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「同じ屋根の下、他人」

作者: ミオ
掲載日:2026/06/25

離婚届を出したのは、三月の終わりだった。


「これで、夫婦じゃなくなるね」


久美は静かに笑った。


元夫の太一も「そうだな」とだけ答えた。


それでも二人は、同じ家に住み続けていた。


家賃が高く、子どももまだ小さい。


生活のために、法律上は他人でも同居を続けるしかなかった。


親権は太一。


久美は毎月五万円の養育費を払いながら、同じ家で暮らしていた。


友達に話すたび、


「一緒に住んでるのに、なんで離婚?」


と驚かれる。


久美も「変だよね」と苦笑いするしかなかった。



---


そんな生活が三年ほど続いた頃、久美には新しい出会いがあった。


旅行先で知り合った拓海という男性。


住んでいる場所は飛行機で一時間半も離れた街だった。


最初は毎日メッセージを送り合い、週末になると何時間も電話をした。


「会いたいね。」


「俺が行くよ。」


その言葉だけで、一週間頑張れた。


しかし、現実は簡単ではない。


会うたび、ホテル代、新幹線代、飛行機代。


さらに久美は同居中の家に生活費と養育費を入れている。


貯金はなかなか増えなかった。



---


ある日、拓海が聞いた。


「どうして離婚してるのに一緒に住んでるの?」


久美は少し黙ってから答えた。


「子どものため…もあるけど、お金の問題が一番かな。」


「苦しくない?」


「苦しいよ。でも今すぐ出て行けるわけじゃない。」


拓海は責めなかった。


「じゃあ、いつか一人になれたら、その時は堂々と迎えに行く。」


その言葉に、久美は少しだけ泣いた。



---


それから二人はニ、三ヶ月に一度だけ会うことにした。


二人で過ごせる時間は24時間ほど。


別れのロビーでは、毎回同じ言葉を交わす。


「また次回。」


笑顔で手を振るのに、拓海の姿が見えなくなる頃にはいつも涙が止まらなかった。



---


ある夜。


太一が言った。


「今月、光熱費高かったから、少し多めに出して。」


久美は思わず笑ってしまった。


「養育費払って、生活費も払って、光熱費も?」


「一緒に住んでるんだから当然だろ。」


その瞬間、久美の中で何かが切れた。


(この生活を終わらせよう。)



---


半年後。


小さなアパートを借り、家を出た。


玄関で太一が言う。


「今までありがとう。」


久美も笑った。


「やっと本当に離婚できるね。」


離婚届を提出した日ではなく、別々の家で暮らし始めたその日が、本当の意味で二人の人生が分かれた日だった。


養育費は変わらず毎月振り込んだ。


今度は、生活のためではない。


子どもの未来のために。


そして数か月後、久美が空港の到着ロビーを出ると、拓海が笑顔で待っていた。


「おかえり。」


「ただいま。」


もう「帰る場所」は同じ屋根の下の元夫の家ではなかった。


離れていても心が向かう場所こそが、久美にとって本当の居場所になっていた。

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