第四話 2
「落ち着いたか? ソエル」
「はい……安心したら、つい……」
ソエルはジノに励まされながら、ようやく落ち着きを取り戻していた。目元をそっと拭いながら、深呼吸している。
そんなソエルの様子に安堵していたエージュは不意に思い出す。
「クオルさんは……何か知らないんですか? あの人なら、何か……」
「ああ……あいつは、議会に呼び出し受けて…………え?」
不意にジノが気の抜けた声をあげる。
何事かと二人が視線の先を追うと、黒髪の少年がいた。ベージュのコートに、紺色の学制服。
医務室前のソファに座っていたが、瞳はうつろだった。女性が医務室を開けて、中に入っていく姿が見える。看護婦、だろうか。
本部の医務室が使用されていることが少ないので、その存在も知られていない可能性はある。今回の件で、負傷した監査官かもしれない。
だが、エージュの中では少し妙な胸騒ぎがしていた。
「どうしたんだろ……」
「っ……!」
ぽつりと呟いたソエルを残し、ジノが唐突に歩き出す。
医務室の方へと。
エージュたちは一瞬呆気にとられ、やや遅れて我に返ると慌てて追いかけた。
ジノの様子は、明らかにおかしい。どこか、追い詰められたようにも、見える。
小走りで追い掛けたエージュたちの前で、ジノは、黙って少年の脇に立つ。しかし傍らに立っても、少年は何の反応もしない。
明らかに、表情に生気がない。
「すば、る?」
不意に、ジノがそう零した。
しかし、無反応。
エージュとソエルは互いに不安げな顔を見合わせ、ジノの様子を見守っていた。
ぎゅっと手を握りしめ、苦しげにジノは問いかける。
「……すばるじゃ、ないのか?」
「教官、知り合い……ですか?」
ソエルがそっと問い掛けたが、ジノは答えなかった。
それどころか、ジノは……震えていた。
様子では、誰か知り合いなのは間違いない。だが、おかしい。
それは、久しぶりに会えた、というような前向きな雰囲気ではなく……怯えているように、見えた。
「ちょっと。何してんのよ」
強い口調が、重苦しい空気を切り裂いた。
医務室から出てきた女性だった。長い髪を一つにまとめた、化粧っ気のない気の強そうな女性。
緑のニットセーターに黒のショートパンツスタイルの女性は不機嫌そうな表情で、それぞれをぐるりと見やる。
「病人は晒しもんじゃないの。仕事の邪魔よ」
容赦なく言い放つ女性は、腕を組んで眉をひそめている。
しかしジノが動く気配はなく。
エージュは何か話題点はないかと視線を彷徨わせる。
女性は、ネームプレートを首から下げていた。
『調査課 ラナ・シグルフォード』
調査課の人間が、医務室の管理も兼務しているのだろうか。
首を捻っていると、ラナと言う女性はジノへ視線を向ける。
「……あんた、何?」
ジノの只ならぬに様子に、ラナが問いかける。
顔を上げたジノは少年とラナを交互に見やった。
痛みを堪えたような表情で、ジノはラナへ問いかける。
「すばる、なのか?」
「何をもってして、そういってるのかよくわからないけど。あんたが指示している人間が『六連すばる』であるなら、その通りよ」
「……やっぱり、そうなんだ」
寂しげに、ジノが呟いた。
ジノの様子に、ラナが幾分空気を和らげた。
労わっているのだろう。組んでいた腕を下ろし、ラナは尋ねる。
「知り合いだった?」
「……ん。まぁ」
何故か過去形で問いかけたラナに、ジノは頷く。
そのやり取りはどこか、妙だった。
だがその違和感の正体は、エージュには分からない。
「悪いわね。見ての通りの状態だから。少し休ませるのよ」
「少し、ついててもいいか?」
「……好きにすればいいわ」
了承し、少年の体を支えながら、ラナは先へ入っていった。
ジノはエージュとソエルを見やって淡く微笑む。その表情は、酷く憔悴していた。
「悪い。俺少し、ここにいるから」
「あ……はい。なにか動きがあったら、教えますねっ」
ソエルが笑顔でそう返すと、安心した様子でジノは頷き返し、迷いなく中へ入っていった。




