1-34. 子供たちは何も知らない
午後。
公園。
風は少しだけ暖かくて、遊ぶにはちょうどいい。
ブランコが揺れ、砂場では小さい子が山を作っている。
いつも通りの景色。
そして。
いつも通りの四人。
「ねえ綾芽!」
向葵が全力で走ってくる。
止まらない。
予想通り、そのまま体当たり。
「ぐっ」
「勝った!」
「何に!?」
意味が分からない。
向葵は満足そうに笑う。
花音が少し遅れてやってきた。
小走り。
髪がふわっと揺れる。
「……大丈夫?」
「大丈夫」
慣れてる。
向葵はこういう生き物だ。
りおなはベンチに座って、本を閉じた。
「向葵、ぶつかるの禁止」
「えー」
反省ゼロ。
俺は砂を軽く払う。
「今日は何する?」
向葵、即答。
「鬼ごっこ!」
りおな。
「却下。三分で終わる」
「なんで!?」
「向葵が全力すぎるから」
正論だった。
花音が小さく手を挙げる。
「あの……」
三人が見る。
少しだけ迷ってから言う。
「……かくれんぼ、とか?」
向葵、跳ねた。
「やる!!」
りおな、ため息。
「まあ、平和でいいか」
こうして始まった。
かくれんぼ。
鬼は――向葵。
「十数えるね!」
数え方が異様に速い。
「いーち! にー! さーん!」
絶対短縮してる。
俺とりおなは同時に動いた。
花音は一歩遅れる。
俺は振り返る。
「花音、こっち」
小声で呼ぶ。
花音が駆け寄る。
少し近い。
距離が、近い。
「ここ、入れる?」
植え込みの影。
子供ならギリギリ。
二人でしゃがむ。
葉っぱが揺れる。
外からは見えない。
たぶん。
花音が小さく息を吐いた。
「……なんか、ドキドキする」
「見つかるから?」
「う、うん……それも」
それ“も”。
少し沈黙。
肩が触れそうになる。
花音がそっと距離を詰めた。
無意識みたいに。
でも。
俺は前を見ている。
「……綾芽」
「ん?」
「昨日……」
そこまで言って、止まる。
耳が赤い。
向葵の声が響く。
「もういいかーい!!」
「まだ!!」
反射で叫ぶ。
花音が少し笑った。
その瞬間。
ガサッ!!
葉っぱが揺れる。
「見ーつけた!!」
速い。
速すぎる。
向葵だった。
「なんで分かった!?」
「気配!」
この子、たまに勘がおかしい。
向葵がニヤニヤする。
そして、言った。
「二人で隠れてたの?」
花音、固まる。
「ち、違っ」
「仲良しだね!」
爆弾投下。
花音の顔が一気に赤くなる。
俺は首を傾げる。
「前からだけど?」
さらに追撃。
向葵、腹を抱えて笑う。
「花音だけ意識してるー!」
「してない!!」
声が裏返る。
りおなが歩いてくる。
「……何騒いでるの」
向葵が説明する。
「花音が綾芽のこと好きなんだって!」
「言ってない!!」
ほぼ悲鳴。
りおなが一瞬だけ目を細めた。
そして、さらっと言う。
「まあ、好きでしょ」
花音、完全停止。
湯気が出そう。
俺は本気で分からない。
「好きって、友達として?」
三人が同時に俺を見る。
りおな、小さくため息。
向葵、大爆笑。
花音、顔を覆う。
「……綾芽ってさ」
りおなが言う。
「そういうとこだよね」
「?」
本当に分からない。
向葵が肩を叩く。
「将来大変だよ!」
「何が?」
「色々!」
説明ゼロ。
花音が小さく言った。
「……もういい」
でも。
ちょっとだけ笑っていた。
風が吹く。
ブランコが揺れる。
いつも通りの午後。
四人はまた走り出す。
何も変わらない。
――変わっていないのは、
綾芽だけだった。
少し離れた場所。
買い物帰りの母親三人が、その光景を見ていた。
葵、小声。
「青春だねぇ」
桃花、にこにこ。
「かわいい……」
菖。
「……まだ早い」
でも。
ほんの少しだけ、口元が緩んでいた。
子供たちは知らない。
大人たちが勝手に騒いでいることも。
未来を想像していることも。
ただ――
今日も全力で遊んでいるだけだった。




