「同じ屋根の下、他人」
離婚届を出したのは、三月の終わりだった。
「これで、夫婦じゃなくなるね」
久美は静かに笑った。
元夫の太一も「そうだな」とだけ答えた。
それでも二人は、同じ家に住み続けていた。
家賃が高く、子どももまだ小さい。
生活のために、法律上は他人でも同居を続けるしかなかった。
親権は太一。
久美は毎月五万円の養育費を払いながら、同じ家で暮らしていた。
友達に話すたび、
「一緒に住んでるのに、なんで離婚?」
と驚かれる。
久美も「変だよね」と苦笑いするしかなかった。
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そんな生活が三年ほど続いた頃、久美には新しい出会いがあった。
旅行先で知り合った拓海という男性。
住んでいる場所は飛行機で一時間半も離れた街だった。
最初は毎日メッセージを送り合い、週末になると何時間も電話をした。
「会いたいね。」
「俺が行くよ。」
その言葉だけで、一週間頑張れた。
しかし、現実は簡単ではない。
会うたび、ホテル代、新幹線代、飛行機代。
さらに久美は同居中の家に生活費と養育費を入れている。
貯金はなかなか増えなかった。
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ある日、拓海が聞いた。
「どうして離婚してるのに一緒に住んでるの?」
久美は少し黙ってから答えた。
「子どものため…もあるけど、お金の問題が一番かな。」
「苦しくない?」
「苦しいよ。でも今すぐ出て行けるわけじゃない。」
拓海は責めなかった。
「じゃあ、いつか一人になれたら、その時は堂々と迎えに行く。」
その言葉に、久美は少しだけ泣いた。
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それから二人はニ、三ヶ月に一度だけ会うことにした。
二人で過ごせる時間は24時間ほど。
別れのロビーでは、毎回同じ言葉を交わす。
「また次回。」
笑顔で手を振るのに、拓海の姿が見えなくなる頃にはいつも涙が止まらなかった。
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ある夜。
太一が言った。
「今月、光熱費高かったから、少し多めに出して。」
久美は思わず笑ってしまった。
「養育費払って、生活費も払って、光熱費も?」
「一緒に住んでるんだから当然だろ。」
その瞬間、久美の中で何かが切れた。
(この生活を終わらせよう。)
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半年後。
小さなアパートを借り、家を出た。
玄関で太一が言う。
「今までありがとう。」
久美も笑った。
「やっと本当に離婚できるね。」
離婚届を提出した日ではなく、別々の家で暮らし始めたその日が、本当の意味で二人の人生が分かれた日だった。
養育費は変わらず毎月振り込んだ。
今度は、生活のためではない。
子どもの未来のために。
そして数か月後、久美が空港の到着ロビーを出ると、拓海が笑顔で待っていた。
「おかえり。」
「ただいま。」
もう「帰る場所」は同じ屋根の下の元夫の家ではなかった。
離れていても心が向かう場所こそが、久美にとって本当の居場所になっていた。




