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1-32. 朝はだいたい母親が壊す

 目が覚めたとき、最初に見えたのは天井だった。

 

 知らない天井――ではない。

 

 花音の部屋だ。

 

 

 数秒遅れて、昨夜のことを思い出す。

 

 誕生日。

 

 ケーキ。

 

 酔っ払い桃花さん。

 

 みんなで騒いで、そのまま泊まったんだった。

 

 

 (まあ、そんな日もある)

 

 

 そう結論づけて、体を起こそうとした時。

 

 

 ――重い。

 

 

 左腕が動かない。

 

 視線を落とす。

 

 

 花音が、しがみついて寝ていた。

 

 

 完全に抱き枕扱いである。

 

 片腕どころか、足まで乗っている。

 

 

 (動けないんだが)

 

 

 試しに少しだけ腕を引く。

 

 

 ぎゅ。

 

 

 ホールドが強くなった。

 

 

「……んぅ」

 

 

 起きるな。

 

 頼むから起きるな。

 

 

 その時。

 

 

 コンコン。

 

 

 ノックのあと、間髪入れずにドアが開いた。

 

 

 「花音〜、朝――」

 

 

 止まる。

 

 

 桃花さん、停止。

 

 

 視線。

 

 

 俺 → 花音 → 絡まった手足 → 再度俺。

 

 

 ゆっくり口元が上がる。

 

 

 やめろ。

 

 その顔はやめろ。

 

 

 「……へぇ」

 

 

 違う。

 

 何も起きていない。

 

 

 「おはよう、綾芽くん」

 

 

 声が妙に優しい。

 

 嫌な予感しかしない。

 

 

 「おはようございます」

 

 

 とりあえず礼儀。

 

 

 桃花さん、数秒観察してから言った。

 

 「花音」

 

 

 ぽんぽん、と娘の肩を叩く。

 

 「朝よ」

 

 

 「……ん……」

 

 

 花音が目を開ける。

 

 

 そして。

 

 

 状況を理解するまで、約二秒。

 

 

 次の瞬間。

 

 

 ボン。

 

 

 顔が一気に赤くなる。

 

 耳まで真っ赤。

 

 

 「!!??」

 

 

 飛び起きた。

 

 当然、俺の腕も解放される。

 

 助かった。

 

 

 「お、お、お母さん!!」

 

 

 「なあに?」

 

 桃花さん、満面の笑み。

 

 

 「違うの!!」

 

 

 「何が?」

 

 

「ちがっ、これは、その……!」

 

 

 言葉が迷子である。

 

 

 俺は冷静に補足する。

 

 「寝相」

 

 

 「綾芽くん、なんで落ち着いてるの!?」

 

 

 むしろ何を慌てる要素があるのか。

 

 

 桃花さんが頷く。

 

 「なるほどなるほど」

 

 

 何もなるほどじゃない。

 

 

 そして、軽く爆弾投下。

 

 

 「綾芽くん」

 

 

 嫌な予感しかしない。

 

 

 「うちの子、どう?」

 

 

 花音、硬直。

 

 

 「なにがですか」

 

 

 「仲良くしてくれてるみたいで安心したわ」

 

 

 方向がまだ危ない。

 

 

 「お母さん!!!!」

 

 

 花音、ほぼ悲鳴。

 

 

 桃花さんは気にしない。

 

 

 「だって昨日も楽しそうだったし〜」

 

 「花音、昔から人にくっついて寝るタイプなのよねぇ」

 

 

 花音、限界突破。

 

 

 「もうやだぁ!!」

 

 

 顔を隠してベッドに突っ伏した。

 

 

 桃花さん、楽しそうに笑う。

 

 完全におもちゃを見つけた顔だ。

 

 

 助け舟を出すことにした。

 

 

 「花音」

 

 

 「……なに」

 

 

 「朝ごはん、行こう」

 

 

 数秒。

 

 

 もぞもぞ動いてから、小さな声。

 

 

 「……行く」

 

 

 立ち上がる花音。

 

 まだ赤い。

 

 

 桃花さんが、さらっと追撃する。

 

 

 「綾芽くん、また泊まりに来てね?」

 

 

 「はい」

 

 「あ、でも、母さんが心配するので」

 

 

 「あ、それは困るわね」

 

 

 何が困るんだ。

 

 

 部屋を出る直前、花音が小さく言った。

 

 「……ごめんね」

 

 

 「なにが?」

 

 

 「その……捕まえてて……」

 

 

「別にいいよ」

 

 

 事実だし。

 

 

 花音は一瞬だけこっちを見て、

 

 少しだけ笑った。

 

 

 その顔を見て、思う。

 

 

 (まあ)

 

 

 悪くない朝だ。

 

 

 階段を降りると、朝の匂い。

 

 焼けるパン。

 

 コーヒー。

 

 平和な音。

 

 

 後ろから桃花さんの声。

 

 

 「今度はちゃんと客用布団も増やさないとね〜」

 

 

 花音、再爆発。

 

 

 「お母さん!!!!」

 

 

 ――桜庭家の朝は、だいたい騒がしい。

 

 

 でも。

 

 

 嫌いじゃない。

 

 

 たぶん来年も、ここに来る。

 

 

 そんな気がした朝だった。

 


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