機械になった、哀れな私(2)
すみません。未だに序章あたりなので、恋愛要素まだ出てきません。
次話あたりから、本格的に物語が始まります。
微睡んだ意識がゆっくりと覚醒していく。
頭が痛い。目の前が真っ暗だ。背中から柔らかい感触が伝わってくる。布団だろうか。
―――私、どうしたんだっけ。
スウ、と息を吸い込む。病室のような、独特の匂いがする。
此処は自宅ではないのだろうかと疑問を抱いた。
上手く回らない頭でぼんやりと思考する。
まず、目を開けようとした。重い瞼は震えながら開く。少し揺れる視界を左、そして右へと向けた。
真っ白い天井と硝子が見えた。
己を纏う周囲へと、目を凝らしてみれば自分は何やら卵形のカプセルのようなものに入っていた。
――まだ、夢でも見ているのだろうか。
ぴくり、と指を動かしてみると、間接に痛みが走って、思わず眉を顰めた。
何か大きな勘違いをしているような気がして、身体を起こそうとする。下に肘を付いてまず上半身を起こす。すると、自分が何やら透明な液体に浸かっていたことに気付いた。
「……っ、」
は?と声を漏らすはずだったのに、喉から出るのは乾いた呼吸だけで、改めて自分の肉体に違和感を覚えた。
とりあえず体を起こしてみようと、筋力が落ちてしまったようにも思える、力の入らない腕を一生懸命に伸ばして、起き上がった。
ぷしゅり。何とも間抜けな空音が響いた。
途端に、どうやらカプセルの蓋だったらしい硝子が開いて、外の空気が流れ込んできた。久しぶりに空気に触れた気がした。
身を覆う倦怠感を無視しながら頭を振ると、今度は自分が裸なことに気が付く。
気のせいか、腰回りなどの余分な肉がスッキリと無くなり、足もスラリと、細すぎず太すぎず、綺麗な曲線を描いていた。
なんか、スタイルよくなってないか、私……?
そんな引き締まった自分の身体を見て、ボーっと真っ白になっていた思考が段々とクリアになり、徐々に働き出した。
「……っわタシ、」
絞り出した声はなんとも、酷いものだった。よぼよぼのお婆さんの方がよっぽとマシだと思えるほどに、掠れていた。
霞みが霧散した頭の中で次に生まれるのは、数々の疑問と混乱で。痛む米神を抑えながら私は必死に現状を把握しようとした。
すると、
『No.723、覚醒状態入りました。機体、脳波、接続線、共に正常。オールグリーン、健康状態確認しました』
「っ……」
唐突に、前触れもなく響いた声に、驚きの余り息を飲んだ。
吃驚した……心臓が今、思いっきり跳ねるような心地がしたぞ。
「っど、っヵら」
誰か居るのだろうか?
キョロキョロと再度周りを見渡すが、誰も居ない。影一つない、真っ白な空間に顔を歪めながら、私は体を縮こませた。
では、さっきの声の主は誰だ?
そんな私の不安に答えるように、声が再び反響した。
『おはようございます。篠原様。そしてようこそ、2500年へ。お目覚めの気分はいかがですか?』
丁重に紡がれる音声は、どうやら今しがた自分が眠っていたカプセルから発せられているようだ。
予想外の事態に頭が再び混乱の渦へと引き戻されそうになった。
「っ、え」
――いや、待て待て待て、待って。2500年? え、何それ? どゆこと? ってか、今これ喋ったよね?
お目覚めの気分などと聞かれて、思わず「知るかボケ」、と吐き捨てそうになった自分を落ち着けるように、『声』は静かに語りだした。
『「なろう、主人公育成計画――プロジェクトS」で土方さまが説明した通り、篠原様にはゲームに参加していただきました』
「しゅじ、ンこ゚う?」
その単語を耳にした瞬間、脳裏から一つの記憶が引きずり出された。
そうだ、イベントだ。あのイベントで私はとんでもない、狂言混じりの演説を聞かされたのだ。
デスゲーム、脳移植、コールドスリープ、人形、主人公。
一見、関わりのない言葉の羅列が脳内で連鎖し、バラバラだったパズルのピースが嵌ってゆく。
(え……これ、マジ? 本当に、)
一瞬の思考のうちで弾き出された答えは、あまりにも衝撃的で、信じがたい事実だった。
『はい、ルールを改めて説明させていただきます』
だが、そんな私の当惑した様子などお構いなしに、機械仕掛けの『声』は淡々と続けた。
『まず、ゲーム参加者は1000人。このプレーヤーたちとお好きなように対戦し、お好きなように殺しあってください』
初っ端からかまされた物騒な発言に、苦虫を噛み潰したような気分がして、思わず眉を顰める。
『篠原様を含む全てのプレーヤーは、ご存じの通り機械仕掛けの肉体を手にしています。
その特徴も機能性もプレーヤーによっては違いますし、戦い方も異なるものとなります。
どのような特性を有しているのか、ご自分でバトルなどでご確認ください』
何とも投げやりなサービス精神(と言えるのかは知らないが)に益々、不安が募ってゆく。一体どこから、どう突っ込めばいいのやら。
『頭の中で、ゲームのメニュー画面を開く想像、或いはその“作動”を指示してみてください』
「……ㇵっ?」
メニュー画面? 開く? 何を言っているんだ、この機械は。
だが、気のせいか沈黙した音声から、威圧感を感じて、渋々と奴の命令に従ってみた。
――あー、と……
瞑った瞼の奥で想像するのはオンラインゲームやRPGなどで、よく見かけたメニュー画面。
瞬間、
「……え、」
脳神経に、何かが走ったような気がして、驚愕のあまり目を開いた。すると、
「ガ、めん……?」
視界に「MENU」と書かれた蛍光色のボックスが映っていた。
『思考性画面です。それはプレーヤー自身以外、確認する事は出来ません』
目の前のスクリーンには、SETTINGS、RECORD、MAP、RANK、MESSAGEなどとアルファベットの羅列が表示されていた。
『機体設定はもちろん、地図、篠原様の戦闘記録及び成績、プレーヤーのランキングの確認。そして他とのメッセージのやりとりが出来ます。
後に、お好きなように探索などしてみてください』
――記録? 成績? ランキング?
