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循環世界は彼方に夢を見るか?  作者: 翡翠しおん
第一章 Lost Garden
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第二話 especially

「わわっ、エージュストップ!」

 不意に、ソエルがエージュの腕を掴んで引き止めた。次元総括管理局本部――通称、本部――にある、転送室と呼ばれるゲートシステムの存在するフロア。

丁度二人は、そこから出てきたところだった。怪訝そうにソエルを見やったエージュだったが、ソエルに引っ張られ、転送室へ続く扉の影へ。そっとソエルが外を覗いているのに眉根を寄せ、エージュも外を窺う。

 ぞろぞろと歩いている一団。年齢も、種族も、雰囲気も、それぞれが異なったまとまりのない集団だった。

 不意にエージュは一人の少女に視線が引き寄せられた。肩ほどまで伸びた艶のある黒髪を歩みで揺らす、まだ年端もいかない幼い少女。その胸元に飾られた、銀の球体のブローチ。

「……議員?」

「みたいだねぇ。会議がちょうど終わったんだー……危なかったぁ」

 正直、何が危ないのかはエージュには分からない。ただ、正面切って出くわすのはあまり好ましくないのは確かだった。

 彼らは、魔導評議会と呼ばれる管理局の指導者的立場にある役員だった。全十三名で構成された、それぞれが特別な能力を持つとされる世界最高峰の機関。言うならば、二人にとってはるか上の上司。流石に、その前を素通りは出来ないという判断だ。

 やがて、議員は二人の視界から見えない位置へ去って行った。ふう、とソエルが大きく息を吐く。

 知らずエージュも緊張していたらしく、首が強張っているのに気づいた。

「本物って初めて見た。……全員じゃなかったぽいけど、何か凄いねー」

「そうだな。できれば、あまり関わりたくはな……」

「――どうして、隠れてるんです?」

 不意に背後から掛けられた声に、エージュとソエルは勢いよく振り返る。

 

――そこには、驚いた様子で目を丸くする金髪碧眼の人物がいた。

 そしてその人を、エージュはよく、知っていた。

「クオル、さん」

 白い法衣を纏い、柔らかく光を通す金髪。エージュがその名を絞り出すように呼ぶと、ふわりとクオルが微笑んだ。

 その笑みは、ソエルの浮かべる種類の笑みとは異なり、どことなく儚い。

「本部でかくれんぼ、ですか?」

 紡がれた言葉は、緊張感とはかけ離れていたが。

 微かに首を傾け問いかけたクオルに、エージュは慌てて首を振る。

「違います。その、隠れてたのは……ちょっと」

「ちょっと?」

 不思議そうにエージュの瞳を覗き込むクオルに、エージュはそれとなく視線をそらす。どうも、その目に見られることがエージュは苦手だった。

「クオル様、困ってらっしゃいますよ」

 笑みを含んだ声で口を挟んだのは、クオルの傍らにいる青髪の青年だった。年の頃は、二十代に差し掛かった頃。並ぶクオルとは、頭一つ分違う。

取り立てて容姿に優れている要素を持つわけではないが、その体格に不釣り合いな大柄の剣を携えているのが目につく。

「そっかー、エージュも人並みに照れるんだねぇ」

 エージュの傍らのソエルが唐突にそう呟いた。実に感慨深げに。エージュは呆れから、深いため息をついた。

「ソエル。お前、勘違いしてるだろ」

「え? そんな事ないよー。嫌だなぁ、エージュってば照れ屋さんなんだからー」

 けらけらと笑って、べしべしエージュの腕を叩きながら、ソエルが返す。だが、それはエージュから言わせれば、確実に勘違いをしているタイプの返答だった。

 エージュは明確に首を横に振って、ソエルに告げる。

「……クオルさん、男だからな」

「嘘でしょ⁈」

 声がひっくり返ったソエルに、一瞬身をすくませたクオル。

 平均身長よりは下回り、下手をすればソエルよりも小柄で線が細い。気品漂う白い法衣を難なく着こなす美人な少女だと、ソエルは確信していたのだろう。態度でわかる。それを、エージュはいとも簡単に否定した。態度に出やすいソエルだ。愕然としない、理由がない。 

