必死の無言作戦
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「は?」
俺は突然の出来事に思わず間抜けな声が零れる。
今、いったい何が起こったのか。
あまりにも速すぎて目で追うのがやっとだった。
それにしてもこの無表情女、ドラゴンの経験値が入って基礎身体能力がぐんと上がっているはずの俺でさえ、目で追うのがやっととは何とも恐ろしい。
「な、な……」
「ん、どうしたんだリリカ?」
リリカはこの無表情女を見てから、ずっと口をパクパクさせている。
「ち、ちょっとこっち来てください、はやく!」
珍しくリリカが慌てているように俺の腕を引っ張っていく。
「……それで?」
あの女から離れさせられたということは何か聞かれたくない話でもあるのだろう。
「それで?じゃありません!知らないんですか!?あの人のことを!?」
「知らんな」
確かに無表情を形作るパーツは整っているので普通に美人ではある。
タイプは違うが、元だけでいえばララとも張っているといっても過言ではない。
あ、もしかして有名なアイドルの一人とか、そういった方面の人間だろうか。
「………あの人、冒険者の中でもトップを争う実力者のうちの一人ですよ」
「え、あの無表情女が!?」
俺は思わず無表情女へと視線を向ける。
俺は女の細い身体に目をやりながら、そんなことが本当にあり得るのだろうかと考える。
女の身体は特に大きくもないし、小さくもない。
いたって普通の女の身体というものをしている。
ここまで考えてみて、少なくとも昔までの俺だったらリリカの言葉を信じなかったはずだ。
だが俺が今いるのは日本ではなく異世界である。
見た目と力が比例しないことくらいすでに学習した。
事実パーティーメンバーであるリリカは養女なのにオークの攻撃を生身で受け切っている。
それに今しがた見た無表情女の圧倒的なスピードとヴァンプをたやすく屠ったところを見れば納得せざるを得ない。
「…………」
そんなことを考えていると、件の無表情女はゆっくりとこちらへ向かってきていた。
「き、きましたよ!貴方が話してください、私には無理です」
「え、ちょっ!?」
きっとリリカにとってはこの無表情女は雲の上の存在なのだろう。
いつもは強気のリリカがまるで小動物のように俺の背中にひっついて隠れている。
「……あなたたち、冒険者なのよね?」
「あ、はいそうですけど」
無表情女は俺の後ろに隠れているリリカ、地面に倒れて気絶しているララに目を向ける。
「……そう」
無表情女はそれだけをうなずくと、目を細める。
―――――ならあなたはどうして本気を出していないの?
そう呟く無表情女の視線は、いつの間にか俺に注がれていた。
「……えっと……?」
無表情女による核心に迫る質問に思わず戸惑う。
これまで俺はパーティーメンバーであるララとリリカに自分の実力を隠してきた。
それは明らかに訳ありの貴族である、ララたち二人の問題に巻き込まれたくないと思ったからだ。
もちろん俺も大切な友達や仲間、そして信頼できる相手であるならば、別に隠したりはしない。
俺が自分のことを秘密にしているのは、今のところは二人がまだその関係にまで達していないという、ただそれだけのことである。
今回はそのせいで危なくはなったが、俺もその時は実力がバレることなど関係なく助けるつもりだった。
ただ今回はそれがタイミングがいいのか悪いのか、機会を奪われてしまったのだ。
無表情女はどうやったのかは知らないが、そんな俺の本当の実力を隠していることを見破ったのだろう。
「………」
ヴァンプに遭遇した時はさすがに実力をバラすしかないと思っていたがしかし、危機を免れた今、バラす必要がないのであればバラしたくないというのが本音である。
「……まぁ別に言いたくないならいいんだけど」
俺の必死の無言作戦が功を奏したのか、無表情女はそう呟くと再びどこかへと歩いて行ってしまった。
「……はぁ」
一応の危機を脱した俺は思わずため息を零す。
たかがオーク一体を討伐するクエストでここまで疲れるとは思わなかった。
今日は久しぶりに夜もぐっすりと眠ろう。
「……」
ただその時、服の裾をリリカが軽く握りしめたのを、俺は確かに感じ取ったのだった。