次々へと、義務的に言葉を紡ぐ無機質な『声』は、混乱を助長させるばかりで、段々と煩わしくさえ思えた。それでも、今の己の状況を把握するにはこの声に頼るしか無く、静かに耳を傾けるしかなかった。
『ランキングは殺害したプレーヤーの数や成績、ポイントによって変わり、ポイントは、プレーヤーを殺害してゆけば加算され、特典を得ることも出来ます』
「とク、テンって、……」
先程からスラスラと恐ろしいことを口走る『声』に、そろそろツッコミを思いっきり入れたい。特典とは、何だ。人間を殺して得る特典なぞ、とち狂ってる。
『武器、防具、或いは個体への新たな追加機能のことです』
「……チなみに、こ゚ロすって……こ゚ろしたら、アイてのヵた、シニます、よね」
それは答えなど分かりきった質問だった。だけど、それでも私は聞かずには居られなかったのだ。
『はい。唯、プレーヤーの個体は全て生身ではなく、機械ですので、身体を真っ二つに切られたり、胸を貫かれることがあっても、頭部さえ無事であれば、死ぬことはありません。ですが、脳を破壊されれば死にますので、篠原さまもご注意ください』
胴体が真っ二つになっても死なないとは、どんなホラーだ。バラバラになっても動く腕や、頭部を想像して、少し吐きそうになった。
『尚、個体に損傷や故障が生じた場合は、再度このカプセルにお戻りください。速やかに修復作業を行わせていただきます。
また、健康診断、及びメンテナンスもこちらで行いますので、お忘れなきを』
つまり、この機械は私の“担当医”、及び“サポート”のようなものなのだろうか。駄目だ、状況の余りの規格外さに、情報処理が追いつかない。とりあえず、混乱の一つを来している目の前のメニューボックスが視界から消えるように念じてみた。
すると、自分が感じていた煩わしさに答えるかのかように、それは瞬時に姿を消す。
『ゲームに関しての説明は以上です。何か、ご質問はありますか?』
「……」
聞きたいことなど山ほどある。だが、何処から聞けば良いのか分からず、私はしばしの間沈黙してしまった。
「……ぁの、ココハ、どこでㇲか?」
『東京都新宿区、北新宿1丁目、36-6、ダイス西新宿マンションの503号室――篠原様の住居でございます』
「ジゅう、キョ?」
『はい。尚、設定された篠原様の年齢は15歳。まだ学生ですので、西新宿の私立校――神谷女学園へと通っていただくことになります。始業式は来週の4月4日に行われます』
「ガク、ぇん……?」
『学費や生活費などの費用は全て此方からお出ししておりますので、心配なさらず、どうぞご自由に学園生活を謳歌なさってください』
どうぞ自由に、とこの機械は言うが、その口調は何処か強制的にも聞こえる。
というか、駄目だ。何一つ、理解が出来ない。いや、言ってることは理解できるのだが、どうも上手く事情を呑み込めないのだ。
混乱する己を律するため、そして状況を把握するためにこの『声』に対して質問を投げかけてみた訳だが、駄目だ。余計に頭がこんがらがってきた。
『それと、聴覚、視覚、触覚などのための神経は接続されていますが、痛覚は戦闘のことを視野に入れて、現在は遮断されております。“起動”なされますか?』
(え、何それ……)
便利と言えば良いのか、物騒と言えば良いのか、使い勝手が良いのか全く分からない機能を紹介されて、少し唖然とする。だが同時に、機械でもちゃんとそういうのあるんだ、なんてちょっと関心もした。
しばし逡巡して、口を開く。
「……ィや、いい、です」
『声帯の方は、覚醒なされたばかりで多少の不協和音を発していますが、時期に正常に廻り出すはずです』
「ㇵあ……」
溜息でさえも、声が裏返ったように聞こえて、ちょっぴり脱力する。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
さらさらと、何やらこの時代で生活することに関しての説明を延々とする『声』を聞き流しながら、とりあえずこのぎこちない身体を動かすことにしてみた。
膝を立てて、己を閉じ込めていたカプセルの壁に手をかけながら、立ちあがろうとする。
パシャリと己が浸かっている液体が音を立てた。膝頭から、寂れた鉄が擦りあうような不思議な感覚を覚えたが、あえて無視しながら腰を上げた。
自分の身体じゃないようだ。鉄の身体など持ったこと無いくせに、全ての間接が鉄で出来ているように感じた。もし、自分がロボットだったら、こんな感覚を味わうのだろうか。
そんな馬鹿げたことを思いながら、カプセルから足を出して、ひんやりとした冷たい床に、親指からソッ、と下ろしてみた。
部屋の中の冷温を感じながらも、寒い、とは感じなかった。
改めて、自分の身体を見下ろしてみる。
無駄な肉が無くなった身体に、引き締まった腰元。太腿から脹脛まで、綺麗な曲線が描かれているのが見えて、ほんの少しだけ、気持ちが高揚した。
――なんともリアルな夢だ。こりゃ良い。
それは今までの出来事を振り返り、あの『声』の言葉を聞いたうえで出した結論だった。
機械仕掛けの身体や、喋る機械。変わってしまった自分の身体は夢の中の出来事以外の何でもないのだ。