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04-25 ナトリウムライトの下で★

104話 プロローグのタイトルを引用しています。





 ひいらぎは深月に交際を断られた翌日から急に大人っぽくなり、すごく綺麗になった。

 地味だけど清潔な女子というイメージから、ばっちり決まった薄ーいメイクと流行りのウェーブがかった髪を完璧に仕上げて登校してきた。メガネはもともと伊達だったらしい。


 更にはスカートの丈も短くなってると言う徹底ぶりに、教室に入ってきて席についてもそれが誰か分からなかったほどだ。


 男子たちは急に綺麗になった女子の影にオトコを想像し、女子たちは高校生デビューと揶揄しながら陰口を叩く。


 そんな事よりも小学生から高校生になるまでずっと伊達メガネで過ごすなんてどういう心理が働いたのだろうかと変に勘ぐってしまった。


 男どもの変化はとても分かりやすい。昨日まではその目に映っていたとしても興味の対象ではなかったくせに、見た目が変わっただけなのに揉み手でスリ寄っていく現金な奴ばかり。


 違うよ、みんな。


 ひいらぎは見せつけたかっただけ。

 

『おまえなんかとは素材から違う』ということを、私に見せつけたかっただけだ。


 掛け値なしに美しい、あんなにも整った顔、100人いれば100人が美人だというに決まってる。あの子を見るたび動揺する。ずっと後悔している言葉を思い出すのだから。


「あーあー、なんだかコテンパンに負けた気分だわ」

 戦うまでもなく、コテンパンだった。絶対に勝ち目のない戦いだった。


 身体でも動かしてなきゃやってられない。とりあえずは部活だ部活。


 ……と意気込んでからまる2年もの間、まるで何かに追われるように、なにかを振り払うかのように部活に打ち込んだものの、高校の3年の夏前になるまで、練習試合含めて何十試合も行ったが、勝てたのは片手で足りるほど。雑念が入ったという、それだけじゃないだろう。


 もともと剣道が好きでやってたわけじゃないし、勝つために続けていたわけでもない……。なんて言い訳がましいことを言っても自分が悲しくなるだけだった。


 剣道選手としての自分はもうとっくにピークを過ぎていて、たぶん、いちばん強かったのは小学生時代。それからというもの、同級生には置いていかれ、下級生にも追い抜かれるばかり。身体の成長もとっくに止まって150センチちょっと。身体の成長とともに、剣道の上達も止まってしまったようだ。


 齢18歳にしていろんなところに限界を感じている。本屋の上の方の棚にある本すら取れない。


 今日の試合は、高校最後の大会、3年生の引退試合だということで、全身全霊をもって臨んだ試合だったけれど、身体の大きな下級生にあっさり負けてしまった。せっかく深月が応援に来てくれたのに、いいとこ見せられなかった。


 悔しいな、あと10センチ欲しかった。10センチあれば世界は変わっただろうか。


 もう剣道はやめよう。そう決めて竹刀と木刀を梱包し、簡単に取り出せないよう物置の奥の方に仕舞って鍵を閉めたら、なんだか涙が出てきた。


 やっぱり未練あるんじゃないか。


 部活の打ち上げを終えて家に帰った。

 熱いお風呂にしっかりと浸かって汗を流したお風呂上り、洗い髪を乾かすこともしなかった。


 トットットットッ。


 部屋に上がる階段の足取りも重い。


「あーあ、最後ぐらい勝ちたかったなあ」


 まだ負けた試合を引きずっているのも、あの日、言ってしまった言葉をずっと後悔しているのも同じ。なかなか頭の切り替えが出来ないのが私の欠点。


「はー、モヤモヤするなあもう」


 ドライヤーを冷風HIにして髪を飛ばすように吹き上げて乾かすのが好き。

 自然の風も好き。風を浴びるのが好き。


 窓の外から物音がしたので外に目をやると、二軒隣で自転車を引っ張り出そうとしている影があった。外は真っ暗なのに深月が出て行こうとしている。


 別に用なんてなかったのだけれど電話して捕獲した。深月と一緒ならちょっと夜に出かけるぐらいお父さんも怒らないし。気分が沈んでるときは夜風に当たるだけでも気晴らしになる。


 ダダダダッ!


 さっき階段を上がった時の音とは違う。

 ちょっと浮かれたような音に聞こえるのは、きっと気のせいじゃないはず。



 短パンの上からジャージを履き、靴下まで履いた割には早く支度できたと思う。


「深月と駅前行ってくるね」


 深月は魔法使いだ……と思う。

 ピンチになると必ず助けてくれるヒーロー。友達を作るのが下手だし、弱っちいくて、クラスでは全然目立たない男子なのに、本当はすごいんだ。


「ねえ、ちょっと、気晴らしにつきあってよ。こんな時間だし、深月といっしょじゃないとお父さん心配するしさ」


 理由なんて何でもよかった。ただ気晴らしをしたかっただけ。


 夜のバイパス、黄色いランプがついた舗道を歩きながら雑談していると、話の流れが『どんな女子が好きなのか』というありがちな方向に行ったのでこれ幸いと食いついてみた。


「……でもさ、じゃあ、小さい女の子は好きなのかな?」


 深月は奥手で、歯がゆい。

 いま押せば簡単に落ちそうな場面を平気で見逃して肩透かしをくれる。


 はぁ……。


 ひいらぎは正しかったのかもしれない。きっと深月は女の方からグイグイ押さないといけないんだろうな。


 ……、そう考えるとため息が出た。


「……美月はカッコいいよ。小さいころから、俺のヒーローだからな」


 それでも深月はいつものように元気をくれた。

 贅沢は言うまい。こんな深月のことが好きなのだから。

 この深月の作り出す空気で癒される。ただ居てくれるだけで安心なんだ。



 だけど悪夢は突然襲う。

 運命は残酷だ。こんな二人の、ささやかな幸せを、いとも容易たやすく破壊する。

 無情に。無慈悲に。無配慮に。癒しの空気も、大切な人の未来も、何もかもを破壊する。


 横断歩道を渡る深月、信号無視のダンプカー。


 世界はスローモーションになる。



「深月ぃぃl!!!!」


 彼の背中に、手が届かなかった。



―― ドン!


 大きな炸裂音がした。

 信号無視のトラックは深月をはねた後ハンドルを切って鉄柱に突っ込んで止まった。



 深月が……深月が……。


「イヤァァァァァ!!」


 トラックの下から深月の身体を引っ張り出す。

 目はうつろに開いていて、おびただしい量の……、これは血なの?。


 深月、息をしてない……。こんなに、こんなに血が出てる。

 深月の手を握り、名前を呼びながら祈ることしかできなかった。


「ああ、深月ぃ、だれか、だれか救急車を、深月を助けて」


 反対側車線を通り過ぎようとする別の車が、事故車両に気を取られ、路上に伏していた男女を発見するのが遅れた。


 悪夢のような多重事故。


 誰か……深月を、深月を助けて……。


 深月……。

 倒れている深月に手を伸ばす……。

 届かない、届かないよ深月……。


 景色が暗くなってきた。後悔だけが残る。

 なぜあのとき一瞬目を離してしまったのだろう。

 なぜ深月を先に行かせたのだろう。


 わがままを言って気晴らしに付き合わせなければ……。

 こんなことにはならなかったのに……。


 深月みつきが事故に遭ったのは、私の責任だ……。





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