苦笑いを浮かべたクオルは、唖然としたソエルに一つ頷いた。

「よく言われますが、嘘じゃ、ありません」

「……そうなんだ……」

 何故かがっくりと肩を落としたソエルに、エージュは冷ややかな視線を送る。小さくため息をついて、エージュはツインテールを力なく垂らすソエルへ告げた。

「もう行くぞ、ソエル」

「うー。……あ、じゃあせめて自己紹介しなきゃね」

 ぱっと顔を上げて、ソエルは笑顔を見せる。

「ソエル・トリスタンです。一応、エージュと組んで仕事してます!」

「初めまして。クオル・クリシェイアです。それから……」

「ブレンと申します」

 ちらりとクオルが視線を寄越しただけで、するりと言葉を紡いだ青年。寸分たがわぬタイミングだった。思わずソエルは苦笑する。

「あはは、お嬢様と執事って感じだねー」

「まぁ……近いものではありますけど」

 肯定したブレンに、若干不服そうにクオルが視線を寄越した。その視線に気づいたブレンがわずかに表情を凍らせる。

「あ、いえ。あの……言葉のあやと言うものですよ、クオル様」

「……知りません」

 ぷいっとそっぽを向いたクオル。どうやらクオルの機嫌を損ねたらしいブレンの頬を、冷や汗が流れ落ちた。

「……修羅場だ。修羅場だよ、エージュっ!」

「いやだから、違うから。ソエル、火に油を注ぐな」

 目を輝かせるソエルを咎めながら、エージュはそっぽを向いているクオルに視線を向ける。

 そういう姿を見せたクオルは、エージュの前では初めてだった。少し意外、というのがエージュの率直な感想だ。

「……クオルさんは、仕事が終わったんですか?」

 エージュの問いかけに、クオルは視線を合わせて、一つ頷いた。拗ねていたのが嘘のように。

「はい。最近、忙しいんですよ」

 そう返したクオルが浮かべた笑みは、疲労の色は映していない。最も、エージュはクオルが疲弊している所など、見たことがなかった。

 それくらい、エージュにとっては、クオルは教官のジノ並みに、高いところにいる人物だった。

「いつか、必ず……俺は管理監査官になります」

 エージュの言葉に、クオルは一瞬表情を失った。

 その意味は、読み取れない。クオルを見つめたまま、エージュは自身へも言い聞かせるように言葉を続ける。

「それが、俺が今も生きてる意味だって、思うから」

「そう、ですか」

 クオルは歯切れ悪く頷いて、小さな笑みを浮かべた。だがそれは、どこか痛みを堪えたような気配を滲ませている。それがエージュの中で引っかかった。

「無理は、しないでくださいね」

「はい」

 頷いたエージュに、クオルは静かに頷き返して、未だ一人凍り付いているブレンへと視線を向けた。くす、と小さく笑って、クオルはブレンへ声をかける。

「さ、行きましょうか、ブレン」

「あ、はい!」

 我に返ったブレンは即座に頷き、歩き出したクオルを慌てて追いかけた。

 ソエルとエージュは、黙って遠ざかっていく二人の背中を見送る。頭一つ分違う、どこか兄弟のようにも見えた。

「……エージュにとっての特別は、あの人なんだねー」

 不意に、ソエルが零す。

 その発言が理解できず、エージュが視線でソエルに問いかけると、ソエルはぴっとエージュに指を突きつけた。

「でも、それじゃ駄目だよ、エージュ。理由はね、ちゃんと自分の物にしなくちゃ」

「は……?」

 ソエルの言葉の意味が、エージュには理解不能だった。くすっと楽しげに笑って、ソエルは手を下ろす。

「そのうちわかるよ。……でも」

 爪先でターンして、ソエルはエージュに背を向ける。ふわっと広がった髪が重力に引かれていく。

その様子をエージュが眺めていると、ソエルが肩越しに振り返った。

「それが、エージュにとって遅くないことを祈ってるね」

 あまりに不明確な物言いに、エージュは若干苛立ちを覚える。ソエルは基本的に、頭が切れるタイプだった。だから、何かしら先ほどの様子から汲み取ったのだろう。

 だが、エージュは分析されることが、好きではなかった。だからこそソエルの発言を無視して、素っ気なくエージュは促す。

「……とっとと、報告に行くぞ」

「そだねっ」

 普段は頼りになるソエル。だが、時折厄介に感じてしまう自分に、エージュは嘆息した。

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