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1-17. 小学校は月曜日だけ

 夕飯のあと。

 

 テレビではニュースが流れていた。

 

「――近年では、中学校に進学した男子生徒の登校率が――」

 

 

 綾芽は箸を止めた。

 

 (……あ、これだ)

 

 

 向かいで味噌汁を飲んでいる母、あやは特に気にした様子もない。

 

 

 だから、今だ。

 

 

 「ねえ、母さん」

 

 「なあに?」

 

 

 急がない。

 

 焦らない。

 

 

 お願いは、落ち着いて言う。

 

 

 「空手、続けたいんだけど」

 

 「うん」

 

 

 即答だった。

 

 

 「それと……剣道もやりたい」

 

 

 あやの手が、ほんの少し止まる。

 

 「剣道?」

 

 「うん。竹のやつ」

 

 「知ってるわよ」

 

 

 小さく笑う。

 

 「どうして?」

 

 

 綾芽は少し考えてから言った。

 

 「立ち方が、違うから」

 

 

 沈黙。

 

 拒否ではない。

 

 理解するための沈黙だった。

 

 

 「空手は動くでしょ」

 

 「剣道は、立つ」

 

 

 あやは小さく息を吐いた。

 

 「……なるほどね」

 

 

 反対はしない。

 

 むしろ少しだけ感心している。

 

 

 「で、それだけ?」

 

 

 来た。

 

 本命はここからだ。

 

 

 綾芽はテレビをちらりと見て言う。

 

 「小学校なんだけど」

 

 「うん」

 

 「月曜日だけ、行きたい」

 

 

 あやの眉が、わずかに上がった。

 

 「……週一?」

 

 「うん」

 

 

 迷わず言い切る。

 

 「残りは、ラボと習い事に使いたい」

 

 

 数秒の沈黙。

 

 拒絶ではない。

 

 計算している沈黙だ。

 

 

 「理由は?」

 

 

 「ニュースで言ってた」

 

 「男の子って、中学くらいになると学校行かなくなるって」

 

 

 あやが吹き出す。

 

 「理屈が逆じゃない?」

 

 「でも、無理して嫌いになるよりいい」

 

 

 少しだけ言葉を選んで続ける。

 

 「勉強は出来る」

 

 「だから今は、身体と集中を優先したい」

 

 

 あやは黙る。

 

 

 綾芽はさらに言った。

 

 「それに、学校は行きたい」

 

 

 空気が少し変わる。

 

 

 「毎日は、たぶん疲れる。でもゼロは違う」

 

 「友達も出来るかもしれないし」

 

 

 五歳らしい、本音だった。

 

 

 あやの表情が、ほんの少し柔らぐ。

 

 

 「……体弱い設定で、なんて言わないの?」

 

 

 綾芽は一瞬だけ固まる。

 

 それから小さく笑った。

 

 「出来れば使いたい」

 

 「却下」

 

 

 即答だった。

 

 

 「逃げ道にしない」

 

 「選んだなら、堂々と説明しなさい」

 

 

 綾芽は素直に頷く。

 

 「うん」

 

 

 あやは腕を組み、しばらく考えた。

 

 「行く学校は?」

 

 「協会のテスト校」

 

 「時間調整が出来るって」

 

 

 完全に調べ済みだ。

 

 

 あやは小さくため息をつく。

 

 呆れ半分、感心半分。

 

 

 「……ほんとに、男の子なのにね」

 

 「なにが?」

 

 「育て方が、魔法少女みたい」

 

 

 否定ではない。

 

 どこか誇らしげだった。

 

 

 そして、はっきり言う。

 

 「いいと思う」

 

 

 綾芽が顔を上げる。

 

 

 「剣道も賛成」

 

 「学校も、週一なら許可」

 

 

 ただし、と続ける。

 

 「ちゃんと行くこと」

 

 「サボりじゃなく、選択だと説明できること」

 

 「途中で増やしたくなったら、相談すること」

 

 

 綾芽は即座に頷く。

 

 「出来る」

 

 

 あやは少しだけ笑った。

 

 「あなた、本当に五歳?」

 

 「たぶん」

 

 「たぶんって何」

 

 

 食卓に、小さな笑いが落ちる。

 

 

 そして最後に、母はいつもの調子で言った。

 

 「じゃあ次は、道場探しね」

 

 

 その一言で、次が決まる。

 

 

 剣道道場。

 

 

 綾芽は心の中で小さく拳を握った。

 

 (よし)

 

 

 まだ剣は振れない。

 

 でも、立つ準備は整った。

 

 

 そしてきっと。

 

 

 この選択が、いつか自分を支える。

 

 

 そんな予感だけが、静かにあった。

 


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