1-6. 次の日もいる
翌日。
ベランダに出る前から、なんとなく分かっていた。
――いる。
カーテンを開ける。
やっぱりいた。
仕切りの隙間から、ピンクの髪が少しだけ見えている。
昨日より、隠れ方が雑だ。
(絶対いると思った)
俺がベランダに出ると、花音は少しだけ体を引っ込めた。
でも消えない。
逃げない。
じっと見ている。
「おはよう」
声をかけると、少し遅れて。
「……おはよう」
昨日より、ちゃんと聞こえる声だった。
それだけで、なぜか少し嬉しくなる。
今日は本じゃなくて、小さなゴムボールを持ってきていた。
ぽん、と軽く地面に弾ませる。
花音の視線が落ちる。
ボールを追う。
もう一度弾ませる。
ぽん。
……じーっ。
分かりやすい。
「やる?」
ボールを少し転がしてみる。
仕切りの下のわずかな隙間を通って、向こう側へ。
花音は驚いた顔をして、それを拾った。
しばらく考えてから――
ころん。
返ってくる。
それだけのやり取りなのに、妙に楽しかった。
言葉はほとんどない。
でも、不思議と沈黙が気にならない。
しばらくすると、花音が小さく言った。
「……あやめ」
「ん?」
「また、あそぶ?」
「うん」
即答だった。
花音の頬が、ほんの少しだけ緩む。
たぶん、笑った。
それからしばらくして、母さん同士が友達だったこともあり、行き来は一気に増えた。
最初はベランダ越し。
次はリビング。
気づけば、当たり前みたいに隣にいるようになった。
仲良くなった俺たちは、よく二人で留守番をしたし、並んで昼寝もした。
花音は寝るとき、なぜか少しだけ距離が近い。
たまに肩が触れる。
それでも離れない。
「二人で入っておいでー」
小さい頃は、家族ぐるみで過ごすことも多かった。
湯気の向こうで、花音は静かに笑っていた。
特別な約束をしたわけじゃない。
何かを誓ったわけでもない。
ただ――気づけばいつも、隣にいた。
子供の時間は、不思議だ。
昨日会ったばかりなのに、もうずっと前から知っている気がする。
当たり前に続くと思っていた、この距離が。
この先どれだけ特別なものになるのか――
そのときの俺たちは、まだ知らなかった。




