1-13. 仮:携帯型制御端末
夜。
リビングの机に、本が置かれた。
音もなく、一冊。
さらに、一冊。
少し間を置いて、もう一冊。
最後に、わずかに厚い本が一冊。
「……?」
顔を上げたときには、母親はもうキッチンに戻っていた。
説明はない。
読みなさいとも言わない。
難しいとも、危ないとも。
ただ、置かれている。
背表紙を上から順に眺める。
電気回路の基礎。
電子工学概論。
制御理論入門。
そして一番下。
魔導工学概論。
(……ああ)
これは許可だ。
同時に、見ているという合図でもある。
余計な言葉はいらない。
だから俺も、何も言わずに本を開いた。
最初のページ。
図。
回路。
エネルギーの流れ。
(うん、知ってる)
次のページ。
制御ブロック図。
(これ、魔力循環と同じだ)
読む速度が自然と上がる。
文字を追っているわけじゃない。
式を解いているわけでもない。
構造だけを拾う。
どこで受け取る。
どこで溜める。
どこで流す。
どこで制限する。
頭の中では、すでに全部が魔力に置き換わっていた。
気づけば、紙とペンを引き寄せていた。
考えるより先に、手が動く。
最初は、ただの円。
中心に、小さな点。
魔力溜まり。
そこから線を引く。
一本では足りない。
戻り道が要る。
分岐も要る。
やがて線は閉じ、輪になる。
循環。
次に四角。
制御部。
入力。
出力。
(ここで、使う側の意思を拾う)
さらに小さな円。
バッファ。
暴走防止。
過剰出力の逃がし。
(魔力が多いときほど、必要だ)
図は増える。
でも、乱れない。
最初から、どこかに完成形が見えている。
電気回路の記号は、いつの間にか魔導記号に置き換わっていた。
違うのは素材だけ。
論理は同じだ。
(……端末って)
(ただの道具じゃないな)
これは――
使用者の内側にある力を壊さずに使うための殻だ。
魔法少女端末・原型設計(仮)
【コア部】
使用者の魔力溜まりと同期。
出力は必ず制御部を経由。
直接放出は禁止。
【制御層】
意識入力の受信。
魔力循環の補正。
暴走検知と即時遮断。
【補助層】
魔力の可視化。
状態フィードバック。
疲労と負荷の分散。
【外装】
持つ必要はない。
触れなくてもいい。
あるだけで、整う。
ふと、手が止まる。
気づけば紙は一枚じゃない。
何枚もある。
でも全部が、同じ思想で繋がっている。
無理をさせない。
壊さない。
使い続けられる。
派手な必殺技は、後でいい。
まずは、生き残るための端末。
キッチンから、机を一瞥する。
紙。
図。
迷いのない線。
説明される前に、形になっている。
(……これは)
質問するのをやめる。
もう教える段階じゃない。
本を積んだ理由は一つだけ。
理解できるかどうかじゃない。
暴走しないかを見るため。
今のところ、問題はなさそうだ。
それどころか、想定より早い。
母親は視線を外し、火加減を弱める。
急激に燃えるものほど、折れやすい。
あの子は進む。
なら私は――
燃えすぎないようにする役でいい。
綾芽はペンを置き、深く息を吸う。
(……よし)
まだ作れない。
部品もない。
時間も足りない。
でも。
設計は、もう終わっている。
あとは順番に、現実へ落とすだけだ。
布団に入る前、もう一度だけ図を見る。
「……悪くないな」
小さく笑い、灯りを消す。
世界はまだ何も知らない。
けれど。
仮:携帯型制御端末は、もう発想ではなく――
図面として、この部屋に存在していた。
そしてそれは、いずれ。
魔法少女の戦い方そのものを、変える。
まだ、誰も知らないだけだ。




