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王の絆(-tie of Solomon-)  作者: 驪瑦
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2章兄の背中-brother the back-

「我、訴え、喚起せん。(I do invocate and conjure thee)

我、訴え、喚起せん。(I do invocate and conjure thee)」


薄暗い工房に響く少女(エリアーデ)の詠唱。

薄紫の少女の呪力が工房の魔法陣を従属させ渦を巻く。


「I do strongly command thee, by Beralanensis , Baldachiensis.

Paumachia, and Apologls sedes ; by the most Poweful Princes , Genit , Lichide , and Ministers of the Tartarean Abode ; and by the Chief , Princes of the seat of Aologia in the ninth legion ――」


そんなエリアーデの姿を兄のセルシアが優しく見守っていた。

   そこに内包する悩みを表に出すこともなく、ただ、穏やかに妹の魔術を見守っていた。

   

 「我が手にあるソロモンの五芒星を見よ!

  されば、汝、王の御名において我が名に従うべし!」


ソロモンの五芒星を掲げたエリアーデの幼いながらも凛とした声が工房に反響する。


「来たれ、フォルカロル!30の軍団とたゆう寛大なる大侯爵!」


喚起されたのは海と風を司るグリフォンの翼をもった痩躯の男の姿をした魔神が喚起される。

少女が今日、新たに喚起に成功した魔神である。


「良くできたね、エリアーデ。

お疲れ様、それから新しい魔神の喚起成功おめでとう。」


跪く魔神を傍らに控えさせたエリアーデにセルシアがねぎらいの言葉をかける。

エリアーデが少しずつ魔神の喚起を成功させるたびに、セルシアは瞳を細めてエリアーデの頭を撫でる。


「いつか兄様の役に立てるように、私、もっと頑張るわ。」


幾度目かわからない台詞に、セルシアは期待しているよ。と益々、瞳を細める。




 あの日以来、兄が徒弟達と言い争う事が多くなったのをエリアーデは知っていた。

その原因が自分にあることも、エリアーデは知っていた。


―ソロモンの姫を生贄に至高の四つ柱の喚起を―


徒弟達の求めることと、言い分は魔法使いとしては至極当然で当たり前のことで、

兄の優しさが結社に不穏の種になっていて、それが自分のせいだということも知っていた。


だからこそ魔術師として生涯を魔術にささげる事を誓う自分は兄の魔術のために生贄になることを誇りに思うべきであって恐れることはないのだ。

兄にたった一言、私を使って魔神喚起をするように、告げればすべては丸く収まる。

エリアーデが身を捧げればセルシアは正真正銘のソロモン王として歴史に名を残すのだ。


五芒星を握りしめて覚悟を固めるエリアーデを黒騎士が静かに見下ろす。

贄としてエリアーデという個がなくなっても、この黒騎士だけは傍に居てくれそうな気がした。


ソロモンの贄としての星の下に生まれた命なら、贄となることで兄の役に立つというのなら、一言命じてくれればいいのに。

小さな溜息に黒騎士の魔神はエリアーデの前に跪いた。

まるで、永遠の忠誠を誓うかのように…


「…えりごーる…あなたは私が私という概念を失っても忘れずにいてくれますか…?」


エリアーデの問いかけに黒き騎士は静かにしかし、確かに、頷いて見せた。

それだけでエリアーデには十分だった。


「兄様に会ってきますの。」


すくっと立ち上がったエリアーデを黒騎士が抱える。

マルバスやフォルネウス、バティム、シャックス、フェニックスなど普段から共に行動することの多い魔神達の気配が周囲に漂う。

心配げな表情の霊体の魔神達に大丈夫、というようにエリアーデは微笑んだ。



「エリーもう一回言ってくれないか…。」


「何度でも言いますわ、兄様。

私を贄に至高の四つ柱を喚起して下さいませ。」


書斎で静かに交わされる兄妹の対話。

セルシアはエリアーデの言葉に驚愕の表情を浮かべた。

訳が分からないという表情のセルシアにエリアーデはさらに続ける。


「徒弟達に言われているのでしょう…?

私を贄に至高の四つ柱を喚起するようにと…

私だって何も知らないわけではありませんの。

私を贄に喚起してくださいませ、元より魔術の首領の子に生まれ、魔術に生涯を捧げる事を誓った身です、魔術の為の贄となることはある意味本望ですの。」


「僕が嫌なんだ。

大事なエリーを贄にするくらいなら僕は王であることを辞める。

自分の見たい風景を貪欲に求め、自分の守りたいものの為に戦うのが王だ。

僕の見たい風景は君が幸せに過ごしている風景で、僕の守りたいものは魔術なんかよりもずっと大切なたった一人の妹だ。

その君を贄にしてまで、魔神を喚起することになんの意味があるというんだ。

守りたいものを贄にするのは王のすることじゃない。

僕の王としての理念に反するんだ。

だから、そんな事は言わないでくれ。」


エリアーデの知らなかった兄の理念。

この優しい兄は自分の名声よりも血が繋がっているというだけの、自分を守る事を取ったのだ。


「セルシア様、エリアーデ様も了承している事の何をためらっておられるのですか、王である前にあなたは魔術師です。

魔術の為に他の何かを対価にするのは当然のことではありませんか?」


話を聞いていたらしい徒弟の一人が言い募る。


「馬鹿も休み休み言え。

僕はエリーを贄にするくらいなら、エリーとここを出て、新たな血統を立てる。」


エリアーデを庇うように徒弟とエリアーデの間に立ったセルシアが言い切る。

協会が許可するとは思えないが、確かにそういう方法もある。


兄の背を見上げながら、兄がそこまで考えていたことにエリアーデは心底驚いていた。


「エリーは贄になんかしない。

僕が本当にソロモン王に並ぶなら、僕は僕の力だけで魔神を喚起すべきなんだ。」


兄の背がいつもよりもずっと大きくエリアーデには見えた。




―もし、許されるのなら


兄の背を追いかけてみたい



兄のように、強く、気高く、凛とした魔術師になりたい、と願った



自分が魔神に捧げた対価を惜しむ日がいつか来るとしても

私は兄のようにありたいと願ってしまった。



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