年もの間、俺たち一族を前線に送り出して何千人も死なせた理由にはならんと思うがな」
ダフニスの物言いを聞いて、軍参謀のハリメデが制止した。これでは火に油を注ぐようなものだ。
「クライゾルよ、その辺にしておけ。魔導顧問には立場というものがある」
ダフニスにとってフォーマルハウトは父エーギルを勝ち目のない戦場に送り込んだ仇のような存在だった。ダフニス自身、勇者の力を間近に見て考えさせられたのだ。フォーマルハウトはこの勇者の力を知りながら、まるで勝ち目がないことも知っていながら、あえて人魔共存派の政敵を戦場に送り込んでいたことが許せなかった。ちょっと言わせてもらっただけで溜飲が下がるわけがない。この程度のことで、怒りが収まるわけもなかった。
「それと、勘違いされてるようだから言っておくがな、俺たちは敗戦の報告をしに戻って来たんじゃない。ロザリンド将軍は、千年の間俺たち一族の血を吸い続けた、あの忌まわしい神器を破壊した上、それを振るう勇者を倒し、神殿騎士どもを壊滅させた。そしてノーデンリヒト領主と停戦をとりつけたんだ。この戦争が始まって千年、誰も成し得なかった悲願を達成した、その報告をするために帰ってきたんだ。俺たちは勝った。これは勝利の凱旋だ!」
拳を握って力説するダフニスに呼応して、カルメ、テレストの二人も大声を張り上げた。
「そうだ。ぼくたちは負けてない。ぼくたちは戦って、勝利して帰ってきました」
呆れたとでも言いたげな表情で、負け惜しみのようにこぼすフォーマルハウト。
「砦を明け渡しておいて勝ったとは面白いことをいう……」
「俺たちは陣取りごっこしてるわけじゃねえよ。和平を目指して話し合いをすればあんなのタダでくれるんじゃねえか? ロザリィは俺たちの英雄だ。裏切り者だなんて言う奴は許さねえ」
フランシスコはダフニスとフォーマルハウトの衝突を横目に、ノーデンリヒト領主からの親書を開いて読み始めた。
その書簡に書かれていたのは、まるで誘惑されているかのように魅力的な提案だった。
要約すると、
・ノーデンリヒト領主は休戦を提案し、今後は終戦を目指す方向で協議を求めたい。
・ノーデンリヒト領主の権限でノーデンリヒト領内を人魔共存特区とする。
・ノーデンリヒト領主の権限で魔族の移民を受け入れる。
・ノーデンリヒト領では奴隷の身分を認めない。奴隷の所有も認めない。
何年かかるか知れないが、願わくば人と魔と、手と手を取り合って共に歩む地になればと切に思う。
考える理想は違えども、その道の目指すところは同じでありたい。
ノーデンリヒト領主 トリトン・ベルセリウス
これではダフニスら共存派が最初から敵と裏で繋がっていて、手心が加えられていると言われても否定できない。条件が良すぎて強硬派の不審を買うのは明らかだ。
どうしたものか……。強硬派を黙らせる材料がない。
魔王フランシスコはまたもや頭を抱えて考え込んでしまった。




