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リビングデッドベイビーアモーレ

作者: 弁天町

 私は麻美。一児の母である。

 娘の名は春奈。現在は五歳。


 とても幸せな五年間であった。

 呼吸器に繋がれた春奈の息が聞こえている。

 今はおばあちゃんと二人で病院に来ている。


 四年前に旦那に逃げられ、三年前に春奈が小児がんを発症する。

 ここ一年はほとんど動けなくなり初め、次第に声もなくなっていく。体の大きさや体重は二歳児と同じくらいである。元々発達が遅かった春奈は言葉もあんよも遅くて心配していた。

 一番最初に覚えた「ママ、スキ」だった。それ以降、唸り声しか言わなくなった。


 とうとう今日の夕刻である。病院から電話があった。

 お母様の春奈ちゃんが危篤状態であると。


 家から車でおよそ三十分ほど。

 近くに住むおばあちゃんに電話で家をあとにすると告げて、冷や汗をかきながら乗りなれた軽の車のエンジンをうならす。


 いつも買い物に行く時には面倒くさそうにセルを回すが今日に限り全力である。そしてこういう日に限ってうんともすんともいわない。


 四十秒ほどシャリシャリいわすとようやく彼も本気を出してくれたよう。焦りが不安を倍増させ本当に汗が浸たってくる。


 彼はそれを察してくれたのだろうか。君が焦ったところで運命は変わらないよと。

 だから僕に乗る時くらいは一息つけよと。そうでないと君が死んじゃうよと。


 そんなもの何一つ聞こえないが額の汗を拭い、髪を縛り深呼吸。

 そう遠くない運命を受け入れる覚悟はしているつもりだった。

 気合を入れてハンドルを握るが一向にアクセルを踏めない。


 奥歯をガタガタ震わせながら何度も深呼吸する。

 勝手に涙が出る。車の中でただ一人。

 正直、行きたくない。でも生きたい。


 ハンドルに顔を埋め、胸の中で葛藤する。

 行きたい、行きたい、行きたい!

 愛する我が最愛の娘である。

 先生に訴えたこともあった。看護師さんにも迷惑をかけた。春奈にも怒鳴ったことさえあった。

「治してください!出来ることはなんでもします!春奈を助けてください!」

「春奈が目を開けないんです。生きようと、しないんです……」

「動いてよ。ママはこんなに愛しているのに!ママのことが嫌いなの?」

 辛いことばかり思い出す。育児なんてしなきゃ良かったと。

 子どもなんて産まなきゃ良かったと。


「ママ、スキ」


 ……私の辛いのとなんて春奈に比べてどれほど辛いだろうか。

 抗がん剤、手術、放射線、何でもしてきた。

 ごめんね。私も愛している。

 何も怖くない。


 会いに行くから待っててね。


 病院に到着するやすぐ春奈の病室へ。

 春奈は静かにその時を待っていた。私が来るまで。

 数分前は看護師たちもあたふたしていたという。

 程なくして電車でおばあちゃんが到着する。

 この時間がどれほど長く感じれただろう。


 小さな小さな春奈の手を握る。

 愛していると何度も呟く。


 そしてゆっくりとおばあちゃんと二人で春奈を看取った。



 その日はたくさん泣いた。

 おばあちゃんも一緒に泣いてくれた。



 翌朝、病院の玄関で春奈の写真を抱えた私は看護師さんたちと最後の別れを告げる。

「短い間でしたが本当にありがとうございました」

 関わってくれた多くの看護師さんたちが私たちを見送ってくれる。



 沢山別れがあったけれどいろんな人に助けられ本当は幸せだったのかもしれない。おばあちゃんも元気で色々私と考えてくれた。

 先生方や看護師さん沢山の人たちに支えられてここまで生きてこれた。


 でも時々こう思う。

 しんどい。


 四歳、五歳の子どもなのだが子育てという概念ではなくもはや介護の領域である。


 私が出来ることは私がやるようにしている。入院する前もしてからも。毎日、毎日めんどくさいことだらけで嫌になることがある。娘といえど汚いものは汚い。


 何のためにこんな事をやっているのかなんて思う事さえある。

 私の心に悪魔が住んでいて荒みきっているかもしれない。これ以上は口にもしたくない。


 なんでこの子は生きているのだろう。何の為に生きているのであろう。管で繋がれているだけで生きている実感なんてあるのだろうか。もしかしたら私が無理矢理生かしているのではないかと苛まれる事さえあった。


 動けない話せない春奈は何を思っていたのだろう。


 もしかしたら自由になれた今が幸せなのかもしれない。

 自由になれた私のように。

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