第1話 優勝したら異世界だった。
「今大会の優勝者は、愛知県代表の『るな!?』さんです! おめでとうございます!」
「ありがとうございます」
観客が盛り上がっているのが聞こえる。ここは、東京都の某所。ここでは毎年開かれる音ゲーの大会が開催されているのだ。
俺は少し恥ずかしいながらも、舞台の上で観客に向かって手を振った。
「いやー。素晴らしい試合でしたね〜。では、何か感想をどうぞ!」
感想か……。考えていなかったなぁ。まあ、定型文で問題ないだろう。
「ここまでこられたのも応援してくださった仲間やら近所のゲーセンの店員のおかげです。本当にありがとうございました!」
さらに観客が盛り上がっているのがわかった。俺はそれをじっと見ているのが怖くて、深々とお辞儀をして顔をそらした。
「なるほど。素晴らしいですね。では、るな!?さんには優勝商品として、この先永遠に様々な音ゲーをプレイする権利が与えられます」
「本当に助かります! ありがとうございます!」
大会に出た理由は2つ。単純に自分の実力を図りたかったのと、そしてもう1つこれが欲しかったのだ。
「本当に助かります! ありがとうございます!」
店員がチケットのようなものを差し出している。俺はそれに近づいて受けとった。
なるほど。ただのチケットのように見えるが、これをどうやって使ったら……。
次の瞬間、頭痛が走る。頭を押さえて地面に倒れこむ。やがて、俺はあまりの痛みに意識を保っておられず、そのまま気を失ってしまった。
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「……ええと。ここは……」
あたりを見渡すと、見慣れた建物は1つもなかった。灰色の壁に、土色の屋根。目の前に広がるのは古風な街並みだった。
「……異世界か?」
真っ先にそのことを思う。やはり高校生として、異世界には憧れるものだ。
「いやいや、単純に過去に飛ばされたってだけかも……。ってどっちもありえねぇよ!」
その大声に周りの人たちの目が向けられる。
やべっ。やっちまったな。……とりあえずここから離れるか。
しばらく歩くと、市場のようなところに出た。
ふむ……。見たところおかしな点はないようだ。あまりにも変わったところがない。
「単純にドッキリてのがありえそうだな……。だが、俺にこんな大掛かりなドッキリを仕掛けてなんのメリットがあるんだ?」
市場に並んでいる品物もよく確認してみるか。
1つの店に近づくと、そこの店員が明るく出迎えてくれた。
「へいっ! いらっしゃい! ランクカードを確認させていただきますね!」
……ランクカード? そんなものは持ってないんだが……。
そのことを店員に伝えると、店員はしっしっと俺を店から追い払った。
……ランクカードってなんなんだ……。
そんなことを悩みながら、近くにあったベンチに座る。幸いベンチの周辺には誰もおらず、特に何も考えずに座ることができた。
「わけがわからないことが多いな……。とりあえず街の中心の方に向かうか? 見たところ円村を大きくしたような街だしな。中心に行けば広場かなんかがあるだろうな」
立ち上がって中心の方に向かって行く。街はどんどん賑やかになり、出店がちらほら確認できた。さすがに中身までは確認できなかったが。
中心に至ると、そこにはあまりにも異質なものが存在していた。
「大きいな……」
中心部には確かに広場があった。だが、それ以上にその広場の中心にそびえ立つ巨大なタワー。それは真っ黒に塗られていて、まるで何かを包み込んでしまうかのようだった。
その付け根では多くの人が、入り口のようなところから出入りしている。
なんだろうな……。この雰囲気をぶち壊すかのような巨大な建物は。
もっと近くに寄ってみる。付け根の部分から見上げると、東京タワーほどあるようだった。
見当もつかないな。中に入ってみるか。
ゆっくりと歩いて入り口に近づいていく。見るとその入り口は自動ドアのようで、そこを人々は自由に出入りしていた。
中に入ると道が3つに分かれていた。どの方向も目印はなく、さほど違いがなさそうだが……。ふむ1番人の出入りが多い真ん中を進んでみるか。
「しかし、よくこんな建物を造ったな。材料はなんでできているんだ? 鉄か? 普通ならコンクリートだろうけど……」
