表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100/566

04-21 記憶の齟齬★

祝 100話



----


 どれぐらい時間が経っただろうか。

 ノーデンリヒトは夏の期間、ほぼ白夜なので明り取りに窓からは常にうっすらとした明かりが入っていて、時間の感覚が分からなくなってしまう。

 

「んっ……、うーん」


 ロザリンドが目を覚ますと、そこは狭いカマクラの土間だった。冷たい地べたに倒れるように寝ていたらしく、背中と肩が凝っている。ロザリンド新婚二日目の朝は、とても冷たく、石のように固い土間で目を覚まし、清々しさとは真逆の、ドンヨリした気分から始まった。


 子どもの頃からのことを思い出してみても、寝相は悪くないほうだったので、たとえ寝返りを打ったとしても布団からはみ出して寝るようなことはなかった。それをどうやれば地べたで寝ていたのかと、昨夜、寝た時のことを懸命に思い出そうとしている。


 布団の上にはアリエルが大の字で眠っていて、その両側に てくてくとサオが、とても満足そうな寝顔でくっつくように眠ってる。サオに至っては腕枕してもらっているので、そりゃあ土間に転がされる者と比べたら良質の睡眠がとれるだろう。そしてその二人とは対称的に、ロザリンドと同じく土間に転がってスヤスヤと気持ちの良さそうな寝息を立てているパシテーの姿があった。


 なんだかちょっとずつ思い出してきた。


「パシテー、パシテー、起きて」

「んっ? 姉さま……私朝弱いの……。あああっ、兄さま酷い、サオまで!……… あーん首が痛いの。寝違えたのー」



----


 朝っぱらの早い時間から八つ当たり気味に叩き起こされたアリエルたちは、カマクラを這い出して、外で朝の身だしなみを整えているところだ。

 なんでもロザリンドとパシテーは冷たい地べたで朝を迎えたらしい。二人がちょっと不機嫌な理由はそれだ。


「おはよ、お前ら揃いも揃ってコテンパンにやられてたな」

「てくてくって風の精霊さまじゃなかったっけ? まさか自分が負けたことも知らずに眠りこけてたなんて考えられないわ」


「ああ、なんでも風はもうやめたってよ。今は闇なんだそうだ。てくてくは強いだろ? ロザリンドには相性が悪いな。まず勝てないと思うよ」


「相性? どういうこと?」


「ロザリンドはグー。てくてくはパー。グーはパーに絶対勝てない。そういう事」

「じゃああなたは? チョキなのね?」


「うーん俺は本来チョキなんだけど、てくてくと立合ったらあいつ記憶の中の美月の姿で出てくるからさ、俺には勝てないな」

「勝てないでどうやって従者にしたのよ」


「兄さまがたらしこんだの」

 身も蓋もないパシテーの物言いに幼女てくてくが眠そうな目をこすりながら応えた。


「たらしこまれてはいないのよ。でもまあ間違ってないわね。アタシは自ら負けを認めたの。だからいまアタシはここにあるのよ。マスターが本気で戦ってたらアタシ今頃バラバラ」


「たらしこまれたわけじゃないの? ねえてくてく、アリエルの魅了の事、教えてよ、ないって言ってたけど本当かなあ?」


「魅了はないわ。これは間違いないのよ。だってアタシ2日間ずっと休まずにマナをもらってたのよ?」


「でも私たち納得できないの」

 昨夜あれほど簡単にのされてしまったというのに、目が覚めたら早速また昨夜の話の続きを始めるらしい


「マスター先にご飯食べに行ってきて。ガールズトーク始まるのよ」


「必ず見える範囲に居てよ。もう勝手に爆発しちゃダメだからね」


「なんだよそりゃ、まあいいか。女のおしゃべりを横から聞く趣味もないし。んじゃ俺、ケガした人に謝ってくる。あとでご飯呼びに来るよ」


 アリエルが出て行くと、砦門のほうに向かって歩いて行ったのを最後まで確認してから、てくてくが話し始めた。表情は少し硬くなり、どこか神妙で厳かな雰囲気を醸し出している。さっきまでの緩い空気はもうここにはない。


「……マスターのマナは異質なのよ。他人の体内にマナを流して、溶かしたり混ぜたりなんて芸当は誰にもできないのよ」


「そうなの。兄さまのマナは誰のマナとも混ざる親和性があるの。他人が入力した魔法の起動式をすり替えるのもマナで書いた起動式を[転移]させて貼り付けるって言ってたの」


