第七話 王への道
王の魂を肉体へ引き戻すための、作戦。
死の概念が、世界ごと違うのは仕方ないとはいえ、王はいくらなんでも異常だった。
通常、心臓が止まって生体活動が停止した瞬間を死と定義づける世界は多い。魂を観測できる世界であれば、その魂が肉体から離れた場合が死であったりもするが、それでも魂と肉体の間には「糸」があるのだ。これが切れた後、生き返った例は、今までにない。そもそも、その状態で肉体が活動停止をしていないことが、驚愕の事態でしかないのだから。
常識など、王には通じないのだろう。
「王って、イメージと違いますねー」
準備をアルトが進めてくれている間、それぞれが一旦休息をとっていた。
ソエルはさすがに連れていくには無理があるとのことで、この部屋で待機し、防御を担当することになった。
何の、とはさすがに聞けなかった。恐らく何かしら議会に背いた行動なのだろうから。
じっと王たる人物を見ていたソエルに一瞥寄越し、エージュは無言で頷く。
「神様って、意外と近いんですねぇ」
「……ここまで言っていいのかは明確ではありませんが……王は神ではありません。この世界構造を生み出した神が管理させるために置いたポストが『王』なんですよ」
「え⁈ それじゃあ、人が人を管理してるのと同じ⁈」
ソエルが声を裏返して叫ぶ。
エージュにとっても、衝撃以外の何物でもなかった。
神である王が支配しているからこそ、その影響は絶対だった。だからこそ世界の崩壊をあえて受け入れているのだから。
今のクオルの言葉はそれを根本から覆そうとしていた。
「アリシアが言ってたろ。世界の本当の世界から目を背けているって」
アルトは魔力供給用魔方陣を準備しつつ、そう口をはさむ。
ソエルが視線を向けたが、アルトは手元の陣に目を向けたまま続ける。
「実際は、王は人っていう枠からは外れてる。でも、確かに王は『どこかの世界で生きていた』。だから……その構造は、真実ゆえに、禁忌なんだ。認めるのが嫌なんだ。人が人を支配して、王の一存で世界は変わる。王の掌でしか生きられないのが、怖いんだろうな。神ならよくて、王なら駄目な理由は俺にもわからないけど」
アルトの言葉で重い沈黙が訪れる。
だが、考えてみれば、おかしなことはいくつもあったわけだ。
次元総括管理局が、ゲートというシステムを扱えたこと。今が、『第四王政』のもとにあること。エージュの世界が、時間を操作してまでも生き残ることができたこと。
王が、完全な存在ではないことが、とうに示されていたのに。
そのための管理局だ。神は完全であり、それが王であると信じて、疑わなかった。
……あるいは『疑いたくなかった』のかもしれない。その方が、楽なのだから。
「……アルト様、聞いてもいい?」
ソエルがぽつりと声をかける。
アルトは一瞥寄越し、そっけなく返した。
「答えられることならな」
「王って、誰が選んでるの? 神様の、きまぐれ?」
「……輪廻の輪、最終階層に何があるか知ってるか?」
「……輪廻の輪?」
知らない言葉だった。
分からない、という風に首を傾げたソエルに、アルトは渋い顔をする。
それからジノに問いかけるような視線を向けた。
ジノは苦笑して、首を振る。
とんとん、と頭を指さして、ジノはアルトの疑問に返した。
「エージュもソエルも、こっちより、実技命だからさ」
「……じゃあ、しょーがねーな。今度勉強しとけ。お前、頭切れそうだからすぐわかるだろーし」
「ええー!」
「そのあたりは、時間さえあればそのうち教えてやれる。今は、こっちが優先だ」
とん、と床に広がる魔法陣を爪先で示して、アルトはソエルの言葉を遮った。
流石にソエルもそれ以上の質問は口にしなかった。
魔法陣が薄く光を発している……準備が、整ったのだ。ふわりと、気配が動いた。視界の隅でも、目についてしまう白。
まるで引力でもあるかのようだ。知らず、視線を向けてしまう。じっと座って体力を温存していたクオルが動いた。
魔法陣の傍に立ち、クオルは優雅に微笑んだ。
「では、最後の作戦会議といきましょうか」
その笑みは穏やかだったが、その言葉は空気を一気に緊迫させる。
作戦の概要は単純といえば単純だった。
まずは、エージュの能力でもって、時間を逆走させる。
『王』の記憶に干渉するには、少なくとも魂と肉体がつながった「糸」のある状態まで遡らなければならない。
記録は脳に集積されるが、記憶は魂に刻まれるものだから。
そのうえで、王の記憶に干渉する。
王が何故今の状態になったかを知るために。そして、それを解決する手段を見つけ出すために。
エージュの役割はとにかく時間を示された時間まで戻すこと。
今は、それだけ考えればいい。
「魔力はエリスから、供給されます。心配しないでください」
「エリスって、ゲートの源の一つですよね? いいんですか? そんなこと勝手にして……」
「エリスは僕でしか制御できませんから」
さも当然とばかりに返すクオル。
ゲートの源となれば、それは王の右腕的立場だろう。そんな存在を制御する、というのは妙な話だ。
「アリシアも、エリスも自分だけじゃ制御しきれないんだよ。源泉はあくまでそれだけだ。方向性は決められない。だから、契約者がいる」
「その契約者、っていうのがクオルさんなんですか?」
ソエルが確認を取ると、クオルは静かに頷いた。
「だから、ゲートを使わなくても移動できるんだ……」
納得したように、ソエルは二度三度と頷く。
だが、その頭の中ではまだまだ解消されていない疑問が混沌としているはずだ。
しかし、時間もない。
だからこそ、エージュは最低限確認すべきことを尋ねる。
「エリスから供給されるってことは……」
「いくつかの世界は犠牲になる可能性は高いですね」
エージュの問いを先回りして、きっぱりとクオルは告げる。
予想はしていたが、いざ言葉にされるときつい。
ゲートが世界を維持する一助ならば、維持不能となった世界が崩落するのは想定される被害だ。
でも、それはエージュの理想とは大きくかけ離れる。エージュは拳を強く握りしめて、黙り込んだ。
躊躇、する。
「だとして、ここで貴方がしないのであれば」
こつ、とクオルが近づく。
エージュは視線を合わさないようにそらして、その言葉から逃げる。
「すべての世界は崩落するだけです。それは、貴方の望む世界の形ですか?」
卑怯な人だ。つくづく、そう思う。
そういわれたら、覚悟を決めるしかないことを分かっているのだろう。
世界が崩落するのが嫌で、監査官を目指した。あと少しまで、手が届いたのだとばかり思い込んでいた。
でも今から自分が成そうとしていることは、世界を壊してでも、世界を守るという相反したもの。
それは本当に、悔しい結末だ。