……あれ? なんだろうか。人が並んでいる。
奥の方を見ると人がずらりと並んでいた。その先には何やらゲートのようなものがあり、その脇に2人の人が立っていた。2人は甲冑のようなものを着ていて、まるでどこかの騎士のようだった。
あのゲートは怪しすぎるな……。くぐっていいものなんだろうか。とりあえず列に並んで待ってみることにした。
やがて自分の番がやってきたが、本当に潜っていいのだろうか、疑問に思い少し立ち往生した。すると、後ろから1人の女性の声が聞こえた。
「すみませーん! 早く通ってくれませんかー!?」
しまった。どうやら早く進まなかったせいで、列がさらに混み始めているようだった。
「すみません!」
とりあえず後ろから注意をしてきた少女に謝り、ゲートをくぐろうとした。ゲートからは何かを吸い寄せているような音がしていた。その音に気を取られながらゆっくりとゲートをくぐろうとしたその時、ゲートの音はピタリと止み、代わりに警報音が鳴り響いた。
『不適合者です! 不適合者です! 直ちに引き返しなさい!』
……は?
次の瞬間、ゲートの近くにいた2人の騎士に取り押さえられた。
「君! ランクカードを見せなさい。ここはランクが一定以上の人しか入れないんだぞ!」
そう言って甲冑を着ていた男は顔を近づけてくる。
しばらくすると、甲冑を着ていた男は首をかしげ、頭の兜だけ外して、もう一度近づけてくる。
「は?」
その男は素っ頓狂な声を上げた。
「君! ランクカードはどうしたんだ!」
「そもそもランクカードってなんですか?」
「……は? ランクカード自体を知らないというのか? どうなってるんだ……」
「それなら記憶喪失か、放浪者のどちらかだろう」
もう1人の甲冑の男が言う。それに反応して、前の甲冑の男はさらに驚いたように声を上げた。
「そんな理由で、カードが無くなるんですか!?」
「ん? お前そんなことも知らなかったのか? カードは生まれた時から誰でも授かって頭の中にあるものだが、それは記憶の上に成り立ってるんだ。だから記憶を失ったものはカードがなくなるんだぞ」
ふむ。なるほど。どうやらこの世界ではランクカードが必要なのか……。そして、それは生まれた時に授かる、と。……あれ? これ詰んでね?
いや、まてまてまて。まだここが異世界だと確定したわけじゃない。落ち着こう。
「じゃあ先輩。とりあえずこの人は騎士団本部に連れて行けばいいですか?」
「まあ、規定に従えばそうだろうな」
「じゃあ連れて行きますか」
そう言って後輩であろう騎士は俺の腕を引っ張った。
そのまま、どこかへ連れて行こうとした時、何やら後ろの方で声が聞こえた。
「待って」
その声の方に振り返ると、先ほど早く通ってと、催促した少女が立っていた。
「なんだ?」
後輩の騎士が疑問を投げかける。それに俺もだ。なぜ呼び止められたのか見当もつかない。
「ん? もしかしてこいつの身内か?」
流石、先輩騎士といったところか、冷静に少女に尋ねる。
「身内じゃないわ。ただ引き取りたいの」
「し、しかし……」
「大丈夫よ。その人怪しい人じゃないもの。なんとかなるわ」
怪しい人じゃないって……。なんでそんなことがわかるんだ? 俺も初めて会ったんだが……。
すると、騎士は俺を引っ張っていた腕の力を緩めると、続けた。
「ランクカードを持っていないものは、本部に連れて行くのが規則だ。それを見ず知らずの人に渡すわけにはいかん」
すると、その少女は少し考え込んで、
「あ! その人らランクカードを部屋に置いてきたのよ! 取りに行ったらわかるわ! 取りに行かせて!」
「は? いやいや、ランクカードは頭の中に入っているもので、取り出すことはできんだろ」
「じゃあ、もしのその人の頭の中にランクカードを入れてこられたら、本部に連れて行かないようにしてくれる?」
「ああ、いいだろう。ただし、1時間以内だ。ランクカードを持っていないようなわけのわからないやつをそう長くは野放しにできないからな」
「わかったわ。1時間後必ずここに戻ってくるわ」
なんで、俺をほっといて話が進んでいるんですかねぇ……。まったく頭がついていけてないんだが。
「どうせ逃げることもできまい。ここの施設を使わなければ生きていけないからな」
ここの施設? どういうことだ? そんなに重要な施設なのか?
