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自我と本能

 

 気がつくと俺は森にいた。


『あれ、俺……なにしてたん…だっけ…。』


 いまだ夢の中にいるような、はっきりしない意識のまま辺りを見渡す。

 どこまでも続く木々、風一つ無い湖。

 まるで見覚えのない景色に戸惑いながらも、俺は湖のそばに立った。

 なんだか頭がぼんやりしている。まずは顔を洗って…



 ―近づいた水面に写っていたのは、トカゲ頭の怪物だった。


『うあぁ!?』

 バシャン!


 驚いた俺は、足を滑らせて湖に落ちた。冷たい水が、強引に意識を叩き起こす。


『ぶぇ!そうだ、俺どうなって…!』


 慌てて自分の体を確認する。

 まだ子供らしき小さな手足、鱗に覆われた体、鋭い爪、…そして水面に写るトカゲ頭。



 俺は、リザードマンになってしまっていた。



 …。


 ……。


 …よ、よし。まずは落ち着いて状況確認だ。


 俺は日本で暮らすごく普通の人間だった…はずだ。

 だが今は、日本とは思えないような広大な森の中でリザードマンの子供として存在している。

 生まれたばかりでは無いようで、記憶を辿ってみると俺が完全に目を覚ますまでの"リザードマンとしての俺"の行動が思い出せる。

 異世界転生というやつだろうか?生まれて何年かたってから前世の意識がめざめるというのものもあったような気がする。

 だが元の世界の記憶はおぼろげで、一部は鮮明に思い出せたり、一部はまったく思い出せなかったりでよくわからない。

 特に、自分が生前どんな人間だったかは殆どわからないままだった。


『うーん…なんでだ。いや、それより今は――』


 と、考え込んでいた俺のすぐ後ろから、風を切る音が聞こえた。


 ゴンッ!

『痛っ!』


 後頭部に鈍い痛みが走る。

 しまった…ここは森の中、いつ外敵がくるかわからないのだ。

 幸い鱗に阻まれて殆どダメージは通らなかったようで、殴られた部分を押さえながら態勢を整え、襲ってきた相手を見る。


『なっ!?』

 緑色の肌、細い手足、とがった大きな耳。まるで、ファンタジーによく出てくるゴブリンのような生き物がそこにいた。

 魔物!?魔物なんかどうすれば!?俺は戦いなんて無縁の人間だったんだぞ!?

 うろたえて動けない俺に、ゴブリンは容赦なく次の攻撃を仕掛けてきた。だが―


 …あれ?

 ゴブリンの攻撃が拍子抜けするほどゆっくりにみえる。

 体をひねって軽くかわし、反撃とばかりに思い切り拳を叩き込むと、鈍い音を立てて相手の腕が変な方向に曲がった。

 …もしかして俺って、かなり強い?


 そう、俺の体は、ゴブリンなど敵ではなかったのだ。

 体は軽く、いともたやすく相手の攻撃をかわし翻弄する。

 鱗に覆われた拳はもはや凶器のようで、子供とは思えない力で叩き込まれるそれは骨をも砕きそうな勢いで相手に突き刺さる。

 戦いに集中し始めたおかげか俺の目は先ほど以上に相手の動きをしっかり捉えて、当たる気がしない。


 ――体が疼く。


 戦いながらもいまだに困惑している思考とは裏腹に、魂の奥底で何かが燃え上がるのを感じる。

 それはきっと、無意識に抑え込んでいたリザードマンとしての俺の魂。

 身を任せれば俺は……人間だった頃の俺とはまったく違うものになるかもしれない。

 

 ――本能が叫んでいる。


 …だが、それでいい。

 そうだ。たとえ前世が人間だったとしても、違う世界に生きていたとしても、人と違うモノになったとしても―


 ――荒ぶる魂に、この身を委ねよう。


 今、ここに生きている俺が……紛れもなく俺自身なのだから。



 自らの心に刻み込むようにそう宣言すると、自分の中で引っかかっていた何かが混じりあい、静かに溶け込むような気がした。

 同時に、闘志がみなぎってくる。

 本能が強く心を震わせ、全身の血が沸き立つようだ!


『グオオオオオォォォ!』

 こみ上げてくる熱を抑えきれず咆哮をあげた。

 構わず殴りかかってくるゴブリンの攻撃をかわし、攻撃をしかける。

 

 感じていた不安は消し飛び、高揚感が体中を駆け巡る。

 かわし、殴る。

 何度か繰り返しかなりダメージを与えたが、相手が折れるそぶりはない。

 なかなかやるな。ならば次は全力でいかせてもらおう。


 ゴブリンの攻撃にあわせて、両足に思いっきり力を込めて相手の振るう腕ごと力任せに蹴り飛ばす。

 何かが潰れるような音とともにゴブリンは森の向こうへ飛んでいった。


『ハハ…グハハハハーッ!!この体、すっごい楽しいな!』


 だが、まだまだ気分はたかぶったまま止まらない。もっと体を動かしたい!じっとしていられない!

 子供だからか、魔物だからか、両方か。今はそんなことはどうでもいい。

 いてもたってもいられなくなって走り出し、広い森を無我夢中で駆け抜ける。


『体が軽い!こんな気分は初めてだ!トカゲ最高!グワッハッハー!!グオオオー!』


 妙に興奮した気分になったこともあってトカゲになったことを無事受け入れた俺は、結局日が暮れるまでハイテンションで森の中を駆け回っていた。

 この今を、この生を、この命を、力いっぱい楽しんでやろうじゃないか。



 この時の叫び声は近くの村まで届き、恐ろしい魔物の遠吠えではないかと恐れられたという。


名前:なし

種族:リザードマン

特技:力任せ格闘術

備考:本能的には戦闘狂な部分があるらしい。


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