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第八話

まさに餌付される野良猫のごとく、である。警戒心剥きだしのまま、ずず…ずず…っと聡子が宝生の寝転がる東雲家客用羽布団に膝を進めるのであるが。


ずず…ずずず…。


「ああもう、まだるっこしい。早く来い!」

宝生が聡子の手を掴んで引き寄せ、聡子は宝生の胸の上に倒れこんだ。

「ふぎゃっ」

「結局、同じことだろ。観念してここで寝ろ。風邪ひくよりマシだ」

そういって掛け布団をかけた。布団はじんわりと人肌に温もっており、ひどく心地がよい。(しかし……しかしだ。なんなのだこの状況は……。若い男女を一つ屋根、どころか一つ部屋に閉じ込め、なおかつ同じ布団の中に一緒に寝かせるなど、一体どんな親なのだ)

と聡子は心の中で憤慨した。

そして視線が、宝生のドアップに釘付けになる。

お日様色の少し長めの金の髪から覗く、不思議なアメジスト色の瞳が、瞬きをするたびに揺れる。

(うっわ~社長、睫毛長っ)

筋の通った鼻筋に、薄い桜色の、形の良い唇。当然お肌もシミ一つない。超絶な美形が、今ものすごく至近距離にいる。

聡子は宝生の顔に、思わず見惚れてしまった。

「あんまり、じろじろ見るな」

宝生が首筋まで赤くなっている。その腕の中で、シャツ一枚隔てて宝生の鼓動がはっきりと聞いてとれた。

「社長、ひょっとして緊張してるの? 胸がドキドキしてる」

「当たり前だ。俺だって男だ。そりゃこんな状況に陥ったら、多少は……そりゃ……ドキドキもする」

腕の中で、聡子が身を強張らせた。

「そ……そんなぁ。さっきお前なんかに欲情しないって言ったくせに~」

聡子が恨みがましい声色で言う。

「だから、そう努力しているっ!」

宝生は吐き捨てるように呟いた。

(頭はな)

頭は必死で努力しているのだ。しかし悲しいかな下半身はまた別の生き物なのである。必死になだめようとすればするほど、なぜかますます元気になってゆくばかりなのだ。しかも、今夜は特別強烈ときている。

(嗚呼、生地獄)

宝生は心の中で絶叫した。

宝生の中で誘惑が頭を擡げる。

「しかし、しかしだ。東雲。これはもういっそのこと運命と諦めてだなあ。つまり……その……両親も公認なわけだし、ここはいっそのことリクエストにお応えしてだなあ……し~の~の~め~……」

穏やかな寝息が聞こえる。覗きこむと聡子は心地よい温もりの中で、すでにうつらうつらと微眠かけていた。

「ちぇっ……なんだよ。勝手に寝るなよな」

指先で、ちょんとその頬に触れてみると、まるでつきたての餅のようにやわらかい。宝生が聡子の頬に張り付いた髪を、一筋払ってやると、いつもより幾分幼く見える無防備な寝顔から吐息が漏れた。

聡子の吐息が、項に当たって……。

「うおっ」

 宝生の身体に電流が走った。

宝生は聡子に背を向けてやり過ごそうとするが。

むぎゅっ。

背に感じる、二つのたわわな果実……。

まわされた聡子の腕に抱きすくめられる。

(これは……)

寝ぼけた、聡子がどうやら宝生の背に抱きついたらしい。

戦闘能力80、Cカップ。宝生の体内スカウターが的確にその数字を叩きだした。

(限界だ……)

宝生はがばっと飛び起きた。

「東雲~、東雲頼む。起きてくれ」

宝生が聡子を揺さぶり起こす。

「はへ? 社長どうしたんれす?」

聡子は眠気(ねむけ)(まなこ)を擦りながら、むっくりと起き上がった。

「東雲、頼む。金属バッドを枕元に置いて寝てくれないか?」

宝生の瞳に、うっすらと涙が滲んでいる。

「俺がもしお前になにかしようとしたら、それで思いっきり殴って欲しいんだ」

聡子の思考回路が停止する。

「は?」

そして、その可能性に思い当たる。

「社長って……もしかして、変態さん?」

聡子はとりあえず恐る恐る聞いてみた。

「大丈夫、大丈夫。全然私オッケーだし。別に偏見も持ってないよ。ただ、私にそんなプレーを要求されても、それは困るっていうか……余所でやってくれ。頼む」

聡子の言葉に、ぷちっと宝生のこめかみに怒りの血管が浮き出た。

「だ・れ・の・為を思って耐えてると思っとるんじゃあ、このすっとこどっこい!」

そういって宝生がくわっ立ち上がった時だ。

ぐきっと、妙な感じで宝生の足が滑った。

派手な音とともに、哀れ、そのまま聡子の上にマウントしてしまう。

「いったぁ」

聡子が頭を押さえて、むっくりと起き上がった拍子の出来事だった。

「あっ……」

宝生が聡子を抱きしめ、唇が触れる。


◇  ◇   ◇


どたん、ばたんと、急に二階が騒がしくなった。

「か……母さん、どうしよう……」

富雄が今にも泣きそうな顔をしている。

「うふふ、もう若い人はお盛んね♡」

女将がぽっと頬を赤らめた。


「いや~、や~め~てぇ~ 殺される~~~!!!」

ドタン、バタンという振動と共にとんでもない絶叫が響き渡った。

しかも叫んでいるのは、どう考えても野太い男の声……。

「か……母さん、これはやっぱり様子を見に行った方がいいんじゃないか?」

足音を忍ばせ、二人はゆっくりと階段を上がる。しかし如何せん建てつけが古い、否が応にも床板が軋む。女将が前を行き、富雄が何度も天井を見上げて深呼吸を繰り返していた。女将が息を呑み、仕込んだつっかえ棒を外し、そうっと引き戸を開けると、修羅のごとき形相で金属バッドを持った聡子が、仁王立ちスタイルで佇んでいた。

「ぎゃーーーーーー!」

思わず叫んだ女将の声に、驚いた富雄が階段を踏み外した。

富雄は派手な音を立てて階段を転げ落ちた。

「あんた!」

「富雄さん!」

「お父ちゃん!」

三人が同時に叫んだ。


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