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第七話

「二人で行った横町の風呂屋 一緒に出ようねって行ったのに いつも私が待たされた♪」


商店街の外れにある宝温泉の廼蓮の横で、幾分手足の短いジャージを着た超絶美系な金髪のお兄さんが鼻歌を歌っている。薄らと色白の頬を薔薇色に蒸気させ、瞳を潤ませている。

「うわっちゃ、お待たせしてしまってすいません」

聡子が宝生に詫びる。

「おい、お前」

「はい?」

宝生が聡子の背に流れる黒髪をひと房掴んだ。

「髪、ちゃんと乾かしてない」

「あっと、時間なくって」

宝生は自分のバスタオルを取り出し、聡子の頭に被せてガシガシと拭いた。

「あっちょっと、痛い、痛いですってば、社長」

「ばかっ、ちゃんと乾かさないと風邪ひいちまうだろう」

「うがー!」

 聡子は抵抗を試みるが、宝生は許してくれそうにない。

そんな宝生を横目で見ながら、聡子は感慨に耽る。

(不思議なもんだ。ついこの前まではその存在は知っていたけど、ずっと雲の上の人だと思っていたうちの会社の社長と、一緒に銭湯に行くだなんて。うちでご飯を食べて、しかも今夜泊ることになるなんて。まあ実家だし、二人きりではない。その点は安心だ。父と意気投合していたから、きっと社長は父と一緒の部屋に寝て、母が私の部屋で寝るのだろう。家が賑やかなのは好きだ。前に従兄のお兄ちゃんが泊りにきたような感じに似ている。ちょっぴり緊張して、どきどきわくわくしているのだ)


「ただいま~」

店から和室に上がると富雄と女将がお茶を飲んでいた。なんだか富雄の様子が落ちつかない。

(うん? 涙ぐんでる?)

富雄は聡子と目が合うと、ふいと視線を逸らした。

「銭湯は楽しかったかい?」

女将がそう問うと、宝生はにっこりと笑った。

「ええ、とっても♡」

聡子は奥の台所でホットミルクを作った。

「宝生社長も飲みますかぁ?」

「おう、頼む~」

と返事がかえってきたので聡子は、二人分の牛乳を鍋に沸かした。

「いえね、宝生さんには是非この我が家特性、安眠効果抜群ジュースを飲んで戴きたくて」

女将が宝生の前にグラスに注がれた琥珀色の液体を差し出した。

「はあ、では頂きます」

宝生はろくに匂いも嗅がずに、その液体を一気に飲み干した。

「うっ」

あまりの不味さに、意識が遠のきかけた。一言でいうと『血の味』がした。強烈な生臭さ。

(なんじゃこりゃーーーーー!)

宝生が声にならない叫びをあげ、のたうちまわる。

そこに聡子が鼻歌を歌いながら入ってきた。

「宝生社長、はい、ホットミルク」

聡子はマグカップに注いだホットミルクを宝生に差し出した。

「ハチミツい~っぱいいれたんですよ~。って、あれ、社長どうして泣いているんですか?」

宝生は一心不乱にホットミルクを飲みほした。


「さあさ、夜も更けてきましたし、二階にお布団敷いていますので」

と女将が言う。

「へ? じゃあ私は一階で寝るのね」

聡子は小首を傾げたが、女将は聡子の問いにはこたえず、聡子を二階に追いやった。

「さあ、ぼやっとしてないで、早く宝生さんをご案内しな!」

急な階段を上がると六畳間が二部屋ある。手前の六畳を聡子が自分の部屋として使い、その奥は現在物置になっていた。

「へえ、ここがお前の部屋なんだ」

純和風の部屋を洋風にアレンジしている。深い緑のカーペットを敷きつめ、淡いグリーンのカーテン、その内側にはクローバーの刺繍が施されているレースのカーテンが吊るされていた。白い木目の学習机が置かれ、その横には同じ色の木目で作られた本棚が置いてある。

聡子の部屋の中央に来客用の羽根布団が敷かれていた。

布団はひとつ、そして枕は二つ。

なぜだか枕元にネピアテッシュがボックスで置かれていた。

「なんじゃこりゃ」

そう言って、部屋に入った瞬間、部屋の引き戸が閉まり、女将が引き戸につっかえ棒を仕込んだ。

「ちょ……ちょっとお母さん開けてよ」

聡子が必死に木戸を叩く。

その傍らで宝生はうーむと考え込んで腕を組んだ。さきほどからなんだか、身体が変なのだ。かっかかっかとして、というかムラムラする。聡子の横に立つと黒髪からシャンプーの香りがした。

ふぇーんと半泣きになっている聡子の肩に手を置くと、聡子はビクッと震えた。

宝生は去り行こうとする理性を必死の努力で呼び戻し、ありとあらゆる事態のパターンを超高速回転で脳内シュミレーションしていた。結果、親公認のこの事態、『いただきます』と、ここは素直に頂戴するのが喜ばしいのではないだろうか。聡子も二十五歳だ、よもやバージンということもあるまい。お互いもう大人だ。男女合意の上でなら何を憂える必要があろう。

『やっちゃえやっちゃえ』と悪魔の格好をした自分が正論を吐く傍らで、天使の格好をした自分がそれを止める。

『いかんいかん。仮にも彼女は我が社の社員で、これでは上司の特権を利用した立派なセクハラが成立してしまうではないか!』

結局考えても結論はでないのだ。


「ああもう、考えるのやーめた。なるようになるし」

宝生は腕を大きく上に上げた。

「な……なるようになるって」

その場にへたりこんだ聡子が、宝生を涙目で見つめる。

「うりゃ」

宝生が聡子の頬に触れる。触れて引っ張った。

「なにふゅるんれすあ」

「泣きそうな顔してんじゃねぇよ。誰がお前相手に欲情なんかするか、自惚れやがって」

 宝生は憎まれ口を叩いてみる、が聡子を見つめるその眼差しは優しい。

それよりも一生のうちで、そうはでくわさないであろうこの状況を楽しもうと思った。

「とりあえず、俺は寝る」

宝生は東雲家の客用羽根布団の上に横になった。

聡子はそうっと押入れの中を覗いた。

「ない……私の布団が、ない」

夜も更けゆき、気温もだいぶ下がっている。

「へくゅん!」

寒気がして、聡子は思わず自分の両腕を抱いた。髪をきちんと乾かさなかったことが悔やまれる。

「来るか?」

宝生が、羽布団の片端を持ち上げた。


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