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1-2. 朝のニュースのあと

 朝のニュースのあと、魔法少女の姿が、頭から離れなかった。

 

 テレビはもう別の情報番組に切り替わっているのに、さっきの戦闘映像だけが、何度も脳裏で再生される。

 

 白い衣装。

 短い黒髪。

 迷いのない動き。

 

 怪物を蹴り飛ばしたあの瞬間——

 胸の奥が、まだ少し熱い。

 

 気付けば、口元が緩んでいた。

 

 「綾芽ー? なにその顔」

 

 キッチンの方から足音がして、母親が顔を出した。

 

 エプロン姿のまま、くすっと笑っている。

 

 「なんか面白いニュースでもやってた?」

 

 俺はソファにちょこんと座ったまま答える。

 

 「魔法少女さんがね、怪物と戦ってたんだよ」

 

 少しだけ間を置いて、言葉がこぼれた。

 

 「……すごく、格好良かった」

 

 自分でも分かるくらい、声が弾んでいた。

 

 母親は一瞬だけ目を細めると、

 

 「ふーん?」

 

 意味ありげに笑って、奥の部屋へ引っ込んだ。

 

 ——数秒後。

 

 ドン。

 

 やたら分厚い本がローテーブルに置かれた。

 

 「じゃあさ。どんな子だったか教えて?」

 

 表紙を見て、思わず固まる。

 

 ――全国魔法少女年鑑。

 

 (……年鑑?)

 

 いや待て。

 

 なんでそんなものが普通に家にある。

 

 内心ざわつくが、母親はまったく気にしていない。

 

 すでにページを開く準備まで整っている。

 

 「髪は? 衣装は?」

 

 「えっと……白い服で、黒髪で……」

 

 特徴を伝えると、母親は迷いなくページをめくり——

 

 「この子かな?」

 

 差し出された写真を見て、思わず息が止まる。

 

 さっきテレビで見た少女、そのままだった。

 

 (特定、早すぎない!?)

 

 (というか個人情報めちゃくちゃ載ってない!?)

 

 頭の中で警報が鳴る。

 

 だが、五歳児の顔は崩さない。

 

 鉄の精神で笑顔を作る。

 

 「そう! この子!」

 

 母親は小さく頷いた。

 

 「やっぱりね」

 

 そして、ほとんど聞き取れない声で呟く。

 

 「スノーリリー……山田みことちゃん、か」

 

 (名前まで覚えてるの!?)

 

 もうツッコミが追いつかない。

 

 うちの母親、何者だ。

 

 すると母親は年鑑を閉じ、こちらをじっと見つめた。

 

 にこにこしている。

 

 でも——なぜか逃げ場がない。

 

 「じゃあさ」

 

 来た。

 

 「この中で、一番好みの魔法少女は誰?」

 

 完全に目が笑っているのに、視線だけ鋭い。

 

 背中にじわっと汗が滲む。

 

 俺は年鑑を開いた。

 

 白。青。ピンク。黒。

 

 ページをめくるたび、視界が忙しい。

 

 (どうする……)

 

 そのとき。

 

 ふと、紫色のページで手が止まった。

 

 名前を見て、一瞬だけ思考が止まる。

 

 真咲 まさき・あや

 コードネーム:パープル・アイリス

 

 (……あ)

 

 迷う理由はなかった。

 

 俺はそのページを指差す。

 

 「この人」

 

 「髪、紫だし」

 

 母親はきょとんとした。

 

 次の瞬間。

 

 「……ふふ」

 

 目を細め、嬉しそうに笑う。

 

 「へえ。そっかそっか」

 

 「綾芽、そういうの好きなんだ?」

 

 ニヤニヤが止まらない。

 

 よほどツボに入ったらしい。

 

 その笑顔を見ていると、胸の奥がじんわり温かくなる。

 

 テレビの中の魔法少女も格好良かった。

 

 でも——

 

 目の前のこの笑顔には、きっと勝てない。

 

 「もう少し見てもいい?」

 

 せっかくだし、と頼んでみると、あっさり了承された。

 

 母親は再びキッチンへ戻る。

 

 俺は年鑑を膝に乗せ、そっとページをめくった。

 

 さっきの紫のページを、もう一度確認する。

 

 真咲 まさき・あや

 年齢:26

 コードネーム:パープル・アイリス

 17歳でデビュー

 21歳で引退・魔法少女協会員

 

 (……ガチの元魔法少女じゃん)

 

 いや、薄々は思っていた。

 

 年鑑が普通に家にある時点で、おかしいとは思っていた。

 

 でも、こうして文字になると破壊力が違う。

 

 ……まあ。

 

 今は五歳児だ。

 

 深掘りはやめておこう。

 

 気持ちを切り替え、年鑑をぱらぱらと眺める。

 

 ざっと目に入った情報を整理すると——

 

 日本全国 魔法少女チーム配置(最新版)

 ・総数:約500名

 ・チーム数:約130〜135

 ・1チーム:3〜4人程度編成

 

 (……多いな)

 

 正直、もっと希少な存在だと思っていた。

 

 でも違う。

 

 この世界は——

 

 思っていた以上に。

 

 魔法少女で回っている。

 

 ページを閉じる。

 

 小さく息を吐く。

 

 魔法少女が当たり前にいて、

 怪物が当たり前にいて、

 それを支える仕組みが完成している世界。

 

 そして、俺は今——その中にいる。

 

 「……やっぱり」

 

 自然と笑みがこぼれた。

 

 「かなり、いい世界だ」

 

 本心だった。

 

 怪物がいる。

 

 男が狙われる。

 

 安全とは言えない世界。

 

 それでも——

 

 笑っている人がいる。

 

 守ろうとしている人がいる。

 

 そして——戦っている人がいる。

 

 母さんみたいに。

 

 テレビの向こうの、あの魔法少女みたいに。

 

 胸の奥が、静かに熱を帯びる。

 

 まだ五歳だ。

 

 出来ることなんて、何もない。

 

 それでも——

 

 守られるだけのままは、性に合わない。

 

 小さく拳を握る。

 

 「……いつか」

 

 攫われるだけの側では、終わらない。

 

 抗う。

 

 取り返す。

 

 そして——

 

 この盤面は、

 俺が全部ひっくり返す。

 

 静かに息を吐く。

 

 決意は、驚くほど穏やかだった。

 

 まだ誰も知らない。

 

 この小さな約束が、

 やがて魔法少女たちの切り札と呼ばれる少年を生むことを。


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