「あ、もしかして勇者を灰になるまで燃やしたあの魔法もそうなのかな?」

「あれはトーチなのよ。火の魔法の初歩ネ」


「「「 トーチ!? 」」」


「アタシが見た限りでは、勇者の蛇口フォーセットが開いたところに自分のマナを転移させてどんどん送り込んで勇者のマナと混ぜ混ぜして火をつけただけなのよ」


「それじゃあ魔導師である以上は兄さまには勝てないの」


「ねえロザリンド、マスターの前世はどうだったのよ? 何かおかしいと思ったことはなかった? 何か思い当たるフシは?」


「え? わかんない。日本じゃ魔法なんて誰も使えなかったし」


「マスターの記憶が散逸さんいつして重複してたのよ。アナタは前世で何歳まで生きてここに来たの?」


「18かな。私は深月みつきよりも半年お姉さんだったから、あのひとは17」


「アタシ……25ぐらいのアナタを見たのよ。マスターの記憶で」


「えっ…………」


 困惑……。


 ロザリンドは眩暈にも似た浮遊感を覚えた。

 なぜアリエルの記憶に25歳の自分が居るのか? そんなことあるわけがないのに。


「マスターに言って記憶覗かせてもらう? アナタに見てもらうのが手っ取り早いのよ」

「えっ……、てくてく、私にもみられるの?」

「もちろん。そして確認してほしいのよ。記憶に齟齬そごがないか」

「そ……、そご?。え?…………」


 ロザリンドは目を伏せて、いろんなことに思いを巡らせる。

 そんなことを言われてもまったく思い当たるフシなんてないのに。


 ロザリンドは深月みつきと初めて会った日のこともハッキリ覚ていた。

 あれは4歳のころ、前世、常盤の父さんが嵯峨野さがのの家の二軒隣に家を買って、引っ越した日だ。だけどいま思い出そうとしている記憶の、そこから先のことがはっきりしない。


 家族で近所に挨拶行ったとき、深月みつきは女の子と同じ名前だと知って、ものすごく嫌そうな顔をした。その顔が今でも忘れられない。それから、深月みつきは泣いたんだっけ? いや、階段を駆け上って、自分の部屋に逃げて出てこなくなったんだっけ? どうだっけ?


 覚えていないのではなく、違う記憶がいくつも思い出されて、どれが本当に体験したものなのかがよくわからない。


 それからいつだったか、名前のことでケンカになって、叩いて泣かしてしまったのも、ものすごく嫌そうな顔をされて、悲しくて悲しくて、泣いてしまった事もぜんぶ…… 覚えてる。



……っ!


 突然思い出した……。


 前世の深月アリエルだ。ちょっと痩せこけていて、

 いや、深月アリエルじゃない? やけに大人びている……。


 記憶の中で美月ロザリンドは不満をぶちまけるように怒っていた。

 そのときの言葉、覚えてる。


「私を選ばないのなら私は出てゆくまで。さようなら深月みつき



…… 痛っ!!


 強烈なフラッシュバックに頭を押さえたロザリンド……。


 前世、日本人の深月アリエルとケンカ別れした記憶だった。

 付き合ってたことなんてなかったはずなのに、記憶では付き合っていて……、その時はたしか、だれか女の人が居なくなったとか言い出して、その女の人のことばかり考えていて、自分を見てくれないのが不満で……ケンカ別れしたのだった。



 なぜそんなことを覚えているのだろう? 混乱する……。



「てくてくごめん、私……、見たくないし、知りたくないよ」


「そう、分かったのよ。じゃあナシ。でも何かおかしいことに気が付いたら必ずアタシに相談するのよ?」

 ロザリンドが断ったのはなぜ複数の記憶が同時に重なっているのか分からなかったから。

 いくつもの似たような記憶が存在していることに気が付いたロザリンドの、その表情が曇ったのをてくてくは見逃さなかった。


(ロザリンドも何か知っているのよ……)



----


「おーい、もういいだろ? 朝ごはん食べに行こう」

 アリエルは食堂にいって昨日の爆風でケガをした人全員にしっかりと謝罪して回った。

 どうやらロザリンドの言った通り、ケガをした人たちみんな軽傷だったそう。飛んできた木の枝が腕に刺さった人が一番重症だったのだけれど、骨には異常なし、本人曰く『ツバつけときゃ治る』らしく、ほっと胸をなでおろしているところ。


 朝食を食べ終えると、爆発事故現場の実況見分に行くことになった。

 改めて行ってみて分かったのだけれど、だいたい直径80メートル、最深部で深さ8メートルぐらいの大クレーターが出来ている。


 実際に見て、改めて驚いた。

 直径80メートルのクレーターなんて大型爆弾の規模だ。


 周囲の針葉樹も爆心地を中心にして放射状に倒れていて、相当の爆風があったものと思われる。

 アリエルが埋まっていたのは爆心から400メートル以上も離れたところで、土砂などが吹き溜っている小山のようになっていてクレーターの外郭を形成している円形の山脈のようだった。


 てくてくに見つけてもらって掘られた穴を見ると、なるほど、偶然が重なって、うまく木と岩が重なって少しの空洞ができていた。そのわずかな空洞のおかげで、アリエルは万に一つの確率で命を拾ったらしい。いくら再生者とはいえ、呼吸ができなければ死ぬしかない。


「エル坊、この中心で魔法を使ったのか?」

「うん、目印がなくなってるけど、たぶん間違いないと思う。だいたい真ん中あたりに土で5メートルの台を作って、その上だよ」


「トリトン、報告書もくそもねーわこれ。魔法が爆発したとだけ書いておこうや」

「ああ、そうだな」


 事故の検分はすぐに終わった。

 ガラテアさん曰く、原因不明にしといた方がいいらしい。



----


 アリエルたちは一旦砦に戻り、カマクラを埋め戻す作業をして昼食を食べてからマローニに向かうことにした。途中トライトニアの工房に寄る予定で。


 砦の兵士たち総出の見送りに手を振りながら。

 一路、トライトニアに向かう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