表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/32

1-15. 魔法少女協会ラボの反応

 技術棟。

 

 魔法少女協会の技術棟は、静かだった。

 

 戦闘区画から少し離れたこの棟には、派手な魔法陣も警報もない。

 

 あるのは白い照明と、整然と並ぶ作業卓。

 

 そして、黙々と手を動かす技術者たちだけ。

 

 

 その日。

 

 受付を通った一人の女性が、封筒を手にしていた。

 

 真咲菖。

 

 元・魔法少女。

 

 コードネーム、パープル・アイリス。

 

 現役を退いて久しいが、協会で彼女を知らない者はいない。

 

 

「技術棟の主任に、直接渡したい」

 

 

 それだけで通された。

 

 冗談を言う人間ではない。

 

 持ち込むものが軽いはずもない。

 

 

 ラボの奥。

 

 主任と数名の技術者がいる作業卓に、菖は封筒を置いた。

 

 「子供が描いたものです」

 

 

 余計な説明はしない。

 

 

 主任は封を切る。

 

 中には十数枚の紙。

 

 線。

 

 矢印。

 

 簡潔な数式。

 

 最小限の注釈。

 

 

 ページがめくられる。

 

 最初は通信構成。

 

 次に入出力。

 

 耐久設計。

 

 運用想定。

 

 

 誰かが小さく言った。

 

 「……端末、か」

 

 

 主任は最後まで無言で読み切った。

 

 「電波依存じゃないな」

 

 「魔力単独でもない。混合経路か」

 

 「遮断前提の復帰設計……?」

 

 

 別の技術者が操作系を見る。

 

 「視線を切らない配置だ」

 

 「戦闘中の使用を前提にしてる」

 

 「判断工程が少ない……」

 

 

 誰も笑わない。

 

 誰も子供の落書きだとは言わない。

 

 

 ただ、理解していく。

 

 

 主任が紙束を揃える。

 

 「誰が描いた?」

 

 

 菖は一拍だけ置いて答えた。

 

 「名前は、まだ伏せてください」

 

 

 主任は頷いた。

 

 それで十分だった。

 

 

「作れますか?」

 

 

 菖の問いに、主任は首を横に振る。

 

 「違うな」

 

 短く言う。

 

 「これは作れるかの話じゃない」

 

 

 紙を軽く叩く。

 

 「運用思想が完成している」

 

 

 室内の空気が変わる。

 

 「試作品扱いにはしない」

 

 「現場検証に回す」

 

 

 即断だった。

 

 

 さらに主任は続ける。

 

 「設計者本人が希望するなら、専用の作業環境を用意する」

 

 

 ラボとは言わない。

 

 だが意味は同じだった。

 

 

 菖は何も言わず、ただ一度だけ頷いた。

 

 

 

 その夜。

 

 夕食のあと、菖は一言だけ言った。

 

 「協会、図面を気に入ったみたい」

 

 

 評価も説明もない。

 

 ただ、それだけ。

 

 

 だが十分だった。

 

 

 

 協会ラボ初日。

 

 地下へ降りるエレベーターは無音だった。

 

 数字だけが静かに減っていく。

 

 

 母さんの隣に立ちながら、俺は手すりを握っていた。

 

 五歳の手には少し冷たい。

 

 

 扉が開く。

 

 

 視界が一気に広がった。

 

 

 天井が高い。

 

 照明は均一。

 

 工具は寸分の狂いもなく配置されている。

 

 ケーブルは見えない。

 

 

 すべてが、集中を邪魔しない設計だった。

 

 

 (……本気の場所だ)

 

 

 顔には出さない。

 

 出したら終わる。

 

 

「ここが協会のラボ」

 

 

 母さんが淡々と言う。

 

 

 作業中の白衣が二人、こちらに気づいた。

 

 「真咲さん。その子が?」

 

 「図を描いた本人」

 

 

 空気がわずかに変わる。

 

 値踏みではない。

 

 確認。

 

 

 一人がしゃがみ、目線を合わせる。

 

 「どうやって考えた?」

 

 

 来た。

 

 

 俺は少しだけ考えてから言う。

 

 「足す前に、削った」

 

 

 「……削る?」

 

 

 「壊れるところ。迷うところ。判断が要るところ」

 

 

 技術者が小さく息を吐く。

 

 「普通は足す」

 

 

 「うん。だから重くなる」

 

 

 一瞬の沈黙。

 

 

 別の技術者。

 

 「通信の冗長化は?」

 

 

 「三重。でも同時じゃない」

 

 

 「なぜ?」

 

 

「同時に死ぬから」

 

 

 完全に静かになった。

 

 

 主任が、いつの間にか後ろに立っていた。

 

 「君、この設計の目的は?」

 

 

 俺は迷わず答える。

 

 「生き残ること」

 

 

 「……戦うためじゃなく?」

 

 

 「壊れない方が、先」

 

 

 数秒。

 

 

 主任は小さく笑った。

 

 「なるほどな」

 

 

 作業台のノートを開く。

 

 線だらけの途中設計。

 

 だが思想は揺れていない。

 

 

 主任が言う。

 

 「よし」

 

 

 短く。

 

 「ここで形にしよう」

 

 

 母さんが一言だけ添える。

 

 「この子、止めてませんから」

 

 

 主任は頷いた。

 

 「止める理由が見当たらない」

 

 

 胸の奥で、小さく何かが跳ねた。

 

 

 ラボの奥を見る。

 

 工具。

 

 素材。

 

 測定器。

 

 

 (やっとだ)

 

 

 表情は変わらない。

 

 でも内心は、確かに熱を帯びていた。

 

 

 ここから先は、想像じゃない。

 

 

 現実になる。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