第二話 2
本部は、全部で三つの課に分かれている。ゲート管理が中心の転送処理課。世界のデータ管理・解析がメインの調査課。そして、直接世界に介入する監査課。
監査課が主となって、各監査官に任務が割り当てられる。余程のことがない限り、見合ったレベルであれば監査官側で任務は選べるようにできている。
監査課が常に賑わっているのは、その理由が強いかもしれない。
「あー、混んでるー……」
そうこぼして、ソエルは一つため息をつく。エージュは相変わらずだな、と特に感慨もなく周囲に視線を巡らせていた。
不意にソエルが腕を軽く叩く。視線を向けると、ソエルは受付窓口を指さした。
「しょーがないから、終了手続してくるね」
「何でしょうがないんだよ」
任務の終了手続をしないと、最悪重複して任務を引き受ける誰かが出てしまう。監査官の間では常識だ。
非難の視線を送るエージュに、ソエルはくすっと明るく笑った。
「だってエージュ新しいミッション早く探したいんでしょー。探してていいよー」
「な……」
ひらっと手を振り、ツインテールを揺らしながらソエルは受付の行列の最後尾に向かっていった。
取り残されたエージュは、憮然とした表情でソエルを見送る。
……間違ってないだけに言い返せなかった。ストイックと言えば聞こえはいいのだろうが、そうではないことを自覚している。どちらかと言えば、強迫観念に近い。反抗心が首をもたげるが、任務の受理にも時間はかかる。
ため息と引き換えに、素直にソエルの提案を受け入れておく。悔しいが、ソエルの方が、常に一枚上手だ。
壁際に備え付けられた巨大モニターに視線を移す。モニターの脇には、数台の操作端末がある。モニターに表示されているのは、ランクごとの仕事の総数。
詳細は端末で確認し、任務を引き受けるのが基本的な流れ。受理は機械操作で完了するのだが、終了報告は口頭報告が義務付けられていた。それゆえの長蛇の列。正直、エージュは報告が苦手だった。
「さて、と」
エージュはモニターの前に立ち、状況を確認する。仕事のランクといっても、実に複雑な要素が絡む。その為、いつも選ぶのには時間がかかるのだ。
モニターの左側半分は、ゲートパスランクごとに分けられた任務数。右側半分は、監査官レベルごとに分けられた任務数がそれぞれ表示されている。要は、行き先による区別と、腕前による区別だ。
「中級前期で行くか……Cランクゲートバスで行くか……」
いつも頭を悩ませる部分だ。監査官レベルで考えれば、少なくとも失敗は抑えられる。ランクパスで考えると、難度が高くなる場合もある。
……いずれにせよ、エージュの判断基準はいつも一つだ。
討伐、渉外、管理。それぞれの総数を確認。上級あるいはランクAパス以上なら、確実に三種類揃っている。だが、エージュは中級後期で、ランクはB。ソエルと任務をするとなると、ソエルのレベルに合わせる必要があり、どうしても中級前期かランクCだ。
どのみち、三種類の仕事から自由に選べることはほとんどない。今日も中級後期も前期も、討伐だけだ。たまに渉外があればいい方。管理があることは、奇跡的と言っていい。
片や高ランクを見てみると、別世界だ。ほとんどが渉外か管理で埋められている。いずれの担当監査官も少ないのに。いや、少ないからこそ、減らないのかもしれない。
(クオルさんは、また任務に行ってるんだろうか)
外見的には丈夫そうには見えない、線の細いクオル。それが管理の最前線で、薄氷の上を歩くような危険な任務を引き受けている。
エージュは、その背中をずっと追い続けていた。監査官として生きることを決めたときから、ずっと。クオルのようになりたいと願い続けて、この道を無心で歩き続けている。
ただ、ひたすらに。
「……うっわ。今日もめちゃ混みじゃん」
背後からの声に思わず振り返る。
エージュの後ろに三メートルは離れているにも関わらず、小さな少女が腰に手を当ててモニターを睨んでいた。右側の高い位置でグレーの髪を結ったサイドポニー。ふと、視線がかち合った。
「……何?」
不機嫌そうに眉をひそめた少女。どうやら、何か気に障ったらしい。
「あ。分かった。キミ、こんなちっさい美少女が何してんだこんなとこで、とか思ったんでしょ」
「は?」
思ってもいない事を少女は言う。しかも自らを美少女とあっさりと言ってのけた。
その自信過剰ぶりに若干エージュは引く。可愛くないのかと言えば、そうではないが。少女は鼻を鳴らして、つかつかと歩み寄り、エージュのポケットからゲートランクパスを引っ手繰った。
「ちょ、おい!」
身分証でもあり、エージュにとっては誇りでもあるゲートランクパス。慌てて取り返そうと手を伸ばすも、ひらりと体を回転させて、少女はエージュの手を躱す。
「ふーん。何だ、中級後期のひよっこか」
「な……!」
ひよっこ、と鼻で笑って少女はぽいっとエージュのゲートランクパスを放って返した。慌てて掴み、ほっとすると同時にエージュは少女を睨む。
しかし、少女は腰に手を当て、不敵に笑っていた。完全に馬鹿にしていた。
「君、仕事選んでたでしょ」
「……ここはそのための場所だろ」
「違うよ。やりたいかどうかで選んでたでしょってことだよ」
ずばり指摘され、エージュは言葉を飲み込んだ。その様子に、少女はにやっと笑う。悪戯をする子供みたいに。
「君、何探してたの?」
「管理」
少女の不遜な態度に腹が立ったエージュはぶっきらぼうに即答する。少女はくすっと楽しげに笑う。
「へーぇ。志が高いのか馬鹿なのか、判断に困るね」
ぐっと拳を握りしめて、エージュは耐える。こんな子供みたいな外見の相手に、感情をあらわにするのは負けなような気がするのだ。
「仕方ないな」
少女はエージュの脇を抜け、操作端末へ歩み寄る。慣れた手つきで任務を選択する少女。
不意に、エージュの端末にメールが届く。胸ポケットから取り出し確認すると、指令書だった。
「それ、君の仲間がいるならその子にも送っていいよ」
少女の声に顔を上げる。見れば少女がこちらに視線を向けて笑みを浮かべていた。
「渉外上級任務。任務を選んじゃうような生意気な監査官に、本当の現場を教えてあげる」
暗く微笑む少女に、エージュは背筋がすっと寒くなる。本物だ。
「じゃ、また任務日時にね」
ひらっと手を振って、少女は硬直するエージュを残して、去っていった。
通信端末を握るエージュの手は、かたかたと小さく震えていた。少女の放った本物の殺気と威圧感に、体が反応しているのだ。
「……あれ、エージュ、どしたの? 怖い顔して」
馴染んだ声に、エージュはハッと我に返る。
同時に震えが収まった。ひょいっと右側から顔をのぞかせたソエル。
その当たり前の存在に、エージュは思わずほっとした。
「任務、決めた?」
「ああ……決めさせられた」
「何それ」
一つ大きく深呼吸をして、エージュはソエルに説明をする。
渉外上級任務への同行。ランクパスレベルはA。貴重な経験と言えば、そうなのだが。
「……なんか、嫌な予感がするよ?」
ソエルの意見に、エージュも同意せざるを得なかった。何しろ記載されている任務が、耳慣れないのだ。
初回渉外。恐らくは、上級以下の監査官は、見たこともないだろう任務だった。