まあいいや。とりあえず。
「えっと……。ありがとう」
まずはこの少女に礼を言うのが先だ。
「いえいえ、どういたしまして」
そう言うと、すぐに俺の腕を引っ張る。騎士たちに引っ張られていたところが赤くなっていたが、その上から白い手が覆いかぶさる。そしてその少女はそのまま俺を施設の外まで連れ出した。
「とりあえず、座りましょう」
そう言ってその少女は近くの花壇を指差す。俺たちはその、少し高めの花壇を椅子にして座った。
「本当にありがとう。俺はカヅキ。よろしく」
すると、その少女は優しく微笑みながら、
「私はテュケーよ。こちらこそよろしくね」
そう答えて白くて長い髪を揺らした。
そこから甘い芳香が漂い、年頃の女の子の香りがした。
その美しさに少し見とれていると、テュケーはこちらを指差した。
「じゃあ、ちょっと質問してもいい?」
「……えっ!? あ、うん。いいよ」
やばいやばい。ぼーっとしてしまっていた。なんだこの子天使か?
「これからする質問の意味がわからなかったらそれでいいわ。正直に答えてくれたら嬉しい」
そう言うとテュケーはゆっくりと口を開いた。
「えーっと。まず1つ目、年はいくつ? あと、出身地も」
は? なんだ? ただの普通の質問じゃないか。もっと深い質問が来ると思っていたからなんだか拍子抜けだな……。
「歳は17。出身地は日本だ」
するとテュケーの顔が目に見えて明るくなっていった。
「じゃあ最後の質問よ」
は? まだ1つしか質問されてないんだが……。一体なんなんだこれは?
「あなた。異世界人ね」
そんなテュケーの言葉が耳を貫いた。
「は?……え?」
「隠さなくてもわかるわ。ランクカードがないなら、記憶喪失か異世界人しかありえない。名前と歳を覚えていたらら記憶喪失の可能性はないからね」
……嘘だろ。 いやいやいやいや、ちょっと待てよ……。俺が異世界人!? ってことはここが異世界ってことか。そんな馬鹿な!? ドッキリじゃないのか? なんだよこれ……。どういうことだよ。
「俺が……異世界人……?」
「十中八九そうね。 まず、ニホンって行く地名を聞いたことがないし、それにそもそもきているものもなんだか微妙に違うしね」
「じゃあ、ここは異世界なのか?」
「あなたにとってはね。多分だけど。私たちにとってはここが私たちの世界だから」
異世界だとしてじゃあどうして俺は呼ばれたんだ? 偶然か? いやいやそれとも何かの運命なのか。いや、まだここが異世界と決まったわけじゃない。そうだよ。ドッキリの可能性だって残っているんだ。
「じゃあ何か……何か魔法は使えるのか?」
「ええ。もちろん。簡単なのでよかったら」
そう言うとテュケーは俺に向かってまた指先を向けた。しかしよく見ると、指先の様子がおかしい。
「『せいでんき☆ぱにっく』」
「は?」
と、次の瞬間。パチッと音がなった。おでこのあたりが痛い。鋭い痛みだったがすぐに引いていった。
「こんな感じ? まあ、難易度1の曲だし、威力はほとんどないんだけどね」
問題は威力じゃないわ。これネーミングセンスだわ。なんだこれ。魔法か? ただの静電気じゃないのか?
「さてと。こんなことに時間を使っているわけにはいかないわ。1時間以内に戻らないと」
そう言ってテュケーは俺を腕を再び掴むと、裏の路地へと連れて行った。