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循環世界は彼方に夢を見るか?  作者: 翡翠しおん
第一章 Lost Garden
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第四話 3

 ソルナトーンの回収は、局地的に集まってはいないらしく、次に向かう場所は距離的に離れていた。

 徒歩で行ける距離ではない。どうするのか若干不安に感じていたが、クオルはさも当然のように空間転移の魔法でもって、その距離をあっさりと縮めた。歩く道は先ほどの山道とあまり変わらないが、太陽の位置や見える山の向きが変わっている。

目的地は通信端末に記録してあるらしく、クオルは時折足を止めて、確認していた。

「なんかもう、流石としか言いようがないなぁ」

 ぽつりと、ため息交じりにソエルが零す。隣を歩いていたエージュは一瞥寄越し、相槌を打った。

「……そうだな」

 空間転移の魔法はゲートパスを使用した転送とは異なる。空間転移は大量の魔力を消費する上、そもそもコントロールが難しい。その空間転移を、自分以外に三人も連れていくなど、桁違いだった。圧倒的過ぎて、賛辞すら出てこないほどだ。

「それくらいじゃないと、特級監査官にはなれないのかなぁ」

「教官はそれだけじゃないって、言ってたろ?」

「そうだけど……でもやっぱり、突出してる何かがない人って、特級じゃないよ。教官だって魔法凄いもん」

 さすがにそれを否定する言葉はなかった。

ジノは、コントロールがとんでもなく上手い。同じ魔法でも、そこまで精密なことが出来る人に出会ったことはない。

 クオルも、同じように何か突出したものがあるのだろう。転移魔法など程度では済まない何かが。

「あ、あれですね」

 道端に綺麗な花でも見つけたかのようなトーンだった。

 クオルは空を示している。その先を辿ると、巨大な羽を広げて上空を舞う鳥がいた。

 こちらを威嚇するように視線の先をこちらに向けながら、青空を旋回している。

「あれって……あの鳥ですか?」

「はい。見えますか? 左足です」

 言われた左足を注視する。

先ほど見たソルナトーンと同じ、翠の結晶。左足そのものが、結晶になっていた。

「えーっと……てことは」

「ええ、そうですね」

 それがこの場所でなかったなら、見惚れるほどの笑顔でもって、クオルは頷いた。

 ついに限界を迎えたらしい巨鳥が一度上昇し……こちらへ向かって急降下を開始した。

「下がっていてください」

 クオルはそう告げて、その手に月の形を模した杖を何もない空中から取り出し、握った。

 エージュと同じ武器携行スタイル……時転武器だ。

 思わぬ共通点に、エージュは沈んでいた感情が少しだけ浮き上がる。まったく手の届かない、別次元に住んでいる存在ではないと思えて。

 そんな思いを他所に、手慣れた様子でブレンがクオルとの間に立つ。

ブレンがソエルとエージュを下がらせ、クオルは一人巨鳥を見やる。

距離を瞬く間に縮めてくる巨鳥を見上げるクオルの様子は、その外見からは考え付かないほど慣れていた。

 すぅっと短く息を吸って、杖の先を迫る怪鳥へ向け、クオルは叫んだ。

「……四元の章 氷の章!」

 ばきんっ、と空気を震わせるほどの音が響き、一瞬で周囲が白くなる。

空気中の水分が凍り付いたのだ。温度差で生じた風がこの空間に舞い込んで、白い霧を打ち払う。その先で、空中で停止していた巨鳥が見えた。

 凍り付いた巨鳥はごとりと地面に落下し、そのまま動くことはなかった。クオルは小さく息を吐くと、振り返って笑顔を見せる。

『怪我はありませんか?』と。


◇◇◇


三つ目を回収するために出向いたのは、そこからほど近い小高い丘の上だった。丘へ向かう坂道からは、人々の暮らす街並みが見えた。箱形の建物が並び、長い煙突からは薄く黄色に色づいた煙がたなびいている、そんな街並み。

「……魔力の残りカスが目に見えるなんて、すごいな、あれ」

「ほんとだねー」

 独特の薄黄色の煙からは、微かながら魔力が漂っていた。目に見えるほどの残滓が見える魔力であるなら、相当の魔力を凝縮している。

そんな見慣れない光景にソエルと二人して感心していると、クオルは静かに首を振った。

「……この世界は何のために、あんなに魔力を凝縮しているか、想像できますか?」

「え? いえ……」

 魔力そのものを凝縮しても、魔法が発動するわけではない。燃料代わりに魔力を使う世界もあるが、この世界はそれほど魔法が発展していないようだった。もっと魔法に溢れている世界なら、魔力の残滓がそこかしこに残っている。

 だがそれもない。

 エージュの持ちうる知識では、目的が浮かばなかった。

 クオルは酷く寂しそうにエージュに微笑んだ。

「箱舟を作るため、だそうです。この世界の資源が底を尽きそうだから、他の世界に渡るための船」

「他の世界って……そんなこと、できるの?」

ソエルはおびえた様子で尋ねる。

確かに、ゲートパスがないままに、世界を渡った話などエージュも聞いたことがない。ゲートシステムを使用するからこそ世界を渡る際の安全を確保しているのだから。

クオルは横目でソエルを見やり、首を横に振る。

「分かりません」

「で、でも、しそうだったら監査官が止めるんだよね? あっ、それも管理の仕事の一つなの?」

 そもそも、監査官とはそう言ったことも含めて管理しているはずで。

だがクオルは答えなかった。

いや、正しくは……答えたくなかったのだろう。後になって、この時の沈黙の向こうにあった『結末』に気づかされることになる。

世界に住む命を守ることと、管理監査官の任務。それは決して、同じ結末を選ぶことには、ならないのだ。

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