襲い狂うイノシシ
目の前で俺を見据えて威嚇するイノシシ。
四足状態の背の高さだけでも俺より少し低い程度…体重なんて何倍あるかわからない。
遠くから見たことしかなかったが、対峙するとそれはもう威圧感が凄まじい。
そんな獣が俺に殺気を向けて、今にも襲い掛からんとしている。
普段なら匂いで気づくはずだったんだが、この辺りになっている黄色い実がかなり独特な匂いを発していて嗅覚が狂っていたみたいだ。
ここまで近づいてしまった状態で下手に逃げようものならあの牙で串刺しにされるだろう。
ならば、倒すだけだ。
既に戦いを予期した俺の体は、いつでも来いといわんばかりに血を滾らせている。
俺はニヤリと笑うと、敵の動きに全神経を傾ける。今日のご飯は大物だ。
一瞬の静寂は、イノシシが地を蹴る音で破られた。
『うぉっ』
初速から予想以上に速い!
全力で横に跳んでかわすと、反転して奴の横腹に拳を叩き込む。
きれいに入った――と思ったのもつかの間、相手は勢いよく体の向きを変えて横から牙で殴りつけてきた。
ドスッ!
鈍い音が俺の脇腹に響く。
ぐぉ…っ!やはり攻撃が重い。
相手もダメージがあるようだが、同じやり方だと先にこっちが力尽きるな。
今度は避けることを重視してやってみるか…。
さっきの一撃で少し動きが鈍っているようで、避けるだけならなんとかなりそうだ。
慎重にタイミングを見極めて攻撃を重ねていく。
…これでは威力が足りない。拳は分厚い肉に阻まれてあまり効いているように見えない。
爪で切り裂き続ければすこしづつは体力を削れるかもしれないが、この体格の差で体力勝負は得策ではないだろう。
戦いが長引けば不意の事故で一気に戦況をひっくり返される危険がある。
一撃の威力重視だと反撃は避けられず、生半可な攻撃では意味がない。
『どうするかな…。』
思考のために距離をとった俺に、イノシシが突進してくる。
ならば…!
今度は横ではなく上を跳び越えるように回避、
すれ違いざまに肘を突き出し、相手の勢いも利用する形で相手の脳天を―
もう少しという所で、視界の片隅で牙を突き上げてくるのが見えた。
『やっば…っ!』
空いているほうの手でイノシシの体を掴み、体を捻ってなんとか相手の牙をかわす。
勢いよく地面に投げ出されるが、串刺しよりはマシだ。
急いで態勢を立て直し次の攻撃に備える。
だが、イノシシは次の攻撃を仕掛けずにいた。
その理由はすぐにわかった。
イノシシはふらついてこちらを見失っているようだ。前にある木が大きく抉れ、かなりの威力でぶつかったことが推測できる。
突進中に無理な体勢で俺に攻撃しようとしたから勢いを殺せずに木にぶつかったのか。
いまなら追撃することもできる。
だが俺は少し考えると、踵をかえして反対方向に走り出す。
今の俺では決定打になりうるものが少なく、相手が意識をとりもどせば危険な状況は依然続くだろう。
危険に飛び込むだけが戦いじゃない。考えうる手を尽くして試行錯誤して勝利を掴む―
そうやって人間は戦い、地球のあらゆる生物を下してきたのだから。
…に、逃げるんじゃないからな!待ってろよイノシシ野郎!
洞窟に戻った俺が用意したのは、尖った石片と長く太めの枝、丈夫な蔓。
石槍を作るのだ。
理想的な枝を探すのは少し苦労したが、昼に散々石を割ったので欲しい形の石はすぐにみつかった。
枝の先に石をしっかりと縛り、槍の形にする。
それを手に再び森へ入る。
戦いの前にもう1つ、奥の手を用意しておこう。
日が沈み始めた頃、俺は再びイノシシと対峙した。
中途半端に攻撃したせいで怒り狂って暴れていたようで、すぐに見つかった。
迫力がさらに増している気がする。
慎重に槍を構えて近づいていく。
イノシシは俺を見つけると、即座に襲いかかってきた。
昼間以上の勢いだが、頭に血がのぼっているせいで狙いが雑になっている。
好都合だ。当たらないことを最優先に、隙をみて小さい攻撃を加えていく。
ほとんどダメージはないが、攻撃が当たらない相手からチクチクと攻撃される…苛立たせるには充分だろう。
時々かすりながらも、猛攻をかわし相手の動きを誘導していく。
―今だ!
相手の鼻先を槍で殴り付けながら、大きく跳んで距離を取る。
猛烈な気迫で俺を追って突進してくるイノシシ。
すかさず切り返して跳躍する。狙い奴の頭上―先程の戦いの再現である。
違うのは、俺の手に槍があること。
この位置なら反撃はない。俺は渾身の力を込めて、イノシシの額に槍を突きだした。
食らえばひとたまりもないイノシシの突進速度と重量は、そのまま突き刺さる槍の威力となる。
『っ!』
凄まじい衝撃とともに、槍がくくりつけていた枝ごと粉々に砕け散る。
もう後はない。
だがイノシシの額に深々と突き刺さる槍先とおびただしく流れる血。
作戦は成功だ。
そして俺に気を向けていた奴の進む先は、急な下り坂。
このために位置を見計らっていたのだ。
冷静さを失って俺を追い、勢いづいた今の状態ではとまれまい。
イノシシは突進の勢いのまま、木に何度もぶつかりながら坂を転がり落ちていく。
その衝撃で槍先の刺さった額からはさらに血が吹き出し命を削る。
やがて落下の勢いも衰え、イノシシの動きが止まった。
近くの木に登り、攻撃の届かない位置から慎重に様子を探る。
もはや虫の息で動けそうにはない…だがまだ油断はしない。
完全に息の根が止まるまで待ち続ける。
……。
しばらく時間が過ぎ、荒い息遣いが弱々しいものにかわっていく。
…………。
さらに時間が過ぎ、息遣いが聞こえなくなる。
『……ふう。』
そして森に朝日が射し込み始めた頃、俺はイノシシの死を確信した。
『勝った……。グオオォォォン!!』
心地よい朝の光が照らす中で、俺は勝利の咆哮をあげた。
名前:なし
種族:リザードマン
特技:力任せ格闘術 素人槍術 超嗅覚
備考:実はかなり頑張って掘ったのに無駄になった「奥の手」の詳細は秘密だ!なんか恥ずかしいし。