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第二十五話

うわっちゃあ、で、試合どうなってんの?」

バースとクロマティーの間に割って入ってきた男がいた。ドレスキャンプの黒のパーカーにジーンズ、チャンピオンラッカーの黒のキャップを被っている。少し長めの前髪から、くっきりと二重でぱっちりとした黒目がちな瞳が覗く。すっと通った鼻梁に、形のよい唇。

均整のとれた筋肉質のボディーにすらりとした長身である。宝生と少しタイプが違うが、はっきり言って超イケメンの部類に入る。

男はフェンスの金網を両手で握りしめて、目を丸くさせた。

「おりょ? なに? 彰と秋人の兄弟対決ってか? こりゃあ見物だ」

好奇心満々に、試合の行方を見守るその男の視線に気付き、宝生が歩み寄った。

「よう、昇! 結構早く着いたな」

「つうか、お前人のマンションに、東京支社から自家用ヘリ寄越しやがったろ。そんで俺りゃあ、いきなりお前んとこの黒服のSPに無理やり拉致されてだなあ……」

(血は争えない、コイツら金にモノ言わせて、一般人をとんでもなく振りまわす性質らしい。)

この兄弟によって甚大な迷惑を被っている一般市民の代表として、聡子は内心この男にひどく同情を寄せた。

「まあいいや」

(って、いいのかよ?)

聡子は心の中で素朴にツッコんだ。

「それで試合はどうなってる?」

男は純粋な野球への好奇心に目を輝かせている。

「現在三回の裏、10対8で2点のリードを許し、商店街チーム『ボロ勝ち』の攻撃、で、バッターは俺だ」

宝生の説明に対して、昇が少し考える様にして腕を組んだ。

「ふーん。で、俺が呼ばれたってことは、お前勝つつもりなんだろ?」

「ああ、そりゃあそうさ。誰も負ける為に試合をする奴はいねえもんよ」

宝生がにっかりと微笑んでみせると、昇は小さくため息をついた。

「だいたい、いっつもお前が秋人(あっくん)を完膚無きまでに叩きのめすもんで、秋人(あっくん)てばあんな性格になっちまったんじゃねえか。お前、少しは手加減したら? そういうわけで兄ちゃんはとっても心を痛めています」

昇はそう言ってぷうと口を膨らまし、眉間に皺を寄せた。

「おいおい、正々堂々と男と男のメンツをかけたこの勝負に、手加減なんざぁ、それこそ秋人に対しても失礼ってもんだろ」

大仰に驚いて見せた宝生に、昇はがっくりと項垂れる。

「俺もお前がちゃんと毎回正々堂々と勝負してるなら、こんなこと言わねえよ。こんな時だけど長兄として言わせてもらえば……これではあまりにも秋人が不憫だ……」

(うん? なんだ? この人って宝生社長と秋人さんのお兄さんなのだろうか?)

聡子の中で幾つかの『?』が浮かぶ。

(そういえば、秋人さんは度を越して兄である宝生社長のことを憎んでいたような……。

一体二人になにがあったのだろうか)

聡子は少し考え込む。

「これも家訓だ。恨むなら俺ではなく宝生の一族の血を引いた己の運命を恨めっていうんだ」

宝生は悪びれもせず、そう言って、背中越しにひらひらと手を振って見せた。

そんな宝生の背中を見ながら聡子は顔を引き攣らせながら思わず呟いた。

「宝生家の家訓て……一体……?」

「『勝つためには手段を選ばない』それが我が一族家訓だ。ま、見てな。あいつの勝ち方は、えげつないよ~?」

昇が淡々とした口調で告げる。

(この人はすでに社長の勝利を確信し、また一方で敗者となる秋人さんのことを案じているんだ。だけどその根拠は一体どこからくるんだろう)

聡子はどこか腑に落ちない様子で、バッターボックスに向かう宝生に視線を移した。「宝「宝生、昇兄さんまで呼び出して一体どういうつもりだ? 無様な負けを昇兄さん前で晒すがいい」

秋人はそういって、セットポジションをとった。

「うるせえ! この先っぽクロマティーが」

宝生がぽそっと呟いたその拍子に、秋人の手本が狂った。

シェイクの回転を充分に止めることができず、それはただのスローボールになってしまった。

「よっしゃ、チャーンス!」

ここぞとばかりに宝生が豪快に振り抜いたスイングが白球を叩き、青空に吸い込まれていった。

勝ち誇った顔で宝生がホームベースを踏みしめる。

「ふふん。秋人お前相変わらずメンタル面弱いなあ」

「あ……あああああ、お俺は……」

錯乱する秋人が、マウンドで膝を折った。

「よっしゃ、今だ。奴のトラウマにつけこんで、一気に叩くぞ!」

宝生の指示に、ダケさんが合点と頷いた。

宝生が授けた作戦通りに、バッターボックスに立ったダケさんが、愁傷気に秋人を見つめた。

「聞いたよう~。あんちゃんも大変なんだな。ナニの先っぽがイカ墨のように真っ黒だなんて。そんなんじゃあ、きっと女の子に振られっちまうわな」

ダケさんの言葉が、鋭利なナイフのように繊細な秋人の心を抉った。

「うっうるさい! 黙れ!」

動揺した秋人は、もはや投球のコントロールを定められない。フォアボールを続出し、甘く入ったスライダーを簡単に叩かれ、ダケさんの出塁をゆるしてしまった。ダケさんに続き、梅さん、そして吉本さんもヒットで出塁した。

「よっしゃ、ここでトドメを刺す。メンバーチェンジだ。7番井上さんに代わって、代打クロマティー」

宝生がベンチから指示を出した。

ガムをくちゃくちゃとやりながら、クロマティーが打席に向かった。

「Oh! あなた私の兄弟ね」

その言葉に秋人は、わなわなと小刻みに震えている。

「きょ…兄弟じゃねえ」

ベンチに座って、忙しく指示を飛ばす宝生の袖を聡子が引っ張った。

「あ…あの社長。なんだかよくわかりませんが、どうして秋人さんは『先っぽクロマティー』という言葉に反応したのでしょうか?」


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